●「猫の恩返し」完成披露レポート
Press Conference of "The Cat Returns"

ホームへ戻る home

2002年7月9日午後4時より、東京・有楽町の東京国際フォーラムD棟5F会見場にて「猫の恩返し」の完成披露記者会見が行われた。会見には、柊あおい女史(原作者)、丹波哲郎(猫王役)、池脇千鶴(ハル役)、つじあやの(主題歌)、鈴木敏夫プロデューサー、森田宏幸監督が出席し、完成の報告を行った。森田監督は「映画が完成しないのではという不安もあったが、苦しみの果てに完成させることが出来、安心している。自分のイメージを越えた作品になった。」とコメントした。

「猫の恩返し」完成披露記者会見の様子
(撮影:2002年7月9日、以下同じ)

挨拶をする森田監督

記者会見場の様子

丹波哲郎氏の挨拶とカメラマン

撮影タイムに入り、席を移動

撮影風景

左よりムタ人形、池脇千鶴さん、丹波哲郎さん、
つじあやのさん、バロン人形


東京国際フォーラム前の取材スタッフ



2002年7月9日の午後6時30分より、東京国際フォーラムCホールにて完成披露試写会が開催された。上映に先立って丹波哲郎氏、池脇千鶴さん、つじあやのさん、森田宏幸監督による舞台挨拶が行われた。つじあやのさんによる主題歌の演奏に続いて、「まだ本編を見ていないのですが楽しめる作品になっていると思う」(池脇さん)、「まさか私が猫の王様の役をやるとは思ってもみなかったが、本編の中でどういう展開になっているか楽しみにしています」(丹波氏)、「試写を見て、最後に私の歌が流れた時、幸せを感じました。この映画を見て皆さんも幸せを感じてください」(つじさん)等々のコメントがあり、森田監督が「『猫の恩返し』は大勢のスタッフに支えられて出来ました。人の善意にまつわる話であり、思いやりのあり方について悩む作品です。猫の世界やいろいろな登場人物に出会って楽しんでください」と締めくくった。

取材に関する打ち合わせ風景

フォーラムの入口受付

ホール前に作られた舞台

入場者への挨拶

取材陣

ホール内の様子

つじあやのさんの主題歌披露

森田監督の挨拶

舞台挨拶の様子

上映終了

ホール出口


―「監督の存在感」というものについて―
ニュース価値は誰がどのようにして判断するのか



監督の存在感、というものを考えさせられる完成披露会見&試写会であった。

「猫の恩返し」の完成披露記者会見と完成披露試写会には、多くの取材陣が駆け付けた。しかし、語弊を恐れずに言い切ってしまうと、取材陣は、スタジオジブリの宮崎駿氏が企画した作品だから取材に来たのであった。池脇千鶴さんという旬の女優が声の出演を務めたから取材に来たのであった。丹波哲郎という大ベテランの俳優が声の出演を務めたから取材に来たのであった。客観的に見て、森田宏幸氏の第一回監督作品だから取材に来たようには見えなかった。もちろん、森田監督も注目されるべき取材対象であることは間違いない。しかし、ニュース価値として監督は重要視されていない、と感じずにはいられなかった。

なぜそのように感じたかについて、取材の現場と翌日の新聞報道を題材に考えてみたい。(取材にはテレビや雑誌等の関係者も参加していたが、ここでは活字で記録が残るメディアのうち、最も部数の多い新聞に着目した。)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

森田監督がいかに注目されなかったかは、翌日の新聞報道を見れば明らかである。完成披露の模様を翌朝朝刊で報じた一般紙はなかった。スポーツ紙では在京の6紙すべてで報じられたが、見出しに森田監督の名前が入った記事は皆無であった。そればかりか、「宮崎駿氏絶賛」(報知新聞)、「宮崎駿氏も拍手の出来」(デイリースポーツ)など、姿を現さなかったはずの宮崎駿氏の名前ばかりが強調される有様であった。記事本文中でも、森田監督自身のコメントを載せたのは東京中日スポーツとデイリースポーツの2紙にとどまった。他の新聞は、宮崎氏や鈴木プロデューサーや池脇さんや丹波氏のコメントは載せても、森田監督のそれは載せなかった。取材陣が森田監督のコメントを押さえていないはずはないから、記事の編集段階で採用されなかったかカットされたのであろう。つまり、森田監督のコメントではニュースにならないと判断されてしまったということになる。

記事に添えられた写真についても、森田監督の存在感は薄かった。カメラマン向けの撮影パターンは4つあり、そのうち森田監督が映っているパターンは2つあったが、6紙中、森田監督が映っている写真を採用したのはスポーツニッポン1紙だけであった。日刊スポーツは写真を載せなかった。デイリースポーツとサンケイスポーツは森田監督が映っていないパターンを採用した。東京中日スポーツと報知新聞は、池脇千鶴さん一人だけバロン人形・ムタ人形と並ばせて撮影したパターンを採用した。

