●「耳をすませば」トピック
Topics of "Whisper of the Heart"

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「耳をすませば」に関連するトピックを中心に紹介します。
(最新の更新はで表します。聖蹟桜ヶ丘に関するトピックは、こちらに移動しました。)



●本名陽子さんが結婚の報告 2014/07/31

●「耳をすませば」TV放映&本名陽子さんが爆弾発言! 2013/08/10

●京王6000系電車、間もなく引退 2011/01/25

●「耳をすませば」TV放映&本名陽子さんがUsteamで実況中継! 2010/07/20

●「耳をすませば」TV放映されました。 2008/03/10

●海外でムーンのような猫が話題 2007/04/10

●「耳をすませば」TV放映されました。 2006/03/10

●モデルの電車、引退後の一般公開 2005/07/23

●モデルの電車、京王線から完全に引退 2004/12/30

●京王線車内広告で「耳をすませば」エッセーが登場 2004/06/12

●「耳をすませば」TV放映されました。 2004/03/17

●イバラード:ニューヨーク展が開催! 2003/11/24

●「耳をすませば」TV放映されました。 2002/07/27

●イバラード:パリ展が開催! 2001/11/24

●「耳をすませば」TV放映されました。 2000/11/11

●文化祭で「耳をすませば」の劇が好演! 2000/09/25

●「耳をすませば」TV放映されました。 1998/10/23

●「耳をすませば」監督 近藤喜文氏 逝去 1998/01/21

●パルテノン多摩で「耳をすませば」上映されました。 1997/04/12

●井上直久氏 イバラード博物誌U 出版記念展 1997/01/15

●モデルの電車、ついに引退 1996/12/01

●宮崎敬介氏 木口木版画展 1996/11/23

●「耳をすませば」TV放映されました。 1996/10/11








 
●本名陽子さんが結婚の報告


2014年7月30日、本名陽子さんが自身の公式ブログで入籍の報告をしました。相手は芸能界の関係者ではない一般の方で、「とても朗らかで、誰よりも人を大切にする、笑顔の素敵な方です」と紹介されています。そして、これからは『本名:本名陽子』ではなく『芸名:本名陽子』として、引き続き仕事も頑張ることを宣言しています。そして、ブログの末尾には「…好きな人が、できました」というコピーが引用されています。

このニュースは2014年7月30日夜にYahoo! Japanのニュース見出しのトップで報じられました。タイトルは「ジブリ声優・本名陽子が結婚」なのに、速報見出しは「耳すま雫役の声優が結婚」になっており、本名陽子さん=「耳をすませば」の声優というイメージが強いことをうかがわせます。

ツイッターでも多数のツイートが寄せられ、注目度も急上昇しています。「キュアブラックと雫ちゃん〜!!」のように、幅広い層のファンからの祝福が書き込まれています。



Yahoo! Japanの記事(見出し) キャッシュ
Yahoo! Japanの記事(詳細) キャッシュ
Yahoo! Japanリアルタイム検索 キャッシュ
オリコン 最新トレンド&カルチャーニュース .
朝日新聞デジタル .

本名陽子さん公式ブログ キャッシュ


「耳すま」雫役の声優が結婚、との速報見出しがある記事(Yahoo!ニュースより)


Yahoo! リアルタイム検索による注目度のグラフ(2014年7月31日現在)




 
●「耳をすませば」TV放映&本名陽子さんがUsteamで爆弾発言!


