「しかし君よ、耐え切れなくなる日が来たらどうしよう たとえ君が小鳥のようにひろげた手で 死のかなたからなだめようとしても 恥じらいやすいその胸でいかに優しくおさえようとしても」―峠三吉 八月の広島に 八月の長崎に 五十五回目の きのこ雲 夏空を映して 青い水がゆく 頭をたれ 手を合わせ 濃い影を落として 歳月が膝まずく あの日から 生き残った者たちの祈りが 一筋の道となり 踏みつづけられた悲しみと怒りは また この川へ戻ってくる あの日 この川を流れていった夥しい人間は もう ひとのかたちを 取り戻したろうか 焼け焦げて 丸まった手足では 熱い水に ゆすられて 流れてゆくしかなかったろう 故郷の海へ辿りつき そして 風になるまでは─ 閃光に焼かれたあと あの日のままに かたづけ残されている少女は そっと 小さな肩を抱いてやる者もなく 薄いまつげを閉じて 伏せっていように 五十五年が過ぎようと きのこ雲は あちこちで影を落とし 素直に目をとじた少女を 裏切りつづけ その裏切りは 私もまた 承知のことだ 殺した者も 殺された者も ひとつの墓標に名を記すなど いまだに叶わぬ夢 刃を突きつけた者の後ろに また刃の手 そうして 順ぐりに 怒りと悲しみが 年を取ってゆく もう 誰も待てぬ もう 誰も待たぬ 待ちつづけて 嘆くよりは 立ち上がり 一杯の岩清水を捧げよう 喉を干上がらせた 死者のために 八月の空に 八月の海に ― 日本の 朝鮮の そして 黙って死んでいった者すべての国の言葉で。 (2000年夏) ― 上野都さんは、金理博・長編叙事詩『春の悲歌』(2001・6刊)訳者 |