●B級エッセイ
Varyety of Essays

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[18]懸賞の裏側 2000/09/16 ★
[17]ウエストサイズ物語 〜卒業までの半年で〜 2000/03/16
[16]退職金の悲劇 1999/11/08
[15]彼氏の変更は定期的に? 1999/07/04
[14]ウエイトレスの読み  1999/5/27
[13]研修のねらい  1999/04/15
[12]まるで女子高生みたい! 1999/03/01
[11]ガム1年分はいかが? 1998/12/27
[10]エビの任務 1998/11/18
[9]チャンネルの軽さ 1998/08/20
[8]再 会 1998/06/22
[7]神様のゆくえ 1998/02/14
[6]輪・投・げ・パラダイス  1997/08/20
[5]青春のエピソード・ハプニング篇 1997/03/01
[4]危険なアルバイト 1996/11/07
[3]マックのおねえちゃん 1996/10/21
[2]薬屋のおねえちゃん 1996/10/21
[1]ふるさと自慢・明石の巻 1996/10/01






 
[18]懸賞の裏側


ある出版社で働いている先輩のつてで、懸賞ハガキの仕訳を手伝ったことがある。
その懸賞は、ある雑誌の創刊10周年記念として催されたもので、出題されたクイズに見事正解すれば抽選でクルマやパソコン、オーディオセット等の豪華景品が当たることになっている。今回のクイズでは「創刊○○周年」の数字を答えさせたのだが、出題文の真上に正解がデカデカと書かれてあって、果たしてクイズとして意味があるのかどうか疑わしい。それはともかく、この懸賞に10万通もの応募があり、その仕訳のため人手が必要になって私にもお呼びがかかったというわけだ。

朝、会議室に行くと、10万通のハガキが山積みになっていた。なかなか壮観な風景だ。これを仕分ける前に写真撮影を行って景品のスポンサーとかクライアントに配るらしい。セッティングを終え、いよいよ撮影の段階になって先輩の上司が入ってきた。

「このハガキは幾らあるんだ?」
「10万通です」
「20万通にしろ。その方が効果的だ。」

懸賞ハガキの応募が多ければ、それだけ売れている雑誌とアピール出来て、雑誌に掲載する広告料の交渉にも有利になるという算段らしい。かくして、空箱を仕込んで見かけの体積を倍増させた結果、天井に届かんばかりのハガキの山はさらに壮観になって、"20万通の証拠写真"の撮影と相成った。

・・・というわけで、ハガキの仕訳が始まった。
面白いことに、豪華だが当選者の少ない景品ほど応募者が多い。1人しか当たらないクルマへの応募が一番多く、3人しか当たらないパソコンがそれに続く。いっぽう、末等のアルカリ乾電池は最多の100人が当たるにも関わらず応募数は最も少ない。最終的に数百枚程度にしかならなかったから、乾電池を希望した人はかなりの高倍率で当選したであろう。

ちなみに、手書きでもワープロでも当選確率に差はない。手書きの方が誠意が伝わって当選しやすいと考える人もいるが、それは幻想である。また、「よろしくお願いします」「是非当選させてください」という余計なメッセージを書いてもほとんど無意味である。そんなもの書かなくても当たるときは当たる。自分の顔写真を貼ってアピールする人が若い女性を中心に意外に多かったが、オーディションじゃあるまいしそれも無意味。つまり、懸賞ハガキは必要事項だけ書いてあれば充分なのであって、いろいろと工夫をしても当選確率が増えるわけではない。もちろん、使い残した年賀ハガキや書き損じたハガキを再利用しても当選確率は同じである。

工夫といえば、ウチワや段ボール、果ては野球ボール、棒きれ、生のジャガイモといった立体物に切手を貼ってよこす曲者もいる。なかなか意表をつく応募で楽しませてくれるのだが、残念ながらそれらは真っ先に抽選対象から外される。一応、抽選は関係者立ち会いのもと厳正に行われることになっているから、オーソドックスなハガキで応募しないと抽選の束の中に入れてもらえない。

さて、ハガキの仕訳は快調に進んだのであるが、いかんせん時間は限られており、半分の5万通を仕分けるのが精一杯であった。ところが、抽選には5万通もあれば充分だという。先輩によれば、これが事実上の「一次選考」であり、残った5万通は仕分けられることもなく処分されてしまう運命だという。ということは、懸賞ハガキは一度に10枚出すより毎日1枚づつ10日にわたって出した方が良いことになる。乾電池に100枚も応募すればほぼ確実に当選するけれども、その100枚を一度に出した場合、「一次選考」次第ではまるごと落っこちる悲劇が待っているわけだ。

