郭貴勲さんの勝訴判決に続こう

韓国の原爆被害者を救援する市民の会
 市場淳子

在韓被爆者の郭貴勲(カク・キフン)さんが大阪地裁で「被爆者援護法裁判」勝訴の判決を勝ちとってから、早、半年がたとうとしている。

「いったん被爆者援護法にもとづいて取得された被爆者健康手帳や被爆者手当の受給権は、その被爆者が例え日本国を離れようとも失権しない」という当たり前のことが、被爆56年もたってから、ようやく認められたのである。

ところが、日本政府はこの当たり前の判決を不服として控訴した。控訴は「これで日本の被爆者と同等の援護策を受けることができる」と期待に胸をふくらませた高齢の在外被爆者を、再び失望の谷底に突き落すにも等しい、非人道的な行為だった。

だが、そのとき、坂口厚生労働大臣が「蜘蛛の糸」らしきものを一本、在外被爆者の頭上に垂らした。坂口大臣は森山法務大臣が控訴を発表した日の午後、「控訴はしたけれども、在外被爆者がこのままでいいというわけではない。在外被爆者に関する扱いがはっきり規定されていない被爆者援護法を再度見直して、在外被爆者にどうするのがよいかを検討し、年内に結論を出すために、検討会を設置する」旨、記者会見で発表したのである。

そして、有識者7人からなる「在外被爆者に関する検討会」が厚生労働大臣の私的諮問機関として設置され、8月1日に第1回目が公開で開かれた。

郭貴勲さんも市民の会も、郭さんの勝訴判決に控訴しておいて設置された検討会に、極めて懐疑的だった。もし、日本政府が被爆者援護法を在外被爆者にも適用する気があるのであれば、控訴などせずに、「被爆者が日本を離れると被爆者ではなくなる」ことの根拠としてきた402号通達を廃止すれば済むのである。そうすれば、最も早く、被爆者援護法が在外被爆者にも適用されるようになるのである。

それで、市民の会では、「検討会」への傍聴監視に取り組むいっぽうで、あくまでも、在外被爆者にも被爆者援護法に基づく援護を受ける権利があることを、裁判ではっきりさせることが必要だと考えた。そして、長崎地裁で進行中の在韓被爆者・李康寧(イ・ガンニョン)さんや、控訴審に移る郭貴勲さんの「被爆者援護法裁判」支援に引きつづき力を入れると同時に、郭さんの勝訴を1日も早く確定させようと、第3、第4の「被爆者援護法裁判」の提訴を決意した被爆者の支援にも、取り組み始めた。

9月11日、日本に住む日本人被爆者の廣瀬方人(ひろせ まさひと)さんが、日本語教師として中国に赴任した際、一方的にうち切られた「健康管理手当」の支給を求めて、長崎地裁に提訴した。

10月3日には、「韓国の広島」と言われる陜川の被爆者・李在錫(イ・ジェソク)さんが、韓国帰国を理由にうち切られた「特別手当」の継続支給を求める裁判を、大阪地裁に提訴した。李在錫さんは、1995年に広島の病院に渡日治療中に、顔のケロイドで厚生大臣による「原爆症認定」をうけ、その認定をもとに2001年1月に大阪の病院で渡日治療中に、被爆者援護法の規定では一生涯もらえるはずの「特別手当」の受給を受けるようになりながらも、治療を終えて韓国に帰ったとたんに、支給をうち切られたのである。

郭貴勲さんや李康寧さんの裁判で、日本政府は「被爆者援護法が日本を離れた被爆者には適用されないこと」の理由として、「被爆者援護法は日本社会の構成員のみに適用される法律である」「被爆者の手当は原爆後障害の治療を前提として支給されるものなので、被爆者の指定医療機関がない外国に住む被爆者には支給されない」などと主張している。

では、明らかに日本社会の構成員である廣瀬さんが、中国に日本語を教えに行っただけで、手当の支給をうち切ったのは、なぜなのか?

また、李在錫さんが受給していた「特別手当」は、治療を受けなくても一生涯もらいつづけることのできる手当なのに、なぜ、韓国に帰ったことを理由に、支給をうち切ったのか?

被爆者援護法には「日本を離れると被爆者手帳や手当は失権する」とは、どこにも書かれていない。それを、402号通達だけを根拠に、失権させてきたために、自らの主張にも矛盾するような手当のうち切り例が、あちこちで生じざるをえなかったのだ。その矛盾を突くのが、廣瀬さんと李在錫さんの裁判である。

その後、10月9日には李康寧さんの裁判が結審となり、判決は12月26日と決まった。また、10月23日に廣瀬さんの第1回裁判が、11月22日には李在錫さんの第1回裁判が開かれた。

そして、10月24日には、郭貴勲さんの控訴審第1回裁判が大阪高裁で開かれた。日本の裁判所は上級審に行けば行くほど勝つのが難しいとよく言われるので、私たちも心して控訴審に臨んだ。

そうしたところ、郭貴勲さんが控訴審開始に当たっての冒頭陳述を終えたとたん、裁判長が「次回12月21日の裁判をもって裁判を終結する」つまり「12月21日までに双方の主張を出し終えて、次々回の裁判で判決を言い渡す」と言ったのである。それに対し、郭さんの弁護団が「まだ日本国の主張に対する反論が残っている」と言うや、その言葉にかぶせかけるように「双方の主張は出尽くしている。原告も早い解決を望んでいるではないか。なんなら、今日で終わりにして判決を書くこともできる」と、べらべらと暴言を並べ立てたのである。

裁判長の意図はどこにあるのか?

目下、私たちは「逆転敗訴判決」を想定して、郭さんの控訴審に神経を尖らせている。

また、現在、広島高裁で係争中の元広島三菱徴用工被爆者40名の裁判でも、郭さんの勝訴判決を引き継ごうと、原告のうちすでに被爆者手帳を取得し、手当を受給したことにある者について、その手当の継続支給を求める訴えを、新たに展開中であり、次回裁判は12月10日に開かれる。

こうした裁判闘争と並行して、「検討会」は5月4日に第2回目、10月4日に第3回目、11月8日に第4回目が開かれ、12月10日の第5回目には、結論の起案が提示されることとなった。

検討会の結果をにらみながら、いま私たちは、12月26日に下される予定の李康寧裁判の判決を、緊張の面もちで待ち受けている。

検討会の結果と李康寧裁判の判決によって、56年間、無援護のなかで原爆後障害による病苦と貧困に苦しんできた在外被爆者の明日が決まるかもしれない。

2001年末、在外被爆者問題は、最大の山場を迎えている。