題詠マラソン2004出走歌 | |
001:空 | きみのことも考えます と異国より届く葉書の青すぎる空 |
002:安心 | 晴れた日も鞄は重い飛ぶことと引きかえに得た安心ゆえに |
003:運 | エレベーターの函に誰かがしまわれて空の近くへ運ばれてゆく |
004:ぬくもり | 春の日の墓石にひかり淡く揺れぬくもりのなき蝿の交尾を |
005:名前 | この墓にわれの名前も刻まれて風にほどけてゆくか、それとも |
006:土 | チョコブラウニー割れても笑う少女らに踏み荒らされる春の黒土 |
007:数学 | 現代詩よりも理解できない 数学を教えて米を買うかなしみは |
008:姫 | 群青の空の高みに囚われてもう声だけの姫雛鳥だ |
009:圏外 | 煮つまってゆく諍いの圏外に泉のような子の眠りあり |
010:チーズ | ひからびたチーズを齧るなにもかも息絶えてゆくような雨の夜 |
011:犬 | 年老いた犬の抜け毛が降る真昼 家ごと砂と化すほど眠い |
012:裸足 | かつて彼の国で裸足は罪びとのしるしだったとあなたは笑う |
013:彩 | 木漏れ陽に彩られつつ眠るひと ずっと見ているから消えないで |
014:オルゴール | ひとつずつ凍った歌を抱きしめて窓辺にひかるオルゴールたち |
015:蜜柑 | いま喉をすべって暗い管に吸い込まれる缶詰蜜柑のつぶつぶ |
016:乱 | 前髪の乱れを直すふりをして沈黙が通り過ぎるのを待った |
017:免許 | 死ぬまでになんとかしよう抽斗の奥で失効させた免許も |
018:ロビー | 帰るねと言えずに午後の病棟のロビーのつけっぱなしのTV |
019:沸 | いつかわたしを裏切るだろう子のために今夜も煮沸する哺乳瓶 |
020:遊 | 遊歩道の柵の向こうの夏草の陰にちいさなズックは今も |
021:胃 | 食前の儀式のように折りたたむオブラートから胃薬こぼれ |
022:上野 | 上野発最終逃しあてどなくぬばたまの夜の醤油ラーメン |
023:望 | 雨の日の展望台の銀色のドアひんやりと人を迎える |
024:ミニ | EVIANのミニボトルにてこと足りる程の渇きと思えば思え |
025:怪談 | 蛇口から漏れる水滴 ほの暗い脳(なづき)の底に巣喰う怪談 |
026:芝 | やわらかく膝のうしろを刺されつつ芝生の上で優しいふりを |
027:天国 | (天国と回線がつながりました)手の中に咲く芙蓉いちりん |
028:着 | コンビニの前にしゃがんで雨を嗅ぐレインコートを着た犬と僕 |
029:太鼓 | かたちなき闇にリズムを刻みこむ太鼓叩きの掌熱く |
030:捨て台詞 | 捨て台詞残して電話切れた夜の 誰に踏み潰された青梅 |
031:肌 | 鉛筆画の少女の肌の陰影の上にうつろう晩夏のひかり |
032:薬 | モラトリアムの終わりを告げるほそき雨 妊娠判定薬を手にして |
033:半 | 半日も眠れば海に近くなるいびつな殻をゆっくりひらく |
034:ゴンドラ | 幾つかの秘密を乗せてゴンドラがゆくわたくしの内なる河を |
035:二重 | 八十年代パンクロックを聴きながら二重橋前駅通過、九時。 |
036:流 | 流れずに凝る涙もあるのだろう空に半分溶け残る月 |
037:愛嬌 | はじめての桃の節句のふきげんな眉の角度が愛嬌である |
038:連 | 解のない連立方程式として眠る二人を浸しゆく青 |
039:モザイク | 同性を愛するひとといた夏はすこし歪んだ虹のモザイク |
040:ねずみ | タワーレコード渋谷店にて試聴する火星のねずみの新譜そのほか |
041:血 | 漲ってのちゆるやかに血は流れタイルに蝶のかたちをしるす |
042:映画 | モノクロの映画の中を降る雪のように何かは告げられたのに |
043:濃 | 栗の花濃く匂いたつ曇り日の玻璃の器にひとすじの罅 |
044:ダンス | まわりまわるアンリ・マティスのダンスの環 なにが最後に残るのだろう |
045:家元 | お仕置きにも作法のありて家元が愛猫の頸に巻く銀の鈴 |
046:練 | 銀色のボウルの中を夕闇が浸したらよく練りまぜる事。 |
047:機械 | 文机にコトリと置いた掌に包めるほどの旧い機械を |
048:熱 | 行くあてのない爪先で転がした缶から流れだす熱帯夜 |
049:潮騒 | もうからだじゅう潮騒がうるさくて洗面器に絞り出す夜の海 |
050:おんな | シロップに沈む白玉とろとろと水溶性のおんなの声が |
051:痛 | 砂糖づけのすみれの骸 手折られた痛みで白いケーキを飾る |