それにしても、実質5万通(対外的には20万通)といえども半端な量ではなかった。乾電池はともかくとして、この応募ハガキの山からクルマやパソコンを引き当てる期待など失せてしまうほどの山である。先輩も、最後にこう付け加えた。

「どうだ。懸賞なんていかに当たらないものか実感出来るだろう。確実に儲かるのは郵政省だけさ。」





 
[17]ウエストサイズ物語 〜卒業までの半年で〜


その日の私は、遊園地のコスチュームセンターで新入社員の衣装合わせを手伝っていた。この私がコスチュームセンターというのも不思議な話だが事実である。

3月は就職の季節。その遊園地も毎年100名を越す新入社員を迎えている。今日は全国から新入社員がやってくる日で、到着してから順次衣装合わせをして翌日からの研修に備えることになっている。この時のコスチュームセンターは特に忙しく、普段は別の部署でアルバイトをしている私が急遽応援に回されたというわけだ。

新入社員の大半は高校を卒業したての女の子で、純朴なセーラー服姿のままやってくる子までいて初々しい。受付を済ませると、用意されたユニフォームを受け取って試着してみるよう指示される。ここでサイズが合わなければ交換して再度試着し、ぴったりのサイズが決まれば完了で、園内の片隅にある社員寮へ引き上げとなる。

だが、すんなり一度で完了する例は多くない。っていうか、驚異的な高率で交換を希望しに戻ってくる。それも大きいサイズへの交換だ。特にウエスト回りは1サイズ大きくしたくらいではダメで、2サイズ大きくしなければ入らないこともザラである。内定が決まったとき、あらかじめサイズを申告させているそうだから、2サイズも違うという事態は考えにくいのだが・・・。

しかし、コスチュームセンターのベテラン社員によると、これは毎年繰り返される光景であって珍しくも何ともないという。

「つまりね、あの子たちはみんな一回り小さいサイズを申告するのよ。卒業までにダイエットするつもりで。要するに、申告サイズは単なる期待値なわけ。でもダイエットどころかコタツみかんでゴロゴロしているから、逆に一回り太ってしまう。だから、申告より2サイズ大きくなってしまうのよ。」

実際、コスチュームセンターでも申告サイズより大きめのユニフォームを多数準備しておくのだという。

う〜ん、何とコメントしてくれようか・・・。せめて、今日しまい込んだセーラー服がいつでも着られるスタイルを維持してね。(^^)





 
[16]退職金の悲劇


私がアルバイトに行っている百貨店は、先日史上最大規模のリストラ&希望退職を断行したことで有名になったところである。業界の構造的な不況が叫ばれる中、社員にとっては在職し続けても将来にわたって仕事と給与が保証されるとは限らない。そこで、割増の退職金など良い条件がついている今のうちにと思ったのか、結構多くの人たちが希望退職に応じたという。

再就職についても、元老舗百貨店の社員という経歴は、それなりのブランド力を発揮するものと思われた。以前に破綻した大手証券の社員が高い評価を受けて再就職に困らなかったのと同様、経歴が高い評価を受けるであろうと期待されていた。

しかし、聞くところによると、希望退職&再就職希望組は意外に苦戦しているという。これまでの高給・好待遇が維持できる所ばかりえり好みしているのならともかく、条件を選ばずに、なりふり構わず応募しても断られ続けるというから、たとえ昨今の厳しい再就職事情を考慮しても尋常ではない厳しさである。元老舗百貨店の社員という経歴は、再就職の障害になるのであろうか?

もちろん、その経歴自体が再就職の障害になっているわけではない。しかし、障害は別ところにあった。すなわち、どこの会社に行っても、面接の後で言われる言葉は決まって同じらしい。

「あなたは割増の退職金をたくさんもらって余裕があるはずだから、今回は別の人を採用しますわ」





 
[15]彼氏の変更は定期的に?


