題詠マラソン2003出走歌
001:月
水のない海の名前のいくつかを唇(くち)にこぼしてねむる新月
《改    水のない海の名前に唇をひたしてねむる夜の 黒い月 》
002:輪 夕暮れにまなこどろりと男らは競輪場から駅へ流され
003:さよなら ゆっくりと指をほどいてたんぽぽの綿毛とびたつようなさよなら
004:木曜 まっくらな森のあかりはちぃろちろシチューを煮込む木曜の夜
005:音 鼓膜からこぼれて耳の底ふかく降りつもるマリンスノーの音は
006:脱ぐ びしょ濡れの靴を脱ぐ夜 あけがたに生まれる翅はひかりをはらめ
007:ふと 窓ごしの冬の日射しにうつむけばふと前髪というもの重く
008:足りる ざあざあとコップに水を溢れさす 「足りない」って言ってごらんよ
009:休み 休みなく晴天の日々 乱丁の白いページで親指を切る
010:浮く 胡麻ほどの虫を潰して看護婦の脂浮きたる無表情なり
011:イオン 悪役になれずにいつも王様の絵本のライオンああ腹が減る
012:突破 青空の玻璃窓突破した雲雀・・・やや妬ましい檸檬であった。
013:愛 永遠という青い薔薇咲く恋に死にき愛新覚羅慧生
014:段ボ−ル 段ボールに返本詰めるもう森に還れぬ樹々の声も封じる
015:葉  なつかしい潮の匂いを連れてくる葉月生まれの女童の髪
016:紅 吾亦紅風に揺れやまずこれ以上何を捨てるの 何が残るの
017:雲 重吉の眸(め)に映りし空、雲、ひかり 方舟のような詩集をひらく
018:泣く 蔦の葉の重なり風にさわさわと啜り泣くごと廃屋つつむ
019:蒟蒻 雨の日の眠いふたりを巻いてゆく糸蒟蒻のような夢蟲
020:害  被害者はわたしで加害者は私 スプーンで苺を潰す、毎日。
021:窓 戦争は続く 日本の片隅で14インチの窓閉ざしても
022:素 蒼空に背を向けて春、新しき土を素焼きの鉢に満たしつ
023:詩 幾千の言の葉沈むまっしろの頁にうかぶひとひらの詩(うた)
024:きらきら 密雲へ突きだす舌にきらきらと雪は刺さって(にがよもぎたべた)
025:匿う 血まみれの兵士よすでに子宮とはきみを匿う器官にあらず
026:妻  雨音は背中に重くのしかかり白く塗られる妻という家具
027:忘れる わたしはなにを忘れたのだろうぬばたまの夜の汀で波がくずれる
028:三回 別れぎわ三回振り向くこいびとよ今宵は獅子座をさがしてごらん
029:森 カウンセリングルームのあかるい森の絵もとぷりと沈むみなづきの闇
030:表 約束は書店の二階みずいろの背表紙並ぶその書架の前
031:猫  猫よけのペットボトルの輪郭でたたずむ水に映るいちにち
032:星  眼鏡ごしに見つけた星の瞬きを真実として 離れる岸辺
033:中ぐらい 中ぐらいの大蟻喰だ この夢の暗き砂地を嗅ぎまわるのは 
034:誘惑 誘惑に乗りそこなった夏の夜のぬるくなるのも早いカクテル
035:駅  ホームレスの男が鳩にパン屑をまく冬晴れの駅前公園
036:遺伝 地(つち)に咲くいぬのふぐりの遺伝子が憶えているのはいつの日の空
037:とんかつ 蝉の聲ふっと途切れてどこからか夕餉のとんかつ揚げている音
038:明日 もし明日雨が降ったら会いにゆくあなたの水の匂いをたよりに
039:贅肉 ワイシャツの襟をはみだす贅肉が目の前にある満員電車
040:走る 旅便りの返事も書かず八月の空、まぼろしの飛脚が走る
041:場 月光をふくませられて呼吸する浄水場のまっくろな水
042:クセ 犬っころみたいな少女も雨の日はビーズのアクセサリーをつくる
043:鍋  日曜のモデルハウスのキッチンにつめたくひかるからっぽの鍋
044:殺す 蝉が鳴く魚が跳ねる子どもらはみな青空に殺されにゆく
045:がらんどう 笛が鳴りフィールドに四肢投げ出せば空に充溢するがらんどう
046:南 ふるさとを出てゆくきみの鎧戸のような背中へ吹く南風
047:沿う 黒い水ねばつく夜の川に沿う歩みの先を逃げてゆく海
048:死 ひび割れた卵をそっと渡す手のつめたさ 若き医師は死を告ぐ
049:嫌い この家の女が嫌い 熟れすぎたメロンの種を指で掻き出す
050:南瓜 帰る家さがす老婆の煮くずれた南瓜のようなおもいでばなし
051:敵 敵を追いつめる快楽ゆっくりと銀のフォークでミルフィーユくずす
