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のきれし。

・・・猫よけのペットボトルの輪郭でたたずむ水に映るいちにち・・・

2006年1月20日(金) 納豆そしてblog。

2006年、大寒です。この日記の一番下は2004年の節分。2年弱の日日のきれはしがここに積もっているのかと思うと感慨深いものがありますね。今月はちょっとだけチャレンジをしました。まず、人間の食いものじゃない!と宇宙の彼方へ遠ざけていた納豆を食べてみました。パック半分が限界です。1パックはきついです。でも、パック半分食べて半分残したとして、その半分をちゃんと翌日に食べるかどうかはかなり疑わしいものがあります。正直、翌日また納豆を食べる気にはなりませんでした。なんか口の中から胃にかけて納豆のねばねばが残っているようで、10日くらい経たないとだめっぽい感じです。他にチャレンジしたことというと、納豆を食うことにくらべれば全然チャレンジでもないのですが、blogに手を出してみました。当然のことながら書きやすく(だってこのHPなんていちいちタグ組んで書いてるんだもん)、コメントもつけられるのでいいかなと。というわけで、こちらへ引っ越しました。引き続き読んでいただければうれしいです。ではでは今後ともどうぞよろしく。あと、読書メモみたいなのも並行してやってます。こちらもよろしければどうぞ。


2006年1月8日(日) あけました。

遅ればせながらあけましておめでとうございます。2006年に入ってはや1週間。今年もめでたくひとつ年を重ねました。生きてるってすばらしいですね!(やけ気味)
結局去年もいろんなことをし残したまま、大晦日にあたふたと大掃除をして、両方の実家に帰省し、ひとの作ってくれたごはんを食べて、TVみて、ぐーたらして、帰ってきました。そして仕事の山。そして2月の高野美和子作品のリハーサル。さっそく内転筋が筋肉痛です。なさけな〜。
しかし去年は夏からずっとダンスダンスダンスで短歌とか本とかが入り込める余地皆無でした。題詠マラソンも完走できなかったし、本なんて30冊しか読んでないし。残念。もっといろいろ受け容れることができるようなこころとからだでありたいと思うのですが、なかなか難しく感じてしまうのはなぜなのでしょう。そりゃもともと無器用でマルチな人間でないからと言っちゃまったくもってその通りなんだけど、閉じることと集中することは別のことのはずなのにね。


2005年12月24日(土) 筑前煮とエビチリ。

明け方、窓がオレンジ色に染まっていたので、開けてみれば東の空がすごく朝焼けていた。こういうのを目撃すると、早起きして得した気分になる。冬至も過ぎて、これからは太陽の力がまた少しずつ強まってくると思うとうれしい。

クリスマスイブの夕食のメインディッシュは筑前煮。一応、というか当然、鶏肉は入っている。あとはなぜかエビチリ。


2005年12月21日(水) 明日は冬至。

鼻のかみすぎで鼻の下とか小鼻のあたりがぼろむけて赤い。出先ではポケットティッシュがあっという間になくなり、こんな時ばかりは駅前のパチンコ屋のティッシュ配りの兄ちゃんがイエス・キリストに見えてしまう。喉の痛みはほぼ消えているが、マスクとのど飴は手放せない。あとミネラルウォーターの1.5Lペットボトル。アイアンキング(古っ)のように水を飲んでいる(大袈裟)。水をやたら飲みたがる病気ってあったような気がして、ちょっと心配になったりする。


2005年12月20日(火) もうすぐがけっぷち。

ラボ20の翌日の日曜は、弟の結婚式のため、朝9時の新幹線で名古屋へ向かった。シャチホコビューなホテルのチャペルで式のあと披露宴。3人姉弟の末っ子で長男でおばあちゃん子だった弟は、わたしにとってはいつまでたってもひょろひょろした頼りないヤツって感じなのだが(彼が中学の頃にわたしはすでに家を出てたので、ガキんちょの頃の印象ばかり強くなってしまうのはまあ無理もない)、わたしの知らないところで彼もそれなりに社会に揉まれて成長したらしい。喜ぶべし。これを機会に偏食も直すように。転勤の多い仕事なので、ついていくお嫁さんは大変かもしれないけど、よろしく頼むです。

その次の土日は寒波の中ダンス公演を3つ観に行きました。そしてどうやら喉を痛め(マスクしてたのに)、現在鼻水と微熱とからだのこわばりでよろよろです。耳下リンパ腺や鎖骨の下をアロマオイルでマッサージするとちょっと楽になりますが。気がつくと今年も残り10日で、ということは誕生日まであと10日ですか。ぎゃー。がけっぷち。


2005年12月16日(金) ラボ20#18終了。

日本海側では大雪だというのに、こちらでは満月がこうこうとかがやく夜である。

ラボ20が終わってはや1週間が過ぎました。先週の今頃の状態を思うと、今こんなにのんびりしていることが嘘のようです。いい意味で緊張感と危機感が持続していた日々でした。
今回参加して思ったことは、好きに踊ることと作品をつくることは別のことなんだなあということでした。当たり前っちゃ当たり前のことなんだけど、自分のなした選択が作品にとって必要なことなのかということを、もっとシビアに詰めていくこと。もちろん好きに踊りたくもあるので、その「好き」なことをどうやって作品に結び付けていくかということも、もっと考えなくてはいけないと思いました。難しいことだけど、そういう強さをもつことができたら、もっといろんなことがダンスになるような気がします。こわいものがなくなるというか(笑)。それはそれでこわいことかもしれないけど。
今回踊る機会を与えてくれ、本番までのプロセスに関わって下さったキュレーターの岡田さんはじめ、スタッフの皆さま、出演者の皆さま、そして観に来て下さった方々、本当にありがとうございました。また御縁がありますように。


2005年12月4日(日) 恥をさらす覚悟。

師走です。
作品づくりが煮つまってくると、ダンスとかかわることがなんだかつらくなってきてしまうのですが、そういう時にWSとかダンスのクラスに行くと、単純に踊る楽しみがよみがえってきて、よしがんばるぞという気になります。というわけで、いよいよラボ20#18、今週末です。とりあえず、恥をさらす覚悟だけは着々とできてきました(笑)。


2005年11月26日(土) これってダンス?。

ラボ20#18まであと2週間。もうほとんど毎日稽古してますが、いまだにどうなるのかわからない・・・。
いつも作品を作るとき、「これってダンスなのかな・・・?」とか、「こんなことやっちゃっていいのかな・・・?」とかいう気弱な自問自答がつきまとってきます。本人は結構楽しいのですが、お客さんに伝わるのかなとか、もっと、いわゆる「ダンス」っぽいことをしなくちゃいけないとか(なぜそう思っちゃうのかっていうのがもうまさに未熟さを露呈してるわけなんですが)、もう、そんなことで悩んだり迷ったりしている場合ではないんですけどね。恥をかくことをおそれてはいけないって、わかってるんだけど、やはりこわいし、不安です。でも、そのこわいことを選択して、やらなくちゃいけないというとこまで追い込んで、実際やっている時はぞくぞくして、結構たのしかったりするし・・・何なのかなもう。

踊ることで、いろんなひとにお世話になり、かつ迷惑をかけて、許してもらってます。なんかもうほんとに申し訳なくて、心の中でもただただ謝り・・・がんばるしかないですね。


2005年11月11日(金) たどりつきたい地点。

あっという間に11月も10日を過ぎてしまいました。11月3日の大倉山ダンス、観に来て下さった方々、関わって下さった方々、本当にありがとうございました。外で踊っている間、通り雨が降ったりもして、それもまた楽しかったです。ただ、グループパフォーマンスとしては、いまひとつまとまりと盛り上がりに欠けた感があり、このへんはもうちょっと考えないとですね。自由も100%、協調も100%、は、なかなか難しい境地なのかな。でもたどりつきたい地点ではあります。11月5日のダンスシード音響初舞台、非常に緊張しましたが(一時指が凍りついてフェーダーが動かせなくなるくらい)、大きな失敗もなく何とか無事つとめることができました。自他共に認める音痴のわたしが音響なんてできるんだろうかと本当に不安だったのですが、いろいろアドバイスをいただきながらやっているうちに、ダンサーと一緒に踊る感覚というか、音でダンサーのからだに関わっていく感じというのが何となくつかめてきて、とても面白かったし、勉強になりました。機会があったらまたぜひやらせていただきたいと思います。さて、ラボ20#18まで1ヶ月きってしまいました。ブリックでやったことをそのままやるのではなく(というかできない)、STスポットでしかできないことをやりたいといろいろ考えているのですが、まだまだ豆腐以前の豆乳状態、というか、豆乳にすらなっていないような。寄り道や無駄な作業も重要だとわかってはいるけれど、持ち時間が減っていくにつれ、不安もどんどん蓄積されていく。でも逃げちゃいけない。とにかく動く。考える。感じる。


2005年10月23日(日) mapping inside & outside at December

前日までとは打って変わって秋晴れの午後。ダンスシードにて、ソロをおどりました。ご来場いただいた皆さま、支えて下さったスタッフやレビュアーの皆さま、一緒に踊ったしずちゃんと松田さん、それからいつも見守ってくれる家族へ、心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。
さてさて、今回は普段やらないこと、というか、たぶん自分に似合わないことを敢えていくつかやってみました。それが成功しているかどうかとか、もっといろいろやりようがあったはずとかありますが、まあ、やらなきゃわからないこともあるわけで、それはそれで良かったのだろうと思います。思い出せばこっぱずかしいですが。あと、期せずして女の子っぽくなっちゃったのは、かなりこっぱずかしいです。なんでこんなんでてきたんだろう。やだなー。次回はクールな大人の女に降りてきてほしい(霊かよ)。
さてさてさて、ダンスシードはまだまだ続きます。ぜひ足を運んでみて下さいませ。わたしも音響オペで11月5日初舞台です。踊るより緊張する(汗)。サイトには公演のレビューや写真等掲載されてますので、のぞいてみてくださいね。→こちら

そして来月早々11月3日(木・祝)、大倉山記念館にて秋のダンスです。それから、12月9、10日、幸運にも、横浜STスポット「ラボ20#18」(キュレーター:岡田利規(チェルフィッチュ))に選出され、踊らせていただくことになりました。STスポットで踊るのは「川下り」以来2年ぶり。ところ変わればダンスも変わるmapping inside&outside。わたしの出るプログラムは全部女性のソロで、キュレーターの岡田さんいわく「地味めなプログラム」だそうです(笑)。いったい何が出てくるやら。


2005年10月10日(月) 風邪じゃないんだけど。

土曜日にお風呂場を掃除していて、カビ取り用洗浄剤を使いすぎたせいか、喉を痛めてしまった。どうやら換気も不十分だったらしく、しばらく気分が悪い状態だった。こんなことになったのははじめてだったので、ちょっとショック。喉の痛みがなかなか退かず、鼻水や微熱やら、現在も風邪に似た症状が続いているが、風邪じゃないっていうのが何か変な感じ。風邪じゃないけど、どうにも体がだるくて、この雨の3連休のあいだ、最低限のこと以外する気力が出てこなかった。今後はカビ取り剤の使い過ぎには本当に気をつけなくてはと思った。あぁもぅぅぅ・・・(消沈)。


2005年10月3日(月) 豆腐以前。

今朝の空気の中にこの秋最初の金木犀の香り。プランターのゴーヤはまだいくつか実をつけているけれど、もう暑さが過ぎてしまうと積極的に食べたいという気が起こらない。やはり夏の食べものだと思う。というわけで、この食欲の秋、わたくしがハマりかけているものは「男前豆腐」です。雑誌等で名前を知ってはいたものの、食べる機会がなかったのですが、このたびわたしの行きつけのスーパーでも取り扱われるようになりました。万歳。ほどよい固さとなめらかさ、味の濃さ。冷奴でいただきますが、あっという間に1丁食べ尽くしてしまいます。「風に吹かれて豆腐屋ジョニー」もあったので試してみました。こちらはとてもクリーミー。口の中にぺたりとくっつく感じで、味も濃く悪くはないのですが、クリーミー過ぎて固さに欠けるのが固め好みのわたしにとってはマイナスポイントかな。他にも「喧嘩上等 湯豆腐野郎」というのがありました。名づけた人はいったい何を考えているのだろう・・・。