2013年7月5日、日本テレビ系列「金曜ロードSHOW」で「耳をすませば」がノーカットで放映されました。前回(2010年7月9日)から約3年ぶり、通算9回目の放映になります。視聴率は13.3%でした。

「金曜ロードSHOW」では、スタジオジブリの新作公開に合わせて過去のジブリ作品を続けて放映するパターンが定着しています。2013年は、映画「風立ちぬ」の公開に先駆けて7月5日に「耳をすませば」、7月12日に「平成狸合戦ぽんぽこ」、7月19日には「猫の恩返し」と3週連続でジブリ作品が放映されました。さらに、「風立ちぬ」公開後の8月2日には「天空の城ラピュタ」が放映され、インターネット上で「バルス祭り」になるなど話題を集めました。
なお各作品の視聴率は、「ぽんぽこ」が13.2%、「猫の恩返し」が15.3%、「天空の城ラピュタ」は18.5%でした。


「耳をすませば」TV視聴率の推移

「耳をすませば」の放映に合わせ、動画共有サイト『ニコニコ動画』では、「ニコニコ映画実況 〜耳をすませば〜 みんなで一緒にジブリ作品を見よう<テレビ実況生放送>」と題する生放送が行われ、本名陽子さんが出演しました。

テレビの放映終了後、ユーザーから「もし、続編があったらどうなっていると思いますか?」という質問があったが、本名さんは「私、すぐ(雫と聖司は)別れると思います」と答えたため、ユーザー間では騒然となりました。さらに、「(聖司が)イタリアにそまって凄いチャラい感じになってたら嫌ですよね」「先々を考えるのって楽しいですよね。ちょうど(中学生だから)変化の時期で」とも語ったそうです。

「えええええええええええええええ」
「あるあるwwwwwwwww」
「ですよね」
「三角関係で修羅場希望」
「夢がねぇ」
「高校で別の彼氏ができてる」
「遠距離は無理だろー」

・・・といったユーザーの反応であふれかえりました。


ニコニコ動画 キャッシュ
「ガジェット通信」の記事キャッシュ

ニコニコ動画のキャプチャー画面(2013年7月5日)
「ガジェット通信」記事より





 
●京王6000系電車、間もなく引退


京王電鉄の6000系電車が2011年3月で引退することが明らかになりました。「耳をすませば」に登場した電車といえば5000系ですが、5000系の扉は片開きであることから、両開きの6000系も参考にされたのではないかと言われています。車内の内装は6000系の方が近いとされ、モデルとなった車両の一つに加えることも出来るでしょう。

6000系は、高度経済成長時代末期の1972年(昭和47年)から走り始め、その後39年間にわたって、オイルショック・安定成長・バブル景気・バブル崩壊・そして21世紀のユビキタス社会までの変遷を見届けてきました。現役の京王線の車両はステンレス製であるため、「耳をすませば」で描かれたアイボリー塗装の面影を残す車両は姿を消すことになります。
(写真提供:と金さん HP

6000系車両(2011年1月、府中競馬正門前駅)


6000系車両(2011年1月、高幡不動駅)


6000系の車内


6000系引退の告知ポスター(明大前駅にて)


6000系引退の告知ポスター



 
●「耳をすませば」TV放映&本名陽子さんがUsteamで実況中継!


2010年7月9日、日本テレビ系列で「耳をすませば」がノーカットで放映されました。前回(2008年3月10日)から約2年ぶり、通算8回目の放映になります。視聴率は16.7%でした。


「耳をすませば」TV視聴率の推移

2010年7月14日
読売新聞夕刊記事


この放映に合わせて、主役の月島雫を演じた本名陽子さんがインターネット上の動画サイト「USTREAM」にて実況中継を行いました。実況中継では、これまで報じられたことのない、初めて明かされる秘話も多く話され、多くの視聴者で賑わいました。

・イタリアのクレモーナには、聖司くんのモデルになった日本人がいて、現地の方々にはかなり有名。
・地球屋で聖司くんのヴァイオリンに合わせて叩く雫さんの手拍子は、野見祐二氏がやっていた。
・本名さんの声が出ないため、ヴァイオリンのキーをひとつ下げてもらって本来のヴァイオリンと違う音で録音されている。
・個人的には、聖司くんよりも杉村の方が好み。
・バロンに会った雫が「ずっと先(せん)から…」と言ったり、お母さんに「そこつ〜」と言ったりするのは宮崎駿氏の口グセ。
・最も心に残っているシーンは『うどんのシーン』。演じるのが難しかった。
・月島雫は、近藤喜文監督が遠くから見ているだけで話しもできなかった初恋の人がモデル。
・ハートフルコンサートやノア洋菓子店、耳ノートへの思い。
・井上直久氏とのジブリ美術館でのコンサート共演のこと。等々


