元気で明るい人たち
〜訪日代表団を手伝って〜

上野 都

5月13日から17日まで足掛け5日間、韓国原爆被害者協会からの訪日団のお手伝いをさせていただいた。協会の事情で今回の訪日は急遽決まったようで支援側もあわただしく、私のような幽霊会員にも声がかかり、まあ、お手伝いのお手伝いといったところしかかなわなかったが。

とはいえ、代表団は金廣善会長以下総勢22名という大規模な構成である。これは、被爆者の高齢化が進む中で、昨年、厚生労働省が郭貴勲裁判の敗訴を受けて控訴をする見返りのように設置した「在外被爆者に関する検討会」が全く期待はずれに終わったこと、1992年日本政府が韓国赤十字に拠出預託した40億円の医療支援基金が2年後には枯渇するという、危機感があってのことであろうと思われる。

一行は13日夕刻、空路と門司から新幹線の2ルートで宿舎の東京聖書協会に到着された。キムチ、塩辛、海苔など食材を持参して雑魚寝での滞在という。

訪日の目的は、次の3点を政府、国会のできるだけ多くの人に理解と、解決への協力を要請し約束を取り付けることである。

1 被爆者援護法の在外の被爆者への差別なき適用

2 在韓被爆者医療支援金が枯渇する前の追加支援

3 今般の厚生労働省提案「当面の対応」の持つ「援護の日本国内封じ込め」の不合理性。

3日間にどれだけの人に面談ができるのか、せっかく訪日された大勢の方々の期待にこたえられるのか、私共も責任の重さを感じる。

14日朝、用意いただいた議員会館会議室へ赴き待機。国会が折から有事立法、個人情報保護法案の進め方で空転していたことも幸いして、公明党神崎代表にアポイントメントがとれ、次いで自由・藤井、社民・土井、共産・志位、民主・鳩山の各党首、幹事長に面談の約束が取れたと連絡が入る。

李会長が終始おだやかな口調で訪日の目的を簡潔に述べ、次いで他のメンバーが順繰りに思うところを訴える。結果的には3日間に、衆議院議長、参議院副議長、外務副大臣、最後に目当ての坂口厚生労働大臣と面談でき、残念ながら自民党の要職には会えなかったが、相手からも、総じて良い反応が得られたと思う。さて、期待の坂口厚労相だが、神崎代表が好感触であった韓国向け追加支援に否定的な反応で、最後に壁に当った感がある。

代表団の平均年齢は74歳とか、李会長の言を借りれば「体調が悪く死ぬ覚悟で来た者もいます」という人たちが、連日の議員会館第一、第二、衆院、参院、ひっきりなしに移動しての面会、待機、つきそいの私でも疲れる。代表団の人たちはさぞかしお疲れだろうと推察するのだが、見たところ、心配には感じられない。えらいものだ。日本語を話されるかどうか分からないのではじめは遠慮していたが、待ち時間に退屈だろうと、ちょっと話し掛けてみると、国での生活ぶりなどをあれやこれや。とにかく、タフで明るい。皆さんの元気に助けられた手伝いであった。

1名が東京で入院、現在も加療中だが、かなり元気になられた由である。