とうとうダンスシードの自分の本番まで20日となりました。なのになのに、まだ全然作品のかたちが見えません。豆腐以前。豆腐になる前に豆乳が腐ってしまったらどうしませう。不吉。いえもちろんそんなふうにならないよう努力せねばです。


2005年9月23日(金) 振り返る夏。

彼岸です。2ヶ月も間が空いてしまいました。すっかり秋になって過ごしやすくなったおかげで、つい、よく眠ってしまいます。困ったもんだ。振り返る夏。

7月21日(木) 生まれてはじめて「バレエ」と名のつくクラスのレッスンを受ける。・・・できない。・・・いいんだべつに。バレエがうまくなりたいわけぢゃないんだからっ。
7月23日(土) 大暑。地震。JRも地下鉄もその他各線も止まる。ちょうど都内某所にいたわたくし、いつ動くかわからない電車を待つよりもこっちから行けるところまで行こうというわけで、とりあえずバスで一級河川越えてあとは徒歩で一番近い駅まで歩きましたら、ちょうど電車が動きだしたところでした。おうちにたどりつくまで約3時間。
7月28日(木) 昨日まで蝉の声が聞こえないなあと思っていたら、今日あたりから1匹2匹鳴き始めているような。また地震があってちょっとびびった。土用の丑の日なのでうな丼を食す。
7月30日(土) 蒸し暑い中、隅田川花火大会へ行く人々の間をかいくぐり、浅草のアートスクエアへダンスを観に行く。帰り、大混雑が予想される浅草駅構内で電車を待つ気にはなれず、地上をちょっとだけ歩くつもりがつい上野まで歩いてしまう。
8月3日(水) ここんとこ熱帯夜のせいか夜遅く寝ても朝5時とか6時とかに目が覚めてしまう。でもベランダのゴーヤたちに水をやりながらいろいろ観察しているうちに、時間はあっというまに過ぎる。
8月6日(土) 60年目の広島原爆忌。ダンスのことでへこむ。地元の花火大会に行く。小5女子の友達の家へ親子ともどもお邪魔して、マッサージチェア初体験。思わず寝てしまう。
8月14日(日) 久々にコンタクトインプロのワークに参加。すごく背骨がほぐれた感じ。夜、TVで世界陸上を見る。朝も夜も蝉が鳴いている。
8月16日(火) 初めて広島に行く。家人の実家がある岡山から近いのかと思っていたら(東京〜新横浜間くらいの感じかと思ってた)、意外に遠かった。広島駅構内のトイレの個室の中で携帯電話ではげしく痴話喧嘩をしている人がいて(もちろんばりばりの広島弁である)、びびる。原爆ドーム、平和記念公園、平和記念資料館を巡る。平和記念公園にはあまり日陰がなく、つい日陰を探してしまう自分がいることに気づく。 雪舟えまさんの

ひかげ ときみは駆け出すどうか皆長生きをしてください

という歌を思い出す。資料館ではいろいろなものを見たが、絵本でしか知らなかった「まっ黒なおべんとう」の実物は衝撃だった。外へ出ると川や橋がきらきらしていて、きれいな街だなあと思った。昼間あまりにもまぶしかったせいか、夕方から夜にかけて頭痛。この日、宮城県で震度6。
8月17日(水) 夫と娘と、実家の近所に住む姉妹(中1&小5)と一緒に海水浴に出かける。内海なので、波は静かだし、お盆も過ぎているので人出もまばら。こんなにぼーっとしてていいんでしょうかみたいな感じで、久々にリゾート気分(笑)。
8月25日(木) 台風が関東地方に接近中。この夏2度目か。夕食はこの夏何度目かのゴーヤチャンプルー。プランターでも結構実はなるものである。
9月3日(土) 10月のダンスシードのためのソロ作品を創っているが、遅々たる歩み。なのに今日は11月の大倉山のリハ。もうそんな時期なんですか・・・。遅れて練習場所に行ってみると、藤園明希さんとあと初対面の女性4人。みんな若くてにぎやか。新鮮な気分。リハ後、明治公園のフリマへ行くが、何も知らずに行ってみたら駅周辺はすごい人だかりで、しかも女性ばかり。いったいこれは何?!と思ったら、国立競技場でSMAPのコンサートがあるらしい。くらくら。切符の券売機もすごい行列で、10分も並ぶ羽目になった。何とも非現実的な状況。
9月6日(火) 超大型台風 台風14号のため、大気が不穏。非常に蒸す。台風の影響か、一昨日はすごい雨で、中野や杉並の方では床上浸水のところも。
9月7日(水) 白露。台風は九州に上陸し、日本海を通過して北海道で再上陸する模様。やはり九州の被害はかなり深刻な様子。駅前の歩道橋から、ものすごく赤い夕焼け空が見えた。あの空の下に台風が過ぎたあとの西の地がある。
9月11日(日) 昨夜終電で帰って今朝7時起き。洗濯。投票。買い物。リハ。WS。雨。自民党圧勝&民主党惨敗。
9月17日(土) 快晴。小学校の運動会。そしてダンスシードの通し稽古。6時に起きてお弁当づくりとキューシート作り。9時半頃お弁当持って学校へ。小5女子の出番以外はレジャーシートの上でipodで音を聴きながらキューシートの続きを書く。何やってんだか。午後最初の種目が金管バンド部によるパレード。彼女は5年になってから金管バンド部に入ってチューバを担当している。細い体にチューバかついで歩く姿はなんとも頼りなげだが、がんばって演奏していた。あとは家人に頼んで、ここでわたしは稽古へ。今日は初めて出演者3人揃っての稽古。当然だけどみんな全然違う。ちなみにわたしが一番低身長で高年齢(笑)。がんばろっと。
9月18日(日) 昼過ぎ、家人とTXに乗りつくばへ行く。早い早い。1時間かからない。ってことは都内へ出るよりも早い。駅から大学へ向かう道や公園は、在学当時より生長した樹々が濃い影をつくり、ずいぶん気持ちのよい場所となっていた。親子連れの姿も増えている。どんどん歩いて大学の方へ行くと、このへんは相変わらず。でも宿舎は前みたいに出入り自由ではなくなっており、入り口にセキュリティシステムが備え付けてあった。まあ、時代の流れでしょう。各部屋にエアコンもついてるし。大学構内にて、セッションハウスでたまに顔を合わせるダンサー・振付家の早川朋子さんとばったり出会ってびっくり。そういえば同じ大学でした(在学年度は違うけど)。やっぱりTXができたから来てみたらしい。きっとそういう人たち多いんだろうな。帰りのTXの窓から満月が見えた。


2005年7月20日(水) うきーっ。

時間がない、というのではなく、要は集中力の問題なのだ、とはまことにごもっともなのですが・・・って、泣き言を言ってもしかたがないですね。わたしより忙しい人はいっぱいいるのだ。がんばる。夜、ベランダで電話していたら(家の中はほとんど圏外なのだ)、体のあちこちを蚊に食われてしまって、かゆい。一ケ所を掻いているとあちこちかゆくなってきて、なんというかもう、うきーっ(猿)てな感じ。ゴーヤが実をいくつかつけはじめた。

秋、ふたつほど踊る予定があります。情報をアップしました。よろしくです。


2005年7月18日(月) 壊れてしまう前に。

海の日。そして梅雨明け。ここ数日で一気に蒸し暑くなってきたような。先週までは昼と夜の気温差が大きくて、夜とか危うく風邪ひきそうだったのだけど、今夜は熱帯夜。首にタオル。ノートパソコンの下にアイスノン。エアコンを使わない我が家の夏の風物詩であります。
昨日は長らく懸案事項であったうちの模様替えをしました。今まで家族3人6畳の一部屋に雑魚寝だったのですが、小5女子の成長につれだんだんきつくなってきたので、彼女の勉強机の置いてある部屋に寝るスペースを作るため家具をまた別の部屋へ移動したのです。とりあえずこれでお互い寝ている間に蹴りを入れたり入れられたりということは解消されるわけで、よかったよかった。
しかし新たな懸案事項。それは冷蔵庫の水漏れ。一度直してもらったけどまた漏れてきた。もう13年使ってるし、この猛暑。しかもエアコンを使わないこの家で、かなり冷蔵庫には負担がかかっているかもしれない。本当に壊れてしまう前に買い替えるべきなのか。わからん。


2005年7月2日(土) 星の爆発。

半夏生。夏至からもう10日も経ってしまいました。先月は、仕事から帰ったら通院、という毎日で、すっかり忙殺されておりました。なんでかわからないけれど、そういうときに限って意味もなく夜更かししたりして、慢性寝不足状態。現在、とりあえず通院からは解放されたので、ほっとしたとたん反動がきました。眠いです。もう日々眠いです。寝てる場合じゃないんだけど、寝てしまいます。とうとう自転車のタイヤがパンクしました。結婚前から乗っていた自転車。錆だらけで、家人にはもう捨てろと言われ、それでもしつこく乗っていました。酷使する割にケアをしないわたくし。うう、ごめんよ。ベランダのゴーヤは日々すくすく伸びています。『タイガー&ドラゴン』も「タイガータイガーじれっタイガー!」で大団円。ナンにはじまりナンに終わりましたね。そんなこんなで題詠マラソンはちっともすすまず。10月に踊る予定が入っているというのに、どうしましょう。

それにしても先月は訃報に驚かされた月でありました。塚本邦雄。倉橋由美子。長新太。5月には岡田史子が亡くなっているし。みんな作品でしか知らないひとたちばかりで、初めから遠い星のような人たちであったといえばそうなのだけど、だからといってその死に何も感じないということはなくて、なんというか、爆発した星の光がやっと今地球にいるわたしの目に届いた、というような感じなのでした。
謹んで諸氏の御冥福をお祈りいたしします。



2005年6月5日(日) もう負けてます。

芒種です。
本日は家庭内怪我人のたっての希望により一日在宅と相成りました。洗濯して掃除して衣替えしてゴーヤのためにベランダにネットを張って。取り込んだまま放置していた4日分の洗濯物もたたみました。しかし体力と時間には限りがあるのに家事には終わりがありませんね。厖大な些事の集積。もう負けてます。


2005年6月1日(水) 野心。

6月になりました。失ったものは帰ってくるのでしょうか。今月は題詠マラソンをちゃんと再開して、なおかつできるだけ進んでおきたいという野心が(笑)。それはそれとして、まだ衣替えもしていません。他にもいろいろ放置状態のことなど山積してまして。つくづく時間の使い方が下手というか集中して物事を進める能力に欠けているというか。


2005年5月31日(火) お守り本。

明日から6月です。ずいぶんさぼってしまいました。GWは、愛・地球博なんてものにも出かけてしまい(よりによっていちばん混雑した日に!)冷凍マンモスの足の裏に感動していたわたくしです。3月の反動か、4、5月は血中ダンス濃度が高くて、いろんな人といろんな場所で踊ったりして、踊りのことを考えている時間が結構多かったです。そんなわけで、短歌やら読書やらHP更新といった言語方面はすっかり放置状態の荒れ地。そんなこんなのうちに、日常のほうも、ぬか床を仕込んだり、ゴーヤの苗を植えたり、家族がしばらく通院することになってそれに付き添ったりとか他いろいろあってぐちゃぐちゃです。ふー。
昨日あたりからやっと堀江敏幸さんの『河岸忘日抄』(新潮社)を読みはじめてます。ずっと鞄の中に入れっぱなしで、ちょっとカバーがすりきれてしまった・・・えーん。読まなくてもなんだかお守りみたいに持っていたかったのだった。


2005年4月9日(土) 血中ダンス濃度。

はい、春休みはとっくに過ぎてもう始業式も入学式も終わってしまいました(笑)。桜もこの1週間のあたたかさのせいであっという間に咲いてしまい、至るところ満開です。木々も一気に芽吹き始めて、なんか圧倒されちゃいますね。でも、まだ右手痛いです。いつになったら治るのかな。湿疹はおさまったけど。まあ、今月に入って、仕事も少し落ち着いてきたし、気分的には多少上向きつつあるようなので、からだの方も動かしていきたいです。今月またマイケル・シューマッハが来日してWSしてくれるしね。先月はなんかもうダンスからこのまま離れていってしまうのではないかと思うほど、血中ダンス濃度が低くて、ああそれもしょうがないのかなとかずるずる弱気になってしまってたんですが(単に踊る時間が減ったから?)、単純ですね。あー、お花見したい。