実況中継については、2010年7月14日付の読売新聞夕刊でも紹介されました(右図)。

本名陽子さんのUSTREM配信ページ キャッシュ




 
●「耳をすませば」TV放映されました。

2008年2月22日、日本テレビ系列で「耳をすませば」がノーカットで放映されました。前回(2006年3月10日)から約2年ぶり、通算7回目の放映になります。視聴率は15.1%でした。


「耳をすませば」TV視聴率の推移



 
●海外でムーンのような猫が話題


2007年4月10日、イギリスの「Daily Mail」に、バスに乗りこなす猫の話題が掲載されました。海外のジブリファンがこれに気づき、ジブリファンのMLで紹介して話題になっています。

"This is a cute news story from England about a bus-riding cat.
Very Mimi-o-Sumaseba-esque!"

確かに、バスを普通に乗りこなすさまは、ムーンを連想させます。

記事URL (キャッシュ)



 
●「耳をすませば」TV放映されました。

2006年3月10日、日本テレビ系列で「耳をすませば」がノーカットで放映されました。前回(2004年3月12日)から約2年ぶり、通算6回目の放映になります。視聴率は15.2%でした。





 
●モデルの電車、引退後の一般公開


月島雫がムーンに出会った電車のモデルになったとされる京王電鉄の5000系電車は、2004年11月をもって廃車・解体されましたが、1両(5723号車)だけ、東京都八王子市の京王平山研修センタ−内に静態保存されています。2005年7月23日〜30日にかけて、この5723号車が一般公開されました。これは、日野市が主催する「平山季重フェスタ」内で企画されたもので、展示区域が限定されていたため、車両外観の公開にとどまり、車内の公開はなされなかったそうです。また、同研修センタ−内には京王資料館があり、そこには京王電鉄グル−プ内に関わる資料が展示されています。京王の古い車両や昔の聖蹟桜ヶ丘駅の写真などを見ることが出来ます。(情報&写真提供:と金さん HP
写真上左:京王5000系の前面
写真上右:京王5000系の側面
写真下左:京王資料館の建物
写真下中:多摩川橋架(昭和43年頃)
写真下右:聖蹟桜ヶ丘駅からの風景(昭和32年頃)




 
●モデルの電車、京王線から完全に引退

月島雫がムーンに出会った電車のモデルになったとされる京王電鉄の5000系車両が、京王線から完全に引退することになりました。5000系車両は1996年12月に営業運転を終了したものの、3両が工事用車両として改造されて深夜の時間帯に走っていました。しかし、その3両も2004年7月31日限りで運用を終了、ついに廃車・解体されることになりました。2004年11月14日には京王線若葉台車両基地にて撮影会が京王電鉄社員有志の企画によって開催され、5000系の消滅を惜しむ多くの参加者で賑わったそうです。

写真左:高幡不動駅から見た京王5000系(工事用車両) 2004/7/25
写真右:若葉台車両基地での撮影会の様子 2004/11/14
(情報&写真提供:と金さん HP





 
●京王線車内広告で「耳をすませば」エッセーが登場

2004年6月頃より、「耳をすませば」に関係するエッセイが京王線の車内に掲載されています。これは、京王グループに属する啓文堂書店の車内広告で、同書店チェーンが推薦する作家のエッセイを載せているものです。この第10弾として、作家の乙一氏が「耳をすませば」と聖蹟桜ヶ丘を取り上げたエッセーを寄せています。乙一氏によると、「耳をすませば」は主人公が小説家を目指す話であり、「既に小説家になってしまっている自分は小説家を目指している月島雫を平静な気持ちで見ていられない。なぜなら、まだ自分が十代で、どうやって小説を書けばいいか分からず不安で仕方なかった頃を思い出すからだ・・・」ということを聖蹟桜ヶ丘を散歩しながら考えた、という内容になっっています。





 
●「耳をすませば」TV放映されました。

2004年3月12日、日本テレビ系列で「耳をすませば」がノーカットで放映されました。前回(2002年7月19日)から約1年8ヶ月ぶり、通算5回目の放映になります。視聴率は18.9%でした。繰り返し再放送されても手堅く視聴率を獲得しているのは、この作品の根強い人気を裏付けるものと思われます。





 
●イバラード:ニューヨーク展が開催!

