郭貴勲裁判をめぐって |
昨年(1999年)11月、大阪地裁に在韓被爆者郭貴勲さんの裁判、第8回公判を傍聴してきました。在米被爆者協会倉本寛司名誉会長、在ブラジル被爆者協会森田隆会長が初の証言に立ち、担当の若い男女の弁護士は在日韓国人2・3世という国際色豊かな法廷でした。
1 郭裁判とは
原告の郭さんは師範学校在学中、広島に徴兵され、原爆で大火傷を負い、いまも銭湯で人が驚くようなケロイドの跡を残す被爆者。戦後韓国で教員となり、学校長、被爆者協会会長を歴任した方です。98年5月来日、大阪の病院で被爆後障害の治療を受けた折、府から「被爆者健康手帳」が交付され、「健康管理手当」の支給が認められました。しかし7月帰国すると、大阪府は手帳を失権させ、手当支給を打ち切った事に抗議して、同年10月1日、国と大阪府を相手に処分取消しと損害補償を求めて提訴したのがこの裁判です。
ここで、健康管理手当と国内被爆者の受給状況について述べておきます。この手当は68年成立の「原爆特別措置法」によるもので、当初は月額3千円、所得制限など支給条件が厳しいものでしたが、度々の法改正により、いまでは、所得制限は撤廃され、額も3万4330円、支給決定後5年間有効、医師の診断書が必要ですが、その病気と原爆との因果関係を問われないことなどで、大方の被爆者が受けられる手当になり、半ば年金のような性格をもってきています。
援護法には国籍条項がなく、「手帳」申請の居住条件もありません。(現在地でよいとされています)外国に住む被爆者も来日し手帳を取得、手当の申請もして受給されていた健康管理手当が、日本の国を1歩出た途端に打ち切られるのです。援護法が国を離れると無効になるというのです。援護法には失権については何の条文もありません。74年の厚生省公衆衛生局長の「日本国の領域を越えて居住地を移した被爆者には同法の適用はないものと解される」という通達を頼りに、20数年この内外差別を厚生省は行ってきました。日本では法よりも、一局長通達の方が上なのか?と郭さんは怒りを通りこして、呆れ果てると言われます。法ではなく、20年以上前の一局長通達を根拠に被爆者の権利を奪っていることが問題です。この裁判は被爆当時日本人だった在韓被爆者が大阪で起こされ、同種の裁判が長崎でも行われています。
2 在米・在ブラジルの代表がなぜ?
援護法成立以来、その法が在外被爆者にも適用されることを主張して、日・韓・米・ブラジルの被爆者団体が、共同で政府や国会に要請しています。特に一昨年のパネルデイスカッション、昨年の決起集会やその後の在外被爆者の各地での活動は目覚ましく、その繋がりとして米・ブラジルの被爆者が韓国の被爆者が起こした裁判を支援して、証言にも立つことが実現したのです。
アメリカ国籍を持ち在米被爆者千人余りの要めとして、30年政府等に援護を求め続けてこられた倉本さんは、厚生省の役人から「貴方たちにはやってあげたいと思うけど、その後に膨大な数の朝鮮の人達がいるから…」と言われたことや、何年も振り込まれていた手当の返還を求められている老婦人からの相談に触れ、何とか返さずにすんだものの、「盗人呼ばわりされる日本にはもう帰りとうない」と言われた話などを証言しました。森田さんも、98年に過去19月に遡って、手当の返還を求められていることや、ブラジルにいて軍人恩給を貰っている人を多数知っていることなどを証言しました。2人の証言により、厚生省の在外被爆者への援護法適用では、ご都合主義で対応はまちまちであることが明らかになりました。 若い2人の弁護士が、祖父のような証人から有効な証言を引き出す熱意と、それを補うベテラン弁護士の巧みな発言に感心しました。やはり若い裁判官が、被告の国と大阪府に対し、戦傷病者戦没者遺族等援護法では海外在住の者にも年金が支給でき、被爆者援護法では海外にいる者に手当支給が困難だという理由を示すよう次回までの宿題をだしたのは痛快でした。軍人恩給が送金できて、被爆者の手当が送れないのが裁判官にも納得がいかなかったのでしょう。しかし、未だに被告側からの明確な答えは出ていません。原告の方は、出国による手帳や手当・年金などが他の法律でいかに扱われているかを1覧表にして、被爆者援護法がいかに内外差別を不法に行っているかを実証しています。この裁判を支えている市民の会の方々の献身的な活動をつぶさに見て敬服しました。
日本政府の不条理、不正義は国の外から明らかに見え、さらに、この国の人権意識がいかに乏しいか、不正義が罷り通って何事もあいまいにされているかがよくわかるのでしょう。だから、韓国被爆者の主張にアメリカ・ブラジルに住む日本人被爆者が共感し、多くの署名を持って来日しこの裁判を支援されたのです。これまで、分断されてきた在外被爆者が協力して損なわれた権利を要求しているのです。
元軍人の森田さんが直立不動の姿勢で、植民地支配の結果被爆した在韓被爆者への補償を強く要求されたのが1番心に残りました。
3 国内被爆者がいかに関わるか?
今、日本にいる被爆者は医療費は殆ど無料、その他援護法による様々な施策を受けています。中でも健康管理手当は先に述べた通りです。私もその援護を受けているものです。
私たちはすべての被爆者と手を繋いで反戦反核の運動を進めねばなりません。しかし、国内で援護法の施策を受けているものと、国外で全く無権利状態にあるものが真に手を繋げるのでしょうか?
また、援護法を国家補償とするためには、国を離れた被爆者を含めすべての被爆者にも適用されなければなりません。先日亡くなられた伊東壮被団協代表は本誌前号で「まさしく援護法の根本的解釈を明らかにする訴訟になりつつある」とこの裁判を位置付けておられます。真の国家補償を獲得するための、根幹になる裁判ですから、在外被爆者のために手伝ってあげるということではなく、私たち日本に住む被爆者自身の問題であります。
「原爆被害に対する国の戦争責任」を明らかにして最高裁で勝訴した孫裁判に続く今回の裁判が、援護法の基本に関わる重要な裁判として、多くの国内被爆者の中にも浸透していくことを願っています。
『本文は「軍縮問題資料2000年・2月号」に掲載された文に加筆しただけであることをお断りします』

―「早く援護を!」第109号(韓国の原爆被害者を救援する市民の会)より転載。―