広葉樹(白) 発会記念講演会   


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プログラム

日時 1992年6月20日
会場 横浜市瀬谷公会堂
参加者 680名

開場 12:30〜
開会 13:30〜
   会長挨拶 金子保雄(元神奈川大学教授)
    ピアノ演奏 橋本春子
    独唱 笹川智代
     伴奏 二宮美子
   記念講演 14:00〜
     演題 『ホスピスで迎えるあたたかな死』
     講師 柏木哲夫先生(淀川キリスト教病院ホスピス長)
     講師紹介 谷荘吉(横浜市立大学医学部非常勤講師)
   質疑応答 15:30〜
閉会のことば 池田典次(横浜市立市民病院外科部長)
閉会 16:00 





会長挨拶  金子保雄(元神奈川大学教授)

 最近の新聞やテレビをみますと、時々 刻々変わりゆく社会に目を見張るばかりです。私たちの身辺には、ものがあふれ、 食べ物が満ち、まさに飽食の時代そのものです。

 一方日本人の平均寿命も伸び、高齢化社会、長寿大国を誇っています。そんな中で、私たちが等しく避けて通れないのが『死』です。いつの日か直面する『死』をどう考えたらいいのかが社会の関心事となっており、脳死、安楽死、尊厳死などの言葉がマスコミでもしばしば取り上げられている昨今です。

 癌告知を受けたある医師が、著書にこう書いていたのをご紹介します。「私は若い時花を見てもさほど美しいとは思っていなかった。これは限りある人生を無限であると思っていた若さのおごりであったかも知れない。しかし、この花を来年見ることができないと思った時、この一輪の花が本当にいとおしく、思いがつのり、その花をじっと見つめた。そして、その花の美しさを、しみじみと認識した。生と死もこのようなものかも知れない。」と述べています。私たちは『死』を本当に正しく認識すると ころから、新しい生というものが生まれるような気がいたします。今や『死』は、患者さん一人の問題ではなく、そのご家族、医療従事者を含めて、私たち市民全体で考える社会問題であると思います。

 私たち十名の世話人と事務局のスタッフは、生と死やホスピスについて考えてみようと、顧問のかたがたのご指導を仰ぎながら、何度も協議を重ね話し合いを進めてきました。そしてようやく、本日ここに『ホスピスを考える横浜市民の会』の発足を見る運びとなりました。まだ小さな動きではありますが、これが横浜市全体に広がる波紋となる事を期待しております。

 物が豊かになり、平均寿命が延びたという量的な幸せではなく、もっと質的に実りある人生が構築できますように、私たちのこの活動がそのことに少しでもお役に立てれば幸いに存じます。今後とも、皆様の温かいご声援をお願い申し上げます。





記念講演

『ホスピスで迎えるあたたかな死』
講師 柏木哲夫 先生
    淀川キリスト教病院副院長・ホスピス長

 私は、1984年に淀川キリスト教病院にホスピスを開設して以来、2000名の癌患者の死を看取った。その間に、患者さんや家族の方々から教えていただいことを、今日は皆さんにお話ししたい。

 世の中にはだまされやすいものが3つあるといわれる。1つめは、女性の涙。2つめは、新聞の記事。3つめは各種の統計数字。サマセット・モームは『絶対間違いのない統計は、人間の死亡率が100%であること』といっている。人間は必ず死を迎える存在である。哲学者のフーコーは、『この世に人間が直視できないものが2つある。それは太陽と死である。』といっている。

 人間にとって重要なテーマは、老いと死である。知人の老人ホームの施設長が、入居している老人と、老いや死の話をしようと思って話し掛けると、みんな嫌がってそっぽを向いてしまうといっていた。

 哲学者の堀秀彦が、『70才になるまでは、自分が死に近づいていくと感ずるが、70才を過ぎると、死が自分に近づいてくると感じる』といっている。

 火事の発生率は少ないにもかかわらず、火災訓練は毎年行われているのに、確率100%の死についての準備がまったくなされていないのは、不可解な事である。毎年誕生日に、癌の告知はどうするか植物状態になったらどうするかなど、夫婦で話し合い、死の準備をするべきである。死を見つめるということは、それまでの生をどう生きるかを見つめることになる。