2003年09月02日から13日まで、ニューヨークでイバラード展が開催されました。2000年11月の第1回パリ展、2001年10月の第2回パリ展に続き、海外では3回目の個展になります。「耳をすませば」の背景を描かれた世界を見るため、アメリカ在住のイバラードファン、「耳をすませば」ファンが訪れました。写真:ギャラリーの様子

イバラード・ニューヨーク展:The Vision of Iblard  イバラード・トピック:ニューヨーク展2003のページ 





 
●「耳をすませば」TV放映されました。

2002年7月19日、日本テレビ系列で「耳をすませば」がノーカットで放映されました。前回(2000年11月10日)から約1年8ヶ月ぶり、通算4回目の放映になります。視聴率は20.5%でした。=写真は7月17日付読売新聞夕刊の番組案内

2002年5月にDVDが発売され、順調に売り上げを伸ばしているようですが、テレビ放映でも放映回数が増えるにしたがって視聴率も増加しており、「耳をすませば」の根強い人気を裏付けているようです。なお、今回の放映はスタジオジブリ最新作「猫の恩返し」の封切り前日にあたり、番組の最後で簡単な紹介が付け加えられました。





 
●イバラード:パリ展が開催!

2001年10月8日から20日まで、フランスの首都パリでイバラードの展覧会が開催されました。会場には「耳をすませば」で使われた原画三点が参考展示されて好評を博していました。写真:ギャラリーの様子

イバラード・パリ展 Exposition d'Iblard Paris  イバラード・トピック:パリ展2001のページ 




 
●「耳をすませば」TV放映されました。

2000年11月10日、日本テレビ系列で「耳をすませば」がノーカットで放映されました。前回(1998年10月23日)から約2年ぶり、通算3回目の放映になります。視聴率は19.6%でした。=写真は11月9日付読売新聞の番組案内

ビデオやレーザーディスクが発売され、いつでも「耳をすませば」を見ることが出来るようになってはいますが、テレビで放映されるのはまた異なった趣があると言われます。ちょうど映画館で多人数が一緒に見るのと同じように、同じ時間に全国で大勢の人達が同じ作品を見ているという一種の臨場感が感じられるからでしょうか。

なお、番組の最後には、2001年の夏にスタジオジブリ次回作「千と千尋の神隠し」が公開予定であることがアナウンスされましたが、あまり詳しい紹介はありませんでした。完成が待ち遠しいですね。





 
●文化祭で「耳をすませば」の劇が好演!

2000年9月16日、大阪・富田林市にある高校の文化祭で、「耳をすませば」の演劇が催されました。上演会場となった市内の公会堂はほぼ満席となり、わずかなセリフ飛ばしやタイミングのズレはあったそうですが、それが全く気にならないほどの盛り上がりを見せ、演劇は大成功を収めました。

「耳をすませば」の劇を演じた2年B組では、一学期のうちからキャスティングおよび役割分担を決め、台本が完成した夏休み以降は連日のように集まって練習を重ねました。二学期に入ると、使える時間は全て練習時間となり、夜間練習をもこなしたそうです。これらの練習の積み重ねと、入念な準備およびリハーサルを続けた成果が、当日の大成功につながったのでしょう。若いエネルギーと情熱が注がれた舞台には惜しみない拍手が送られ、カーテンコールの後までも鳴りやむことはありませんでした。(写真左=劇中のシーン, 写真右=カーテンコールで声援に応える出演者 提供:N西さん)





