News Clip of "My Neighbors The Yamadas" 7

February, 1999 Challenge of Studio Ghibli 2-2

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1999年2月17日 報知新聞

「もののけ姫」から「となりの山田くん」へ:第2部 20



簡単な絵をリアルに動かす難しさ

 「『となりの山田くん』はすごく新しいアニメーション。だけど、本当に難い作品です」。1984年の「風の谷のナウシカ」(制作はトップクラフト)以来15年間、ほとんどすべてのジブリ作品の原画を描いてきたベテラン原画ウーマン・賀川愛さんは正直だ。

 田辺修さん(33)の描いた絵コンテを賀川さんら19人の原画スタッフが原画化。原画と原画の間の動きを動画のスタッフが描き、スムーズな動きを見せていくのがアニメの基本。例えば、右手を上げた瞬間と下げた瞬間の絵を描くのが原画。右手が下がっていく、その間の動きを1コマずつ、ていねいに描くのが動画と考えればいい。

 「もののけ姫」冒頭のアシタカがやぐらを登っていく見事な動きを担当したのが賀川さん。「山田くん」の作画にも他スタッフよりひと足早い97年12月から参加していた原画の工−スの悩みは「今までリアルって緻(ち)密に描かないとダメかと思ってきたのに、今回はペラッとした『山田くん』のキャラタターを緻密に動かす難しさ」にあった。

 「例えば『もののけ姫』のアシタカのように線が多い方が立体的に緻密な動きを見せやすいでしょ。でも『山田くん』みたいに線が少ないキャラクターは、ちょっとずらしただけでガラッと形、印象が変わってしまう。最初は『こんな簡単な絵だから楽だろう』と思ったけど、大間違いでしたね」と賀川さんは笑う。

 「もののけ姫」の時は午前11時から仕事を始め、午後10時には帰社していた賀川さんが今、午後11時までは必ずジブリにいる。もちろん「原画描きに突入したのが『もののけ姫』よリ4か月遅れていた」(賀川さん)ため、追い込みスケジュールになっている点もあるが、やっぱり大変なのは「山田くん」ならではの"気持ちのいい絵"の追求だ。

 「一生懸命描いても、キャラタターの動きが頭の中だけの段取り芝居になってしまっている気がします。そうすると、硬い絵になっちゃう。でも、(実写フィルムに色を乗せる米アニメ映画の)『指輪物語』のようなリアルさにはしたくない。あれってベタッとした感じで気持ちが良くない。『山田くん』たちの動きには潔さが欲しいんです」

 そして、賀川さんは自らがアニメーターである宮崎駿監督(58)と、自らは絵を描かない高畑勲監督(63)、2人の天才の演出法の違いについて興味深い意見を明かした。(中村健吾)(当該記事より)







1999年2月16日 報知新聞

「もののけ姫」から「となりの山田くん」へ:第2部 19



"リアル"より"共感できる動き"

 「となりの山田くん」の絵コンテ、演出を担当する田辺修さん(33)は、97年9月から約900カットの本編のコンテを一人で描いてきた。

 みずからは絵を描かない高畑勲監督(63)の頭の中にある演出、レイアウトを絵にして表現するのが仕事。山田家のキャラクターはすべて田辺さんの線で統一される"絵の総責任者"だ。

 高畑監督と田辺さんが目指したのが「ああ、人ってこんな感じで動くよなあ」という"いい感じ"。単純にリアルさを求めるなら、78年、米アニメ映画「指輸物語」などが実現させたロトスコープ(ライブ・アクション)という手法がある。人間の動きを撮った実写フィルムをトレース。それに色をつけ、絵として描き起こす方法なら、確かにそのままの人間の動きを再現でさる。

 が、「ぼくたちが目指しているのは、そうしたリアル・アニメーションじゃありません。実際の人間の動さは、とても複雑でムダもある。そのムダを省いて、じっくり観察した人間の動さを"ある、ある、こんな感じ"と思わせるようにスクリーン上で再現したい。だいたい、山田家のキャラクターが生々しい人の動きをしたら、デパートの屋上の着ぐるみショーになっちゃいます」と田辺さんは笑う。