052:冷蔵庫 冷蔵庫のひかりの中に瓶は立つマーマレードをこびりつかせて
053:サナトリウム 晩秋のサナトリウムにそれぞれの肺を燃やしてうたう讃美歌
054:麦茶 めざめればだれもいない午後 飲みさしの麦茶の底の翳りに沈む
055:置く 鍵盤に置いたその手は羽搏きをくり返し今、放たれる鳥
056:野 真っ白な画面に点滅するカーソル、夜半の荒野を越えられなくて
057:蛇 草蔭でわたしの皮を脱ぐ蛇の鱗は月のひかりに濡れる
058:たぶん たぶん明日も雨 しずみやすいあのひとのからだに蔓をからませておく
059:夢  もう戻れないことだけを確かめに夢で訪ねるとうきび畑
060:奪う 薄明のなか奪いあう乳房 まだ仔猫らは爪も牙も持たない
061:祈る手でしぼる檸檬のしずく尽きるまで祈る時間は残されている
062:渡世 たそがれの水にしずめた色がある渡世に似合う色纏うため
063:海女  海女の濡れそぼったからだあたためる炎(ほむら)の芯の暗いゆらめき
064:ド−ナツ ドーナツをふたつに割って空しさも甘さもわたしが多く味わう
065:光 八月の地上の光くずしては巣穴へ運ぶ黒蟻の列
066:僕 みずいろの絵の具で風を描くように自分を「僕」と呼びたき少女
067:化粧 からっぽの化粧水のびん鏡台に置かれたままで 夜明けの驟雨
068:似る 煮くずれる肉じゃがのつぶやきに似てねむたい雨の ほろびの雨の
069:コイン 夜のコインパーキングエリア はみださぬようにさみしさ重ね合わせた
070:玄関  塩こぼしつつ入る夜の玄関に金木犀の微かな匂い
071:待つ 日盛りに草の匂いのひと待てば閉じたまぶたにはじける滴
072:席 終バスの後部座席にひとりきり宛名の滲んだ手紙のように
073:資 「資本論」読む声やがて教室は雨だれにくずれゆくシフォンケーキ
074:キャラメル 萩のあか闇にふるえてキャラメルの味も知らずに死ぬ子らの舌
075:痒い  カイワレのむず痒きほど繊き根に吸われて水はひかりをこぼす
076:てかてか 夕映えにてかてか光る教室の机に溜まるしずかなる傷
077:落書き 地下道に水蛭子(ひるこ)のような落書きはひしめいて(ネエ、海ハドコナノ?)
078:殺 殺虫剤の缶のつめたさ残る手をぬくめるように降れ酸の雨
079:眼薬 ひとしずく眼薬たらしまなうらの砂地に青きすみれを咲かす
080:織る さみどりの丘を裸足で踏んで立つ わたしのかたちに織られた、わたし
081:ノック ノックしてドアの向こうの沈黙の深さを測る (おやすみなさい)
082:ほろぶ <明日ほろぶ世界>という設定のもと日の暮れるまできみとままごと
083:予言 トンネルを抜ければあかるい海という予言の後のながい暗闇
084:円  食卓に卵を置けばかなしみは楕円の影となりてひろがる
085:銀杏 恐竜の背の滑り台冷える地にさえずりのごと舞い散る銀杏
086:とらんぽりん おかあさんのおなかのなかのとらんぽりんはずませているあかちゃんのあし
087:朝 ひと切れのりんごが皿に残されてひえびえと雨降りしきる朝
088:象  ちらばったまーぶるちょこを象が踏み潰シテナニヲワスレタンダロウ
089:開く 青空へきりんの耳は開きゆく風に裂かれる落葉松のこえ
090:ぶつかる 自転車のベルを鳴らせばりんりんと冬のひかりにぶつかって、虹
091:煙  よじれつつ風にほどけるマルボロの煙のかなた 言葉がきえる
092:人形  テーブルの下のゆうぐれ人形の髪切りきざむ遊びはじまる
093:恋 ぬばたまの蜜にとぷりと葛切をくぐらせながら思いだす恋
094:時 独房の闇に鼓動を数えつつ元時計工T.O、ねむれ
095:満ちる  疑いもなく満ちてくる裡からの力に負けて石榴、割れたり。
096:石鹸 一日の贖罪を終え石鹸はしろく冷えゆく、夜半の浴室
097:支  雨だから傘を支えているのですじぶんがだれかおぼえてなくても
098:傷  いい子なら愛してあげる」ふぞろいの傷んだ苺にしみゆく砂糖
099:かさかさ  かさかさと頭蓋の中で音がする朽ちた言葉を踏んでゆくひと
100:短歌 またひとつ拙い短歌(うた)を瓶に詰め海にあずけて朝焼けを待つ

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