私は今年から大学でコンピューター実習の補助学生を務めている。毎週火曜日、社会学科の1年生が担当である。コンピューターの基本操作にはじまって、ワープロ・表計算ソフトウエアの使い方・電子メールの送受信、インターネットを利用した情報収集などが実習のメニューである。

さて、ある日、一人の女子学生が質問してきた。

「あのー、パスワードを新しいのに変更したいんですけどー、どうしたらいいですかー。」

といいながら、新旧のパスワードを書いたノートの切れ端を私に見せた。そこには男性の名前らしいローマ字の文字列が二つ並んでいた。おいおい、パスワードを簡単に人に見せてはいけないのだが・・・。
とりあえず、紙切れは見なかったことにして、

「パスワードを変更するときは、ログイン状態でCtrl+Alt+Deleteキーを同時に押して・・・・ここに今使用中のパスワードを入れて、その下に新しいパスワードを2回入れましょう。」

と一通り方法を説明した。

女子学生は素直に説明に従って、現在使用中のパスワードの欄に別れた彼氏と思われる名前を入れ、新しいパスワードの欄には新しい彼氏と思われる名前を入れた。そして、一通り作業が終わるとサッパリした顔で

「どうもありがとうございました」

と言った。そんなにサッパリせんといてんか。
しかし、それにしてもパスワードは簡単に類推できる文字列を使ってはいかんのだが・・・。
その言葉は飲み込んで、

「あ、そうそう、安全のためパスワードは定期的に変更するようにして下さいね。」

と付け加えると、これまた素直に

「はい、分かりました。」

と答えた。

おいおい、そんなにあっさり「はい」と言っちゃって、それはまさか・・・?





 
[14]ウエイトレスの読み


その日は男4人、女2人で喫茶店に入った。
その喫茶店のメニューにはホワイトボニータなるココア風の飲み物があり、女性専用ということになっていた。

A男は、ホワイトボニータなるものに興味を覚え、試しに飲んでみたいと言い出した。しかし、あいにくB子・C子もホワイトボニータを注文するつもりであった。女性は2人しかいないから3つは注文できない。しかし、B子は、

「1つづつ注文して紛れ込ませれば大丈夫だわ」

と確信し、ウエイトレスを呼び寄せてみんなの注文を読み上げた。

「ホワイトボニータと、レモンスカッシュと、アイスコーヒーと、ホワイトボニータと、アメリカンと、ホワイトボニータをお願いします。」

B子は、これで騙せると思ったらしい。しかし、

「あの、申し訳ありませんがホワイトボニータは女性専用でございますので(3つは注文出来ません)。」

と、あっさり断られた。決まりごとに忠実なウエイトレスであった。B子は仕方なくホワイトボニータを一つキャンセルし、代わりに別のものを注文せざるを得なかった。

当初の目論見は外れたが、B子は

「あたしの分をあとで回してあげるから」

とA男を気遣ったので、A男は何とかホワイトボニータにありつけることが約束された。

しばらくして、注文の品が運ばれてきた。そこにはホワイトボニータが2つ。
ここで、ウエイトレスは驚くまいか、

「ホワイトボニータのお客様はどちらとどちら様でしょうか?」

とのたまったのである。
ホワイトボニータは女性専用であり、女性が2人しかいないから注文も2つまでしか受け付けなかったのに、何でわざわざ聞く必要などあるのだろうか。…そう、ウエイトレスは男性に回される運命のホワイトボニータが1つあることを知っていたのだ。全てを見破られたB子は観念した。

かくして、A男の前にホワイトボニータが進駐したのである。





 
[13]研修のねらい


路上で一組の若い男女に呼び止められた。アンケートに応じて欲しいという。
いまどきキャッチセールスか?と思ったが、彼らのぎこちない口調は、いかにも「これは新入社員に課せられた研修の一環なのでやっているんです」 という感じであった。

「これは新人研修ですよね」と確かめてみると、彼らは隠すこともなく「実はその通りなんです」と照れ笑いを見せた。ランチタイムが迫っていたが、急いでいるわけでもなかったし、せっかくだからアンケートに応じることにした。

彼らはK旅行会社に入社した新人であった。K社の名前は知っているか? 旅行の時に代理店は利用するか? 使うときは主にどの代理店を利用するか? K社を利用したことはあるか? K社のイメージは?などといった質問が続いた。

社会調査を勉強した者なら承知のことと思うが、路上で適当に人をつかまえてアンケートを実施してもデータの信頼性は乏しい。だから、この研修はデータを集めるのが目的なのではなく、一種の度胸試しという意味合いの方が強いと思われた。彼らは研修が明けたら飛び込みの営業でも担当させられるのであろうか。

アンケートはつつがなく終わった。「ご協力、ありがとうございました」と言いながら爽やかな笑顔で粗品のティッシュを渡してくれた。これはどうも。彼らも、午前中のアンケートは私で終わりにしたようで、筆記具や回答用紙を片づけ始めていた。

ところで、度胸試しが目的であるならば一人でやった方が良さそうなものなのに、なにゆえ男女ペアなのであろうか? 一人ならサボるからか? 男女ペアなら男は張り切るからか? しかし、それにしては二人は親密そうだったな。

…もしや、経営者の狙いはさらに別のところにあるのではないか。例えば、女性の勤続年数を下げる=人件費を浮かせることを狙っているとすれば…。

男女ペアで研修させる
     ↓
研修をきっかけに男女は親しくなる
     ↓
やがて結婚に至り、女の退職が期待できる


思わず振り返ると、二人は人混みの中へ消えていくところだった。あたかも恋人同士のように体を密着させて。





 
[12]まるで女子高生みたい!