 目指すは「共感できる動きをタップリ見せる。しかも動作から動作がカット割りせずに続いていく」(田辺さん)という現代アニメでだれもやったことがない世界最高水準だ。

 目指すハードルが高いだけに絵コンテ作りは試行錯誤の連続だった。高畑監督、田辺さんの2人は98年8月、9月と2度にわたって都内ホテルに缶詰めになる絵コンテ合宿も決行。睡眠を5時間に削り、起きている間は絵を描き続ける生活を送った。

 それでも98年末時点で、出来上がった絵コンテは80分の長さだけ。完成が公開ぎりぎりになった「もののけ姫」でさえ、97年正月明けには絵コンテは完成していたにもかかわらずだ。

 田辺さんは正月も返上。元日も早朝から出社。絵コンテを描き続けた。そして、今月10日現在で絵コンテは2つのエピソードを残すだけとなった。が、「もののけ姫」の時とまったく違う作業内容に新たな挑戦を強いられるスタッフは田辺さん一人ではなかった。(中村健吾)(当該記事より)







1999年2月13日 報知新聞

「もののけ姫」から「となりの山田くん」へ:第2部 番外編



今夏に向けて続けている2つの挑戦

 アニメ映画界のヒットメーカー、スタジオジブリは今、2つの挑戦を続けている。ひとつは「もののけ姫」英語吹き替え版の全米100都市1000館での一斉公開。すでに昨夏からニューヨークとロサンゼルスのスタジオでクレア・デーンズ(19)、ジリアン・アンダーソン(30)らハリウッドのトップスターがサンやモロの君の声を吹き替えている。これだけのトップスターが吹き替え版映画の声優出演のため結集するのは初めてのことだ。

 同作品の全米公開は、「Shall weダンス?(監督・周防正行)を米公開し日本映画過去高の1000万ドル(約12億円)ヒット作にしたディズニー傘下のミラマックス社が手掛けるビツグ・プロジェクト。ゼネラル・プロデューサーの徳間康快・徳間書店社長(77)が「わたしにとって一世一代のチャンス。世界と勝負する生涯初めての機会だよ」という日本映画最大の挑戦は6月、アル・ゴア米副大統領夫妻を招いての全米プレミア試写会、そして7月の公開本番に向け豪快に動き出している。

 そして、もう一つ。製作費18億円を投じ確実に日本映画史上に残るアニメを97年夏からジブリは作り続けている。約7億円の設備費をかけて導入した30台のワークステーションを駆使して作る初のフルデジタル・アニメ「ホーホケキョとなりの山田くん」だ。「この作品でアニメ表現を突き詰めてみたいと思っています」と高畑勲監督(63)。いしいひさいちさんの新聞連載漫画が原作だが、山田家のまつ子さん、たかし、のぼるらおなじみの2頭身キャラクターは過去のテレビアニメ「おじゃまんが山田くん」のような、いかにも漫画的な動きをするわけでは全くない。

 昨年7月の製作発表。まだ色も付けられていない3分間の「山田くん」テストフィルムを見た宮崎監督は興奮して言った。「この(キャラクターの)感じを生身で出せる俳優はいませんよ」‐。"世界のミヤザキ"をも驚かせた山田くんの動き。あの2頭身のキャラクターが「ああ、人間って、こんな感じで動くよね」という超リアルな動きをする驚きとそう快感を「山田くん」は目指している。

 リアルさの追求だけでなく、「3枚の動画」と名付けられた世界初のアニメ手法による全編水彩タッチの実現など「山田くん」には秘密がいっぱい。この夏、ジブリが生んだ「もののけ姫」が全米で、「山田くん」が日本で、映画ファンの度肝を抜くことだけは間違いない。(中村健吾)(当該記事より)

※2月15日は新聞休刊日で宅配は休みのため、駅売り版の紙面に番外編として掲載されました。







1999年2月13日 報知新聞

「もののけ姫」から「となりの山田くん」へ:第2部 18



忘年会での一言で現場のムード一変

 これが新しい挑戦に付きものの"産みの苦しみ"なのか。昨年末から1月にかけて、「となりの山田くん」製作の進み具合はとても厳しいものになっていた。

 「2月現在『山田くん』はスケジュールのかなめの原画パートで、ようやく6割完成といったところ。『もののけ姫』は同時期で8割以上あがっていましたから、かなり遅れています。過去のジブリ作品と比べでも今回の遅れは深刻ですね」と制作部長として作品製作のスケジュールを統括する高橋望さん(38)。

