「郭貴勲氏被爆者手帳失権処分
     取消等請求訴訟をめぐって」
新井邦弘氏(郭裁判担当弁護士)

 私は今日、大阪から来ました。大学は東京の上智大学の外国語学部のロシア語を専攻しました。それから弁護士になりました。今年36歳になり、年男です。弁護士になったのは、31歳で5年になります。この郭裁判に関わるまで原爆被爆者の問題をよく知りませんでした。しかし、裁判に関わりだして、これはとんでもない話だと思うようになりました。私が小学生になるかならないかの頃、私の祖母がずっと病気でした。高齢者の医療費が、それまで国籍条項があって在日朝鮮人には適用されなかったのが、ようやく適用されるようになった。それで母親が非常に喜んでいた。
 こういうことが残っているのに、原爆被爆者では日本を出国した在韓被爆者に行政が、このようなことをしているのか、まだ問題はあるのか、ということに驚きました。そのようなことで、私は色々勉強したいと思い、郭裁判に関わっているのです。

 初めての被爆者との出会い

 昨年の11月、在ブラジルの被爆者の森田さんが証人として証言しました。私が森田さんの担当をしまして、調書を作りました。私は森田さんに会うまで被爆者に会ったことがありませんでした。戦争の経験者は私の親などもいますが、原爆の被爆の話は初めてでした。原爆投下の時のことなどは強烈でした。
 私は在日で、よく聞かれることは、通名と本名のことです。私も大学に入るとき、司法修習所に入るときなど意識しました。在日の弁護士でも通名で登録している人がむしろ少ないのです。本名の方が圧倒的に多い。私も高校生ぐらいから悩み始めました。このようなことに悩むこと自体がおかしいのですが。私は本名は「朴(パク)」ですから、そのような歴史的宿命の中で、「朴」になれば、簡単に韓国人に戻るわけです。しかし、いったん深い傷を負わされた者からすれば、翼をもぎ取られた者からすれば、矢を抜いて海に戻すだけでは元に戻らない。受けた傷をそのままの形で生きる。私は「新井」こと「朴」でいるわけです。弁護士登録は「朴」で行っています。

 裁判の提訴

 郭貴勲さんは、1998年10月1日に、日本政府と大阪府を相手に大阪地裁に提訴したのです。提訴のことは、大阪では新聞などが大きく報道しました。訴訟の内容は、すでに御存じでしょうが、郭さんが日本で取得した被爆者健康手帳と健康管理手当の受給権を、日本出国を理由に「失権」扱いとした行政行為は違法であるとして、処分取消、「被爆者」たる地位の確認、慰謝料200万円の国家賠償を求めたものです。
 慰謝料のことですが、単なる精神的苦痛に対する賠償ということだけではなく、郭さんが韓国人であることから、韓国人排除に対する慰謝料という観点を入れて請求しました。
 第1回口頭弁論(1998年11月18日)で、被告の国は答弁書で、原告の郭さんの主張に反論しました。被爆者援護法には失権の取扱をするという行政処分は存在しない。原告は日本からの出国によって、法律の適用を受けられないという状態に身を置いたから、健康管理手当の支給は打ち切られているだけで、厚生省は行政行為をおこなったのではない。原告自らが土俵外に出たので、行政としてはなんら行政行為をしていない、というのです。つまり、行政行為を取消すという行政処分は存在しないという主張です。手当の支給は法律上当然に停止されたという主張です。
 それでは、その法律とは何か。国は厚生省公衆衛生局長通達(1974年7月22日衛発第402号)を根拠にしていますが、これは通達であって、法律ではない。
通達は「特別手当受給権者は、死亡により失権するほか、同法は日本国内に居住関係を有する被爆者に対し適用されるものであるので、日本国の領域を越えて居住地を移した被爆者には同法の適用がないものと解されるのであり、従ってこの場合にも特別手当は失権の取扱となること」となっています。
 第1回の口頭弁論から現在までの国側の主張は、被爆者が日本国内に居住するか、現在するかしなければ、被爆者援護法は適用にならないということです。
 つまり、郭さんの場合、援護法が日本国内にしか適用にならない法律なので、自ら出国した郭さんは援護法の適用にならないという理屈です。第1回の口頭弁論から第5回(1999年7月9日)まで、原告と被告双方の主張・反論ないし釈明が繰り返され、争点の整理に時間が費やされました。被告側は厚生省通達と援護法の解釈に終始して、原告の求釈明に答えない態度でした。つまり議論が噛み合わなかったのです。

 森田証言

 ところが、1999年11月12日、第7回口頭弁論では、在ブラジル原爆被爆者協会会長の森田隆さんの証人尋問があって、この訴訟のある転機となったと考えます(森田証言は前の頁にあります−笹本)。この証人尋問は、大阪地裁の裁判官に影響を与えたと考えます。その後、2回(2000年2月9日と3月15日)の口頭弁論を経て、森田証言は争点になりました。そこでは日本に居住しない海外在住被爆者に受給資格を認めた場合、運用上の困難に関して、被告の国側と原告側の主張が検討されました。森田さんはブラジルに永住権がありますが、日本国籍を持っている国民ですから、日本への出入国は自由です。その彼に健康管理手当が支給されました。その後、彼がブラジルに戻ってからも手当は支給されていました。その後、国側は森田さんに対して、ブラジルに戻ってからの手当支給は、過誤払いになるので返還するようにという請求を森田さんにしました。しかも、森田さんの奥さんも同じ行動をとっていて、手当の額も同額なのが、返還請求された金額が違うというように、国側の対応には一貫性がありません。手当の過誤払いに対する返還請求は、その他の海外在住被爆者にも行われています。過誤払いについて、国側はまるで不正受給のような言い方をしています。
 私たちは国側に運用上の困難さについて説明を求めました。結局、海外在住被爆者が日本から出国した事実を正確に把握することは、実際には無理なことを国側は認めました。海外在住被爆者の出国を正確に把握することはできないことです。出国の事実を認識できない国側は、把握出来ない事実に基づいて、どうして健康管理手当の受給権を「失権」扱いとできるのか、ということになります。また逆に、受給資格のない者へ手当を支給するようなことも起こります。実におかしな法律解釈です。私は出国という事実だけでは「失権」しないと考えます。私たちは国側に、色々な場合の海外被爆者の説明を求めましたが、国側は説明できないでいます。森田さんの場合は、たまたま森田さんが出国の事実や手当受給の事実を明らかにしていたから、分かったわけです。

 今後のこと

 今まで説明しました、援護法の運用の困難さのような問題は、援護法に明文規定がないものですから、色々な解釈ができるのです。だから、私たちが運用上、このように解釈するということも可能なわけです。ですから、運用上の困難さについては、水掛け論になります。今後のことを考えれば、このようなことはつまらない話です。法律というのは想定されていないことが沢山出てきて、解決されるものです。援護法も改正によって明文として規定を入れればいいことになります。しかし、今、裁判所に判決を求めてやっているわけです。立法者意思とか、この法律の本当の目的とはどちらなのか、という司法の判断を求めているのです。本来、裁判といのは明文規定がない場合、判断してくれるのが裁判です。それを原告側に有利な形で判決を書いてほしいわけです。ですから、今まで口頭弁論でやってきた議論などは、つまらない議論だと裁判所側に理解してもらわないといけないと考えています。原告が申請した証人が採用された場合、証人の尋問がはいりますが、採用されなければ、次々回あたりで集結することも見込まれます。(文責・笹本征男)