1998年から1999年にかけてのファッションの特徴は、プリーツスカートの流行であった。街頭やキャンパスでプリーツスカート姿の女性が目立つようになり、近頃はいっそうバリエーションが広がっている。そして、流行の波はスーツにまで及ぶようになった。

今年のOL向け新着スーツのひとつにプリーツタイプも登場した。そういえば、この間の秋冬コレクションでも、トラッドをベースにしたスクールガールスタイルが披露されていたというから、その新着も流行を反映しているのであろう。

さて、そのプリーツタイプスーツの試着に立ち会う機会があった。プリーツはトレンドであるし、上着と合わせた時のデザインも落ち着いていて、無難といえば無難ではある。

ただ、それはいささか無難すぎるきらいがあった。確かに流行のプリーツではあったが、学校の制服でよくある、ひだスカートにしか見えなかったせいもあった。そういえば、昔学校で風紀指導の先生が「ひだの正しい本数は10本と決まっています。8本や12本のひだは不良が着るものです!」なんて叫んでいたっけ。流行の行き着く先がキッチュなスクールガールというのは、皮肉か?

果たして、試着室を出てきて異口同音に出てきた言葉は、

「まるで女子高生みたい!」





 
[11]ガム1年分はいかが?


そのショッピングモールにはガチャガチャが置いてあった。駄菓子屋の店頭によくある、子供向けのオモチャが入ったそれではない。チューインガムの入ったガチャガチャであった。ガムの表面にはカラメルで「大吉」「吉」といった文字が書き込まれており、ちょっとしたおみくじの機能も有していた。そう、それはおみくじを兼ねたチューインガムのガチャガチャなのであった。

子供はもちろん、高校生から社会人のカップルまで、もの珍しさもあってかチューインガムのおみくじを敢行している。紙のおみくじならば、結果を知ってしまえば木の枝に結びつけるしかないが、チューインガムならば後で味わうことも出来る。ガムは、青=ソーダ味、緑=マスカット味、白=ヨーグルト味といった色による味のバラエティも楽しめる。かくして、そのガチャガチャはそれなりに繁盛していた。

しかし、有り難いおみくじガチャガチャも不景気には勝てなかった。そのガチャガチャを所有していた業者が倒産してしまったのである。業者は引き取りに来る費用もなく、ガチャガチャの本体と景品のチューインガムは、ショッピングモールの方で処分することになった。そのショッピングモールでアルバイトしていた私にも、チューインガムのおすそ分けが回ってきた。

おすそ分け、という言葉が正確な表現かどうか自信がない。何故なら、私には両手で持ちきれないくらいの分量が回ってきたからである。そのチューインガムは大きくて、そして甘かった。口にほおばるとアゴが外れそうになるほどボリュームがあった。一つ、二つなら美味しく食べられても、三つ目はちょっと手が出ないくらい甘くて濃厚な味であった。

ガムの重さはしめて30キログラム。末端価格ではパソコン1台に匹敵する計算だ。到底一人では食べ切れないから、知人・友人のつてを頼っておすそ分けをすることになる。だが、配れども配れども、なかなか量は減ってくれない。

さて、ここにAという友人がいた。彼は交際の範囲が広くて知り合いが多い。私はAに電話をかけ、「ちょっとした事情でガムが1年分手に入ったんだが、引き取らないか?」と持ちかけた。Aは快く応じてくれた。よっしゃ、よっしゃ、1年分持っていくぜい。

私が待ち合わせ場所に持参したチューインガムを見てAの顔は引きつった。それなりの分量があることは覚悟していたようであるが、まさかこれほどの重さになるとまでは想像していなかったようだ。チューインガムを重さで実感するなんて人生の中でそうそうあるものじゃないぜ。それでも、Aは律儀に持ち帰ってくれ、方々で配ってくれているという。感謝、感謝。

しかし、私の手元にもまだ大量のチューインガムが残っている。これがなくなるのはいつの日か・・・。





 
[10]エビの任務


あるビルディングの入り口に、ひとつの水槽が置いてある。中には色とりどりの熱帯魚が泳ぎ回り、見る人の目を楽しませてくれる。それはリース品らしく、リース会社のシールが水槽の側面に貼ってある。

その水槽の底には、エビが棲んでいる。ヤマトヌマエビというらしい。体は小さく透明で、いつも水槽の底を這い回っているから目立たない。派手な原色の熱帯魚が群をなして泳いでいるのとは対照的に、透明なエビはあたかも存在しないかのようにひっそりと棲んでいる。

熱帯魚の水槽は、目立って幾らの華やかさが売り物である。その水槽に、何故エビがいるのだろう?