 4コマ浸画のアニメ化。30台のワークステーションを駆使してのコンピュータ−彩色。水彩画タッチの画面構成。高畑勲監督(63)が指揮する初物づくしの挑戦が当初の予定を大幅に狂わせていた。「ものすごく単純に言うなら、作画作業を開始後1年かかって6割をこなしたという状況。でも、あと4割を残された2か月で終わらせなければいけないんです」と高橋さん。「まったく新しい表現を模索、開発することに丸々1年がかったとも言えます。それだけの成果はあったし、いいものが生まれると確信もしてます。でも、7月の公開は待ってくれませんからね。なんとか間に合わせないと」真剣に続けた。

 「月並みな言い方になりますが、スタッフのやる気が最後にはものをいいます。その意味で去年の忘年会は本当に良かった」と高橋さんは振り返る。昨年12月28日、ジブリでは絵コンテ・演出、原画、動画、美術、彩画(仕上げ)など各部のメーンスタッフ15人が集まった緊急会議が行われた。

 「このままのペースでは完成は8月末になってしまう」鈴木敏夫プロデューサー(50)の危機感いっぱいの一言から始まった会議は「全体量はどのくらいになるのか?」「スピードアップするためのシステム改変は?」「絵コンテは、いつ完成するのか」など、現場の生の声の続出となった。

 そして、会議の翌日、東京・吉祥寺でジブリの忘年会が開かれた。その場で絵コンテ、演出担当の田辺修さん(33)は「今までの3倍働きます」と宣言した。自らは絵を描かない高畑監督に「彼のような才能に出会えたことに日々、感謝しています」と言わせた"絵の総責任者"の熱い一言が、現場のムードを確かに変えた。(中村健吾)(当該記事より)







1999年2月12日 報知新聞

「もののけ姫」から「となりの山田くん」へ:第2部 17



人間はほどほどの存在 大したことない

 「となりの山田くん」製作途上の高畑勲監督(63)がつぶやく。「今は全然、ファンタジーを作りたいと思わない。なぜなら今の子供はファンタジーに捕らえられすぎているから」「アニメにしろ、ゲームにしろ、ファンタジーの世界に開じ込められていたら、その方が楽しいのは当たり前です。現実の方が大したことなくて、つまらないのは真実。でも果たしてそれでいいんでしょうか」。そんな疑問がら「山田くん」作りはスタートした。

 「どうせ人間はほどほどの存在で大したことない」(高畑監督)ことをファンタジーに逃げた子供たちは気付かない。自分たちを"ほどほど"と思っていないから、思うようにいかないと「キレる」「ムカつく」。「山田くん」構想時に神戸で起きた14歳の少年による連続小学生殺傷事件。まさにファンタジー漬けの少年が犯した犯罪だった。「どこにでもある家族を描くことで人間は大したことなくてホドホドでも十分、面白い。そのまま生きていける」。高畑監督は、それを「山田くん」で"見せたい、伝えたい"と思った。

もう一つ。映像テクニックとして作る意味も「山田くん」にはあふれていた。日本初のフルデジタル、わざと塗り残しの感覚を残す「3枚の動画」の導入で目指す水彩タッチのやわらかな絵。「山田家の居間にしろ、コタツや畳がそこにある感じは色の変化で表現。実物のコタツなどは描かないで雰囲気で分からせる。人間が動くことによって空間ができていくことを使って、人問のたたすまいだけを描く。描きたいものしか描かない手法でしか表現できない"印象を伝える"ということをやってみたいんです」と高畑監督。

 「『山田くん』の漫画っぽいようにしか見えない絵が、現実そのままを見ているようなイリュージョンを起こさせる興奮。この作品でアニメ表現を突き詰めたいと思っています」と自信にあふれた一言。が、続けて「コンピューターの導入で大変化がありました。今まで出来ないと思っていたことが出来る。でも、出来ることは増えたけど時間はかかることも分かりました」とポツリ。鈴木敏夫プロデューサー(50)が「高畑さんの集大成」と呼ぶ「山田くん」ヘの高畑監督の熱い思いと高い理想が最先端の製作現場で大変な問題を生んでいた。(中村健吾)(当該記事より)