並ばせて、と書いたのは、一人だけのパターンは現場のカメラマンからの強い要望がなければ実現しなかったからだ。記者会見の会場で2パターンの写真が撮影されたが(下表のパターン1とパターン2)、一部のカメラマンの間では非常に不評であった。この2パターンでは、記事の写真として使えないと思われたらしく、池脇さん一人だけ(+バロン人形とムタ人形)で撮影したいというリクエストが出された。そのため、完成披露試写会のホール入口前で、改めて池脇さん一人だけがポーズをとって写真が撮影されたのである(下表のパターン3)。このパターン3の写真を採用した東京中日スポーツと報知新聞の記事は大きく扱われたから、いかに池脇さん一人だけで写したいという要望が大きかったかが分かる。両紙のデスクも、今回の記事としてのニュース価値は、「猫の恩返しに池脇さんが出演したこと」が第一だったと判断したからこそ、それだけ紙面を大きく割いたのであろう。蛇足ではあるが、池脇さんが強調されなかった他の新聞は、なぜか記事自体の扱いが小さかった。

パターン1 スタッフ・キャスト全員で撮影
パターン1を採用した新聞(スポーツニッポン)
パターン2 キャストだけで撮影
パターン2を採用した新聞(デイリースポーツ、サンケイスポーツ)
パターン3 池脇千鶴さん一人で撮影
パターン3を採用した新聞(東京中日スポーツ、報知新聞)
パターン4 森田監督、池脇さん、鈴木プロデューサーで撮影 (試写会の入場者の出迎え用の布陣。)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

今回、鈴木プロデューサーの厚意により、記者会見と完成披露試写会の場面に居合わせる機会に恵まれた。しかし、印象に残ったのは、森田監督の気の毒なくらいまでの存在感の薄さと、そう思わずにはいられない取材現場のシビアさであった。パターン3の写真を強くリクエストしたカメラマンが、「池脇千鶴(だけ)でないと絵にならん」と周囲に公言して憚らなかったのには驚かされた。森田監督のことなど、まるで眼中にないようであった。

眼中にないのは、そのカメラマン一人だけではなかった。完成披露試写会の舞台挨拶では、森田監督、丹波氏、池脇さん、つじさんの4名がステージに立ったが、最前列に陣取ったカメラマンの目線は、ほとんど池脇さん一人にしか向いていなかった。ステージ下から森田監督に花束が差し出され、監督がそれを受け取る場面があったが、その場面を写真に納めたカメラマンは誰一人としていなかった。それ以前に、監督が花束を受け取ったことに気付いていたのかさえ疑わしい。みんな池脇千鶴さんの笑顔を写真に納めようと張り付いていたからだ。

シビアといえば、編集方針もシビアであった。宮崎駿氏は記者会見にも試写会にも姿を見せなかったのに、翌日の新聞紙面では宮崎駿氏の存在感が際だっていた。記事になる文字数は限られているので、記者会見でやりとりされた情報の大半はカットされてしまったのだが、宮崎駿氏のコメント部分はしっかりと残った。記事内容がいかに編集方針に左右されるかという現実を見せつけられた。要するに、宮崎駿氏というビッグネームが入らなければニュースにならないということなのだろう。

確かに、現時点において森田監督の知名度はあまり高くないかもしれない。だが、記者会見にも試写会にも姿を見せず、伝聞としてアナウンスされたに過ぎない宮崎駿氏の発言は載せるのに、現場で発言された森田監督の生のコメントを載せないのは、さすがにあんまりだと思う。もっとも、そのような紙面構成になるのは、突きつめていけば読者がそういう内容を求めているからなのであろう。池脇千鶴ばかりがクローズアップされることも、同様の理由によるのであろう。少なくとも、新聞社の上層部が「そういう内容にしないと読者が食い付いてこない」と思っていることは間違いなさそうだ。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

だが、あえて「それはそれで良いではないか」と思ってみることにした。新聞の読者層は、あらゆる世代を代表している訳ではない。というか、ジブリのファン層は、それらの新聞の発行部数よりはるかに多く、かつ世代的な幅も広い。そもそも、新聞がどのような報じ方をしようとも、「猫の恩返し」で森田監督が果たした役割が変わる訳ではない。「猫の恩返し」は明るくて楽天的で、本当に影のない作品に仕上がっていた。監督にとって、大勢の観客が作品を観て楽しんでもらえれば、それが一番なのではないか。

スタジオジブリで新鋭の才能が育ちつつある─。そのように報じた記事はなかったが、それはむしろ望ましいことだと思う。なぜなら、それは観客の心の中で感じ取るだろうし、記事に誘導されることなく感じ取られるものこそ、本物の感想であると言えるからだ。

森田宏幸監督ならびにスタジオジブリのスタッフの皆さんの、今後一層の活躍を祈念してやまない。


(2002/07/31 Y.Mohri)

(鈴木敏夫プロデューサーおよびジブリ広報担当の西岡氏より取材許可をいただいています。)




ホームへ戻る home