●書 評●

『ヒロシマを持ちかえった人々―「韓国の広島」は何故生まれたか』

(市場淳子著・凱風社発行)

中島竜美・評

 歴史的多重構造の特色をもつ在韓被爆者問題について、本書は果敢にその全体像へ挑戦した労作である。その手法は、筆者が市民運動の中で一九七九年以来調査活動を行ってきた「韓国の広島」といわれる「陝川(ハプチョン)」を主軸に、『何故広島で多数の朝鮮人が原爆を受けたか』『その後彼らはどう生きてきたか』を生活史を通して応えようとするものである。
 日本人がこの問題に接近しようとすれば、少なくとも帝国日本のh朝鮮侵略fの歴史、その末期にもたらされたh原爆被害fと戦後日本の棄民政策によるh暗黒の二○年fをへて、冷戦下南北に分断された一方から辛くも声を挙げた被爆者たちとどう向き合うかが問われてきた。本書は第一部として「在韓被爆者斗いの軌跡」を先ず論述する。
 そこでは日韓条約によって見捨てられた不条理の中で、被爆者組織を立ち上げ、日本と日本人とに要求をぶつけてきた先達たちの苦闘の歴史が描かれる。前半は釜山から密航した孫振斗さんの被爆者手帳裁判の支援運動を中心に(第一章・第二章)、後半は最高裁勝訴後に日本政府が打ち出した形ばかりの「渡日治療」とその打ち切りへの怒りが、二十三億ドルの「対日補償」へ発展した経緯について(第三章)。続いて四十億円の「医療支援基金」拠出にみられる人道的支援を乗り越え、九○年代に入って元徴用工被爆者が提訴した「戦後補償裁判」(金順吉裁判・三菱広島元徴用工被爆者裁判)と、孫裁判を引き継いだ二つの裁判(大阪地裁・長崎地裁)の斗いがくわしく描かれている(第四章)。
 第二部「h韓国の広島fを生み出したもの」では、フォーカスをさらに拡大して、日本と朝鮮百年のかかわりの中で、慶尚南道の山間部に位置する「陝川」にスポットを当てる。 
 筆者は先づ日本の植民地政策が農村の暮らしにどういう影響をもたらしたか、地勢・産業構造などの変遷ぶりを資料を駆使して掘り起こす(第一、二、三章)。本書の目玉である「陝川」と「広島」の結びつきについては、ある種謎解きの興味もあるが、筆者も言うように確かな証拠を求めるには、時すでに遅く、第四章、第五章では、両者を相対化して交通網の整備・血縁地縁関係・パイプの鍵をにぎる人物等々を多面的に検証する。そしてその中で両者の綿花耕作地域から同じように海外移民を出している事実につき当たる。さらに戦時下の広島では、そうした地域に軍需施設がつくられ、朝鮮人が移入されていったという指摘は、ヒロシマ以前の日本人と朝鮮人とも関わりをさぐる上で重要なヒントを与えてくれる。まとめの終章「原爆地獄から祖国への道」では、再び原爆被害の実相、陝川出身者の被爆状況(韓国教会女性連合会調査)、そして帰国に至る在韓被爆者としての出発点に戻る構成になっている。
 筆者は故松井義子さんの後をついで、現在、韓国の原爆被害者を救援する市民の会の会長をして活躍しており、研究者の仕事と運動としての総括がない混って構成されている所に本書の特徴がある。
 内容は盛り沢山で「コラム」等、文献としてもいいものがあるが、〈参考〉又は〈引用〉の扱いについてはもっとメリハリをつけて欲しかった。重いテーマだけに決してすらすらと読めるものではないが、さりとて初めてふれる読者にも過不足なく問題点を指摘している所がいい。次代を背負う筆者の今後に大いに期待したい。

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