1999年2月11日 報知新聞

「もののけ姫」から「となりの山田くん」へ:第2部 16



日常の中のささいな喜びを描きたい

 なぜ今、「となりの山田くん」を作るのか−。その問いに、めったにインタビューに応じることのない高畑動監督(63)が昨年11月の紫綬褒章受章会見で淡々と答えた。

 「わたし自身、もうファンタジーを作るつもりはないんです。現実の中にある機微や共感、思い切り笑ったりすることで、自分は生きていける。ごく日常的なことの中にある喜び。『山田くん』ではそんな、ささいな喜びをこそ描きたいんです」。

 「(東映動画時代がら)40年問、アニメーションという表現手段で何ができるが、それを常に考えてきました」と高畑監督。冒頭の発言は決して宮崎駿監督(58)が生み出した「もののけ姫」を始めとする壮大なファンタジー・アニメを否定するものではない。2人の天才の間にある方向性の違い。鈴木敏夫プロデューサー(50)は高畑流のアニメ術を「高畑さんはその作品を作る意味、そして新しい映像技法を開発するテクニック的意味という2つの意味を常に作品作りに求める」と表現する。

 高畑作品を貫いているのは「映像があふれすぎた現代では人は実写作品、さらに現実の映像でさえ、目の前に一枚、べ−ルをかぶったような状態で物を見てしまっている。だけど、アニメ映画で絵として書きおこすことによって、現実には失われそうなたたずまい、動きを、見る人に再確認させることができる」という考えだ。

 「火垂るの墓」(88年)や「おもひでぽろぽろ」(91年)監督時に「これだけりアルな動きを追求するなら、実写映画でやれば良かったのに」という椰楡(やゆ)もあった。が、高畑監督は「みんなが先刻ご承知の動きを絵で表現する。"あっ、そういう感じってあるよね"っていう実感。それこそが大事なんです。克明、緻(ち)密に書き込むことが主流の現代のアニメ界では、緻密な世界に閉じこもりすぎて、印象をストレートに伝えるカががえって弱くなっている。サラッと描いた中の"あっ、この感じ"という共感とリアリティーこそ自分の作品で伝えたいことです」

 「ずっと、アニメで夢を見てきたんです」アニメ作家として初めて紫綬褒章を受章した天才作家が「山田くん」で求めた"2つの意味"が今、明かされる。(中村健吾)(当該記事より)







1999年2月10日 報知新聞

「もののけ姫」から「となりの山田くん」へ:第2部 15



客の期待の上を行く"優秀な手品師"

 「たしかに競争社会になったけどまだ今は一生懸命やっている人が割を食っている段階。日本全体が"ちゃんとやらなきゃな"となった時、『山田くん』で描く家庭のありがたさがわかると思います」と「家内安全は、世界の願い」というキャッチコピーを生み出した糸井重里さん(50)。

 米社会が唱えだした「グローバル・スタンダード(世界基準)への疑問が糸井さんの中で芽生えた時、「一番近くにある頼りになる存在が、やっぱりジブリだった」という。「この2年。全員が(本当の意味を)わからなかったけど面白かった『もののけ姫』と、すみからすみまで全員がわかる『タイタニック』が、ぶつかり合った。普通に戦ったら勝ち目のない戦いで日本生まれの『もののけ姫』が、ちゃんと仕事をしたのは大きかった」
 「人が数と形でしか捕らえられないアメリカの言う世界基準ではない、アイツらに、どうしようもできない世界がジジブリには作れるんです」。ニヤリと笑う糸井さんは「ジブリは優秀な手品師だと思う」と言う。

 「手品師として"に何を出したらウケるか"アンケートをとって、シルクハットから出しているのが今の企業。たとえ一番、人気のあるウサギを出したとしても客は驚きゃしない。だけど、ジブリは前にこれが出たがら次はあれだろうって期待を、絶対に裏切るんです」