題詠マラソン2005、やっと15首投稿。あと85首。なんか難しい。空き時間が歌を詠むばかりになってしまうのがイヤなので、歌を作るのと本を読むのと1日おきにするようにした。今、夏目漱石の『それから』を読んでいる。その前は『こころ』を読んだ。漱石なんて高校か中学の頃に『坊っちゃん』とか『三四郎』を読んだっきりで、正直よくわからず面白くもなかったのだけど、今になって読んでみると、結構面白い。不思議ですね。最近再読傾向。


2005年3月24日(木) 夜半、風が。

あしたから小学校は春休み。いいなあ。って、小学生をうらやましがるあたり、何か逃避的。昨日あたりからまた喉が痛い。キオスクでグリコの黒加倫のどあめを買う。最近のお気に入り。なんか、先月から今月は健康的にぼろぼろだ。

夜半、風が強く吹き荒れる。風の音がいつもよりすごい。真夜中にこわごわ窓をあけてみたら、澄み切った夜空にまるい月がこうこうと照っていた。剥き出しの天体。


2005年3月23日(水) 回文母子。

夕方、冷たい雨がざぶざぶ降る道を、小4女子と回文を作りながら歩く。
千葉に罰(ばち)。
うこん銀行。
うどん、どう?
キスが好き。
しまうま旨し。
今朝の酒。
うーん、回「文」じゃないのもあるね。
たのしいですか。
まあまあです。


2005年3月22日(火) 春の湿疹。

右手の痛みがまだひかず、ペットボトルのキャップは開けられないし大根をすりおろすのもつらいし財布の中の小銭も出しにくいのだが、ずっと貼っていた湿布にかぶれたのか、昨日あたりからちょうどその部位に湿疹ができてしまった。以前にもこんな感じの湿疹ができたことがあって、かゆくてなかなか治らなかったので、早めに皮膚科に行って薬をもらってくる。はー。小4女子は熱出してるし家人は花粉症だし。

雨。欅がいっせいに芽吹いている。春はとどまることを許さない。


2005年3月21日(月) 小4女子は自転車で。

一昨日のこと。小4女子は自転車で、二駅先の父親の会社へ行ったという。はじめての道を、地図もなしに、ひとりで。
最初そのことを聞いた時は、ぶったまげたというか、正直半分血の気がひいた。よく途中で何事もなかったものだ。成長とともに行動範囲がひろがっていくのは当たり前のことなのだが、そこにはやはり危険がともなって、どうしても心配が先にたってしまう。とはいえ、いつでもどこでも親がついてまわるというわけにもいかないのだし、まあ、凧糸はするするゆるめながらも端はしっかり持っておくというそのバランスがね、たぶん大切なことかなって気がする。
でも、未知の方向へ、空間へ、どんどん自分を投げていけるという力は、ほんとにすごいと思うのだ。親のわたしなんかこわくてなかなか自分の領域から出ていけないのにね。ちょっと見習わなくちゃ。


2005年3月19日(土) 通天閣のふもとでダンス。

大阪にて、コンテンポラリーダンスin新世界 に飛び入り参加。
踊らせてもらった上にいろんなダンスを観ることができて、ホントにしあわせで充実した一日でした。
関わりのあったすべての皆さまに感謝。


2005年3月17日(木) 新しく出会いなおす。

春彼岸。免疫力は相変わらず落ちっぱなしみたい。ブラッドベリを読んだせいか、ちょっとSFづいて、小松左京の『果しなき流れの果に』(角川文庫)を再読。はじめて読んだのは中学の時だったが、とても理解できず、ただただ、物語のスケールの大きさに圧倒されてただけだった。20数年たった今読んでみて、知識は多少増えているはずなのだが、やっぱり追いつけない。でも面白くて1日で読んでしまう。そういう話だったのか!と、納得できた。このへんはさすがに成長の証というか(笑)。
しかし、中学・高校の頃って、やたら本を読んでいたわりにはあんまり理解してなかったのかしら。当時読んだ本を見ても、ストーリーとか思い出せないのが結構多い。でも、今読むと面白くて、新しく出会いなおすよろこびを味わわせてもらっている。これは当時の自分に感謝すべきかも。


2005年3月13日(日) 夜が来るのがこわい。

昨日・今日と天気のよい週末なのに、どこにも出かけたくないきもち。かといって家にもいたくなく、夜が来るのがこわい。でも動かなきゃと思い、ダンスのクラスやワークショップに行く。ダンスをするとこころもからだもほぐれますね。あたりまえだけど忘れてた感触。


2005年3月9日(水) お粥だったのだ。

朝起きて、炊飯器を開けたらお粥ができていました。
ヘルシーな雑穀入りのお粥。
どうやら昨晩セットする時にお米の量をまちがえたらしいです。うちのひとが。
というわけで、朝食はお粥でした。なかなかおいしかったけど、ちょっと足りなくて、お昼はわりとしっかり食べたにもかかわらず、夕方血糖値が下がって手がふるえました。

今日はあたたかないちにちでした。
花粉もかなり飛びまくっていたようですが、鈍感なわたしにはさっぱりわかりませんでした。

題詠マラソン2005、やっと出走しました。約10日遅れのスタート。もう完走した人もいるけど、3回目ともなると、全然焦らなくなっちゃいますね。一昨年は10ヶ月まるまるかけて100首詠むのがやっとで、去年はその半分の期間で100首詠んで、今年はできれば量を増やしたいなとか思ったりして、毎年いろいろ自分なりにできることがうれしいですね。あと、今年は感想とかも書けるといいなあとか、漠然と考えてたりして、まあ、それもおいおい。

痛めた右手がなかなか治らなくて、なにかと不便をかこってます。それでなくても、仕事でずっとキーボードを打っているため、痛い箇所をかばおうとすると他のところに負担がかかってしまい、手首とか肘のあたりまで痛んできます。そんなわけで、家ではちょっとお休みする感じになってしまい、ただでさえ滞る更新がまた滞るかもしれません。まあぼちぼち行くつもりです。



2005年3月1日(火) ブラッドベリを読み終えてから。

春弥生。今月も小学校の献立表ですごいものを見つけてしまったとです。・・・「みそラーメン チョコレートケーキ グレープフルーツ」・・・みそラーメンをおかずにチョコレートケーキを食べるとですか。給食の栄養士さんはマリー・アントワネットですか。とまあそれはさておき。

とうとう小4女子も発熱。前日から腰が痛いとか言っていたので、もしかしてインフルエンザかと思ったが、最近始めた金管バンド部でチューバを吹くことになったとかで、どうもその重さが原因である可能性が大。そもそもチューバって体格でもないと思うのだが、なんでそんな重い楽器になったのか。ともあれ、体調が回復したら筋トレをしなくちゃね。

題詠マラソン2005、今年もスタート。今年はあんまりスタートからラッシュという感じではなく、特に一昨年とか去年とか参加した人たちは結構のんびり構えているみたい。わたしもふらふらとマイペースで走ります。とりあえず、レイ・ブラッドベリの『ウは宇宙船のウ』を読み終えてから。


2005年2月28日(月) パーしか出せない。

昨日、ちょっとしたことで右手の中指と人差し指の付け根あたりを捻挫してしまったようで、いろいろ大変。ドアノブは回せないわ、牛乳バックは開けられないわ、鉛筆は握れないわ、パスタをフォークに巻けないわ、服のボタンははめづらいわ、キーボードは打ちにくいわ、じゃんけんはパーしか出せないわで、一日ですでに疲。

題詠マラソン2005、エントリー締切10時間前に駆け込む。今年はどうしようか迷った、というか、そもそも今年もあるとは思ってなかったのだけど、あまり短歌に対して真摯じゃないけどつながってたいと願うわたしにとっては、やっぱ大切なイベント、なのだろうか。

今日たまたま書店で新潮文庫の『カラマーゾフの兄弟』を開いてみて、あまりの活字の大きさと行間の広さに驚く。確かに読みやすくはあるが、こんなの『カラマーゾフの兄弟』じゃないぞとか思ってしまう。もしかしたら題名は同じでも違うものかもしれない。うーん、何でかわかんないけど、何だかショック。


2005年2月23日(水) 脱熱。

先週の月曜日すなわちバレンタインデーから土曜日まで、ずっと熱でふらふらしてました。会社の隣の席のおっさんの咳によってまき散らされた風邪菌のせいです。ぢつに腹立たしい。今週に入ってやっと平常に戻りつつありますが、小4女子のげほげほは止まないわ家人は突如発熱するわで引き続き今週もえらいこっちゃ状態です。インフルエンザでないだけ、良しというべきか。むー。

地震が起きて、春一番が吹いて、慣れたところから少しずつまた違うところを意識せざるを得ない、そんな時期に在る。


2005年2月7日(月) 生きるための燃料。

一冊の本を探して街から街へ。本屋から本屋へ。歩いて。電車に乗って。見つけられずに、帰る。
毛糸を編む。特に目的があるわけではなく、ただ編むことに没頭する。
友達に借りた村上春樹の『アフターダーク』を読む。どんな記憶も生きるための燃料なのだというある登場人物の言葉が深く心に沈む。


2005年2月6日(日) ダンスの周辺。

本日、神楽坂セッションハウス「シアター21・フェス」vol.51にて、藤園明希さんとの10分デュオ作品『なみにきをつけて』を発表しました。お忙しい中御来場いただいた皆さま、本当にありがとうございました。
うーん。自分のやっていることが果たしてダンスなのかいまいち確信が持てない今日この頃であります。じゃあ、何がダンスなのか、と言われると、「・・・・」だし、じゃああんたのやってることは何なのだ、と言われると、これも「・・・・」というなさけない状態なのですな。幼少からの輝かしいダンス歴や体にしみこんだテクニックがあるわけでなし、ぢつに不器用かつ不自由きわまりない体で「作品」なんてものを発表して、「ダンス」の周辺をうろうろしてるわたしっていったいなんなんでしょう、ね。別に自虐とかそういうわけではなく、そういう問いかけに自分をさらして、自分にいったい何ができるのかを試してみることは結構大事なことだと、今回は特に強く思ったのでした。


2005年1月26日(水) 影から影へ。

朝、雪が降ってました。この冬はそんなに乾燥してないようで、毎年ばちばちくる静電気にもあまり悩まされてないような気がするけど、どうなのでしょうね。

夢のはなし。
いくつも部屋のある家の中を大男がうろついていて、わたしは誰か分からない女の子(小さい頃の妹のような)と一緒に影から影へ逃げる。本当は怯えたり逃げたりしなくてもいいのかもしれないのに、こわがっている。


2005年1月23日(日) ぐるんぐるん。

むちゃくちゃ忙しい1月後半!を目前に、負けちゃいかんと思いつつ怯んでたりしてた2週間前。忙しい、と思うだけで何だか浮き足立ってしまう。冷静にならねば・・・と、いざ突入して1週間経過。
・・・浮き足立つどころか精神的浮き沈みが激しすぎて、すでにへたばってます。少し気を抜くとすぐ睡魔がやってきて、頭がぐるんぐるんしています。リハーサルでもぐるんぐるん回っています。うーん、出口はどっちなのだ。よろよろ。
昨日は午前中リハーサルだったのですが見事に場所を間違えまして。ええ、もう脳味噌ひからびてます。疲れてるんだと思う。でも踊る阿呆なので、いったん踊り出すと自分が疲れていることなど忘れて心のおもむくままに動いてしまうのだ。というわけで、夜は中野にあるスタジオSAIにて、コンタクトインプロつながりのともだちのパフォーマンスにちょろっと参加して、今朝、なぜか体のあちこちがばきばきです。だー。なさけなさすぎ。