 
●「耳をすませば」TV放映されました。

1998年10月23日、日本テレビ系列で「耳をすませば」がノーカットで放映されました。前回(1996年10月11日)から約2年ぶり、2回目の放映になります。視聴率は17.9%でした。=写真は読売新聞テレビ欄 

この間に「もののけ姫」が公開されてスタジオジブリ作品が広く認知された結果、同じジブリ作品の前作「耳をすませば」にも注目が寄せられたことや、ブエナ・ビスタ・ホームエンタテインメントより廉価版ビデオが発売されるなどの効果もあってか、それなりの注目を集めたようです。

なお、番組の最後には、1999年夏公開予定のスタジオジブリ次回作「ホーホケキョ となりの山田くん」が紹介されました。全く新しい制作手法を試みているためか進行状況は遅れ気味とのことですが、スポンサーのバックアップ体制には問題がないので、何とか間に合うでしょう。





 
●「耳をすませば」監督 近藤喜文氏 逝去


「耳をすませば」の監督を務めた近藤喜文氏(こんどう・よしふみ=アニメーション映画監督)は、1998年1月21日午前4時25分、解離性大動脈りゅうのため東京都立川市の病院で逝去されました。47歳。妻浩子(ひろこ)さんを喪主に、葬儀は1月23日午後1時から東京都清瀬市の全竜寺にてしめやかに行われました。

近藤喜文氏は新潟県の出身で、 アニメーション映画製作会社「スタジオジブリ」で宮崎駿監督らとともに多数のアニメ映画を製作しました。「耳をすませば」や日本テレビ系「金曜ロードショー」のオープニングアニメを監督したほか、「もののけ姫」では作画監督の一人を務めました。

−「監督」は「良いお父さん」になれるか−

 「耳をすませば」には、何人かのお父さんが登場しました。図書館に勤める雫のお父さん、医者をしていると思われる聖司のお父さん、サラリーマンをしていると思われる夕子のお父さんなど。
お父さんはみんな、それなりに忙しいことと想像されますが、実際に忙しくしている姿は描かれませんでした。「耳をすませば」には、残業に追われる過労のお父さんはついに最後まで登場しませんでした。

 夜遅くまで残業しなければならないお父さんは珍しくありません。早めに帰宅してゆっくりとプロ野球中継を見られる夕子のお父さんはまだ恵まれている方かもしれません。平日は終電間際まで残業、あるいは付き合いで酒場を歩き、休日は接待に駆り出されるという、ほとんど子供の顔を見る暇さえないくらい多忙を極めているお父さんも決して少なくありません。

 けれども、「耳をすませば」には過労で疲れ切ったお父さんはいません。少なくとも、仕事のために人生をすり減らしているということはありません。「耳をすませば」は、理想を目指す思春期の青春が高らかに歌い上げられている作品ですが、同時に、彼らのお父さん世代にとっても、過労がなく余暇も充実した、理想を目指す人生模様が描かれている映画であると言えるかもしれません。

 さて、近藤監督は、ジブリ入社以来、一貫して多忙の連続だったと言われています。その業績として、数々の素晴らしい作品が世に送り出されてきましたが、それ引き替えに過労が蓄積され、確実に寿命を縮める格好になってしまいました。死因となった「解離性大動脈りゅう」が突然発症するわけではなく、長年の無理がたたって引き起こされる病気であることは、そのことを雄弁に物語っています。

 忙しいお父さんが登場しない「耳をすませば」が、スタッフの長時間労働によって生み出されたこと、なかでも近藤監督の激烈なまでの働きぶりによって創りあげられたことは、何という悲劇なのでしょう。

 世間一般のサラリーマンと、創造的な作業を行う監督とは仕事についての接し方が違うかもしれません。しかし、どちらも、長時間の労働によって体が蝕まれ、家庭もおざなりになってしまいます。近藤監督も、仕事に打ち込む一方で、よき家庭人であろうと、よきお父さんであろうとしていたことでしょう。しかし、長年にわたる過労は、志半ばにして全てを奪い去っていきました。どれほど残念で、悔しかったことでしょう。