 「今、客はバカじゃないですよ。本当の面白いものを、すぐ見抜く。ジブリには"おれが本気でやってるんだから、オマエら、わかれよ"っていう気迫がある。自分が作るものへの勇気、自信がある。それへのリスペクト(尊敬)がジブリ作品を支えている」と糸井さんは分析する。 「ジブリのすごさは最初はどうかと不安なまま客に差し出しても、客やメディアが助けてくれて埋めてくれる。"これは面白いんだよ"と街中に淀川長治があふれてる感じ。ジブリの創造性への尊敬なんです」

 糸井さん、鈴木敏夫プロデューサー(50)らジブリ・スタッフがたどり着いたのが「(1)笑いは前面に出さない(2)小津安二郎調で高級そうに(3)何がグローバル・スタンダードだ。これがジブリのジャパン・スタンダードだ」という3つの宣伝方針だ。そして今、「山田くん」作りに没頭中の高畑勲監督(63)が初めて、その狙いを語る。(中村健吾)(当該記事より)







1999年2月9日 報知新聞

「もののけ姫」から「となりの山田くん」へ:第2部 14



"コピーの神様"が願いを込めた12文字

 88年の「となりのトトロ」と「火垂るの墓」の「忘れものを、届けにきました。」から「もののけ姫」の「生きろ。」まで、8本のジブリ作品のキャッチコピーをすべて手掛けてきたのが糸井重里さん(50)。"コピーの神様"が「となりの山田くん」のために考えたのが、すでにポスター、予告編でおなじみの「家内安全は、世界の願い」だった。

 「このコピーは最初に考えた1本。『山田くん」の脚本を読んだ時、非常にお笑いの要素があった。逆にお笑いらしくしたくなくて一見、そうは見えない、お笑いのコピーにしたくなったんです」と糸井さん。

 「もののけ姫」の「生きろ。」が生まれるまでに約30回、ファクスのやりとりを行った糸井さんと鈴木敏夫プロデューサー(50)だったが、今回は他2案を検討しただけで、すんなり「家内安全−」に決まった。

 その理由を鈴木さんは「見たとたん、これでいい」と思ったんです。カンですね」と言うが、糸井さんは脚本を読み込んだ上、綿密なプランを立てで、このコピーにたどり着いていた。カギはだれもがくつろげる主人公・山田くんの家庭だつた。「今、グローバル・スタンダードとかメガ・コンペテイションとか言われてるけど、ぼくはコンペティション(競争)という言葉に、ここ数年、危機感を持ってきた」と糸井さん。

 国内外で真の競争が始まった現在、一人一人のサラリーマンは激烈な競争にさらされ「かかとを浮かせで生きでいる」(糸井さん)状態。日本人が「明日が見えない、日本がどうなるかも分がらない、果たして自分が必要とされているかも分からない」という初めての経験をしている中、本当に必要なのは何か。

 「それがホーム(家庭)なんです。ムダ話できたリ、支えられたり、感情をぶつけられたり。そろそろ、そんな帰る場所、裸になれる場所としての家庭を大事にした方がいいな」糸井さんが、そう考えていたところに、鈴木さんから持ち込まれたのが「山田くん」の企画だった。

 「自分なりの幸せ観を持たないと死んじゃうよ」そんな危機感を持っていた糸井さんにとって『山田くん』はジャスト・フィットだった。」。そして、このコピーは「山田くん」だけでなくジブリそのものを表現していた。(中村健吾)(当該記事より)







1999年2月8日 報知新聞

「もののけ姫」から「となりの山田くん」へ:第2部 13



くたばれグローバル・スタンダード

  製作会社としてのジブリの歴史。それは配給会社の期待を、いい意味で裏切ることの連続だった。静岡・伊豆での宣伝合宿。「ジブリ作品は、どんなにヒットしても"次はダメだろう"という周囲の見方との闘いを繰り返してきました」。「もののけ姫」までの全11作品で総配収255億円をたたき出した鈴木敏夫プロデューサー(50)は言った。

 1989年、「魔女の宅急便」が配収21億7000万円の大ヒット。その後、「おもひでぽろぽろ」の企画を出した。配給会社は「配収目標7億円」と言った。が、結果は18億7000万円のヒット。同じく「紅の豚」は予想の5億円をはるかに上回り、フタを開ければ92年度公開邦画No.1の配収27億円を記録した。