ある日、一匹のグッピーが弱っていた。息も絶え絶えの泳ぎぶりから察するに、寿命は長くないものと思われた。翌朝、気になって水槽を見に行ったが、そのグッピーが泳いでいる姿はなかった。どこに行ってしまったのだろう・・・

・・・そのグッピーはいた。残念ながら力尽き、水槽の底に沈んでいた。気のせいか、死骸が小刻みにふるえている。ん?と目をこらして見てみると、何とエビがそのグッピーの死骸を食しているところであった。エビは透明なので注目しないと見えなかったのだ。

この時、ようやくエビの存在理由が明らかになった。

熱帯魚も生き物だ。死ぬことだってある。ところが、水槽はリース品であり、あまりメンテナンスをかけられない。とはいえ、死んだ魚を放っておくわけにもいかぬ。そこで、そういう事態に備えてエビが配備されていたのであった。エビは見事期待に応え、その日の夕方には任務を完遂していた。

ところで、エビが死んだ時はどうなるのであろうか? あ、どのみち目立たないからいいか。





 
[9]チャンネルの軽さ


アメリカからやってきた少年が、うちでテレビを見ていた。彼は日本語を解さない。最初はNHKの二カ国語ニュースを見ていたがあまり面白くなかったらしく、適当にチャンネルを回してあるバラエティ番組に行き着いた。それは、幼くして別れた母と娘が20年ぶりに再会するまでのドラマをドキュメンタリーに仕立てた番組であった。

彼は、その番組に興味を示した。そして、番組の内容をあれこれと聞いてきた。私の貧弱な英語でどれだけ説明出来たか自信がないが、おおよその内容は理解したらしく、食い入るように画面を見つめている。それは、母と娘が実際に再会する瞬間に最高潮に達した。涙なしには見ることの出来ない感動のシーンがそこにあった。作り物のドラマでは決して得られない本当の涙。もはや英語に翻訳して解説する必要などなかった。すっかり感情移入していた彼もまた、感情を隠さなかった。目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

母娘のシーンは、ほどなくスタジオへ切り替わった。スタジオの芸能人も感動していて、あれこれ感想を述べ始ようとしていた。その時、彼はリモコンを持ちながら言った。

"Change the channel !"(さーチャンネル変えよ!)





 
[8]再 会


その20代の男Aは、名門といわれた山一証券に勤務していた。この就職難のご時世に見事内定を勝ち取り、誇りをもって働いていた。だが、1997年秋、山一証券は自主廃業の運命をたどり、Aも自動的に失業者となってしまった。

まだ20代のAにとって、再就職はそれほど難しくはない。しかし、Aは慌てて就職先探しに奔走することはしなかった。退職金をつぎ込み、資格取得を目指して専門学校に通いはじめた。

この決意させたのは、自社株であった。Aは、月給の一定額を自社株の購入に充てていた。その残高はクルマ一台分にも達していたという。当然ながら、その自社株は一夜にして紙クズとなった。紙クズの山は、資格を持たぬサラリーマンの悲哀さを、彼にイヤというほど味わわせたのである。

さて、再出発を誓ったAは専門学校の門をくぐった。授業開始のベルが鳴る。おもむろに商法のテキストを開いた。そこには株式会社についてページがあり、株券の見本もあった。

Aは見た。その株券に『山一証券』の4文字がクッキリと印刷されていたのを。





 
[7]神様のゆくえ


バレンタインデーのシーズンになると、毎年、そのショッピングモールには張りぼての祠が出現する。張りぼてといっても、ちゃんと鳥居もあるし、祠としてのポイントはちゃんと押さえてある。

祠には「恋の願いをかなえてくれる神様」が宿っていることになっている。いわゆる賽銭箱はない。けれども、シール式の札が用意されていて、好きな男の子への気持ちを書き込んで、祠や鳥居に貼り付けるようになっている。

