おかしな夫婦 ★★☆
(The Out-Of-Towners)

1970 US
監督:アーサー・ヒラー
出演:ジャック・レモン、サンディ・デニス、サンディ・バロン、アン・プレンティス



<一口プロット解説>
ジャック・レモンとサンディ・デニスという夫婦が昇進をかけてオハイオの田舎からニューヨークにやって来るが、都会の生活に慣れない彼らの上に次から次へとトラブルが降りかかってくる。
<雷小僧のコメント>
この映画が制作された1970年という年は、あちらではぼちぼち環境保護運動やら何やらといったような、いわゆるポストモダン的な動きが徐々に活発化し始めた頃です。ポストモダンというのは、経済成長よりも環境だとか生活の質だとかそういう側面を重視する見方なのですが、要するにそれ迄のように高度経済成長を金科玉条のように信じていた時代からの脱皮が始まりつつあったということです。社会学者のイングルハートは、経済成長を重視するモダンの時代からポストモダンの時代への移行は一夜にして起こるわけではなく、世代交代を通じて徐々に起こると述べています。すなわち、物が乏しく経済状況が安定しない状況で子供時代を送った人々は、経済性というものを重視する傾向が強いのに対し、物があるのが当たり前であるというような安定した経済環境の下で幼少期を過ごした人々は、物の経済的な価値よりも生活の質を追い求める傾向が強くなるということです。但し、気を付けなければならないのは、ポストモダンというのはあくまでもポスト−モダンであって、アンチ−モダンではないということです。従って、ポストモダンの世代に属する人々が経済性を全く無視するということではなくて、彼らは必要以上の経済的効率よりは暮らし向きの方を重視する傾向が強いということです。
1970年という年には、あちらではそういう時代が到来しようとしていたのですが、この映画はまさにそれを予兆するような状況が描かれています。主人公を演じるジャック・レモンは昇進をかけてオハイオの田舎町からニューヨークへと妻(サンディ・デニス)と二人で出かけるのですが、都会の生活に慣れていない彼らは行く先々で次々にトラブルに巻き込まれます。結局最後には昇進が認められるにもかかわらず不快なことの多いニューヨークに住むのを諦めて彼らはオハイオへ帰ってしまいます。ストーリー的には、彼ら二人に次から次へと降りかかってくるトラブルを次から次へと描いているだけにすぎないという他愛もないものなのですが、この映画以前の映画で、大都会そのものをこれ程シニカルに描いている映画はちょっとなかったように思います。経済成長が重要視されていた時代には、経済成長のシンボルたる大都会はまさにバラ色の未来を約束するはずだったのですが、この頃になるとそういう単純な図式がだんだんと成立しなくなってきたわけですね。経済的な繁栄よりも快適な生活を選択するジャック・レモンとサンディ・デニスは、これから到来するポストモダンの時代の価値感覚を既に身につけていたということが出来るのではないでしょうか。
ところで、この映画のライターはニール・サイモンなのですが、彼は哲学者でも社会学者でもないので、わざわざポストモダンがどうしたこうしたなどと考えてシナリオを書いたわけでは決してないはずです。それでもこういう内容の映画になったということは、否おうなくそういう時代が到来しつつあったということのいい証拠になるのではないでしょうか。それでは、日本においてはどうなのでしょう。日本での高度経済成長時代と言えば、1960年代後半から1970年代前半にかけてを指すと思うのですが、実を言えばこの時代に子供時代を過ごした年代とは私目の属する年代になるのですね(1960年生れです)。この年代に属する人々が、社会の中核をなすようになるまさに今これから、日本でも同様なポストモダン的な動きが活発化するとみてもよいのではないでしょうか。かくいう私目はどうかというと、やはり経済的な成長よりも創造性だとかそういう能力がフルに発揮出来るような環境に社会全体が変わっていく必要があると考えている方なので、やはりポストモダンに所属する人間なのかもしれません。そういう意味でもインターネットにはかなりの期待をしているのですが。最後は少し話が飛躍しすぎてしまいました。けれども、映画というのは時に社会の動きを如実に反映するものであるということがこの映画でもよく分かりますね。
それから最近スティーブ・マーティンとゴールディ・ホーンによるこの映画のリメイクが現れましたのでそれについて少し触れておきますと、もともとこのオリジナルですら、ともするとエピソードを繋げただけのストーリーになりがちな危険な要素を孕んでいたように思えるのですが、リメイクでは見事にその罠にはまってしまっている印象があります。オリジナルでは結局彼らはニューヨークという喧騒に充ちた都会に最後は見切りをつけるのを見ても分かるように単なるドタバタとしてだけではなく一種の社会風刺的な側面もあったように思われるのですが、リメイクではドタバタを1時間半に渡って続けた後そのニューヨークに住みついてしまうというように、ただのドタバタ劇を繋げただけの映画に終始してしまっているのですね。スティーブ・マーティンとゴールディ・ホーンと言えば、オリジナルのジャック・レモンとサンディ・デニスに優るとも劣らぬタレントであるように思われますがそれがほとんど生きていないのです。この二人がこの素材でどんな演技を見せてくれるのかと楽しみにしていただけにちょっと見てがっかりしてしまいました。でもゴールディ・ホーンがまだまだアイドル的雰囲気を残しているのには感心させられます。考えてみれば30年前に我々のアイドルであったホーンに未だにチャーミングな印象があるのは実に驚くべきことであると言えるでしょう。

1999/04/10 by 雷小僧
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