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◇大阪地裁勝利判決傍聴ほか
在外被爆者に希望の光が◇ |
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銀林美恵子
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| 去る6月1日、大阪地裁でおりた在韓被爆者郭貴勲裁判の判決は、すべての被爆者に希望の光を灯しました。「援護法の規定で受けていた健康管理手当が、27年前の局長通達により出国で打ち切られる。」ことの不当を訴えた裁判でした。はじめ4月13日に判決の予定が裁判所の都合で延びていたのです。延期の理由をあれこれ詮索して不安の中、私もこの判決を、郭さんたちとともに自分の耳で聞きたいと、傍聴にでかけました。そして勝利判決の大きな感動と喜びを皆と共有することができました。その日のことと、その前後の市民たちの運動について、記しておきたいと思います。
■6月1日郭裁判判決を傍聴して■ 大坂地裁806号室、韓国からは、被爆者協会女性会長の金分順さんと、4月結成されたばかりの「韓国被爆者と共にする市民の会」の若者3名が応援に駆けつけ、広島、長崎そして東京からも市民グループのメンバーが参加して傍聴席から裁判の結果を見守りました。地元の支援グループは多数で室内には入り切れず代表の市場さんたちも、大勢で廊下を埋め尽くしてはらはら判決待ちでした。 裁判官3人が入場、予鈴がなって、静寂の緊張の後、定刻の13時10分がきて、裁判長が判決文を読み上げました。わずか5分たらずで終わりです。よくわかりませんでした。隣の方も首をかしげています。金分順さんは「日本の裁判はこんなんですか」と拍子ぬけした顔。ドアがあいて、弁護士さんが出られた瞬間、「全面勝利だ!」の声が廊下から沸きあがってきて、ようやく喜びをかみしめました。法廷内で直接裁判長の声を聴いていた私たちは何だったのかと思います。判決文の第一項の中に「処分の取り消しを求める訴えを却下する」の言葉を聞いて私など「ああ負けたー」とうろたえてしまったのです。第二項、第三項と進むうち何か少し違うぞと思ったのですが、全面勝利とはー。却下された件については、取り消しを求めていた処分は処分に当たらないということだそうです。第二項では手帳の交付で被爆者の地位を確認するということ。第三項で健康管理手当の未払い分を支払い今後も継続して支払えということ。そして最後に訴訟費用は被告らの負担とするで決定的に勝利なのです。 裁判が終わって、隣接する弁護士会館に移動、喜びで字が躍っている勝訴の張り紙の前で、集会が開かれました。弁護団の方たちは別室で早速判決文の検討のため席をはずされ、市民の会の松田事務局長司会で懇談。議員懇事務局長の金子哲夫議員は「判決は当然。政治のありようそのものの課題。国会でこの判決を受け入れ、判決が生かされるようがんばる」と。この場に一人残られた若い弁護士新井さんから「いま、弁護団で検討中なので、後程正式の発表がありますが…」と断りながら、判決文の解説がありました。素人によくわからなくてがっくりした「却下する…」の意味もここで納得できました。この新井弁護士は、私が郭裁判ではじめて傍聴した一昨年の、公判で、証言台に立たれたブラジルの森田隆さんから証言の聞き出し役で、感心した方です。郭さんは「男だから泣かない」と言っておられたのでしたが、喜びと感激で声をつまらせ「通達が誤っていたことをちゃんと判断してくれて嬉しい。在韓被爆者のみならず、在外被爆者5000人に希望の光がともされた。判決どおりに、早く実行して欲しい」と発言。4月の議員懇結成総会にも来日した金分順さんは、郭裁判の判決を直接聞きたいと駆けつけ、その喜びを郭さんと共にし、「皆様のおかげで…。」と涙ながらに感謝をのべ、最後に「日本がいまでも好き。いまでも日本を信じる。」と。この言葉に、感銘をうけながら、私達これにどう答えていけるのか重いものを感じました。金分順さんを支えるようにして同行され支援団体のお寺の住職を含む青年たちは、それぞれに、韓国からみた日本の姿をきびしく批判「このままでは、日本は世界の中で孤立する」とも言われました。その他、広島からみえた足立弁護士、郭さんと師範学校時代の同級生早川さんのお話。東京からは、孫裁判以来の小田川さん、中島さん、被爆者の石飛さんなど参加。中島さんの「こういうことがあるから、生きていてよかった」の一言に思わず拍手。同様の裁判を抱える長崎からも喜びの声。地元大坂からは、渡日治療の阪南中央病院の方達や在日二・三世の若者、市民の会のメンバー多数。最後に市場さんの「裁判長にお礼を申し上げねばならない」との挨拶に、この間の彼女の心労が偲ばれました。 帰りの新幹線の中、私はじっくり長文の判決文を読み、そのすばらしさに改めて感動。判決は「出国で手当打ち切りは不当」と通達行政を厳しく批判、手当の支払いを命じていますが、国側の在外差別の論理を、今後のことまで見越して、法律論でことごとく打ち破っています。更に理屈だけでなく、被爆者援護法が人道的立法であることを強調し被爆者の人権を積極的に擁護する姿勢が貫かれた人間の顔の見える判決でした。