052:部屋 | なまぬるい水に挿されたまま午後の部屋に匂いをにじませる百合 |
053:墨 | どこまでも歩きたかった墨水が海にまじわる気配を追って |
054:リスク | 太陽を指す古のオベリスク意志のかたちを人は受け継ぐ |
055:日記 | 折々の食事のメモも愉しくてどこから読んでもよい『富士日記』 |
056:磨 | 空が鳴る 硝子細工の白鳥のかぼそき頸を磨くまひるま |
057:表情 | 手品師の表情にまた騙されて帰りの切符をなくしてしまう |
058:八 | みずみずと八朔を剥く指先へあわくしみゆくこころもとなさ |
059:矛盾 | (EGO-WRAPPIN'はお好きですか?) 不純を矛盾と間違えたまま蹴散らして行こと歌って帰るゆうぐれ |
060:とかげ | 逃げだしたとかげいっぴきぶんの空(くう)つかんだままのおとうとの手 |
061:高台 | 高台のニュータウンから来るバスが僕を追い越すすずかけ通り |
062:胸元 | 胸元にはばたく鳥のブローチと空の青さが呼び合って、朝 |
063:雷 | 遠雷をただ聞いていた誰からも許されている人などいない |
064:イニシャル | パスワードに隠した彼のイニシャルも色褪せてもうこんなに落葉 |
065:水色 | 手に容れたとたん失われてしまう水に映った空の水色 |
066:鋼 | 帰れない天を見上げた須佐之男の鋼の髭に雪降りしきる |
067:ビデオ | 実在をよそおう虚構また誰かビデオのビラをポストに落とす |
068:傘 | 傘立てにずぶ濡れた傘ひしめいて許されるのをただ待つばかり |
069:奴隷 | 奴隷解放後も流される血の岸に咲くぬばたまのビリー・ホリディ |
070:にせもの | にせあかしあはにせあかしあであかしあのにせものにあらずそのしろきはな |
071:追 | 自転車を放つ坂道 星ぼしの荒野に光るシリウスを追う |
072:海老 | 海老として輪廻を閉じる水底の巣穴にほそき脚をたたんで |
073:廊 | 図書室へつづく廊下ですれ違う、野ウサギ、らくだ、種蒔く男、 |
074:キリン | アキノキリンソウ、と書かれてそれっきり埋まらぬパズル 空しずかなり |
075:あさがお | からだじゅうひかりに満たされるためにそっと螺旋をほどくあさがお |
076:降 | バス降りてここからは雨 晴れるまで歩いたならばあなたに会える |
077:坩堝 | 煤ぼけた坩堝が割れてわらわらとえゝぢやないかの踊りの群れが |
078:洋 | モーパッサンを思い出してる洋梨の汁にまみれた指舐めながら |
079:整形 | ひらかれぬドアとして今ここに在る 整形外科は本日休診 |
080:縫い目 | 沈黙の縫い目はほつれ嘘ばかりこぼれてしまう光の中に |
081:イラク | イラクへの旅行ガイドがないことを確かめただけ 書店を去りぬ |
082:軟 | つつましく鶏の軟骨噛みながら宴の隅にわすれられてる |
083:皮 | うすい皮膚いちまい被りきみに似た声でふるえる肉の塊 |
084:抱き枕 | 抱き枕抱きしめられてきしきしと月のひかりを漏らして泣いた |
085:再会 | 再会は一度きりです北西に流れる星を見たなら 走れ |
086:チョーク | スカートの襞でぬぐった 指先を白く侵したチョークの粉を |
087:混沌 | ものごころつく前はまだ混沌の一部だったかまどろめば 海 |
088:句 | かたわらに詩を立たしめる伊藤園お〜いお茶新俳句大賞 |
089:歩 | わたくしも忘れられたるひとりなり影曳きながら真夏を歩む |
090:木琴 | 鳴らされて木琴は鳴るひとりでもしあわせだったん、かな、だったかな |
091:埋 | 不機嫌なジムノペディで埋めつくすこの白昼のすべての隙間 |
092:家族 | すきとおるフィルムの中にエリンギの寄り添うかたち家族のかたち |
093:列 | みっしりと玉蜀黍の粒の列迫りきて新大陸の熱 |
094:遠 | 「遠野物語」を閉じる 荒馬のように駆け出す力はあるか |
095:油 | 目黒通り油面(あぶらめん)交差点を右 土方巽アスベスト館 |
096:類 | 宇宙へと飛びたつヒトは ほろびゆく森に呼びあう類人猿は |
097:曖昧 | 曖昧なまま待たされて神無月 濁った水の底で寝返り |
098:溺 | 薄き陽のひかりしずかにさざめかせ溺れるように飛ぶシジミチョウ |
099:絶唱 | カンブリア紀の末裔としてざざむしが海の残滓に捧ぐ絶唱 |
100:ネット | その書庫のつめたさとどめ札幌のネット古書店より届く本 |
101:おまけ | ざざむしがふとさざめいてザムザ氏となりしを飾る百一首目に |