SVA東京市民ネットワークNEWS LETTER「里程標」第19号

タイに行ってきました!

厚美 薫

 「またアジアに行きたいね!」と友人達となんとなく話をし始めたのが昨年の12月ごろ。確か忘年会の席だったのではないかしら。「じゃあ、ちょっとスケジュールを組んでみるから。3月には本当に行かれるどうか具体的に検討してね」と、話がとんとん拍子に進み、気がついたらタイに行く日になっていたのでした。

 生まれてはじめて行った外国がフィリピンとブルネイ。その後取材でアメリカへ行き、次の取材ではまたマレーシア。たまにはヨーロッパにもいってみたい、とイタリアへ行き、そして今回のタイ。この原稿を仕上げた後には上海と、どういうわけかアジアにはご縁がある私です。

 行政がらみの視察、単なる観光旅行、限られた範囲での取材旅行などいくつかのパターンの海外旅行を体験しましたが、少人数のスタディーツアーはとても充実したものでした。

 国から充分なサポートを受けたり、決して活動しやすいシステムが整っているとはいえない状況の中で、NGOの皆さんはほんとうに一生懸命で、希望を失ったり、諦めたりしていないのです。なんだか日本人のほうがひねくれているなあ、なんて思ったりしました。

 何だかんだ言っても、些細なことにこだわって、勝手に人を羨んだり、怒ったり、悲しんだり。タイがどうの、フィリピンがどうの、と遠く離れた日本で言っていることがピンボケしているんじゃないか、と感じました。

 残念なことに、私はタイ語ができません。かといって英語もそれほどできません。今回はタイに何年もいて、活躍している日本の方に通訳をしていただいたので、お話しはとてもよくわかったのですが、じっくりと自力で対話をすることはできませんでした。自分の限界だなあ、とつくづく思います。

 そう言えばちょうどタイから戻ってきて1ヵ月です。スラムや町中で逞しく生きる人々。その人たちのよりどころとなっている仏教や寺院。タイの寺院はギラギラした陽の光の中で眩いほど輝いていて、めまいがしそうでした。

 野良犬なのか飼い犬なのかわからない犬が日中は道ばたに横たわっています。決して毛並みがいいとは言えない犬達は人を恐れず、威嚇せず、穏やかな目をしていたのが印象的でした。輪廻転生を信じるタイ人は、自分も次は犬に生まれることがあるかも、と自らの食べ物を野良犬に分け与えるのだそうです。

 外国に行って思うのは、どの国の人も自分の文化や伝統を大事にしようとしていることです。私たち日本人は何を大事にしたいのだろうか。また、何を大事にしてきたのだろうか。答えられない私がいます。いや、考えたことがなかったのかも。

 タイもいろいろな課題を与えてくれました。これがどんな形で私の血となり肉となるのでしょうか。

 大好きなオランダ人精神科医J.H.ヴァン・デン・ベルグは言います。「現象をよく見ること。そして現象の意味が立ちあらわれてくるまで待つこと」と。

 アジアの人たちの真摯な態度を前にして、いつも心がチクリと痛みます。でもそれが私にとっての最大のお土産なのかもしれない。

 そうね。この経験が何だったか、私にとっての「意味」を焦らず待つことにします。

 さて、今度はどこに行こうかな。


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