その祠は、ありていにいえばチョコレートの販促、ショッピングモールでの話題作りと、要するに客寄せのためにこしらえられている。だから、祠には「恋の願いをかなえてくれる神様」の他に、「商売繁盛の神様」が同居しているのかもしれない。

バレンタインデーが近づくと、女の子達が特設コーナーでチョコレートを買い求め、祠に寄って願い事を書き込み、手を合わせてお祈りし、札を貼り付けていく光景が頻繁に見られるようになる。貼り付けられた札が増えれば増えるほど、祠は遠くからでも目立つようになり、目立てば目立つほど、さらにショッピングモールの賑わいが倍加されていく。

ところで、札の書き込みであるが、今時のコギャルらしく(?)、

「ああ、いい男がほしいぜ。」
「ポケベルにつまらんメッセージ送るなよ、ケンジ。」

みたいなものもあるが、圧倒的多数は、

「どうか、オカダくんが私を好きになってくれますように。」
「神様、ヒロシくんと両想いにさせて下さい。」
「好きです。大好きです。レイコ。」
「ナオキくんに私の気持ちが届きますように。」
「キクチくん、私だけ、私だけを見つめて!」

といったメッセージが、時には恥ずかしげに、時には臆面もなく書き込まれている。
乙女の純真。ほのかで甘酸っぱい、青春のメモリアル…。


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バレンタインデーは終わった。
ショッピングモールが閉店する時間になった。
どこからともなく業者がやってきて、祠の分解にとりかかった。
電動のこぎりがうなり、ノミが音を立て、祠はあっという間にバラバラに分解された。
ほどなく、産業廃棄物収集のトラックが横付けされ、破片が無造作に放り込まれていく。
そして、トラックは排気ガスだけを残し、エンジン音も騒々しく夜の闇へ消えていった。

…乙女達の願いはかなったであろうか?





 
[6]輪・投・げ・パラダイス


私は、学生時代に遊園地でバイトをやっていた。そこは、東京都内でも有数の規模を誇り、大型のアトラクションがいくつも設置されて人目をひいている。

あまり目立たないが、園内にはアーケードゲームのコーナーもある。このゲームは、1回100円を払って釣り・玉入れ・モグラたたきなどに挑戦し、成功すると景品がもらえるというものである。中でも輪投げのコーナーは、特に人気の高いもゲームの一つである。簡単に成功する代わりに小さな景品の輪投げ、とびきり難度が高い代わりに、景品もとびきり豪華という輪投げまで、いくつかのバリエーションがある。

その日のバイトは、とびきり難しい輪投げを担当することになった。大型ぬいぐるみという豪華な景品にひかれて、多くの挑戦者が輪投げに挑むが、ことごとく敗れ去っていく。

初デートとおぼしきカップルがやってきた。これは営業的に見るとおいしいカモだ。男がいいところを見せようと思わせるよう、景品はちゃんと計算されている。かくして、彼女にプレゼントをしようと意気込んだ男はひたすら挑戦を繰り返し、100円玉が切れれば両替機に走って更に続けた。 15回ほど負けて、男はさすがにあきらめ、彼女を連れて別のコーナーへ行ってしまった。

これだけでもかなり儲けさせてもらったが、ここからが本番だ。

カップルが視界から消えるとすぐに、一番目立つことろに置いてある景品を一つ、さっと奥にしまい込むのだ。しばらくして、さきほどのカップルが一周して戻ってくると、当然、明らかに一つ減った景品に気づく。

「あっ、誰か景品持って行きやがった。」

男はあせり、くやしがり、こうなれば何が何でもとらねばならぬとさらに20回位やりまくるのであった。

毎度ありぃ。





 
[5]青春のエピソード・ハプニング篇


世の中に男と女がいる以上、それぞれの世界というものがある。男性には男性の世界というものがあり、女性には女性の世界というものがある。それぞれの世界の中身は互いに尊重されるべきであり、男性は女性の世界に深入りするべきではないことは言うまでもなく、逆もまたしかりである。

今回は、この暗黙の秩序が破られた時に起こった、不幸なハプニングの話をしよう。

その日、サークルの部室では、ちょっとした比較絵図が描かれていた。前の週、サークルでスキー旅行に行ったのであるが、宿泊時に大浴場に入ったとき普段は見えない部分を露出し合うことになり、そのときの記憶を頼りに誰の何がどれくらいだったかという大きさを比較する図面を描いていたわけだ。