2005年1月10日(月) 気がつけば。

大晦日もお正月も過ぎ松も取れて成人の日。そして明日からまたいつもの日々です。
遅ればせながら新年おめでとうございます。今年もなにとぞよろしくおねがいします。

えーと。だいたいこんな年末年始でした。

12/30 家人の実家(岡山県)へ帰省するため、飛行機に乗る。飛行機に乗るのは人生で4度めである。こわい。特に離陸時。気がつくと手のひらに汗がにじんでいる。安定飛行に入って安心していたらいきなりひどく揺れる。震度7くらいは絶対に揺れたと思う。1時間ちょっとしか乗ってないのに、すごく消耗した。ちなみに地上の乗り物に弱い小4女子も高所恐怖症の家人も飛行機は全然平気なのである。空港と機上ではわたしは圧倒的に下位なのである。
12/31  朝、雪が降る。この地方で大晦日に雪が降るなど、30年くらいなかったことらしい。まったくとことん異常気象な1年だったことよ。生まれてはじめてたこやきを焼く。けっこう面白い。
1/1  元日。そしてわたしはまた年をひとつ重ねた。ああ。昨日とうって変わってあたたかい陽射し。嫁らしいことをまたほとんどせぬままに、午後、岡山を発って愛知県にあるわたしの実家へ。去年はおしゃぶりをくわえていた姪がしゃべっていた。
1/3  朝、くりきんとんをトーストに塗る小4女子。トーストにゆであずきを塗る名古屋人もびっくり。
1/4  帰宅。年賀状を書く。いつも実家にいる間に箱根駅伝を観ながら書くのだが、今年は住所録を忘れてきてしまい、帰ってきてから書く羽目に。
1/5  初仕事。帰ってから鶏肉のカレーをつくる。
1/6  やることがいっぱいあって頭の中が混乱状態。帰省から戻って以来、メールチェックはおろかパソコンに触ることもできず。
1/8  乾燥のせいか喉が痛む。ニット帽に顔半分を覆うマスクをしてマフラーをぐるぐる巻いて出かける。とっても怪しい人。初リハ。終わった後、音をさがしに渋谷のタワーレコードへ。
1/9  初掃除。やっとパソコンに向かうことができた。真島スタジオの初ジャムに行けなかったのが残念。

疲れた。


2004年12月29日(水) 初雪。

午前中から降り出した雪は夕方まで降り続き、おかげで何かやろうという意欲がまるっきり欠けたままのお休み初日でありました。12月に初雪、しかも積もるほど降るなんて。だらだらしつつも一応せめてこれだけはと思って、換気扇やレンジ周りは掃除したんですけどね。年賀状も買ってはきたけど結局書けず。いろいろやり残したままで今年も帰省するのでありました。


2004年12月27日(月) 1941年12月、パリ。

昨夜から喉が痛みだしてきたのでお茶で何度もうがいする。タオルを首にまく。のどあめをなめまくる。痛み始めの時に徹底してケアすれば大丈夫と信じて免疫力を高める。年末年始に風邪なんて洒落にならないので、今朝、万全を期して普段飲まない風邪薬をきっちり規定量飲んだら効き過ぎてしまい、午前中だるくてねむくてまったく使いものにならなかった。帰りの電車でもまだねむく、読んでいた『1941年。パリの尋ね人』(パトリック・モディアノ/作品社)を何度も手から落としそうになる。1941年12月31日の新聞に掲載された「尋ね人広告」を偶然目にしたモディアノが、50年経ってその「尋ね人」であるユダヤ人少女・ドラの足跡を追いもとめる、というもの。現在のパリもドラがいたナチスドイツ占領下のパリも、行ったことなどないという点では、同じくらい、遠い。モディアノの言葉と地図だけを頼りに想像する、1941年12月のパリ。

ドラが脱走した日、十二月十四日の天気が良かったかわかるとよいのだが。たぶん冬のある晴れた穏やかな日曜日で、ぽっかりと穴のあいた気分、永遠に時が止まった気分に浸っていられる一日だったろう。ーー時の流れが止まり、この時間の裂け目をすり抜けさえすれば、やがて締めつけられてくる時代の万力を免れることができるという錯覚。
(パトリック・モディアノ著/白井成雄訳『1941年。パリの尋ね人』作品社 1998年)


2004年12月25日(土) なまけもの。

クリスマスイブはリハーサルでした。そういえばツリーも出してなかったなあ。でも、サンタ役(寝ている小4女子の枕元にプレゼントを置く)はやりましたよ。今日はケーキも食べたし。ワインも飲んだし。
ああ、でもクリスマスが終わると本格的に年末っ!って感じで、いきなり気持ちが多忙モードになってしまいますね。それがちょっとね。少々、気が重いですね。つまり怠け者なんですね。


2004年12月23日(木) 地獄少年うしみつくんモード。

昔、江口寿史のマンガで「地獄少年うしみつくん」てのがありまして。
たまーにあんな感じです。
や、丑の刻まいりはしませんけれどもね。
夜、自転車で疾走しながら「地獄におちてしまえ!」とかシャウトするくらいで。
叫んでて虚しいです。
はぁ。


2004年12月21日(火) 冬至です。 

なんかやたらにかなしくてつかれたせいか、ねむくてしょうのない先週でした。『オーデュボンの祈り』(伊坂幸太郎/新潮文庫)を読んだ後、少し前にブックオフで百円で買った後放置してあった『地上から消えた動物』(ロバート・シルヴァーバーグ/早川文庫)を読む。『オーデュボンの祈り』にリョコウバトの記述がなければ、きっともっと放ったらかしだったかも。絶滅した動物のほとんどが、天敵のいない環境でのんびりぬくぬく暮らしていたが、突如現れた外敵(人間や人間の連れてきた動物)に対し身を守るすべを持たず、おまけに繁殖力も低く、さらにはその肉が美味であったゆえに短い期間のうちに大量殺戮され、気がついたらいなくなってた、手遅れだった・・・というわけである。鈍くさい上に美味だったのが致命的であったのだが、最初あんまりうじゃうじゃいたものだから、ちょっと多めに狩ったところで絶滅するなんて誰も考えが及ばなかったのである。ドードー然り、ステラーカイギュウ然り、オオウミガラス然り、リョコウバト然り。そのあと、友達から借りた『海辺のカフカ』上・下(村上春樹/新潮社)を読む。自分のコントロールの及ばない、時に暴力的な何かとどう折り合っていったらいいのか、断ち切ればいいのか。他者、システム、自分自身にひそむもの。

今日は冬至。明日から少しずつ日照時間が長くなると思うと、少しほどけた気分になる。


2004年12月14日(火) あまりにも無敵。

その悲しみはあまりにも無敵で、わたしには触れることさえできなかった。共有などは最初から拒まれていて、ただ黙って受け入れることだけを望まれているような気がした。わたしの胸の内側はその悲しみで耐え難いまでにびしょ濡れになってしまい、やがて黙ってそこを離れた。

おゆるしください。


2004年12月6日(月) 駅 古本 ひと。

地下鉄東西線神楽坂駅の神楽坂側改札にはスチール棚があって、乗客が寄付した古本が並べられている。あまり読みたいと思うものはないが、かなり年季が入ってて変色した『チボー家の人々』1巻から7巻までとかあったりして、なんとなく眺めてしまう。何年か前の文藝春秋の芥川賞発表号があったので開いてみたら、堀江敏幸さんの『熊の敷石』が掲載されていて、審査委員だった日野啓三さん(故人)が、堀江さんの作品に好意的な選評を寄せているのを発見し、この僥倖と言ってもよい出会いについつい顔がゆるんでしまうのであった。へへ。


2004年12月5日(日) 夢の鴨。

朝方、鴨に似た鳥が黄色い嘴を何度も何度もフェンスに打ちつけて壊そうとしている夢をみる。追い払っていなくなったと思ったらまたやってきて、がんがんやっている。・・・・10時過ぎに起きて、12月というのに異常な暖かさ(というか暑さ)と真っ青な空に驚く。外を歩けば、桜紅葉も銀杏黄葉もすっかり落ちてしまい、折れた枝が路上に散乱して、 相当強い雨が降ったような・・・って、事実そうだったわけで、わたしは全然気づかずに熟睡していたのですね。もしかして、鴨がフェンスに嘴をがんがん叩きつけていたというあの夢は、その雨や風の音のせいだったのかな。あとで聞いた話によれば、台風並みの低気圧が急速に発達したのだとかで、電車が止まったり停電したところもあったらしい。やっぱり今年の天気は異常だ。いきなり氷河期になったらどうしよう(そういやそんなハリウッド映画あったな)。


2004年12月1日(水) ごもくうどん おしるこ グレープフルーツ。

12月。December magic comes again〜♪(by Kate Bush)  いえ、サンタクロースなど待っているわけではありませんが。
小4女子が毎月もらってくる小学校の給食献立表を見ていると、時々顎のはずれそうなほど衝撃的なミスマッチメニューに出会うことがあって、あたまがくらくらしてしまいます。ちなみに今日の献立は「ごもくうどん おしるこ グレープフルーツ」でした。・・・うどんとおしるこって一体どうやったら思いつくんでしょうか。ちなみに小4女子はおしるこのお代わりをして胸やけがしたそうです。しかし、今月はさらに「ほうとううどん ウインナーマヨパン ヨーグルト」というこれまたわけのわからないメニューが控えているのでありました。魔の12月であります。


2004年11月29日(月) 神が(あるいは睡魔が)支配する。

昼間はそれなりにあったかいけどやはりさすがに朝夕は寒い。土曜日の朝、上り電車の窓からすっかり冠雪した富士山を見た。空気がだんだん乾燥して透き通っていく、関東地方の冬である。
先週、『残酷な神が支配する』(萩尾望都)が文庫になっていたのを発見して衝動買いしてしまった。今更ですが、まあ、流行っている頃はなんだか手に取る気になれないあまのじゃくな性分なのね。意識しようがしまいが子どもにとって親は絶対的な権力をもっているというのはこれはもう明らかなことで、大事なのはそのことを自覚しつつ畏れつつ、だが逃げたり知らないふりをしない、ってことなのだと言葉で言ってはみても、うまくいかないのが現実なのよね。みんな体の中でわけのわからない力が吹き荒れていて、翻弄されて、支配されて。飼い馴らす、ということとはまたすこし違うような。
最近時間の使い方というか体力の配分がうまくない。やらなきゃいけないことがいっぱいあるのに、力つきて一日が終わってしまい、なんだかいらいら。睡魔が支配する。はへ。


2004年11月20日(土) やられた。

今年も残すところ約40日となったが、今年はあまり本を読んでいないことに気づいた。去年の半分くらいの読書量。ダンス短歌ダンス短歌な日々のしわよせはこんなところにきていたわけかー。とほほ。
そんなこんなで先月やっと『富士日記』(武田百合子/中央公論新社)全3巻を読み終えた。上巻を読み出したのは確か夏じゃなかったか?遅読。ただただ日々の食事やら買い物の記録がおもしろくて読んでいたようなものだった(食い意地がはっているのだ)。上巻と中巻はほんとにそれだけで楽しく読んでいたんだけど、下巻は読んでいるうちにだんだん悲しくなって、少し泣いた。下巻では夫である泰淳氏が病に倒れ、死を強く意識せざるをえない状況にあるので、その対極にある、普段通りの日々の食事や買い物といった、生きていくために必要なこまごまとしたことがぐっと胸に迫ってくるせいだろうか。読んでいていちばんかなしかったのは、飼い猫のタマがいろんな生きものをいたぶって殺してしまうのを怒りもせず止めもせず、そのたび放り出された死体を埋めた、というところ。なんでこんなに受け容れていられるのか、と思うとかなしくてしかたなかった。
今週ひさびさに図書館へ行って、堀江敏幸の『一階でも二階でもない夜』を借りた。もう今年は堀江敏幸漬け。ぱらぱらとめくっていたら、終わりの初出一覧のページに野草の押し花が挟んであって、なんだか今まで知らなかったツボをきゅっと押されたみたいな感じで、あ、とか思わず声に出てしまった。やられた。


2004年11月15日(月) はーべすと。

カウボーイビバップのDVD-BOXが12月発売予定。定価42000円がオンライン予約だと20%オフ。どうしよう♪どうしよう♪

はー。なんだかいろいろあってばたばたしていた10月中旬から11月でした。暦の上ではもう冬なんですね。夜中に空を仰げば冬の星座が昇っています。超大型の台風が来て新潟で地震があってイラクで日本の若者が殺されてブッシュが再選されて(って書いてるとなんかもうすっかり過去のことみたいだ)、そんな世の中の荒波にちらちら横目を走らせながら、極私的なことごとにまみれて浮き沈みしてました(してます)。