 次にこう来るだろう−という予想への心地いい裏切リ。「高畑動監督は"平凡でたわいない日常の中にこそ最大の冒険がある"と言ってます。『山田くん』は地味だから当たらないのか、派手に作れば当たるのか、非日常を描かないといけないのか。そうした当たり前の考えと闘わないとヒットはないんです」と鈴木さん。

 「高畑さんは最初から『山田くん』で超大作を作ろうとしていた。狙いは文芸大作。さらに日常のなんでもないことの描写で笑いをつくる。これは、とんでもない野心作でもある」

 話は「もののけ姫」との比較にも及んだ。「『もののけ姫』は宮崎駿監督の集大成なんかじゃない。彼が"空を飛ぶ"という得意技を封じて苦しんだ、そのうめきが観客にウケた。宮さんの新境地であリ、出発点だった。お金をかけた割には絵も荒いし若々しい。対して、『山田くん』は今まで高畑さんがやってきたことの本当の集大成です」鈴木さんは一気に言う。

 「言いたいことは、日本人はこうして生きてきたから、これからもこの生き方でいいんじゃないのということ。今、グローバル・スタンダード(世界標準)がはんらんしてるけど、目標は、くたばれ、グローバル・スタンダード、これがジブリのジャパン・スタンダードだ、です」

 そして、3つの宣伝コンセプトが決まった。それは鈴木さんと「となりのトトロ」以来、ジブリ作品の宣伝コピーを手がけるコピーライター・糸井重里さん(50)との共同作業の賜物(たまもの)でもあった。(中村健吾)(当該記事より)







1999年2月6日 報知新聞

「もののけ姫」から「となりの山田くん」へ:第2部 12



"神"の業による映像ビッグバン

 「もののけ姫」公開前の96年11月に初めて行われたジブリの宣伝合宿会議。今年も1月8日、静岡・伊豆の某所で行われた。メーンテーマはもちろん「『となりの山田くん』を、どうヒットさせるか」だった。議長はジプリの鈴木敏夫プロデューサー(50)。ジブリ、徳間書店、日本テレビ、博報堂、ブエナビスタ・ジャパン(ディズニー)の各出資社から直接担当者が2人ずつ。さらに配給の松竹から2人。映画宣伝会社・メイジャーからは6人の担当者が顔をそろえた。

 出資者、宣伝担当者を一堂に集めて合宿を行うのは映画界でもジブリだけ。最大の理由は「風の谷のナウシカ」(84年)から「もののけ姫」(97年)まで、ジブリの作風が毎回、ガラリと変わり、宣伝担当者さえ戸惑わせるからだった。

 スペクタクルな超大作「もののけ姫」の後に180度遠った家庭的な「山田くん」。「ジブリは、前作がヒットしても、その延長線上の作品は絶対に作らない。いい意味で周囲の期待を裏切っていく。だから、作品への共通認識を深める機会が必要なんです」とメイジャーの岡村尚人さん。新作への疑問、担当者が感じた欠点もあけすけに言い合う。それがジブリ流だ。

 合宿では、まだ色もついていない85分のテストフィルムも披露された。深夜1時まで約8時問続いた会議。宣伝担当者の口からは危機感むき出しの発言が続出した。

 「いしいひさいちさんのキャラクターは好きだけど、やっぱりギャグ漫画の印象が抜きがたい。なぜ、ジブリがこれをやるのか、これで本当に感動するのか」「みんなが非日常を見たがって映画館に行くのに、スクリーンで家族を描いた日常そのものを見せられた時、どう感じるのか」「『もののけ姫』は本当にすごい超大作として宣伝できた。が『山田くん』はマスコミに、どうすごいのか、しゃべるのが難しい」。最後には「どの層が、この映画を見にいくのか。ターゲットが見えない。大体、『もののけ姫』や宮崎駿の名前は知っていてもジブリの名前を知っている人が、どれだけいるのか」という意見まで出た。

 「じゃ、高畑さんがこの作品で何を狙っているのか、言いましょう」ジブリ最大のキーパーソン、鈴木プロデューサーすべての意見を聞いた上で静かに口を開いた。(中村健吾)(当該記事より)



※これ以前の連載記事(1〜11)は、「もののけ姫」ニュースクリップにて紹介しています。







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