在外被爆者の声を“国会”の場に

中島竜美

 今年六月、朝鮮半島では南北首脳会談が開かれ、北朝鮮被爆者にもスポットが当てられるようになり、今後の在外被爆者問題は新たな展開を迎えようとしている。
 これまで一九九六年以来、在韓・在米・在ブラジル被爆者団体と日本被団協の四者による政府交渉が行われてきたが、今年は在外被爆者問題を国会の場に反映させるべく国会議員との交流を図ることとなった。
 十一月十三日、衆議院第一議員会館の会議室で開かれた集会には、今秋韓国原爆被害者協会会長に就任した李鳳儀(イ・ポンウイ)さん、被爆者援護法裁判原告の郭貴勲(カク・キフン)(大阪地裁)さんと同じく李康寧(イ・ガンニョン)(長崎地裁)さん。アメリカからは米国原爆被爆者協会会長友沢光男さん、それに在ブラジル原爆被爆者協会会長森田隆さんと同森田綾子事務局長。日本被団協からは藤平典代表委員と田中熙巳事務局長の他東京在住の被爆者代表が参加した。一方、呼びかけに応じて出席した与野党議員は十三名(公明一、共産一、民主四、二一世紀クラブ一)、秘書の代理出席は自民(一)を含む九名だった。
 戦後日本政府が一貫して行ってきたh内外被爆者分断策fによって孤立を強いられてきた海外の被爆者のうち、苦難の中から組織を立ち上げてきた三団体が辛くも国境の壁を乗り越えて連携を図り、日本被団協を仲介に共同行動を行う迄に被爆後半世紀の時間が経過していた。
 この間、韓国では九○年に勝ち取ったh医療支援基金f(四○億円)も来世紀初頭には底をつき、北米・南米で二年ごとに唯一実施されてきた医療団派遣によるh健康診断fも、被爆者の高齢化にともなった参加人員が減少してきている状況にある。こうして先の展望が開かれぬまま危機感を深めてきた三団体が、共通して日本政府に求めているのは、『現行法の適用』である。そのため『出国による健康管理手当の打ち切りは不当』として、現在在韓被爆者が争っている二つの「被爆者援護法裁判」では苦闘してたたかっているのである。
 六○年代後半以降、在韓被爆者を中心に国会でもしばしば問題として取り上げられてきた。孫振斗裁判をめぐっては旧原爆二法(原爆医療法・同特別措置法)の矛盾点が指摘された、同最高裁判決(七八・三・三○)後、基本懇(原爆被爆者対策基本問題懇談会)の意見書を基につくられた「被爆者援護法案」の審議では、在外被爆者全般にわたる議論も行われた。しかし、日本政府の壁は厚く援護の道は閉ざされたまま今日に至っている。
 今後国会内にどのような“包囲網”が形成されるかは、国会議員各位の活躍にかかっているが、私共「市民会議」は大阪・広島・長崎の「市民の会」と協力して、側面から大いに議員をバックアップしていかなければならないと思う。
『二○世紀中に戦後処理を―』とはさる自民党首脳による発言だったが、六○近い「戦後補償裁判」を抱えながら日本政府は未だに後始末を先送りしようとしている。
 これまで日本とは国交もなく白紙の状態だった北朝鮮の被爆者団体では、あくまでも『謝罪と補償』を要求していくと聞く。
 日本国内では『すでに被爆者問題は終わった』と思われているふしさえあるが、この国の政治姿勢をただしていくためにも、在外被爆者を排除しようとする現行法のありようを、今後益々訴え続けていかなければならないと思うのである。

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