10月末、題詠マラソン2004、めでたく完走しました。
今年はかなりダンスダンスな毎日で、なかなか短歌のスイッチが入ってくれなくて、一時は完走できないかもと思いましたが、どうにかぎりぎりで100首詠みました。ダンスしていると歌が詠めない→言葉とかかわっていないとからだが荒れ地状態になる、という状況をなんとかしたくて参加した去年に続き、今年も参加してみたわけですが、少しはそのへんクリアしつつあるのかなとかいやいやそんなかんたんなもんじゃないよとか、まぁでも確かにそう簡単にたどりつけるはずもないわけで。まだまだです。今年もつきつめないまま出してしまった歌が何首かあったし、じたばた反省。でも、自分がめざしたい歌のかたち、っていうのが何かおぼろげに見えてきたような?気がして、これはこれで新しい収穫かな、と思うのでした。

11月に入って、風邪をひいたり(もう治りました)、今年もまた地域の子ども祭りでわたあめを作ったり(今年はやらないぞとか思ってたけど見ていたら結局やりたくなってしまいました)、大倉山で踊らせてもらったり(天気にも恵まれ、いい感じのひとときでした。野外で即興、というのは楽しいけど、課題もいーっぱいです。一緒に踊ってくれた方、音をくれた方、観て下さった方、もろもろ感謝です。しかし、コンクリの上で裸足で1時間踊った後は、腰が・・・)、そんなこんなで暦の上だけでなく、秋から冬へ。今日は吐く息も白く、寒い1日でした。


2004年10月16日(水) 晴れますように。
うー。しばらく雨続きでした。昨日は久々に青空が拝めたけど、今日は寒かったな。 金木犀も連日の雨ですっかりこぼれてしまって。
9日に観測史上最強の台風22号が関東を直撃した日、わたしは無謀にも横浜STスポットまでダンスを観に行ったのでありました。まあ見ているうちに台風も通過するだろうという甘い考えで。しかし、STビル前の道路が冠水して車がほとんど沈んでたり人が腰まで水に漬かっているのを見た時にはさすがに多少血の気がひきました。帰りはなんとか回り道して濡れずに駅に着けたし、電車も走っていたので、その日のうちに帰宅することができたけど。被害を受けた人がたくさんいることを考えたら、ホントに運がよかっただけだとつくづく思いました。分別がないと言われてもしょうがないし、たぶん普通だったらこういうことしないと自分でも思うんだけど、何かに突き動かされたのかなあ。自分の欲求を通したかっただけかもしれない。でも、こういうのって大事なことのような気がする。
ダンス情報 のページ、更新しました。今年も大倉山で踊ります。昼は屋外で生演奏とのセッション、夜は室内で小作品を。どうぞよろしくお願いします。晴れますように!


2004年10月5日(月) 物欲。

雨。旭川の古書店から、ネットで注文した本が届く。ネットがなければ旭川の古書店の本なんてとうてい手に触れることなんてなかっただろう。版元でも品切れしてた本だったから、すごくうれしい。
そういやこないだ、リハの前にたまたま立ち寄った自由が丘の古書店で、鮎川哲也の品切れ文庫本が揃って並べられていて、もう自制心がふっとぶのを感じましたね。当然、自分の持ってないものはがっつり買いました。しかし、物欲らしいものって、ホントに本にしか感じないみたい。うーん。
眠いので、寝ます。本を読むのはまた明日。


2004年10月3日(日) たぶん明日も雨。

寒。昨日はとっても暑かったのに、この落差はいったいなんなんでしょう。しかもなほ雨。朝、ふとんの中で雨音を聞いたとたん、本日の全てを投げ出して眠りの世界に逃避してしまいました。というわけで、起きたのは11時。ああ、一家の主婦(って、自覚してんのか?)にあるまじき事態でございます。でも、昨日のうちにお掃除もしたしおふとんも干したからいいんだもーん。もーん。もーん。←むなし。
雨だとついつい怠惰が許されるような気がして、いけません。や、でも怠惰というわけではなく、平日なかなかできないことをいっしょけんめいやってるだけなんですけどもね。録画するだけして見てなかったパフォーマンスのビデオを見てどん底に突き落とされたりとか、ジャケ買いしたはいいけど買ったきり聴いてなかったCDを聴いて自分の直感力のなさによろめいたりとか。いやもう生産性ゼロ。だって雨だもの。

夕食のスパゲティジェノベーゼは小4女子には不評でした。ちなみに彼女は茸もあまり好きではありません。

夜も雨音を聞きながら眠りました。そういえば、今日は、今年はじめて金木犀の匂いを嗅いだなあ、とか思いながら。
そして、たぶん明日も雨。

たぶん明日も雨 しずみやすいあのひとのからだに蔓をからませておく / 岩崎一恵


2004年9月24日(金) 洗濯機と水族館。

彼岸です。
暑さ寒さも彼岸まで。
まあ確かに過ごしやすくはなってきてます。もう夏ではない。たとえ日中30度越えても。でも、もう30度ちょっと越えたくらいじゃへっちゃらって感じです。
あたらしい洗濯機がうちに来てもうすぐ2週間。よく働いてくれて助かります。最初のうちは、ちょっと扱いのむずかしい、よくわからない子(最新式ではないけど新型機能が搭載されているあたりとか)だなあとか思って(まるで新しいメイドを雇った女主人の気分)、ついついその仕事ぶりを監視しに行っちゃったりしてましたが、まあ、マイペースでもくもくと働くタイプの子のようです。
あー、それにしても今月はなんかつかれぎみ。本が全然よめません。題詠マラソンはちょっとがんばって、やっとこ50首詠みました。でもまだ50首。あと50首。あと1ヶ月ちょっと。詠めそうで詠めなさそうな微妙なとこです。はあ。
昨日は小4女子を連れて水族館に行きました。祝日ということで、かなり混雑していたけど、人間以外の生き物を見ていると、なんか楽しくなってきて、つい気分がはしゃいでしまいました。はしゃいだあまり、泳ぐ魚たちをあんまり一生懸命見てしまったので、2人とも目が回って少しふらふらになっちゃいました。それはそれはいろんないろといろんなかたち。でかいさかなにちいさいさかな。エイにウツボに海へビに、カニやエビやクラゲやイソギンチャク。屋上ではペンギンやペリカンに会いました。しかしペリカンってあんなにでかかったっけ?あのくちばし。かなり強そう。ケンカしたら負けるな。しないけどさ。
水族館を出たら、ショッピングモールの一角で猿まわしをやってました。逆立ちジャンプや竹馬ジャンプ。でも、身についた(つけさせられた?)人間くさいしぐさがいちばん笑えてしまって、いったいなにがおかしいんでしょう。不思議。


2004年9月4日(土)水難。

今朝、いつものように洗濯をして・・・と、洗濯機の様子が何かおかしい。洗濯槽に水がたまらず、排水されてしまう。もう12年使っていて、多少水漏れはしながらも、昨日までは元気に洗濯してくれてたのだが。しかし、わたしの仕事が休みの日に止まるとは、機械ながら何と気の行き届いたヤツであることよ。 さらに、わたしは2、3日ほど前に洗濯機を買い替える夢をみており、その時は現実の洗濯機が動かなくなるなんて、全く思ってもいなかったのだが・・・ ちゃんと夢でも予告してくれていたとは、機械ながら何と律儀なヤツであることよ。
そういうわけで、夢のお告げに従い、近くのサトームセンまで洗濯機を買いに行きました。最近の洗濯機は乾燥機にもなるようで、最新式のものはやはり20万円近くするのですが、普通の全自動式洗濯機で、しかも容量の少なめのものだと、諸費用込みでも4万ちょっとでおさまってしまい、「・・・本当に動くのか?」といささか不安を禁じ得ませんでした。まあ、それは実際に使ってみないとわからないことなのですが。が、しかーし。こちらの事情と配達側の事情が合わず、洗濯機が我が家にやってくるのは1週間後。しかたなく1週間はコインランドリーのお世話にならねばです。歩いて2、3分のところにコインランドリーがあるとはいえ、ああ、めんどくさい。他にどうしようもないから余計連呼したくなる。めんどくさい。ああめんどくさい。
そして、夕方から雨。雷を伴い、激しく降る。降り出して1時間のうちに、排水溝から道路へと水があふれる。雨の中を少し買い物にでたら、吹きつける雨で腿のあたりまでびしょ濡れ。傘をさしていても、家に着く頃には髪やシャツまで濡れてしまった。首都圏に大雨洪水警報。水難な1日。


2004年8月31日(火) 台風そして葉月尽。

オリンピックそして台風と共に終わる八月。直撃された各地の被害の様子をTVで見ながらただただぼーぜん。 自然の暴力的なエネルギーの前では、人間もどうしようもないんだなあと思う。そういう危ない惑星にやっとしがみついてるちっちゃな生きものなんだ。そんなことを何度も思っては忘れて、また思い出す。

さて、先週の金曜日、神楽坂セッションハウスでの公演「大樹近作集」、おかげさまで好評のうちに終了することができました。観に来て下さった方々、ありがとうございました。ぺこ。
なんかこれが終わったとたん、夏が終わったような気持ちになってしまって、さみしいわたしです(笑)。
それにしても、やはり歳なのでせうか、基礎体力がないせいでせうか、疲労がすぐに抜けなくて(とほほ)。おかげで次の日曜は、まるで深海の底で生きる海老のように爆睡すること12時間。地層の深い部分からしみだした水のような夢をみました。

さてさて、9月は歌を作らなくちゃです。題詠マラソン2004。ゴールが遠い。9、10月まで、1ヶ月に30首ちょっとずつ詠めば完走できる・・・って、できるのか?(汗)


2004年8月23日(月) 麻婆豆腐よりはまし。

明日は小4女子10歳の誕生日。 今日は前祝いということで餃子を作ったが、あまり誕生日のメニューとしては似つかわしくないかも。うーむ。麻婆豆腐よりはましかと思ったんだが。果たしてお誕生日にはどんな料理が合うのだろう。ちなみに元日が誕生日のわたくしの場合、毎年否応なくおせちとお雑煮である。合うも合わないもないのである。

今日はいきなり涼しくて、夜は雨。台風も来ているらしい。なんだかんだと言いつつ、秋である。あっというまの八月である。友人のひぐらしひなつさんが去年出した歌集の批評会に参加したり(歌集の批評会なんてはじめてだったので、どんなものかと思っていたが、結構フランクな雰囲気で興味深い話がたくさん聞けてよかった)、岡山と愛知と、両方の実家に帰省して、焼肉を食べたり回転寿司に行ったりプールに行ったりお墓参りをしたり、オリンピックのおかげですっかりTV漬けだったり、んでもって今週金曜日の本番に向けてリハの日々だったり、何だか書いたり読んだりする気分にならなくて、日記も滞りがちだったり。

てなわけで、今週金曜日8/27、20時より、神楽坂セッションハウスにて「大樹近作集」是非によろしくなのです。そして翌日は学童のドッジボール大会。疲。


2004年8月1日(日) ボディの色はブルー。

葉月。って、先月は一回しか日記を更新しなかったです。どひゃー。公演終了から1週間たち、徐々に生活が戻ってきています。公演を観に来て下さった方々、応援して下さった方々、本当にどうもありがとうございました。
今回の公演は、テーマ(1914〜1923年に起きたギリシャの集団虐殺)がはっきり打ち出されており、メッセージ性もかなり強いものだったので、そのへんは(特に表現方法についてなど)賛否両論ありますが、こういう、日本人だったら思わず退いてしまいそうな重いテーマに正面から向き合ったイオアンナは、やっぱすごいなと思ったのでした。強い動機に裏付けられたダンスは、強い。
構成としては、イオアンナのインプロ・ソロがメインで、他のダンサー(日本人11人、オーストラリア人1人)は、床を転がる、階段を転げ落ちるといったムーブメントにほぼ徹したわけですが、わたしにとっては、リハも本番も含めて、この「転がる」ということがとても奥深く、興味深いものでした。動きがシンプルなだけに、ごまかしがきかないし、この動き、「転がる」という振付の中だけで「表現」することを求められる。体を分節化し、コントロールし、接触面と体の関係を考え、動きの動機やイメージをふくらませ・・・。いや、やってみると結構大変でした。でも、日頃コンタクトインプロとかで転がり慣れてて、体と接触しているものとの関係とかについて考えたり実践したりすることは多かったので、今回は本当に助けられました。いやあ、やっててよかったっすよコンタクトインプロ。