 日本では昨年、全死亡者の27%にあたる、約22万人の癌患者が出ており、4人に1人は癌で死んでいる。医師は、その専門分野で死ぬといわれている。国立癌センターの総長はほとんどが癌で死んでいる。私は長く癌をあつかっているので癌で死ぬと確信している。同僚のナースは、『先生は、きっと舌癌だろう』と冗談をいっている。

 私は、妻と癌告知についてよく話し合っている。私が癌になったら、『悪いものの可能性もあると考えておかないといけないようですよ』といってほしいと妻に言っている。突然あなたは癌ですよと言ったら、だれでも耐えられない。妻の方は、『そのときの癌の進行程度、子供達の年令、家庭の状況などすべてを包括的に考えて、あなたが言った方がいいと思うなら言って下さい』と言っている。命にかかわる病気になったとき、どのような人生のまっとうの仕方をしたいのか周りの人々とも話し合っておくことが大切だ。

 ホスピスを考える横浜市民の会という言葉は素晴らしい言葉だ。ホスピスと市民という言葉が入っている。ホスピスが市民レベルで考えられるようになってきたということは、大変喜ばしいことだ。ある言葉がどのレベルまで浸透しているかを知るには、タクシーの運転手に質問してみるのが一番手っ取り早いといわれる。岡山でタクシ一の運転手に、ホスピスについて聞いてみたら、『新手のホステスですか』といわれた。ホスピスもホステスも、親切にもてなすという意味では、語源は同じ。ホスピスは中世に巡礼者の宿を提供したのが始まり。ホスピスは時代により対象が変わり、らい病者、ついで結核患者をケアしてきた。近代的には末期癌患者をケアする所をいい、1967年イギリスにセントクリストファーホスピスができて、世界的に注目されるようになった。アメリカでは最近、エイズ患者専門のホスピスもあらわれ、ホスピスの対象範囲が拡大している。

 昭和22年には、自宅で亡くなる人が90.8%あったのが、昭和52年から病院で死を迎える人が50%を上回るようになった。現在ではほとんどが病院で亡くなり、特に癌患者の98%が病院で亡くなっている。一年に22万人の人が癌で死亡しているのに、病院は人が死を迎えるのにふさわしい場所とはなっていない。末期癌患者に対して、一般病院がしている事は、延命医療である。治らないと分かった時、単に時間的な延命を考えるより、どのように精神的、身体的ケアをするかという部分が重要なのに、日本の現代医療では無視されている。ホスピスの根本精神は、キュア(治療)はできなくなっても、ケア(援助)はできるというものである。

 ある一般病棟のナースにアンケートしたところ、自分の病棟で死にたくないと答えた理由として、@治療のやりすぎA苦痛を取ってくれないB精神的な支えがないC個性が尊重されていないを上げていた。

 ホスピスケアの7つの要素は、@痛みや苦しみの症状コントロールA患者との十分なコミュニケーションBその人らしさの尊重C魂のケアE家族のケアEチームアプローチF環境の整備である。痛みなどの身体的な問題が解決されると、心の問題が浮かび上がってくる。それが解決されると、経済的問題や身辺整理などの杜会的問題、死とは何かなどの魂の問題へと続く。

 日本人の心をなごませる環境は、日本庭園に代表されるように、緑・水・魚である。ホスピスの施設で大事なことは、明るさ、温かさ、静かさ、広さである。

(以下スライドを見ながら)

  患者Aは、病院の大嫌いな頑固なおじいさん。家族がもう一度おじいさんの声が聞きたいから点滴をしてほしいと入院させた。点滴して3日目に意識が返り、点滴されているのを見て、『なぜわしに女の点滴(生理食塩水)をするのか』と大声でナースに叫んだ(笑)。それ以後、家族とは一切話さなくなったが、ひ孫だけとは口をきいた。家族の了承を得て、点滴をはずし、枯れるように亡くなった。

