なぜ居住地で手帳・手当の
支給ができないのか?

「在外被爆者と連帯し要求を実現させる会」



 韓国・在米・在ブラジル三団体代表、支援団体をまじえての意見交換(四月十六日夜)、国会で議員懇所属国会議員諸氏とともに開いた「在外被爆者と連帯し要求を実現させる会」(十七日)、坂口厚労相会見後の記者会見、厚労省健康局総務課職員への要請(十七日)等々において、現地での実態がなまなましく報告された。以下にそれらを記してみたい。

 今回は特に、もっとも遠距離のブラジルから森田会長はじめ六名の陳情団が来日されたが、そのなかの一人、向井昭治副会長は、機中で高熱を発し、代々木病院のお世話になった。十七日は、坂口大臣とはどうしても直接会いたいということで、国会での他の会には欠席、ホテルで静養されていたが、また熱発、ついにはるばる二十四時間かけてこられながら、熱望していた大臣との会見はかなわなかった。

 向井さんは、前号で紹介した向井春治さんの兄にあたり、十七歳のとき原爆で両親をうしない、親代わりに六人の弟たち(末弟は五歳)を引き連れてブラジルへ移民したひとだ。そのころ、日本政府は「ブラジルに行けば四年で金持ちになれる」と移民を奨励したのだった。それから茫々半世紀、どれだけ大臣に言いたいことがあられただろうか。

 この事実が象徴的にしめしているように、遠い居住地から、老いて、しかも病む被爆者が、手帳申請のため、あるいは健康管理手当申請のため、日本にやってくることは命がけですらあるのだ。


森田会長・盆子原会計理事(ブラジル)のお話から。

「会員にアンケート調査しましたが、百三十五名中九十八名回答してきたなかで、手帳をもっているひとは六十一名。約三分の二がもっていません。手帳をもっていて、健康管理手当をもっているものは二十数名。他は八十三年から申請しているのに、いまだに審査中で、近く取れるだろうといわれているのが、たった一名です。
 検診団報告書には、約六十%が「治療必要」と書かれているのに。
 検診団は十八年間に九回きてくれましたが、その間に四十一名が亡くなり、そのうち二十名は検診係官が「被爆者」とみとめたのに手帳をもらえずに亡くなっていきました。
 久保田貞夫さんの例を話しましょう。
 この方は原爆で孤児になって原子野をさまよい、小父さんに連れられてブラジルへ来ました。先般、広島にきて病院に行きましたが、「どこも悪くない」といわれ、手当はもらえませんでした。しかし、帰国まもなく倒れ、記憶力がまったくなくなりました。原爆のことなど知らない子どもたちや奥さんから除け者にされ、着の身着のままの状態で寝たきりです。
 帰国治療してきたものも、ブラジルにもどって間もなく四名亡くなっています。長い空の旅に耐えられないのです。」


友澤会長(アメリカ)のお話から。

 「被爆者は約千二百人。そのうち手帳保持者は七割ほどだとおもいます。協会会員は五百人で、二百人ほど手当をもらっています。
 会員が少ないのは、被爆者だと保険会社にわかると解約されるので、名乗り出ないのです。会員のプライバシーは守るといっても心配なわけです。
 坂口大臣は「アメリカの被爆者は困っていないと聞いている」といったと新聞に出ていましたが、金持ちの被爆者に聞いたのでしょう。アメリカではたとえ日本の国民健康保険にあたる保険にはいっていても、自己負担が多いので病気すると金がかかります。病室の部屋代は一日十万円が普通です。薬代は全額自己負担ですし、集中治療室に入れば百四十万円から二百八十万円かかります。  また、これまで渡日治療に呼ばれる人は、元気なひとでした。国がやるのだから、これからは公平にしてほしいものです。
 現地で手帳支給、現地で治療、それがだめなために、渡日できるひととできないひとの差が生まれ、真実困っている被爆者は手遅れでどんどん死んでいっています。
 今回、十人が急に申請しましたが、全員却下されてしまいました。あまりに被爆から長くたってしまったので、証人がみつからないのです。日本の役人と知り合いの被爆者が電話で話したとき、『なるべく出さないようにしている』と言ったそうです。
 『人道的見地から』と国はいいながら、なぜそうできないのか。職員が尋ねてきてもいいし、日本の医師を派遣して調査して、現地で認定し、手帳・手当支給はできるはずです。今もっていいわけを聞くだけなのは心外のいたりです」


李会長・豊永氏・平野氏(韓国)のお話から。

 「二千二百人の会員中、手帳をもっているのは八百人です。日本にこられるものは別として、韓国の病院の判断で韓国内で手帳・手当を出してほしいのです。あるいは医師団が来てくれてもいい。
 どっと訪日しているが、無理して来ているのです。そして突然来たひとたちは、泊まるところもない。市民の会がお世話できるのはせいぜい十数人、ところが九十人がどっと来て、広島市がつけた通訳はたった一人です。病院へ行くときは全部こちらのボランティア。予算をとったのに、なぜ通訳を派遣しないのか。
 陝川の福祉施設から来たひとたちは、杖をたよりに這うようにしてやってきました。車椅子のひとも、痴呆のひとも手当がほしいから無理してやってきます。そしてまだ来たいひとは四、五百人からいるのです。
 来るのに十万円はかかる、しかし、大使館では、「一年に百人しか応対できないそうなので、それでは八年かかる、自費で行ったほうがよい」と勧告しているそうです。どうして大使館が発行を代行できないのか。
四、五百人なら四、五億円を溝に捨てるようなものではありませんか。
 先日も、長崎に来たひとが心筋梗塞で倒れました。たまたま助かりましたが、もし亡くなったらだれが責任を取るのですか。」  

(文責・石川逸子)