秘湯とは  「日本秘湯を守る会」会長佐藤億好氏の話しをもとに
              (1999年4月16日)二岐、大丸あすなろ荘にて

  「囲炉裏」とか「薪」いう言葉に懐かしさを感じるのは私だけではないと思う。 「秘湯」と言う言葉にも、それに似た響きがあるのではないだろうか。 秘湯とは、単に物理的・科学的な基準から、例えば人があまり知らない温泉ということではない。 その自然環境、宿の建物、旅人を受け入れる態度雰囲気等が合い重なって秘湯かどうかを決めてゆく。 だから「秘湯」を英語に訳せと努力してもどうもその響きは訳せない。  「秘湯」、その微妙な響きは、自然現象である温泉そのものと、その温泉を取り巻く自然、歴史、伝統、泉を守る人々の心を表している。  

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   佐藤氏と著者
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あすなろ荘露天風呂

    この度、「日本秘湯を守る会」会長宿の、二岐、大丸あすなろ荘に宿泊した。 私の脳裏にある秘湯のイメージに、この立派で贅沢な宿は当てはまらなかった。 しかしガンを患っている会長佐藤億好氏の、秘湯に対する思いに関する情熱的な講話を伺うという大変貴重な経験を通し、 秘湯とは何か、秘湯とはどうあるべきかについて貴重な教訓を学ぶことが出来た。

  秘湯とは何だろうか。 佐藤氏によると そこは、湯治場であり、農家が憩いに行くところだそうである。 あるいは、それは、爺さん婆さんが守る宿のイメージにも近いかもしれない。 多分、秘湯の厳格な定義はないだろう。 ただ佐藤氏が心配していることがある。 それは、今日、多くの旅館がお客をお客として扱っていない、ということだ。 例えば、多くの宿がJTB等に集客をまかせ、宿はお客にではなく、旅行業者の方ばかりに気をつかうようになったということだ。 循環式の温泉が増えていることも残念だと佐藤氏は言う。 温泉水というのは、時間とともに効力を失うものだそうだ。 

  このような状態において、日本の温泉旅館の伝統を守る為に氏は「秘湯を守る会」を結成した。 そこでは、利用客の期待に一定の基準を設けているそうだ。 まず第一に、カタカナ名の宿はだめとのことだ。 当然○×ホテルという名前はだめ。 これは、少々意外であったが、確かに、秘湯○× ヴィラという命名は少々場違いだろうか。 第ニに、屋根は切妻式であること。 第三に自動販売機、エレベーターの設置を、目立たないところにすること等が大事であるそうだ。 氏は、しかし、もっとも大事なのは、お客さんを迎える人そのものだと言った。 秘湯を守る会の会員宿は、一人客を大事にする。 一人客を扱えなければ、何十人もの団体を扱える訳がない、と言う考えからだ。 また、お客には親切に対応することも大事。 氏は、会員宿の大部分が親切で、立ち寄りのお客が道を尋ねても親切に応対している。 それが「秘湯」の宿の誇りだとか。 されに隣の宿に対する配慮なども大事であるとのことだった。 ときに秘湯は秘湯で無くなっていく。 例えば、富山の大牧温泉は、その規模の拡大、料金アップ、団体客中心の受け入れ体制から判断して、とても秘湯と呼べなくなった。 故に、「秘湯を守る会」では、大牧温泉に脱会してもらった、とのことだった。

  経済学の教授でもあった氏は、温泉を「日本最後の偉大なる資源」と呼んだ。 日本には天然資源はなく、人的資源にも陰りが生じている。 日本の文化を象徴するという意味で、建物、庭園、風景、食事、温泉、浴衣、ふすま、障子、というさまざまな角度から、温泉は日本の誇りだと表した。 海外生活が長い私にとって、まったくそのとおりだと思う。 これほど、侘び寂までを取り入れた体験を身近に、しかもリラックスした形で出来るのは温泉宿だけではないだろうか? 

   氏は、現在の温泉に関する行政指導体制に問題があると説明した。 そして、「秘湯を守る会」を通して、関係省庁に、守る側の意見を提出していきたいと語った。 今日多くの日本旅館は苦境に陥っており、 行政側の協力が必要だろう。 

   聴衆の一人が、「秘湯を守る会」がなぜ、比較的贅沢な宿だけを対象にし、小さな爺さん婆さん宿を守らないのか、と質問した。 それに対して、氏は「逆であると」と答えた。 現在700軒以上の宿が「秘湯を守る会」に参加希望をしているが、それは皆、比較的贅沢な宿ばかりで、小さな爺さん婆さん宿からの参加希望は皆無だということだ。 小さな爺さん婆さん宿は、このような会を通してまで人に知られようともしないし、何かに束ねられることを嫌う、とのことだった。 

  結局、秘湯とは何か、そして、「秘湯を守る会」が本当に守らなくてはならない小さな爺さん婆さん宿を守れるか、といういう点においてははっきりしないものが残った。 ただ、今日のポイントはクリアである。 「秘湯とは人」という点である。 秘湯の原点、それは旅人を大事に迎える優しい心、それが秘湯の絶対条件だ。

以上

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