 コミュニケーションの相手は人だけではない。ペットとのコミュニケーションが非常に有益な人もいる。患者Bは、猫がそばにいる時は、痛みから解放される。ナースは、この猫をモルヒネ猫と呼んでいた。

 患者Cは腎癌で尿毒症になった患者。18年間いっしょに過ごした犬が来ると、ほとんど動かなかったむくんだ手を出して犬をなでる。犬も、自分の主人の死が近いと悟っていたのかこの患者が亡くなってから10日目に死んだ。

 患者Dは、池の鯉にえさをやる事を仕事にしていた。えさをやる時に、元気にとび回る鯉を見て、自分にも生きる意欲が湧いてくる。そんな気持ちは、元気な私たちには感じられないことだ。

 末期の患者たちの望みは、そんなに大それた望みでなく、外に行きたい、日に当たりたい、風に吹かれたい、緑を見たい、もう一度あのおいしいアイスクリームを食べたいといった、健康な者にとってはごく当たり前のものである。その小さな望みの中に、今日も生きているんだという証を見たいと思っている、それを一つ一つ満たしてあげることが大切だ。

 患者Eは、胃癌の理容師。ホスピスの牧師が忙しくて床屋に行けないので、頭を刈ってもらっている。患者は、どんなに弱っていても、人の役に立ちたいと思っている。それを引き出して、実現してあげるのもホスピスケアの重要な仕事である。

 子供の患者Fは、『お母さんありがとう』と字を書くのに30分かかる。患者はどんなに弱っても、何らかの力をもっている。その力をどのようにやりがい、生きがいに結びつけてあげるか、ホスピスケアの仕事である。

 患者Gは食道狭窄の患者で、最後の望みに、大山のふもとのペンションに行きたいという。ナースがつき添って、点滴しながら行った。ところが不思譲な事に、そこに行ったら、それまでほとんど食事ができなかったのに、良く食べられるようになった。ペンションが食道をひろげたのか(笑)。

 わたしのホスピスでは、25%の方が、一時退院され、その方々ヘの訪問看護も行う。ボランティアの方々の係り方も大切だ。誕生日のお祝いなどいろいろなイベントも喜ばれる。入浴は身体だけでなく、心までも温めてくれる。

 私たちは、遺族のケアにもカを入れている。年間200名の方を看取り、そのうち二分の一は、遺族会に出席している。故人の入院中の写真を壁に張り、スタッフとの交流、職員との交流を通じて故人をしのぶ。ホスピスはチームを組んで患者さんの希望を満たすところだと思う。 ホスピスは、イギリスでスタートし、世界的な広がりとなってきている。イギリスに300カ所、アメリカに2000カ所、オーストラリアに50、日本には22、韓国5、台湾2、中国2、ロシア2、インド、香港、シンガポールに各々1カ所ある。

 ホスピスがなぜ、人種、宗教、民族を越えて世界に広がって行くのかといえば、ケアリング・スピリットだと思う。人々が本当に苦しい時、その苦しみをみんなで支え援助する、それぞれの分野の人々が組織的にチームを組んで支える、それがケアリング・スピリットだと思う。

 ホスピスは、医療従裏者だけのものではなく、一般市民のかたがたの協カで成り立つもの。その意味でも、このホスピスを考える横浜市民の会も、勉強や研修を重ねて、ぜひこの地にホスピスを建設していただきたいと思う。