そして、明日からまた今月27日の本番に向けて、走り出します。去年1回やったナンバーではあるけど、何せリハの回数はイオアンナの作品に較べれば圧倒的に少ないので・・・でも、去年よりいいものがお見せできるよう、がんばらねば。

あと、全然関係ないけど、iBookのOSを9から10にアップグレードしました。というのも、かわいいかわいいipod miniのためさー。ちなみにボディの色はブルーです。アップグレードや環境設定にえらく時間はくわれたものの、どうにかこうにか、動かしてます。


2004年7月21日(水) 暑。

がー。暑いです。1ヶ月も間が開いてしまいました。皆さん、うなぎは食べましたか?とうとう公演まで残り3日となってしまいました。先週あたりから何か左肩が張るなーと思っていたら、鎖骨の先端あたりに固い突起ができていて、なんじゃこりゃ?と思って整骨院に行ってみたら、ガングリオンと言われて、なんじゃそれ? と訊ねてみれば、どうやら脂肪の固まったものらしく、特に悪いものではないらしい・・・とはいえ、あまりいい気持ちはしない。異物、って感じで。ここんとこめちゃくちゃ片寄った体の使い方をしていたので、そのせいかもしれない。ああ。座骨のあたりにもタコができちゃったし、今までになく変形しているわたしのからだ。
しかし、暑いです。昨日会社を出たとたん、なぎたおされるような暑さを感じました。熱波。大手町で39度だったとか。こんなところに無防備でいたらマジで死んでしまうと思い、地下鉄に逃げました。
しかし見回せばコンクリとアスファルトだらけ。エアコンの吐き出す外気も加わって暑いのはあたりまえ。砂漠の民になった気分ですわ。み、水。
とにかく、あと数日でどうなるのか。何が残るのか。もう走るのみ。


2004年6月20日(土) 歯痛に台風。そして食欲。

強風、加えて真夏のような日射しと湿度。台風のエネルギーってすごい。そして今日は毎年恒例の学童保育所のバザーの日。父母たちは食べ物メインの模擬店を出し、強風にいろいろなものを吹き飛ばされながらもがんばりました。わたしも歯痛に耐えながら、バーベキューセットでフランクフルトを焼きました。困るのは、焼いているうちに食べたくなってしまうこと。歯が痛い人間にとって、これは苦しい・・・だが、食欲は歯痛を凌駕するのだ。歯痛をうわまわる食欲。こんなに痛かったら食べないでしょう?!つーか、食べたら痛いでしょう?!って思うんだけど、食欲はそんなことお構いなし。と、いうわけで、
・・・フランクフルト、焼き鳥、カレーライス美味しゅうございました(泣)。
・・・鶏唐揚げ、ポテトフライも美味しゅうございました(泣)。
・・・焼きそばも食べたかったです(泣)。
それにつけても歯痛に台風。体の内と外で荒れ狂うもの。

ダンス情報 のページ、更新しました。7月と8月、いつもお世話になっている、ダンサーとして創作者として尊敬する人たちの作品に出演します。どうぞよろしくお願いします。


2004年6月19日(土) 修業が足りない。

痛い痛いとにかく痛い。ひっきりなしに痛むというわけではないのだけど、痛い時は、壁に額をがんがん打ち付けたくなるほどに痛い。よし、こういう時こそ踊ってみよう!踊るべきだ!と思い、踊ってみましたが、ますます痛くなってしまい、2分もたたないうちにへたりこみました。まだまだ修業が足りないようです。

歯医者の予約がとれないので、せめて美容院の予約をとることにしました。
それにしても1週間、よく耐えていると思います。薬の効きも悪くなってきました。ああ。仕事の後とか、疲れがたまると痛みがきりきりやってきて、泣きそうです。今週はよい天気が続いていることだけが、救いです。
いちばん困るのは、やはり食べることです。いくら固形物が食べられないからといって、1週間ウィダーインゼリーとか野菜ジュースとかヨーグルトとかコンビニのグラタンとかばかり続くと、体の別な部分が拒否反応を示し始めるので(栄養がどうこうというのではなく)、せめて麺類かごはんものを、と思って食べるのですが、もう、食べるだけで体力を消耗する・・・。
そんな日々の楽しみは、高橋源一郎の『日本文学盛衰史』(講談社文庫)を読むことなのさ。でも、歯はやっぱり痛いのさ。


2004年6月16日(水) 歯がいたいのだ。

先週の土曜日の朝、目が覚めたら、右の上下の親知らずがものっっすごく痛くて、
こんなすさまじい歯痛に見舞われた目覚めは正直生まれて初めてだったので、
できるならもう一度眠ってリセットしたいと思ったのですが、
それすら許してくれなさそうなほどの痛みで、
たぶんこれは前日までに蓄積したもろもろの身体疲労が一気にここに集中したんだろうなあと思いつつ、
あまりの痛さに泣きそうになりながらも
とにかく、
やっとこ、
立ちまして、鎮痛剤を飲みました。

神経が鈍麻している間は、いろいろやれたりもするのですが、薬が切れてふたたび痛みが復活すると、一気にやる気がどん底です。そして、とても固形物が口にできないので、ウィダーインゼリーとか野菜ジュースとかヨーグルトとか、そういう生命力のでないものばかり食さざるを得ず、ますますやる気がマイナス状態に・・・

いやー、痛みには耐性があると思ってたんですけどね。
ここまで痛くならなくてもよさそうなもんですけどね。

もちろん、その日のうちに強引に歯医者に予約をねじこみました。案の定親知らずの周辺が炎症を起こして腫れ上がっており、虫歯ではないということでしたが、それは何であれやっぱり抜かなきゃダメってことなんでしょうか。はううう。とりあえず腫れ止めと痛み止めの薬をもらいましたが、予約の関係で治療はもうちょっと先になりそう。それまでこの痛さに耐えられるのだろうか?

さらにその夜、発熱してしまい、
翌日の日曜はほとんど寝てました。
寝て治るもんでもないのですが、痛みは体力を消耗させます。

はぁぁぁぁぁ。

というわけで、現在、薬でなんとか抑えてはいるのですが、普通のごはんがまだ食べられず、栄養面がいろいろ不安なので、ついサプリメント系に走ってしまいます。うーん。いいのか悪いのか。やはり錠剤だけで生きるのは味気ない。昔はその方がいいと思っていたのですけどもね。食べることに関心がなく、面倒くさいと感じていた頃、ありました。


2004年6月8日(火) さっさと種をまかないと。

2週間の間に、芒種。そして梅雨入り。
さっさと種をまかないと、また機を逸してしまう。なにごとも。
と、思いつつ、日々の慌ただしさに流されてしまいそう。
右の耳の穴をいじりすぎて、血が出てしまった。
髪を切りたい。歯医者にも行った方がいいかもしれない。

2、3日前から、鳥がかん高く鳴き交わしている。ひよどりかとも思うが、この時期に鳴くんだろうか。そういえば、猫たちの姿も最近見ない。どこで雨をしのいでいるのだろう。

いろんなことが頭の中で混濁としている、雨の日々である。


2004年5月26日(水) 表層生活。

暑かったり寒かったり台風が来たり、油断のならない日々です。そしてもうすぐ5月も終わり。
ちなみに4日以降はこんなんでした。

5/5:立夏だってのに寒すぎ!新しいスニーカーを買う。
5/8:とてもよい天気。代々木公園をふらふら。草の上で無防備に眠っているひとの姿をついつい観察。
5/9:うってかわって雨。千駄木のブリックワンへ、ダンスシードというショーケースを観に。ダンサーのひとりが勢い余って足で壁に穴をあけてしまい、観客大爆笑。関係ないけどこの日は母の日。家族よりカーネーションとキーホルダーをいただく。
5/10:夕食、生たらの味噌漬け焼き、というものに挑戦してみる。失敗。
5/11:夏日。職場の冷房寒すぎで肩が凝る。
5/12:五香粉とカルダモンと、白米に混ぜて炊く雑穀ミックスなるものを買う。あわ、ひえ、きび、発芽玄米、麦、白胡麻、あと数種の穀類の他に、なぜか寒天が。謎。
5/13:夕食、麻婆豆腐。ここんとこ1週間に1度は作っている。だって簡単ですぐにできるんだもん。つまり手抜き。でもレトルトではないのよん。題詠マラソン、ひさびさに投稿。こんなんで完走できるのかな・・・うう。
5/16:久々にダンスでグルーヴする感覚が。GW前から借りっぱなしになっていた本を返却する。堀江敏幸漬けだったのだ。『おぱらばん』『いつか王子駅で』『雪沼とその周辺』『ゼラニウム』。あ、あと岩波文庫の『サキ傑作集』も読みました。サキを読んだのは初めてだったけど、面白かった。
5/19:台風が近づいてきているせいか、眠い。しかも新月。
5/20:夜、イオアンナ・ガラゴーニさんのリハ。床に仰向けで寝たままひっきりなしに痙攣する動きっつーのをやってたら、お尻のちょうど蒙古斑のあたりの皮膚が擦り剥けてしまった。えーん。
5/22:小4女子が1泊2日の合宿に出かけるため、母は5時起きでお弁当づくり。当人は前々日から準備した大きなリュックをしょって出かけていったが、案の定忘れ物をしてるし。やれやれ。まあ弁当とおやつと水筒と着替えは持っていったから、あとは何とかするだろう・・・とは思うが。と、やや心配性の母。
5/23:ひさしぶりに真島スタジオのコンタクトインプロのジャムに参加。小4女子が帰ってくるのであまり長くはいられなかったけど、ひさびさのコンタクトは楽しかったー。そして、小4女子は、房総の海で妙な野性を身につけて、奇怪な雄叫びをあげつつ帰宅したのでありました。

とまあそんなこんなでとりあえず。


2004年5月4日(火) たこやきを食い、猿を見て。

換気扇とゴミ箱を洗い、台所の窓を磨き、ふとんを干し、ベランダに放置されっぱなしの植物の屍を片付け、玄関を掃除し、約10年ぶりに(!)カーテンを買い替え、合間に小4女子と遊園地に行ってジェットコースターに乗り、たこやきを食い、猿を見て、やはり掃除は気づいた時に即、こまめにやるべきであると反省したGWの日々でありました。


