●白神山地紀行:1
a travel sketch of Shirakami 1

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ここでは、白神山地一帯を訪ねた旅行記録を紀行文風にまとめてみました。


駒ヶ岳山頂に咲く高山植物



(1)秋田までの道のり
 私は、現在社会学を専攻するスチャラカ大学院生である。 6月の下旬に、秋田経法大学にて日本社会学史学会が開催されると聞いた。そこは、私が以前から行きたいと思っていた白神山地の近くで、時期的にもまことに都合がよい。この学会は私の専攻分野ではないので、必ず行かねばならないこともないのであるが、学会の様子を肌で感じるという大義名分もあったし、何よりも帰りに白神山地へ寄っていくことを目論んで、参加することにした。

 秋田への足には、夜21:00に新宿から出発するフローラ号という夜行バスを利用した。いまときめく秋田新幹線を利用するのもテではあったが、時間と費用の有効利用を考えると、夜行バスが一番手頃だと思う。さて、いざ秋田へ行かん、とバスに乗り込もうとすると、いきなり信じられない事態に遭遇した。私の切符にあった2号車6Bという座席が、何と二重に予約されていたのである!ハイテク機器が路地裏まで闊歩する情報化の現代、いまどきこういうミスが起こりうるのであろうか。

 でも、実際に取り残されることはなく、2号車1Cという予備席に座って行けることになった。ここは運転席のすぐ後ろにある窓際の席である。何でこんな特等席が予備席になっているのか不思議に思ったが、バスが走り出すとそのナゾはすぐ解けた。この席は前がつかえているため、前に足を伸ばせないのであった。でも、わずか一晩のこと、これくらいで身の不幸を嘆いていては何にもはじまらない。バスは順調に北上していった。翌朝未明、秋田駅前に無事到着した。

 秋田経法大学は、秋田市街からバスで15分くらいのところにあって、大変開放的なキャンパスをもっている。学会の雑用について、一介の大学院生に過ぎない私は何かと手伝いすることもあったが、二人の副手さんがこまごました作業にあたっていたので、私はそれほどでもなかった。そして、つつがなく学会を抜け、いそいそと白神山地へ向かうことにした。普通なら直接東京へ帰るか、秋田市内で遊んで帰るかであり、わざわざ山奥へ行きたがる人がいるわけでもないから、今回は気楽な一人旅となった。秋田からさらに北上して白神山地のふもと、藤里町の町営宿舎を目指すことになる。


秋田経法大学

秋田駅7番ホーム
 6月28日の夕方、秋田駅の7番ホームから発車する『かもしか3号』に乗った。短い3両編成の特急であった。秋田以南は新幹線で賑わっているものの、以北はどうも取り残されたような感じが否めない。しかし乗車率は高く、車内は結構混雑していた。

 約1時間経ち、東能代駅に到着した。ここで、かねてから手配してあったレンタカーを借りる。係の人に「藤里方面に行く」と言ったら、「ああ、白神山地ね。」という反応が返ってきた。都会モンの考えはお見通しなのであろうか。係の人は、わざわざ山奥の悪路へ向かう私を運転の上手な人と思ったのだろうか、実に和やかな雰囲気で手続きが進み、私にキーを渡してくれた。しかし、その和やかさは数分ともたなかった。係の人は、私の発進をみて真っ青になったに違いない。「こいつはトンデモない素人だ。」

 この日は、あいにくの雨天であった。台風8号が西日本に接近しており、朝から断続的に雨がふったりやんだりしていたが、夕方からは一層雨が激しくなってきた。雨はやっかいだが、自称ペーパードライバーにとっては、かえって都合がよい。何故ならば、台風となれば交通量は減るし、何より最も気をつけなければならない歩行者がほとんど姿を消すからである。実際、歩行者に遭遇することはほとんどなく、順調に国道7号線を東進、二ツ井で北上、藤里町に入り、何とか無事に町営温泉保養所へたどり着いた。私は1時間弱の時間を要したが、運転のうまい人なら、もっと早くたどり着けると思う。

藤里町営温泉保養所
(2)町営保養所にて
 宿泊の手続きをとろうとしたが、職員さんの姿がなかった。何と、職員さんは他の宿泊客と一緒になって子供をあやしているところであった。実際、ここは地元の顔見知りの人達が集まるところなので、誰が職員で誰が宿泊客なのかの区別はあまり意味をなさないのかもしれない。東京から来た私は、いかにも場違いな感じさえしたが、幸い気さくで親切な人たちばかりで、職員さんがくれた観光マップをもとに、白神山地の見どころをいろいろと教えてくれた。その間中ずっと、まだ歯が生えそろわない子供が私の指にかみついたり周りをハイハイしたりしていた。

 テレビの天気予報を見た。台風8号はちょうど兵庫県姫路市付近を通過中とのこと。私の本籍地が今まさに直撃されているので、心配になって実家に電話した。すると意外なことに「さっきまでものすごい嵐だったけど、もう収まった。」そうなのである。まさか、台風の目の中にいるんじゃないかしらん。ともあれ、台風は翌朝には東日本の海上に抜ける見込みなので、明日は晴天が期待できそうである。

 ここは温泉保養所らしく、なかなか良い雰囲気であった。やはり、温泉はくつろげる。あとから温泉に二人の初老の紳士が入ってきた。紳士は、仙台の高校で教員をしていたという。私が東京の学生であることを知って、教育の目指すべき方向は何かといった話をした。それは結構長く続き、あんまり長湯はしない私は、しまいにはのぼせ上がりそうになった。

 温泉から上がると、テレビの前に人だかりが出来ていた。何と、当時神戸で起こっていた小学生殺害事件の犯人が逮捕されたというのだ。しかも、犯人は中学3年生だという。このニュースは、間違いなくこの山あいの保養所をも直撃した。かの紳士も、深刻な表情をしてテレビ画面に見入っていた。

 ニュースは気になったが、ほどほどにして部屋に引き上げた。明日は早くから出発しなければならない。体力を温存しておくに限る。早めに寝入ることにした。

 雨はまだしとしとと降り続けていた。

保養所の自炊室

保養所のおじさんと
(3)台風一過
 翌朝、空はきれいに晴れ上がった。昨日までの雨がうそのようである。テレビを見ると、台風は予想よりも早く太平洋上に抜けていて、もう悪天候の心配をすることもない。

 保養所の自炊室では、朝食の準備がされていて、炊飯器が湯気を立てていた。この保養所は、一泊2000円と安い代わりに食事がつかない。そのため、食事は別途注文することになるが、この自炊室を使うことも出来る。自炊を前提に長期滞在する人もいるという。

 7:00AM、世話になった職員さんに挨拶、精算した。台風のあとであるから、気をつけなければならないところなど、あらためて観光についていろいろなアドバイスをいただいてしまった。藤里町内には普通のホテルもあるが、白神山地へ旅行される時には、是非この保養所の利用をおすすめする。

 エンジン音も軽やかに、いよいよ白神山地へ出発である。

藤里温泉保養所 0185-79-2820   一泊2000円 入浴料200円 宿泊定員35名






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