保健医療助成事業の狙いなど

中島竜美


はじめに

 郭貴勲裁判(02・12大阪高裁)確定により、居住国で「手当」の継続支給が実施されるにおよび、厚労省は04年度、新たに保健医療助成として、2億8000万円の予算を計上成立させた。
 これまでの長い苦闘の歴史を経て、居住国での援護を求め続けてきた在外被爆者にとっては、確かに長いトンネルの彼方から射してきた“一条の光”の感があったろう。支援する側もこのたびの措置を一歩前進としながらも、事業内容について厳しく検討するとともに、在外被爆者の期待を裏切ることがないよう今後とも目をこらしていかなければならない。

「事業」の狙い

 今までの新規事業同様法外措置(特別予算)としておこなわれるが、居住国に実施団体、医療機関等の設置を予定、これまでとってきた“属地主義”の建前を明らかに崩したことになる。
 そもそも「事業」が登場する端緒となったのは、坂口大臣の委員会答弁(03・9金子議員の質問に対して)にあるといわれる。もしも「手当」の継続支給(金銭給付)だけが居住国で実施されると、金額の多寡はともかく、在外被爆者に対して新たに “年金”が支給されたとみられる。そこで402号通達が廃止され、「手帳」保持者はどこにいても被爆者として法的地位を認められた以上、厚労省としては「手当」が単独のものではなく、あくまで医療をともなうものであることを示すために、居住国での医療費助成を必要としたのではなかろうか。

対象者の設定とその範囲

 被爆確認証(「確認証」)と「確認証」は来日して申請すればすぐにも「手帳」交付が可能なように、被爆の証明書類が整っていることを条件としている。
 「手帳」をとっている被爆者が限られている現状を考慮して、02年度新規事業からとられている措置だが、遠距離から来日するため実務上の便を図るためとされた。しかし、今回は身体の具合等から来日できない者を見込んで、「確認証」保持者も対象としたとみられる。
 ならば、@「手帳」保持者と同様に「確認証」保持者にも居住国での“法的地位”を認めるのか? もし認めないとすれば新たな格差が生じることになる。Aまた、「確認証」発行の条件は在外被爆者の実情に即した基準を設けない限り、高齢化が進み、日本から遠く離れて被爆を証明する第三者を見つけることも、まして証明書類を入手することさえ困難である。少なくとも、各国の被爆者団体に加盟している者には、もれなく発行すべきである。B「確認証」を発行する実務上のシステムは、2004年5月現在でも整っておらず、新規事業を委託されている広島・長崎両県市の担当は人手不足の上、来日者との対応に追われ、現地へ係を派遣する余裕もないという。そうであるならば、早急に各居住国への広報を徹底した上で、時期を定めて係を派遣する計画を立てるべきである。今年度予定している「確認証」保持者250名(現在までに3ヶ国で2ケタ台)という数字は何を根拠に算出したのであろうか。

北米・ブラジルでの医療費問題

 北米・南米は、民間の保険料が高額な上、医療機関と保険との関わりが日本とは事情が大きく異なる。
 ブラジルは、保険料の助成に変えてほしいと要望している。しかし視察に訪れた厚労省担当官からは「医療費助成に保険料は含まない」との原則論が返ってきている。確かに現行法は保険との併用で運用され、国庫負担は保険料をのぞいた医療費のみだが、渡日治療で来日する在外被爆者には保険の有無を問わず、事実上全額国庫で負担しているのだから、居住国での医療費助成は実質的に当事者が医療を受けるために支払っている金額に対して行うのが筋である。

韓国への検診団派遣について

 北米・南米と横並びでこの7月、検診団が派遣される。かつて冷戦只中の70年代、内外被爆者の分断政策に抗して北米被爆者が陳情を重ね、ようやく広島県医師会を動かして始まったのが “検診団派遣”(隔年に1回)で、十年後南米にも行われるようになった。
 この間在外被爆者問題を顕在化させた孫振斗「手帳」裁判(1972〜78年)とは連動することなく、むしろ政治的圧力が北米・南米在住被爆者に重くのしかかっていたことを忘れるわけにはいかない。
 冷戦崩壊後、韓国からの働きかけで在外被爆者の間に国際連帯が芽生え(1996年〜)、ともにたたかった郭貴勲裁判は国の政策を転換させるに至った。前述の新規事業開始に当たり、厚労省は北米・南米への “検診団派遣”事業を施策に取り込み、さらに韓国でも実施しようというのである。
 しかし、その内容として伝えられているのは、@日本医師直接の診断は行わず、A医療相談を中心に、B実施箇所も対象者の数も限られているというのだ。
 そもそも現行法に盛られた「定期健康診断」(年2回以上)は健康管理を目的としたもので、韓国を含む在外被爆者居住国ではこれまで行われたことがない。このたび医療助成事業と合わせて厚労省はどこまで本格的に保健事業を考えているのであろうか。

 @ 定期検診の可能性について
検診項目、日韓医師の協力体制、現行の指定病院(20ヶ所)等、現行医療システムとの整合性をどうするか。
 A 名目だけの検診団派遣ならば、それは単なるデータ収集の手段に過ぎず、せっかくの助成事業の実を上げることにはならない。

韓国での助成事業等の問題点

 1990年代から実施されてきた韓国内での被爆者対策は、日本からの医療支援金(40億円)を元に、この十数年韓国独自の医療システムをつくり上げてきた。(2002年5月には底をついた基金の上積みを要求する「要望書」を韓国の被爆者協会は日本政府に提出している。)
 厚労省が今年度から実施しようとしている本事業は、この韓国システムを土台に大韓赤十字社を実施団体に行われようとしているが、先ず以下のような疑問が残る。

 @ 韓国の現行被爆者対策(保険制度、点数制度、指定医療機関設置とその基準、葬祭料、診断補助費等)との整合性はどうなるのか。
 A これまで韓国政府が行ってきた助成金はどうなるのか。
 B 対象者問題 これまで協会員であれば平等に扱われていたが、「確認証」の扱いによっては明らかに差別が生まれ、今後の在韓被爆者問題に新たな火種ともなりかねない。
 C 法外措置として行われている新規事業のうち、「手帳」「手当」等申請手続は依然として来日を条件としており、比較的近距離の韓国からは申請者が後を絶たない。そのため広島等限られた自治体の事務量が増え、国が予定している居住国での「確認証」発行等一向に進展していない。

おわりに

 事業が余りに遅きに失したため、進展によっては当事者をかえって失望させないか危惧する。国はこれまでの反省に立ち、建前にこだわらず、真に人道的立場から現状に見合った施策を行うべきである。