在外被爆者問題に関わって

衆院議員 中川 智子

 私が被爆者問題に取り組むきっかけは、原爆被害二世の問題で、全国被爆二世団体連絡協議会の方々の要請を、社民党の窓口議員として受けたことが始まりです。

 被爆者はもちろんですが、二世の方々が、健康不安や差別に悩んでおられることや地道な活動を続けておられることを初めて知りました。

 そして、私の一番の友人であり、ヒロシマにこだわりを持ち続けている秋葉忠利さんが、衆院議員を辞めて広島市長になったことで、被爆者問題は一挙に身近なものになりました。秋葉さんの紹介で私は、朝鮮民主主義人民共和国の被爆者問題に永年取り組んでこられた、在日本朝鮮人被爆者連絡協議会会長の李実根さんと出会うことができました。

 国交のない共和国の被爆者問題はほとんど知られていませんが、李さんのこれまでの調査で共和国に被爆者が数多くいらっしゃることが明らかになっています。

 昨年八月には、日朝の被爆者問題に取り組む団体の共催で、平穣では初めての原爆写真展が行われました。

 私も平穣で写真展を観ることができ、共和国の方々から、また反核の方々から、ご苦労されたお話をうかがいました。

 反核平和のための朝鮮被爆者協会の金星書記長との話し合いでは、被爆者問題で協力していくことをお約束しました。

 共和国在住の被爆者や医師が治療や研修の目的で来日するための協議を、昨秋から外務省や厚生省と続けてきました。様様な問題にぶつかりましたが、多くの方のご努力で、今年二月二十九日に朝鮮被爆者実務代表団の来日が実現しました。

 代表団の滞在期間中には、「今世紀中の問題は今世紀中に解決したい」と意欲的だった当時の小渕総理、村山元総理、野中官房長官との懇談会が行われました。現職の総理が共和国の被爆者や医師と初めて会い、前向きの発言をしたことは画期的なことでした。

 その後基金を作り五月には、被爆者の調査や移動のための車を送ることもできました。

 一方、韓国の在外被爆者問題については、昨年十月に地元宝塚の事務所で、韓国原爆被害者を救援する市民の会の市場淳子さんに初めてお会いし、お話を伺いました。偶然にも市場さんは、私の知り合いの妹さんであることがわかり、とんとん拍子に話が進み、十日後には厚生省交渉を行いました。

 また、厚生省交渉においても、在外被爆者に被爆者援護法の適用を行うべきでは、と質問をしました。海外に住む被爆者も日本に住む被爆者も苦しみは同じです。日本を出たからといって健康になるわけではなく、差別する理由は何もないはずです。厚生省は手続きの問題ばかりに終始し、被爆者を救済しようという視点がありませんでした。私はそのことに驚き、怒りがこみ上げてきました。

 これまで在外被爆者問題は多くの議員が国会で取り上げてきましたが、なかなか解決の糸口が見えてきませんでした。

 しかし、先月十三日に行われた在外被爆者問題説明懇談会で、広島出身の議員が中心となり、超党派の議員懇談会を結成することが決まりました。来年の通常国会の早い時期に結成できるよう年末年始に根回しや準備を行う予定です。

 本来なら議員が率先して行うべき問題ですが、NGOのみなさんの地道な活動がここまで導いて下さったことに感謝しております。今後ともこの問題の解決に向け尽力したいと思っております。

 そして、原爆被害者のすべてが早期に救済され、世界中から核が無くなり、平和な世界が来ることを切望しています。

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