2004年5月1日(水) ダンスダンスダンス。

気がつくともう5月。夏も近づく八十八夜。がー。先月は日記も2回しか書いてないし、題詠マラソン2004はじぇんじぇん投稿しなかったし、いかにダンスダンスダンスだったかっつーことですか。
2週間にわたるマイケル・シューマッハのワークショップを受講して、何が一番よかったかといえば、感情や感覚だけでなく、知覚も含めて「感じて」いるのだと思ったこと、そのことによって「感じる」ことの入り口とかとっかかり、が広がったこと、だろうか。たとえば、今、ただぼーっとしているだけでも、目はいろんなものを見ているし、耳はいろんな音をとらえているし、皮膚は常に何かに触れている。そういったことにもっと意識をフォーカスさせてみる。そうすると、普段見なれているもの、聞きなれているものでも、結構こぼしている情報があることに気づく。インプロを楽しむ、ってのは、自分のからだ(やこころ)を含めた<世界>の中にどれだけ「遊べる」材料を見い出していけるか、どれだけ飽きずに「遊べる」かということなのかなと思うのだけど、そのための非常にシンプルなやり方を教えてもらったように思う。けど、シンプルというのはすごい。それは、今、単純に、生きてるってことにつながることだから。
生きている限り、生きものはからだを持っていて、からだは生きるためにいろんな情報を瞬時に取捨選択して、決断する。そして、他者に対して、外界に向かって、行為する。からだを置く。投げだす。さらす。
でもって、ダンスパフォーマンスということになると、そのへんをいかに瞬時に、いかにクリアに、いかにわがままに、いかに関係しつつ、ということかもねと思ったりして、観に行きました。4月30日、青山円形劇場『Impermanent Settings』(出演:マイケル・シューマッハ、伊藤真喜子、牛川紀政(音響)、片寄広志、勝部ちこ、樋口信子、三浦宏之、福田玲子(照明)、ヤスキチ)。去年とは場所もメンバーも違うけれど、今回もあらゆる意味でみんな大人だなあ・・・と思ってしまった。いろんなことがあちこちで起こっているのを見ているうちに、1時間あっというまに終わってしまって、「え、もう?!」って感じで・・・わたしだけかもしれないけど、もう一山あってもよかったような、ちょっと不完全燃焼だったような気が・・・うーんんんん。でも、終わりに近づくにつれ、選択肢は少なくなってくるし、終わり方ってホントに難しいのよね。とっ散らかすだけなら簡単だけど、それだけではパフォーマンスにならないから。などと言いつつ、見ている側からすれば、予定調和もいいけれど、欲を言えばその限られた選択肢の中で意表をついてもらいたかったりもして(ってこれは終わり方に限ったことではないけど)・・・あー、書いたこと全部自分にはねかえってきて、痛てててて、ですわ。ぐぐ。
★面白かった、印象的だったこと:真喜子さんと広志くんの靴デュエット。ちこさんがお蔵だし(?)の金色の超ミニワンピース着て踊るソロ。これも靴がからんでた。ワンピースといえばヤスキチさんのワンピース姿、つーかスカート姿なんて初めて見た。あと、舞台上に光が細い線を作っていて、信子さんがそれに絡みつつ踊るシーン。きれいだった。それから、すごいあまぁ〜いラブソングって感じの曲がかかった時に、また真顔でベタなポーズをするマイケル。それに「ちがうとおもう」と笑顔でつっこむ真喜子さん・・・おかしすぎだってば。しかし、マイケルって、何をしてもおもしろい、というか、かわいい、というか、おちゃめなキャラ。この魅力はどこからくるのでしょう。今回のワークショップでもパフォーマンスでもつくづくそう思ってしまった。
(余談。青山円形劇場って、面白い空間ではあるけれど、インプロを観るにはちょっと窮屈に感じたし、観る側とやる側との間に距離があって、居心地がいいとは言えないのだが、その距離を縮めるためにマイケル達は本当にいろいろやっていたなあと思った。)

というわけで、ダンスダンスダンスな4月が終わり、GWは家の掃除に明け暮れる予定。5月はダンスダンス短歌くらいになるといいですが。さて。


2004年4月23日(金) 結局はそこに。

というわけで、ずっと風邪でした。微熱がぶり返したり、鼻水がとめどもなかったり。脳みそのしわの間に溜まった老廃物が水に洗い流されて、鼻水になって出るわ出るわ、って感じです。
さて、マイケル・シューマッハのワークショップ、2週連続で受けてます。去年も受けたのですが、今年はより腑に落ちることが多かったり、シンクロすることが多くて、ああわたしはこれまでいつたい何をやってきたのだらうという感じです。ダンス、というより、今、生きて、ここにいるということ。五感の奥深さを感じること。人間として、生きものとして、どう在るのか、ということ。テクニックも大切だけど、結局はそこに行きつく。


2004年4月13日(火) だるくねむい。

先週の土日、とあるリハーサルにて普段使わない筋肉を酷使した結果、筋肉痛。また、気温の変化が激しく、喉を痛めた結果、発熱。ああ。明日からは森下スタジオでマイケル・シューマッハ(レーサーじゃないのよ)のインプロダンスワークショップがあるっていうのに、何でこうなるのだ。そういや去年もマイケルのワークショップの前に体調を崩していたんだった。いえいえ、けしてマイケルのせいではありません。
全然関係ないけど、今日スーパーで買い物をしたら666円でした。しかも財布の中にきっちり666円あって、きっちりお払いしてしまいました。おーめん。熱のため家で寝ていたら、きれぎれに夢を見て、疲れました。発車間際の列車に乗り込んだ途端、忘れものをしたことに気づいたりとか、女子トイレの中にまでついてくるストーカーとか、その他いろいろあったけど忘れました。これも全然関係ありませんが。熱が出たらわたしはもうさっさと医者に行きます。市販の薬を飲んだところですでに手遅れ。もう長引かせるだけで完治しないからです。同じお金がかかるなら、さっさと治ってくれた方がいいからです。そういうわけで現在すっかり薬漬けです。だるくねむい。むごく静かに殺せ。ああもちろんここは眠るべきなのでしょうが、そうはいかないのが人の世の哀しさですね。堆積する雑事。
とにかく、もう寝ます。
夢のなかプラットフォームに置いてきぼりにした誰かのために。


2004年4月9日(金) 剥いては食い。

先週の土曜にパフォーマンスをやって、その後体調を崩しました。また更年期障害か?と思いましたが、どうやらただ単に血糖値が低かったようです。昼ごはんをでんぷん主体にして、普段はブラックで飲むコーヒーにも砂糖を入れ、仕事中もチューイングキャンディなどむさぼり食っていたら、やや回復しました。ひっきりなしに包み紙を剥いては食い、また剥いては食い、状態だったので、隣の机の人などさぞ密かに呆れ返っていたのではないかと思いますが、ま、そういう訳だったってことで。

遅くなりましたが、当日足を運んで下さった皆さま、本当にありがとうございました。容れ物も中身もまだまだ途上で、もっと育てなければ!・・・ですね。特に自分。場に対してあまり自己主張したくない、とか聞こえはいいけど、実はぎりぎりのとこまで純度を高めていく作業を怠っていることの言い訳だったりして・・・うう。

寝ます。



2004年3月24日(水) ずっとこのまま。

先週の土曜から突然冬に戻ったみたいで、安心したような がっかりしたような。今月は何かとメモリアル系なイベントが多く、いろいろ気ぜわしかったけど、ちょっと一息ついてます。ああでも来月早々踊るんだった。何をやるにせよ、最終的には自分を信じなくてはいけないのだが、そこまでもっていけるかどうか。とか言いつつ、できれば自分の濃度が薄くなって他のものに混じっていくような、そういう在り方に憧れる。

保坂和志の『明け方の猫』を読み終えて、図書館に返却。いや、この本はわたしにとってはちょっとツボでした。先に、ずっとこの夢の中のままなんだろうかと危ぶんだとおり、夢からさめないまま小説は終わります。でも夢はさめない。夢だってわかっているのに、ずっとさめない夢というのは、かなりこわいかもしれません。また、夢の中で、これをしなくては、とずっと思っているにもかかわらず忘れてしまい、どうにも身動きとれないままにっちもさっちもいかなくなっている時にそのことを思い出したりして、結局いつも自分ってこうじゃんかよぉぉぉぉってどうにもならないまま宙吊りになってたりするんだけど、でも、これって夢に限ったことじゃないし、つくづく人間ってホントいい加減だなとか思います。しょうがないって思いつつ、そのことがちょっとだけかなしい。

で、全然関係ないけど、そういうさめない夢みたいな、宙吊りになったようなダンスに、ぢつは憧れている、のでした。


2004年3月19日(金) 咲きいそぎ散りいそぐ。

忙殺。桜も咲き出したというのに、なぜかわたしはこうも不機嫌。はっはっは。しかし、桜は咲き始めたらもうとどまることをしらず、ただ次から次へ溢れるように咲いてゆくしかない。たぶんそのスピードについていけずつんのめってばかりの爪先。急に寒さから脱却できない体質なのだ。

先週に続き、保坂和志『明け方の猫』を読みはじめる。しょっぱな、主人公は猫になった夢をみている。普通の展開ならその夢からはさっさとさめるはずなんだが、何ページ読んでもずっとその夢の中のままなんである。もしかして、最後までこの夢の中のままなんだろうかって危惧しつつ、期待してたりして、楽しいといえば楽しい。猫になった夢、という設定で、あくまで人の目から見た、想像上の猫の生態を描写しているのだけど、猫はそのへん移入しやすい生きものだと思う。つい人間の目線で猫の行動をなぞってしまう。道端で猫と出会うと、この猫はこんなところでなにしてんのかなとか、どこに行くのかなとか、どこでごはん食べたり寝たりしているのかなとか、親きょうだいはいるのかなとか。って、人間とすれ違ってもここまで考えたりはしないのに。
猫には猫の目線があって、その猫なりの世界があるとは思うけど、それを人間の言葉で描写することは、何だか微妙なズレがあって、そのズレ加減がわりと面白いのかなあとか思ったりしている。


2004年3月13日(土) そういうことも。

図書館で借りてきた、保坂和志の『草の上の朝食』。半分くらいまで読んだところでちょっと投げてしまう。うーん、競馬の話に興味が持てないのがネックなのかしら。小説の中の出来事にあまりコミットできない。特に事件らしい事件も起こらず、淡々と日常の描写が続くのも、1文が1段落にも及んだりする屈折した文体も、決して嫌いじゃないのだが。本とのつきあいには、そういうこともあるもんよ。

題詠マラソン2004、やっと走り出しました。
まあ、詠むだけでなく、読みながら、踊りながら、生活しながら、自分なりに。


2004年3月12日(金) 鳥たちのこと。

寒かったりぬくかったりして、でも、冬は脱ぎ捨てられつつあります。桜の幹がきらきらしてきて、ああ充溢してるなあとか思います。裸木も梢のあたりが何だかうっすら緑にけぶってきていて。木蓮も咲いてます。好きなんだ、あのぽてっとした白。歩く道々出会う鳥たちも元気です。メジロの姿も見かけるようになりました。あの明るいモスグリーンの小さい姿を見つけると、わけもなく、うれしい。でも、見ていて面白いのはスズメの群れ。わたしはひそかにスズメのインプロと名づけて楽しんでいますが、たとえば、群れの中に1羽舞い降りてきた途端、群れが一斉に飛び立って、後に残されたその1羽のなんともいえない「間」とか、しばらくすると群れが去った全く逆の方向から新しい群れがどーっとやってくるそのタイミングとか、と書くとあんまり面白くないように思えますが、実際見ているとホントにおかしいのです。つい立ち止まって見ちゃいます。個体どうしの微妙な距離。時間と共に変化していく関係。もちろんスズメは外からどう見えるかなんて考えちゃいないのですが、そこがすごいなあと思うところでもあります。ああ、わたしっていったい・・・(以下略)。
鳥インフルエンザ騒ぎで、人間も大変ですが鳥たちの受難はいつまで続くのやら。チキン・ジョージとか、思い出したりして、ホントに洒落になんないな。


2004年3月6日(土) 昨日は啓蟄。

日中はそれなりにあったかいけど、夜は寒いですね。 帰宅が遅くなる日は厚着です。 昨日は啓蟄。そして今日はC.I.co.「育ての親企画」最終日。2年にわたって参加してきたのだけれども、コンタクトインプロを始めたばかりの最初の頃に較べれば、まあ、こころもからだも多少は変化した、のか?でも、変わらないところはホントに変わってないなとこの数か月ちょっと痛感してます。そう、今年に入っての数回では、かなりへこむ傾向にあったのですが、どういうわけか最初の頃にやったことが様々よみがえってきて、今まで忘れていたことも多かったけど、残ってたんですねー、ちゃんと。現在だけでなく、過去のいろいろにも支えられているんだと、思いました。これからインプロで踊る時も、「育て」での2年分の体験がわたしを助けてくれるでしょう。一緒に踊ってくれた方々、観て下さった方々、本当にどうもありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
今宵の月はとても冴えています。縁に指をすべらせれば切れてしまいそうなほど。
ハーゲンダッツのクリスピーサンド(メープル味)を食べながら、夜道を歩いて帰りました。
アイスクリームの冷たい甘さが前歯にきんきんしみて、今夜の月はこんな味かもしれないとか思いました。


2004年3月1日(月) 何もそこまで。

寒。今までのあたたかさに何となくうそっぽさも感じてたので、ひさびさにリアルな寒さだわーとか思っていたら、 雪まで降ってきた。何もそこまで。

昨日エントリーしたばかりの題詠マラソン2004、今日からスタート。仕事から帰ってきてアクセスしてみたら、もう完走している人がいた。まだ24時間たってないのにー。去年のスタートダッシュもすごかったけど、今年は人数も多い分、大混雑状態でひょえー。足が動きません。もう少し会場が空いてから走ろうと思います。ま、とりあえずはすとれっちすとれっちアンド深呼吸。コートはまだ脱げないけれど、春をさぐりつつもぞもぞと。

