三部さん、SVAの草創期を語る


 SVA東京市民ネットワークでは、SVA(曹洞宗国際ボランティア会)の草創期のスタッフで、現在SVAの参与をされている三部義道さんに、SVA草創期の頃のことを中心にお話を伺いました。三部さんは昭和31年生まれの40歳。曹洞宗教化研修所に在籍されている時にカンボジア難民問題が発生し、ボランティアとして難民キャンプに行かれたのがきっかけで、今日までSVAに関わられるようになりました。当日は市民ネットのメンバーを中心に十数人が巣鴨のSVA事務所に集まり、参加者が特に関心のある事項を述べ、各事項に沿うという形でお話がなされました。以下はその概要です。


<難民キャンプ>

 最初は本を印刷するためのボランティアとしてバンコクで輪転機を回していた。

 80年8月から、野村耕健さんや倉科さんと一緒に、長期のボランティアとして参加した。当時はサケオキャンプができて始まった頃で、新潟の渡辺さんや駒澤大学の児童教育部の人が来て、移動図書館事業や子供を遊ばせるということをしていた。また、竹林さんという手品をするお坊さんも一緒だった。最初は、移動図書館活動から始まったのだが、2部制の学校にJSRC(Japan Sotoshu Relief Committee=曹洞宗東南アジア難民救援会議)が行き、1時間は絵本の貸し出し、1時間は手品とゲームをしていた。マジックという概念自体難民の人は知らなかったようで、トランプの手品にびっくりしていた。また、ピストルを使った手品については、カンボジア国内での内戦の記憶がよみがえるのか、ピストルで風船を割るだけでも驚いて逃げてしまっていた。マジックは、サケオだけでも100回くらい実演していた。

 最初は、移動図書館が救援活動か、という先入観があったのだが、学校に行くと、蚕が桑の葉を食べるように子供たちが本を読んでいるのに感動した。

<SVA設立について>

 80年にキャンプに行って帰った頃から、JSRC終結の話は出ていた。ここで終わったのでは、2階に上がった梯子を取られるような状態になってしまうので、それは困る、何とかしなければということでSVAができた。81年の11月に総会があり、五反田に部屋を借りることとなった。当時は金もないので、机などは捨ててあったのを拾って使っていた。

<僧侶としての立場とSVAの活動>

 自分の悟りを開くことがまずあって、それができて初めて人を救えるという上座部仏教の考え方(戒律重視)を批判し、人を救うのを重視するというのが大乗仏教だったはずだが、本当にそうしているのか?こうしたことを示唆するのがSVAの活動であり、大乗仏教が大乗たるゆえんを見出すというのがこのような活動の目的ではないか。

 最初に移動図書館をした時に通訳をしてくれたカンボジア人の僧侶が、自分たちが難民キャンプに行くときについてきてくれ、マイクの前で説明をしてくれた。こうした活動は本来できないものであり、他のお坊さんからは異端視されていたのだが。本来、昼以降は飲食ができず、メディテーション(癒し)の時間であるのだが、これではいかん、ということで活動しているとのことだった。

 大乗仏教からすると、人を救うためには戒律など守ってはいられない!として戒律を減らしたのに、戒律だけ減らして人を救うことはなおざりにしている。このように自分の至福を追求しているとすれば、何が「大乗」かということになるのではないか。SVAが展開しているような活動を通じて坊さんが坊さんであることに目覚めて欲しいというのが、ボランティア会の一つの願いである。
曹洞宗の寺院は公称一万五千あり、会員とSVAの会員となっている寺院が千三百寺院であるから、10%強にすぎない。お坊さん個人個人と上手くつきあいたい。ボランティアというのが僧の活動だと思ってくれる人が3割、5割となってくれればいいなと考えている。

 現在、宗教法人法の改正が問題とされているが、こうしたことが問題となる背景には宗教の「公共性」という問題があるのではないか。昔は、お寺は寺子屋を開催し、悩み事相談所や電話取次所として機能していた。また、その本堂は公民館として使われていた。こうした働きを通じて、お寺は公益性を持つものと認められていた。しかし、今は寂しい限りである。社会からはずれた存在に寺がなっているとすれば、恐ろしいことだと思う。

<共生、縁起について>
 一般的な縁起と仏教の縁起とは違う。一般的な意味での縁起とは、全ての存在は全て関わり合っているということをいう。仏教の縁起とは、十二因縁、苦しみの原因を突き詰めていくと無明に着く。これを仏教の智恵によって明らかにできれば問題を解決できると思う。

 「共生」、共に生きるというのは、生命はバラバラに存在するのではなく、もともと一つということではないか。花粉症の治療方法で、回虫療法というのがあり、虫が出す分泌物の影響を利用している。つまり、回虫をわざわざ腹の中に入れているのである。高木善之氏の話によれば、現在は回虫も住めないくらい人体が汚染されているというのである。人間の頭で、これが必要、これが必要でないという判断はできないのではないか。ここにいるということ自体が大きな生命の中の一つになろうとしているということであろう。

<菩薩行などについて>
 曹洞宗では余り使わないが、四無量心というものがある。慈無量心−与楽(人に楽しみを与える)悲無量心−抜苦(人の苦しみを取り除く)喜無量心−共喜(共に喜ぶ)捨無量心−平等(好き嫌いを捨てる)の4つから成る。捨というのは、釈氏(釈迦の弟子)というのが、どんな階級であれ入ってしまえば皆釈氏であるということである。人の喜びを見ているのが楽しい、こういう気持ちはだれにでもあるはずではないか。人の苦しさを見てつらく思うという気持ちを素直に見ていくと、同事ということになろう。
80年頃に係わった人々はボランティアについてはずぶの素人であったわけで、今のSVAを見ると雲泥の差があると感じる。今では専門性が問われてきたし、それが期待されてきている点がある。ただ、あまりにもプロフェッショナルになって謙虚さがなくなっていくと、こういう活動の意味がなくなるのではないか。SVAの特徴に、現場の人々と一緒に考えていく姿勢というのがある。タイの人たちと友達として一緒にやっていこうという意識があった。欧米の団体はそれこそキャンプとは離れた所に住み、9時から5時まで働くという意識でやっていたが、我々は、タイの人と別の物を食べるということはできなかった。ではそんな中でタイ人と一緒に何ができるか、と考えていった。専門的になると自分たちの考えを押しつけることになりはしないか。価値観をこちらから持ち込むことになりはしないか。プロとして持ち込むよりも現場において何が必要かを考えていくことが大切なのではないか。

 唯識論という考えによれば、眼、耳、鼻、舌、身、意(心で思うこと)という六識の他に末那(まな)識、阿頼耶(あらや)識というのがある。阿頼耶識は、人間が生まれる前と、生まれた時から今日までの意識を全て溜め込んでいる。人の行ったことは必ず溜め込んでいるのである。末那識というのは、自己中心的意識、自己防衛本能である。どんなことをするにも自己中心的意識が潜んでいる。これがあるんだな、と自覚するのは、悪いことをしたときである。(逆に)人のためにしていると思ったときには、一番認識しにくいものである。これが怖い。いいことをしている場合でも自己中心的意識があることを常に認識しないと、高慢、押しつけ的なことにをしながら、それに気が付かないことになる。だから、自己弁護ではないが、ずぶの素人として行ったことで持っていた大きな謙虚さはいつも持っていたいし、なくしてほしくないと思う。

※ 当日は、翌日からカンボジアへ旅立たれるという慌ただしい日程の中お話をしてくださり、三部さん、どうもありがとうございました。

(文責 野村修一)


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