そのとき、部室にサークルの女性会員、ここでは星野という名前にしておこう、星野が部室に入って来た。星野にはこのような比較絵図は見せられたものではないので、その絵図はサッと隠された。当然のことであるが、女性に対する配慮によるものである。しかし、星野は隠したものに目ざとく気付き、
「何を隠したの。あたしにも見せてよ。」
とせがんできた。
「いや、これはおまえの見るものではない。」
「とにかく見せてよ。」
「見たら不幸になるぞ。」
「いいから見せてよ。」
といった応酬が果てしなく続き、ついに根負けして
「どうなっても知らないからな。」
ということで、その比較絵図を開いて見せた。

星野は、思わずのけぞりながらも、しかし視線はしっかりとその比較絵図をとらえつつ精一杯驚いてみせ、そしてあからさまに軽蔑の眼差しを男性陣へ向けて
「サイッテー。」
と言い放ったのである。

「星野、おまえは間違っておるぞ。だから見ない方がいいと言ったのに。」





 
[4]危険なアルバイト


私はかつて三越銀座店でアルバイトをしていたことがある。それは、なかなか危険なバイトであった。なにが危険かって?まぁ、読んで欲しい。

銀座4丁目の交差点に立って三越を見上げると、屋上の角地には三越の旗が、屋上のさらに上のポールには日の丸が風になびいているのを見ることが出来ると思う。それらの旗を朝一番に掲げ、夕方にしまうのは、バイトの作業であった。

なぜ、ありがたい旗をバイトふぜいに扱わせるのか、それはこの際置いておこう。三越の旗は、客が立ち入ることの出来る普通の屋上と同じ高さにポールが立っているので、特に問題はない。しかし、日の丸の旗については、屋上のてっぺんの、さらに上まで梯子をよじのぼっていかなければならない。そこは、もちろん手摺りなどない。普通の屋上ですら、かなり下に見えるほどの高さである。間違って転落すると、とてもではないが助からないであろう。そこから地上を見下ろすと、人の歩く様子は、それこそアリのようである。

そこは、確かに物理的に危険な場所ではある。しかし、そこにはもっと危険な悪魔が棲んでいるのだ。屋上の屋上に立ったとき、耳元に悪魔がささやきかけてくる。曰く、「地上を這い回るアリどもよ、欲望を満たすことしか楽しみを知らぬ愚民どもよ、もっと働け。働くのだ。私がお前達を導いてやらねば、世の中はいったいどうなってしまうのか…。」

どうだ、危険なアルバイトだろう。





 
[3]マックのおねえちゃん


私は、持ち帰りの用でファーストフード店に立ち寄るとき、バイトのおねえちゃんのマニュアル具合を確かめるのをひそかな楽しみにしている。普通は、次のような感じのやりとりがなされる。

「いらっしゃいませ。ご注文はいかがですか。」
「チーズバーガーとポテトのS、そしてウーロン茶を下さい。」
「お客様、ここでお召し上がりになりますか、それともお持ち帰りになりますか。」
「持ち帰ります。」
「ありがとうございます。576円です。」

おねえちゃんは、客の注文をひととおり聞いてから、ここで食するか持ち帰るかを尋ねるように教育されている。

ここで、まずはじめに「持ち帰ります。」と宣言してから注文をしてみたらどうなるだろうか。

「いらっしゃいませ。ご注文はいかがですか。」
「持ち帰りでお願いします。.......チーズバーガーとポテトのS、そしてウーロン茶を下さい。」

ところが、はじめに私が「持ち帰りで。」と言っているにも関わらず、多くのおねえちゃんは思わず、

「お客様、ここでお召し上がりになりますか、それともお持ち帰りになりますか。」

という言葉を発してしまうのである。
それを言ってしまったあとで、はっと思い出して照れたふりをするのはまだいい方で、全く気付きかけもしない強者もいたりする。仕方がないから、

「持ち帰ります。」

を繰り返すことになる。その言葉をこの時点で確認して、ようやく

「ありがとうございます。576円です。」

という言葉が吐き出されるからこわい。脳みその中は完全にマニュアル応答がインプットされていて、臨機応変というものがきかない体になってしまっているのだろうか。
だから、二度「持ち帰ります。」とは聞かない、ちゃんとした応対をしてくれるおねえちゃんに遭遇すると、何だか嬉しくなってしまうのである。