三月の甘納豆のうふふふふ    坪内稔典


2004年2月29日(日) 2月は逃げた。

日付が変わって今日になった夜更け、やっとこ題詠マラソン2004のエントリーを済ます。今年はどうしようかと思って決心がつかなかったのだが、やっぱり、題=言葉とぐるぐるこんがらかってみる楽しさに惹かれて参加してしまった。参加者も375人と去年の倍以上。・・・来年はどうなるのだろう。とにかく、今年は今年でがんばらないとね。2回目だし。
でもって、今日は学童保育所の行事の日で、親たちは食べものの模擬店を出すのである。カレーライスに焼きそばに豚汁に鶏からあげ&ポテトフライにじゃがバターにわたあめ。忙しさに加え、テントがなぎ倒されそうな強風ときて、結構たいへん。まあ、無事に終わって、売り上げもそこそこ出たし、よかったよかった。

2月は逃げた。明日から3月。


2004年2月28日(土) ジジとWW。

神楽坂セッションハウスにて、dance unite ジジ『ジジ』(振付:勝部ちこ ダンス:池田素子 樋口信子 伊藤真喜子)同時上演『WW』(振付:伊藤真喜子 ダンス:勝部ちこ)。いつもお世話になっているC.I.co.のちこさんといとまきさん、それぞれの「振付」作品。『ジジ』は、白いシャツに黒いスカート、というシンプルな衣装の3人のダンス。最初、視線を交わしたり、外したり、走ったり、追い抜いたり、止まったり、といった単純な動きの中に、あらわれては消え、するりと変化する関係性。役割。空気。具体的に何、というのでもなく、息が詰まるほど濃ゆくもない、薄く、なんとなく、これといった理由もなく、感情を排したような、繋がり。他人に向かう時と自分自身に向かう時の体温の差。熱血でもない、内向的で醒めた体育系な部活(何それ)に、懸命に打ち込む女子、を想像してしまった(だって、スカートの下が濃いピンクの短いスパッツなんだもん。何か女子○○部、って感じで)。そう、かなりフィジカルに徹していたような気がする。変に感情を挟んだりしてないぶん、からだや動きそのもののエネルギーがクリアに感じられるのかもしれない。また、あるルールの中で動く時の、その不自由さの中で生き生きしてくる何か、そこに際立ってくる言葉にならない何かを見たような気がした。
『WW』は、冒頭の振り子電球の作る空間が、暖炉のある部屋みたいだとか思って見てた。ああ、光源が揺れると影も揺れるんだーって当たり前のことに気づいたりして。そんな空間の中で、大きなクッションと踊るちこさんのからだは、何だかあまりよくない夢にうなされているひとのようで、その後、一旦はけて馬のかぶりものをかぶってまた出てくるのだけど、まだ夢の中なのか、それともこれが現実なのか、汽水のように、夢と現実が微妙に混じりあってるところで、自分というものに少し不安とか疑いを感じつつ動いているような感じ。顔は馬なんだけど、からだはちこさんなんで、そのギャップというか異和感が結構おかしくて(頭隠して尻隠さず、的というか、全裸に靴下だけ、的ともいうか)、別に殊更おかしさを狙った振りをしているわけでもないのに、ちょっとした、一見無防備に見える行為に、つい笑ってしまった。正直なところ、あの馬のかぶりものはズルイとか思わないでもなかったが(だって全くまばたきしないって効果は結構絶大?)、かぶっている人のからだをすごく際立たせる素材でもあり、誰がかぶっても同じには絶対ならないと思う。・・・って、普段ちこさんを目にすることが多いから、そう言えるのかもしれないけれども。

・・・とまぁ、とりあえずの感想をまとまらないままに記してみた。ここにはまだ書かないけど、他にも自分自身の問題にリンクしていろいろ考えさせられたことがあり、それは自分のからだを使ってよく咀嚼してみたいと思う。

素敵なダンスをありがとう。みなさんお疲れさまでした。


2004年2月27日(金) ぶんぶん。

夕方家に帰って、ダイニングでほっと一息ついてたら、いつ入ってきたのか、でかい蠅が一匹、天井のあたりを飛び回っていた。ぶんぶんと景気よく唸りをたてて、時々壁や天井にぶつかっている。啓蟄にはまだ早すぎるんじゃないかと思うけど、まあ連日のこの温かさじゃあねえ。ぶんぶんしたくもなるってもんです。でも、室内でぶんぶんされるのはあまり落ち着けないので、窓から外に出ていってもらいました。いやー、どなたかの生まれ変わりかもしれませんのに、ろくなおもてなしもせず、すみません。御縁がありましたら、また。


2004年2月25日(水) すべて忘れた結果。

本屋の新刊台で、
「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」
というタイトルの本に呼び止められたのだった。
ええほんとにそう、と思った次の瞬間、岡崎京子、という著者名が飛び込んできて、もう反射的に右手が伸びた。どうやら事故にあう前に書かれた文章をまとめたものらしく、 絵は1つも入っていなかったけど、どの文章も読んだそばからマンガとなって脳内に展開されていく、そんな感じだった。少し迷ったけど、結局買わずに帰ったのは、もうわたしは以前ほどこの世界を必要としなくなっているってことなんだろう。かなしくもさびしくもなく、それだけのことだし、それでいいのだと思う。たとえそれが「すべて忘れた」結果であったとしても。
わたしはわたしのかたちで、世界と向き合うしかないのだ。


2004年2月23日(月) 受難の器。

学生の頃から使っていた雪平鍋の取っ手が外れて、とうとうねじも止まらなくなってしまったので、泣く泣く引導を渡す。一人暮らしを始めた頃に買ったものだから、かれこれ20年近いつきあいになるのか。わたしの自炊の道は、この鍋と共にあったと言っても過言ではない。インスタントラーメンに始まって、煮くずれた肉じゃがとかダマだらけのホワイトソースとか焦げついたカレーとか味の濃過ぎたひじきの煮物とか。そんな試行錯誤の連続の末、味付け水加減火加減その他が適当でも目分量でも大雑把でも、最終的にそれなりに食えるものが作れるようになったけど、初めしろがねいろにぴかぴか光っていた鍋は、その頃にはもう、こびりついた焦げや汚れや変質のためまっ黒けになってしまっていた。つくづく鍋とは受難の器。そのうえ、わたしは本当に道具の手入れに無頓着なヤツで・・・さすがの忍耐強い鍋もひそかに我慢の限界に達していたのではなかろうか。うう、ごめんよう。
たとえ安物でも、長年つきあった道具と別れるのは、やっぱりかなしい。初めて家を離れたわたしのあやうい食を、今日まで支えてくれたのだから。

長いこと、ありがとね。さようなら。


2004年2月22日(日) Singin' in the rain

風は強いが、今日もぬくぬくないちにち。スーパーの駐車場の隅のひだまりに、いぬのふぐりの青い花がもう咲いていた。なんとも気の早いこと。でも、夕方から天気はくずれはじめて、夜半には強い風と雨。

このところ日曜の朝寝坊が続いている。「仮面ライダー剣(ブレイド)」が観れないのはいいとしても、ためこんだ家事を午前中でやっつけきれず、午後も家にこもりきりにならざるをえないというのは、ちょっとかなしい。
翌日が月曜であることを考えると、思い切り羽目をはずすことはためらわれる日曜であるが、特別な予定とかはなくても、少しだけ何かをずらしてみたい気がするのだ。

夜、こないだ家人が買ってきたキューブリックのDVDの中の一枚、「時計じかけのオレンジ」を見る。
前に見た「フルメタル・ジャケット」もそうだったけど、非人間的であることが最も人間的なのだと言われているようで、どうにもこうにも、うぅぅ、ってな気分である。
なかでも、ごはんを食べる、空腹を満たすという、最も健全であるべきことに、このうえなく作り手側の悪意がこめられているような感じがして、ますます、うぅぅ、てな気分を胸に抱えつつ布団にもぐれば、映画の中で主人公が歌う「雨に歌えば」が耳にはりついて離れない・・・し〜んぎんいんざれ〜いん♪


2004年2月19日(木) 一発三点倒立。

雨水。
雪が雨に変わる、雪や氷が解けて水になる、という意。
でも、ここ数日本当に日中は暖かくて、こんなに暖かくていいのかと思ってしまう。
そのせいかどうかはわからないが、ここのところ眠くて眠くて仕方がない。
座っているとどんどん眠くなる。
ここは一発三点倒立でもして眠気をさましたいところだが、会社ではそういうわけにもいかないのがつらいところである。
そういや最近わたしの周り(ダンス関係)ではなぜか三点倒立が大流行りで、誰かが始めるとみんなやりだして、そこら中倒立の花盛りって感じで、なんか笑えてしまう。
春だねえ。


2004年2月11日(水) さらば牛丼。

吉野家から牛丼が消えた記念すべき日なり。そういえば吉野家って20年くらい前に一度入ったっきりだったわ。四捨五入すれば40年の人生の中でたった一度。これも運命なのね。さらば牛丼。また会う日まで。あなたがいなくてもわたしは強く生きてゆけるわ。


2004年2月10日(火) まだ戦場にも行ってないのに。

家人がなぜかキューブリックのDVDばかり買って帰ってきた。「1枚1500円だったからー」とか言って。あ、ツェッペリンの灼熱のライブ。これもキューブリックなのか?んなわけがない。しかし安くなったもんだ、DVD。そういうわけで、『フルメタル・ジャケット』を見た。まだ前半なのにでぶのレナードが鬼教官を射殺して自殺してしまうのはかなりショッキングだった。早々にこんな衝撃的なことをやってしまって、いいのか。これでは後半なんてほとんどおまけになってしまう。だってまだ戦場にも行ってないのに・・・おそるべしキューブリック。
非人間的ということが、もしかしたら一番人間的なことなのかもしれないと、ふと思った。


2004年2月7日(土) ルデコでメガロ。

渋谷ルデコギャラリー1Fにて、メガロシアター『メガロポリストウキョウA』。
友達が出ているので観に行きました。即興かと思っていたのですが、案外構成されていて、台詞の比重も結構大きく、客席をあえて設けず移動自由にして、観ている人を劇中に巻き込む、ということをやっていたけれど、それがやりたいことかといえばそれほどでもないようで、わたしは見る、ということ以外にはあまり積極的に関わらなかったですね。普通のお芝居を観て笑うのとあまり大差がないといえばないような気がしました。観ているだけでも個々のシーンで笑えるところは結構あったし、まあ、即興かどうかはこの際どうでもいいのかな、ということにしておきましょう。それはわたしの個人的なこだわりにすぎません。そう、笑わせるのだっていろいろ大変なんだし、それはそれですごいと思います。あと、客席が特に設けられてなくて、移動自由というのは、いいですね。思いきり間近で見たり、ギャラリーの外から見たり、演じている人だけでなく、観ている人を見るのも、楽しかったです。って、もしかすると本筋とは全然関係のないところで楽しんでいたのかもしれないけど、まぁそういうのもありってことで。


2004年2月4日(水) 立春の月。

今日、帰りがけに空を仰いだら、月が出ていました。
立春の月と思って見ました。
完全な円にはまだ少し満たなくて、どことなくアンバランスな感じもする十三夜の月でした。

2月って、昔は本当に寒さのまっただなかって気がしていたのですが、この頃は、春、という気分が強いです。特に今年はそう感じます。住んでいる土地や暖冬のせいもあるんだろうけど。そういえば、自分が子どもの頃は、毎冬手足の指がしもやけでぱんぱんになっていたけど、うちの小学3年女子はしもやけになったことすらない。不思議だ。


2004年2月3日(火) 新しいノート。

さあ皆さん節分ですよ。
豆はまきましたか。
ひいらぎと鰯は飾りましたか。
恵方(って、どっち?)に向けて太巻きは食べましたか。
わたしは還暦分は軽く食べましたよ、豆。ぽりぽり。
そろそろ梅も咲き始めています。
という訳ではありませんが、新しいノートを開いてみました。
いいですね。新しいノート。
でも、新しいノートって、最初はいつも緊張するし、何を書いたものか、迷います。
・・・最初だけはね。
そのうちくだらないことで埋めつくされてゆくのです。
お楽しみに。(って、何をやねん)