 適正な仕事量で作品のクオリティを追求することは、最初から出来ない相談なのでしょうか。優れた作品を世に送り出す監督であることと、良き家庭人であり、良きお父さんでもあることは、永遠に両立し得ない命題なのでしょうか…。

 戦死にも等しい逝去の報に接して、つい、いろいろなことを考えてしまうのです。
(Y.Mohri)







 
●パルテノン多摩で「耳をすませば」上映されました。

1997年4月7日〜13日の期間、東京都多摩市で「TAMA女と男がともに生きるフェスティバル’97」というイベントが催されました。そして、12日にはパルテノン多摩で「耳をすませば」が上映されました。

「耳をすませば」上映
4月12日(土)15:30〜17:30
於:パルテノン多摩3階小ホール(300人収容)入場無料

以下は、この上映会に参加した長坂 寛さんのレポートです。
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上映15分前にパルテノン多摩3F小ホールに着いてみると、意外や意外、定員300人のところまだお客さんは50人ほどしか入っていませんでした。それでも上映直前までには半分くらいまで埋まったようです。そのほとんどが親子連れでした。

さて、ベストポジションを確保して上映開始を待っていたところ、上映前のアナウンス。

「これより『耳をすませば』を上映いたします。しっかりした考え方を持つ聖司。こんなことではいけないと思い悩む雫。ふたりの出会いを通して男と女がともに生きて行くとはどういうことか、この機会に考えてみてください。また映画の中の街並みがあなたの住んでいる街に似ていることに気がつくかもしれませんね。」

字面で見ると粋な台詞ですが、実際はボケ〜っとした声の男性が棒読みしたものだから、客席からくすくすと笑いがもれていました。しかしこのアナウンスによって、このイベントで「耳をすませば」をとりあげた主催者の意図がはっきりしたわけです。

「地元・多摩を舞台にして男女の前向きな交流を描いた作品を上映する」

つまり、主催者側から見て、「耳をすませば」ほど当イベントにかける映画としてふさわしい作品はなかったのですな。

残念ながら、フィルムにスクラッチや汚れが多く、音声もモノラルだったため、映画を堪能するとまでは行きませんでした。けれども、さすがに雨上がりの屋上のシーンや、雫が物語にかけたひたむきさを西老人が評価する場面では、相変わらずぐっときてしまいました。何度観てもこの場面には負けてしまいます。また、聖司の自転車の荷台に乗ったムーンが、雫に冷ややかな一瞥をくれるところは、お約束ながら場内大受けでした。

上映が終わって会場を出るとき、年配のご婦人がたが「よかったわねぇ、さわやかで」と口々に絶賛しており、それを耳にして自分も嬉しくなってしまいました。Reported by 長坂 寛 (初稿・1997/04/14塚森)





 
●井上直久氏 イバラード博物誌U 出版記念展

「耳をすませば」本編中、雫の物語シーンの情景には「イバラード」の空想的風景が登場しましたが、この作者である井上直久氏の個展が開催されました。(架空社刊「空の庭、星の海」イバラード博物誌U の出版記念展 1997 年1月13 日〜25日・19日は休み 於 東京・青山 Pinpoint Gallerry 3409-8268 )

大小さまざま、約20数点の作品が展示されており、それぞれに緻密な描きこみを間近から見ることが出来ます。掲げられた額は全体的に低めに設定してあり、女性や子供の視線の高さにちょうど良くなっています。

1点の制作にかける時間は、特に定まっておらず、同じような図柄で早いものは数週間で完成するものの、長いものでは何度も中断を繰り返しながら何年もかけて仕上げていくそうです。この日の展覧会でも、 10年前に描きはじめて最近ようやく完成した作品も展示されていました。