笑い話かも知れないが、ケンタッキーフライドチキンに親子二人がパーティー用に30ピースくらいチキンの入ったボックスセットを注文したときでさえも、

「お客様、ここでお召し上がりになりますか、それともお持ち帰りになりますか。」

と言い放ったおねえちゃんがいたそうな。誰が二人で30ピースも食うんだい。ここまでマニュアル化されていると逆に表彰したくなってしまうよ。全く。

試しにあなたも実験してみよう。面白いよ。





 
[2]薬屋のおねえちゃん


私は、夜遅くまで起きていた翌日など、疲れが残っている日の朝は、駅前のドラッグストアでドリンク剤を求めることにしている。効くかどうかは分からないけれども、何となく習慣になってしまっている。

そのドラッグストアであるが、ドリンク材をレジに持っていくと、おねえちゃんは必ず「ここでお飲みになりますか。それとも持ち帰りになりますか。」と聞いてくる。私は、その場で飲む時間がないので、必ず持ち帰りにしてもらっている。で、こういうやりとりが数回続くと、ふつうは客の顔と傾向を覚えて、聞かずとも持ち帰りにしてくれるものだ。しかし、おねえちゃんは、何回経ってもあのまわりくどい質問をしてくることを決して忘れない。ほとんどファーストフード店顔負けのマニュアル応対なのである。でも、おねえちゃんのやることだから、まぁ、こんなもんだろう、と思っていた。

さて、ある朝、年輩のサラリーマンが、そのドラッグストアでドリンク剤を買い求めた。例のおねえちゃんは、またあのマニュアル応対の質問をするのだろう、と思って見ていた。ところが、おねえちゃんは、まるで当たり前のようにドリンク剤の栓を開け、サラリーマン氏に差し出したのである。そう、おねえちゃんは、そのサラリーマン氏のパターンが、ここで必ずドリンク材を飲んでいくということを覚えていたのである。

では、何故私のパターンは覚えてくれないの、と思ったが、もしやと思って次のように言ってみた。

「あのー、(ドリンク剤は)袋に入れていただかなくても結構です。」

すると、おねえちゃんの顔は見る見る明るくなって嬉しそうな表情を見せ、はつらつとした「ありがとうございました。」の挨拶とともに買い物済を示すシールをドリンク剤に貼って私によこしたのである。

そうなのだ。おねえちゃんは、持ち帰りの客が来る度に消耗していく紙袋が勿体なかったのだ(笑)。あのマニュアル言葉は、少しでも袋の消費を抑えようとして、今回こそはこの場で飲んでくれよ、飲んでくれよと願をかけていたためなのだと悟った。果たして、翌日に行くと、おねえちゃんはもはやあのマニュアル質問を発することなく、当たり前のようにシールをドリンク剤に貼り付けてくれたのであった。私は、このおねえちゃんを、単に物覚えが悪いかマニュアルマシーンのようにしか見ていなかったのだ。

しかし、少し視点を改めただけで、全く別の見方が出来るものだと悟った一件であった。





 
[1]ふるさと自慢・明石の巻


『地元の大騒ぎ』
明石高校野球部が24年ぶりに甲子園行きを決めたとき、駅前広場には塔が建ち横断幕が掲げられた。『魚の棚』商店街にも巨大な鯛の張りぼてが出現し、その栄誉を祝したと伝えられる。けれども、東京でこのことを知る者はほとんどいない。全く残念でしようがない。

[村おこしの基本法則]地元で騒がれることは、地元以外では騒がれない。


『魚の棚の主役たち』

林崎漁協のおじさんが明石海峡でとってきた魚介類は、地元『魚の棚』で凛々しく陳列される。タイやタコも新鮮で、まあまあの値段だ。もっとも、最近のタイはニュージーランドからの輸入物が増えたし、タコもアフリカ沖からはるばるやって来るという。
タイが英語をしゃべったり、タコがスワヒリ語をしゃべったりするわけではないから、女性週刊誌とワイドショー以外に関心のないオバチャンには分からない仕組みになっている。

[魚屋地元の法則]地元で買った魚は、地元でとれたものと思われる。


『饅頭いろいろ』
どこでも地元の名産品がある。だが、食べ物で何か土産を買って帰ろうとすると、結局はマンジュウの類を選んでしまう。私の本籍地・姫路の名物は塩味饅頭だが、他のマンジュウと決定的な差異があるわけではない。それでもマンジュウは、津々浦々の名産という名前を背負って、今日も全国を駆け巡る。
そういえば、あるフランスの日本人向け土産店にはモナリザ饅頭なるものが売られていると聞いたことがあるが、本当ならば是非賞味してみたいものだ。

[マンジュウ名物の法則]どの地方に旅行に行っても、そこでの名物はたいていマンジュウだ。
[マンジュウ名物の法則:補足]名産と呼ばれるマンジュウほど、おいしくもなければ芸もない。






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