民事訴訟法 昭和50年度第2問

問  題

 甲は、乙に対して、不法行為に基づき一〇〇万円の損害賠償請求の訴えを提起した。
 1 訴えの不適法却下の判決に対して、乙は控訴できるか。
 2 甲は、全部勝訴の判決を受けた後、損害額は一五〇万円であることが判明したとして、控訴を提起することができるか。
 3 訴えの提起後三年たって、甲の全部勝訴の判決が言い渡された後に、甲の右の控訴提起があった場合はどうか。

答  案


一 小問1について
1 控訴が認められるためには、控訴人となる乙に控訴の利益が認められなければならない。
  では乙に控訴の利益は認められるか。

2 控訴の利益の有無については、原審における控訴人の申立内容と原裁判を比較して、原裁判が控訴人の申立てを全て満たしているか否かで判断すべきと解する(形式的不服説)。
  なぜならこのように解することで控訴の利益の判断基準が明確になり、控訴の濫用の防止にも資するからである。

3 原裁判である訴えの不適法却下の判決については甲の請求を全く認めないものであるから乙に控訴の利益はないように思える。
  しかし訴え不適法の判決については、甲が訴訟要件を具備して訴えを提起してきたときに請求が棄却されるべきものであることに既判力が生じていないので、再訴を十分に封じ得ない。
  これに対し請求棄却判決を得ておけば、甲の請求権の不存在という判断に既判力(一一四条二項)が生じるので、後訴での甲の主張を有効に封じることができる。
  このように請求棄却判決は訴え不適法却下の判決よりも乙に有利なので、請求棄却判決を求めていた乙には控訴の利益が認められる。
  よって原審で請求棄却判決を求めていれば、乙は控訴することができる。

二 小問2について
1 甲は全部勝訴の判決を受けている以上、控訴の利益がないようにも思える。
  しかし全部勝訴の場合であっても、拡張しようとする請求について後訴が認められない場合には、拡張しようとした部分には実質上請求棄却判決と同じ効果がもたらされることから、控訴の利益を認めるべきと解する。

2 では拡張分の五〇万円につき再訴は認められるか。
  本件の甲の請求は単に「一〇〇万円の損害賠償請求」を求めるもので、第一審判決後に「一五〇万円であることが判明」したというのであるから、一部請求であることを明示しない黙示的一部請求である。黙示的一部請求については残部について再訴を認めると一部請求であることを知らなかった被告に不意打ちとなることから、残部についての再訴は認められない、と解する。
  よって甲が五〇万円につき再訴で請求することは許されない。

3 したがって甲は不服の利益を有し、甲の控訴は許される。

三 小問3について
1 本件では訴えの提起後三年が経過していることから、五〇万円についての請求権は時効(民法七二四条前段)が完成しているのではないか。そうだとすると有利な判決を得られる可能性はないのだから控訴の利益もないのではないかとも考えられる。

2 ただ、一〇〇万円の請求により五〇万円の分についての時効も中断(民法一四七条一号)するとすれば(民事訴訟法一四七条)再訴が禁止される分については請求棄却判決と同じ効果が生じるのだから控訴の利益も認めうる。そこで時効中断の効果が五〇万円の部分についても及ぶかどうかが問題となる。
  思うに本件のような黙示的一部請求について残部請求が禁じられるのは、訴訟物が一五〇万円全体であるからと説明できる。そこで、一〇〇万円についての請求によって訴訟物全体つまり一五〇万円についての権利行使の意思が明確になったものとして一五〇万円全体についての時効が中断されると解する。

3 よって甲に控訴の利益が認められ、甲は控訴することができる。

以 上


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