会場では画集の他、イバラードのCD、CD−ROMが即売されており、井上氏は、ギャラリーの求めに対し、快くそれらの本やジャケットへのサインに応じておられました。

その気さくな人柄が偲ばれるとともに、納得がいくまでは時間をかけることを厭わない井上氏のこだわりが、作品中からにじみ出てくるような個展でした。
(写真の掲載を了承して下さった井上氏に謝意を表すと同時に、氏の一層のご活躍に期待申し上げます。)





 
●モデルの電車、ついに引退

「耳をすませば」で、月島雫がムーンに出会った電車のモデルになった、京王帝都電鉄の5000系電車が、1996年12月1日限りで引退しました。

設定によれば、月島雫がこの電車の中でムーンに出会ったのは1994年の夏であり、その頃はまだこのタイプの電車を普通に見ることが出来ました。しかし、1995年夏の映画公開時には本線上から撤退し、高幡不動から延びている動物園線のみの運用になっていました。

さて、引退に先立ち、5000系電車は1996年11月30日の1日だけ、本線上の営業運転に復帰しました。それによって、「耳をすませば」公開以後はじめて、そして最後と言える映画の風景、すなわち聖蹟桜ヶ丘駅と5000系電車の組み合わせシーンが再現されました。 (=写真)

この型式の電車は、ついこの間までは飽きるほどたくさん走っていてちっとも珍しくなかったように思いましたが、気付かない間に車両の世代交代が進んでいたのですね。わずか数年の間でさえ、世の中は確実に変化しているということを実感してしまいます。





 
●宮崎敬介氏 木口木版画展

「耳をすませば」本編中に「牢獄の中でヴァイオリンを作る少年」の木版画が登場しましたが、この作者である宮崎敬介氏の個展が開催されました。(1996 年11月18日〜23日 於 東京・青山 Pinpoint Gallerry)

作品をじっくり見てもらえるよう、あえて額のガラスを外したところに、作者の心配りが感じられます。1点の制作には1ヶ月かかることも珍しくないそうで、まさに職人芸ともいうべき世界を堪能することが出来ます。展示は約15点ほどでしたが、原木や版木のほか、彫り込みに使うビュランという道具も同時に展示されていました。

木口木版画は、写真製版が発達する以前の19世紀に隆盛したそうですが、下手な写真よりもよほど見応えがあります。件の「牢獄の中でヴァイオリンを作る少年」の版画も、参考出品として展示されていました。なお、フロアには徳間書店からの花籠のほか、おそらくはファンの差し入れと思われる花籠も置かれていました。
(写真の掲載を了承して下さった宮崎氏に謝意を表すと同時に、氏の一層のご活躍に期待申し上げます。)





 
●「耳をすませば」TV放映されました。

1996年10月11日、日本テレビ系列で「耳をすませば」がノーカットで放映されました。正味の上映時間は111分ですが、放送時間は21:00〜23:24が確保されていました。その大半はCMに費やされたのですが、果敢にもCMカットしながら録画に挑んだ強者もいたようです。視聴率は18.5%でした。

劇場で鑑賞したり、ビデオを見たりしているので、既に見慣れた作品ですが、いつにもましてじっくりと鑑賞してしまいました。CMが入ったり、電波の具合が悪かったりしても、全国で数百万の人達が視聴してという、この同時性が TV 放映を見ることの醍醐味ではないかと思います。文字放送の字幕も重調されていたのも、地味ですが見逃せないポイントです。

なお、番組の最後には、1997年公開予定の「もののけ姫」の進行状況が紹介されました。これを見た人は、一様に想像以上にハードな内容に驚いたのでは。どのような芸術的真実があろうとも、あまりに過激なシーンが多いと判断されれば、ディズニーあたりからクレームがついて、一定の修正をしなければ全世界への配給が実現しないかも、と余計な心配までしてしまうほどでした。

マレーシアで、自国の文化にそぐわないとの理由によりマイケルジャクソンの公演を許可しなかったというニュースが流れた折でもあるので気にはなりますが、そこは、ジブリスタッフの絶妙なバランス感覚でいいものを作ってくれるものと期待しています。






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