一昨年、アメリカの倉本さん、ブラジルの森田さんの証言にも、裁判官は真剣に耳を傾け、国側に手当送金がどうしてできないのか糾しておられたことを思い出します。判決日が延びたのも、これだけ丁寧に、調査、研究されるため必要な日数だったのでしょう。郭さんの訴えを真摯に受け止め、すべての被爆者に寄り添った裁判をして下さった裁判官皆さんに私も感謝の気持ちで一杯になりました。 ■6月1日以前のことから■ 4月予定の郭判決が延びたこともあり、ただ結果を待つわけにはいかないと動きがありました。4月19日「在外被爆者に援護法を実現させる議員懇談会結成総会」があり、韓国から金分順・李一守さんさんが招かれました。(前号石川さんの記事)、この二人の韓国女性被爆者は前日から国会議員への陳情活動を続け、金田誠一議員の取り計らいで、厚生労働省を訪ね、枡屋副大臣と面談、在韓被爆者の窮状を床に座り込んで涙ながらに訴えました。 5月28日、郭さんを招いて、午後から議員懇の学習会があり、東友会の被爆者や、大阪、東京の市民グループの支援者も多数参加しました。事務局長の金子議員の部屋は、朝から大忙し。大阪から上京の市場さんと中島さんが東京で出迎えた郭さんとの打ち合わせや資料の準備など。夜は市民会議で郭さんを囲むミニ懇親会。翌朝郭さんは帰国されましたが、判決を目前に控えて、どんなお気持ちだったでしょう。 ■勝利判決後の二週間■ 国と厚生労働省に大坂地裁判決の控訴断念をせまる多くの運動がありました。5日には原告の郭さんと市民の会代表の市場さんが上京、議員懇の世話人との打ち合わせ、6日は弁護団長の永嶋靖久弁護士も大阪から駆けつけ、議員懇総会があり、各党党首または代表との面談がありました。9時半からさきがけ代表の中村敦夫議員、次に公明党の冬柴鐵蔵幹事長、11時には森山真弓法務大臣、午後は民主党の鳩山由紀夫代表と管直人幹事長、社民党土井たか子代表、共産党志位和夫委員長、翌7日には自由党の藤井裕久幹事長、議員懇の金田誠一議員、今井澄議員、中村よし子議員、中川智子議員、斎藤鉄夫議員とともに、郭さんが坂口力厚生労働大臣に直接要請。午後には、参議院の厚生労働委員会で、黒岩秩子議員が発言の冒頭に「本会議のテーマとは異なるが、緊急のことなので…」と断りながら、郭裁判に触れ上告せず判決をうけいれるよう強くせまりました。これは役人のメンツか郭さんの名誉かの問題だと。 次週11日(月)からは、厚生労働省前での座り込みの行動に入りました。初日は市民の会中心の行動で、長崎空港から飛んでこられた支援者2人、大阪からは病院の夜勤明けに上京された職員の方や在日二・三世の青年たちとよびかけ人の市場代表、東京は、インターネットで知ってかけつけたという津田女子大のかわいい学生さん、下町荒川の区議のSさん、雑誌編集発行人のMさんたちという小人数でしたが、元気よく通行人にチラシをまいて訴えました。厚生労働省に勤める職員の方達は結構受け取って関心を示してくれたようにみえました。夕方、衆議院厚生委員会で中川智子議員の情熱溢れる発言を傍聴しました。「ハンセン病で人道的英断をされた大臣が、在外被爆者のためにも大阪地裁判決への控訴断念の決断をされるようお願いする」と要望し、広島裁判と大阪裁判の中身が異なることも説明して「今回、大臣の英断で大きな歴史の一歩をふみだして欲しい」と心情にせまる言葉で結ばれました。 翌12日、 午後からは被団協・東友会の被爆者多数と市民会議のよびかけによる市民も加わり、大行動になりました。大阪からも阪南中央病院その他から数名は泊り込みで参加、13日も引き続きの厚生労働省前の要請行動をしました。国会からは、議員懇の議員たちが、激励に駆けつけ、多くの団体からは、大臣に向けての要請書が出されました。海外からのメッセージもありました。石川さんの朝日新聞への説得力のある明解な投書もありました。 しかし、ぎりぎりの6月15日、国と大阪府は控訴をしてしまいました。小泉総理は、厚生省の問題だといって、郭さんとの面会は避けたままの決定でした。厚生省時代から四半世紀続けてきた通達行政は改められなかったのです。長いたたかいの末、ようやく届いた明るい希望だったのに、本当に残念です。 ■これから■ 被爆者はどこにいても被爆者。同じ苦しみを持ちながら、切り捨てられてきた高齢、病弱の在外被爆者のことを思うとじっとしていられません。国内で援護の対象となっている被爆者としては、国外の方々に対して、自分たちだけ恩恵を受けていることを恥ずかしく思います。特に強制連行その他で被爆された旧植民地の方々を援護法適用からも差別していることは、申し訳ない限りです。国の戦争責任を問う国家補償の援護法を目指す被爆者運動としてもその根幹に関わる問題です。 控訴直後、坂口大臣は「外国居住の被爆者のことを真剣に考えなければならない」と言って、「検討会」を発足させました。この会が真に在外被爆者の願いにつながるものか監視しなければなりません。内外差別を固定化するような法改悪になったら大変です。在外被爆者への援護法適用には法を変える必要などなく、厚生省の古い通達を止めるだけ |
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