広葉樹(白)  
 −ホスピスを造ろう−

  《 病院を守った医療戦士の実話小説 》

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伊能言天 (いのう げんてん)

プロフィール
1948年生 医師

金沢大学医学部卒業・東京慈恵会医科大学大学院中退
市立病院外科医長・私立病院副院長・病院長など歴任



目   次

T章

救いの手
香織という名の患者     
思索の旅
中川井病院            
救いの手                 

U章

朝もやの船出
再建への道   
東海大学安楽死事件    
ホスピス市民運動     
ホスピス病棟オープン     
医局内抗争    

V章

崖っぷち

光と影−赤字転落    
光と影−ホスピスの日々   
お家騒動−病院崩壊
お家騒動−仮処分裁判
崖っぷち
主はわたしのいのちの砦



T章 救いの手


香織という名の患者
                                     
 白い冷ややかな壁に囲まれて、鉄製のベッドが一つ置かれていた。その上に、目鼻立ちの整った、それでいて、いくらか蒼白な顔色をした若い女性が、本を手にしてその身を横たえていた。

 コツコツとドアをノックする音がした。静かにドアが開くと、白衣に身を包んだ高井正夫が入って来た。午後の回診だった。

「具合はどうですか」

 高井は、ベッドのかたわらに置かれた椅子に腰掛けると、女性の脈をとりながら、おだやかな口調で語りかけた。

「特に変わりありません」

 若い女性は微笑んだ。顔色の蒼白さに映えるつややかな黒髪が、何かもの悲しさを漂わせていた。

 女性は、手にしていた本をかたわらに置いた。


「その本、何の本?」

 高井は物珍しそうに、それを見つめた。

「宇宙からのメッセージなんです」

「ふ−ん。神様からのメッセージみたいなものかな」

「そう」

 女性は百瀬香織(ももせかおり)といった。21才だった。彼女は2年前(1988年)、東京にある関東大学病院で、太ももにできた軟部肉腫の手術を受けた。ところが不幸にも、1年たたずしてそれは肺に転移した。
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