アンケート

 アンケート配布総数…570名

 アンケート回収総数…514名
 回収率…90.2%
  (男性61名女性426名不明27名)
1.あなたの家族、親族でガンで亡くなった方はいらっしゃいますか。
はい282名(60%)
いいえ188名(40%)
合計470名
2.どこのガンでしたか。
(1.で、はいと答えた方のみ)
総回答数204名(多重回答〉
胃69名 肺31名 肝臓26名 膵臓12名 大腸10名
胆嚢9名 食道7名 子宮7名 腎臓6名 乳5名
他22名
3.告知はされましたか。
はい48名(18%)いいえ219名(82%)合計267名
4.その死はどこで迎えられましたか。
病院242名(84%)自宅43名(14.9%)その他3名(1.0%)合計288名
5.もし自分がガンになった時、病名を知りたいと思われますか。
@早期ガンの場合
男性はい56名(96.6%)いいえ2名(3.4%) 合計58名
女性はい391名(95.8%)いいえ17名(4.2%) 合計408名
A末期ガンの場合
男性はい53名(91.4%)いいえ5名(8.6%) 合計58名
女性はい328名(87.0%)いいえ49名(13.0%) 合計377名
6.もし配偶者あるいは家族がガンになった時、病名を知らせますか。
@早期ガンの場合
男性はい42名(79.2%)いいえ11名(20.8%) 合計53名
女性はい302 (82.5%)いいえ64名(17.5%)合計366名
A末期ガンの場合
男性はい28名(63.6%)いいえ16名(36.4%)合計44名
女性はい165名(54.3%)いいえ139名(45.7%)合計304名
7.これまで家族でガンになった時の対応について話し合ったことがありますか。
男性はい30名(51.7%)いいえ28名(48.3%)合計58名
女性はい235名(58.8%)いいえ165名(41.3%) 合計400名
8.誰が告知したらよいと思いますか。
医師293名(50.9%)看護婦10名(1.7%)配偶者148名(25.7%)親、兄弟80名(13.9%)その他45名(7.8%)合計576名
9.回復困難な時、死はどこで迎えたいと思いますか。
@自分の場合
病院33名(6.8%)ホスピス266名(62.9%)自宅175名(36.2%)その他20名(4.1%)合計484名
A家族の場合
病院21名(5.1%)ホスピス212名(46.6%)自宅198名(43.5%)その他22名(4.8%)合計455名
10.回復困難な時、延命処置 (人工呼吸器等)を望みますか。
@自分の場合
男性はい4名(6.9%)いいえ54名(93.1%)合計58名
女性はい25名(6.2%)いいえ370名(93.8%)合計404名
A家族の場合
男性はい11名(20.0%)いいえ44名(80.0%)合計55名
女性はい90名(24.2%)いいえ282名(75.8%)合計372名
11.自分の生命が限られていると知らされた場合、医療者に望むことは何ですか。(多重回答)
a.徹底的に治療を行ない、延命の可能性を見つけて行く。男性6名女性25名計31名(4.1%)
b.何も治療しないで欲しい。男性2 名女性10名計12名(1.6%)
c.痛みや辛いことだけコントロールして欲しい。男性46名女性310名計356名(46.6%)
d.精神的な面も含めて良く相談にのって欲しい。男性34名女性296名計330名(43.3%)
e.自分から言うまで、そっとしておいて欲しい。男性4名女性27名計31名(4.1%)
f.その他 男性1名 女性1名 計2名(0.3%)
12.ホスピスをどのように理解されていましたか。(多重回答)
a.死を待つところ 。男性4名女性48名計52名(8.4%)
b.末期ガンの人が入るところ。男性10名女性100名計110名(17.8%)
c.痛みをコントロールして日常生活を送るところ。男性49名女性370名計419名(67.6%)
d.ぜんぜん知らなかった。 男性7名女性22名計29名(4.7%)
e.その他。男性5名女性4名計9名(1.5%)
13.本日の講演を聞いてどう思われましたか。
a.良かった。男性34名女性177名計211名(29.7%)
b.また聞きたい。男性20名女性164名計184名(26.0%)
c.感動した。男性17名女性119名計136名(19.2%)
d.参考になった。男性16名女性154名計170名(24.0%)
e.その他。男性2名女性6名計8名(1.1%)
14.今後、講演会、研究会などに参加を希望しますか。
はい 男性48名女性279名計327名(86.7%)
いいえ 男性2名女性48名計50名(13.3%)
15.ボランティア活動の参加を希望しますか。
はい 男性27名女性179名計206名(63.0%)
いいえ 男性17名女性104名計121名(37.0%)
16.会からの連絡を希望しますか。
はい 男性41名女性259名計300名(82.2%)
いいえ 男性7名女性58名計65名(17.8%)