国は李康寧裁判に続き広瀬裁判も控訴

中島竜美


 これまで日本出国後の「手当」支給をめぐる裁判としては、郭貴勲裁判のほか四つの訴訟が行なわれてきた。そのうち三つの裁判ですでに勝訴している。 先ず最近では被爆者援護法に基づく「特別手当」を出国後も李在錫さんに支払うよう命じた大阪地裁判決(三月二十日)に対し、国側は四月一日控訴しないことを決定した。 しかし一方、長崎で被爆した広瀬方人さんが中国出張中に打ち切られた「健康管理手当」の支給を求める長崎地裁判決(二月十九日)に対しては、『支払い義務は国にある』とした点を『法解釈の誤り』として控訴した。

 これにはさきに勝訴した李康寧さんの福岡高裁判決(二月七日)を最高裁に上告した時と同じ理由を掲げている。

 とはいってもすでに郭さんの大阪高裁判決が確定している以上、国は方針を変更することはできず、いずれも長崎市から手当支給を行なうとしている。これまで在外被爆者が提起してきた一連の被爆者援護法裁判を見る限り、司法は孫振斗最高裁判決を基に国の「在韓」「在外」切り捨て政策を厳しく指摘してきたのに対して、国側はこれまで社会保障=属地主義を盾に法の国外適用を拒み続けてきた。しかし、ここへきて「手当」問題からようやく政策の壁に綻びが見えてきた。

 特に長崎地裁の広瀬裁判判決では手当の受給権をめぐって、国側の遡及期間(五年間)の主張を『時効主張は権利の乱用』と退けているのである。

 関連する裁判としてはしんがりを務めることになったブラジル被爆者裁判(〇二年三月一日、広島地裁へ提訴)は、在ブラジル原爆被爆者協会・会長の森田隆さんほか九名によるもので、現在なお進行中である(前号参照)。この裁判は戦後、国策に従ってブラジルへ移住した被爆者が起こしたもので、母国を訴えるに当たっては討議に討議を重ねた末の決断だったと伺っている。

 地球の裏側にあって日本からの情報も乏しく、被爆者の組織化も遅れていたが、同じ戦争被害者でありながら旧軍人、軍属には日本から恩給が送金されているのを見聞きするにつけ、これまで被爆者として疎外されてきた不条理を痛感させられてきた人々である。

 しかし、こうした例はかつて占領下にもあった。一九六五年、沖縄在住被爆者が国を相手どって東京地裁に「医療費請求訴訟」を起こした背景には、サンフランシスコ講和条約以降、旧軍人軍属遺家族援護法は適用されているにもかかわらず、本土で施行されている原爆医療法が適用されないことから、国への抗議の意をこめて、自費で支払ってきた医療費の請求を行なったのである。 この裁判は復帰を前に原爆医療法を準用することで決着をみたが、日本の領域外に暮らす被爆者を排除してきた国の姿勢は今も変わっていない。それだけに昨年十二月十八日、国が上告を断念し、大阪高裁判決が確定したことは、いったん“被爆者たる地位”を認められた者(被爆者健康手帳取得者)は、国外に居住していてもその法的地位を失なわず『被爆者はどこにいても被爆者』であることを明らかにしたわけで、その意味は大きい。

 しかし一方、厚生労働省は昨年度に続いて今年度も政省令の改正を次々に打ち出している。そこには判決によって政策変更を余儀なくされた部分をいかに繕うかという姿勢のみが目立ち、判決理由に盛られた在外被爆者援護の基本理念がない。その意味からいっても、今後厳しく監視していく必要がある。