さらば愛しき女よ ★★★
(Farewell My Lovely)

1975 US
監督:ディック・リチャーズ
出演:ロバート・ミッチャム、シャーロット・ランプリング、ジョン・アイアランド、シルビア・マイルズ



<一口プロット解説>
私立探偵のフィリップ・マーローは、出所したばかりの大男から昔のガールフレンドを捜してくれと頼まれるが、調査を開始すると関係者が次々と殺害される。
<入間洋のコメント>
 「さらば愛しき女よ」は、レイモンド・チャンドラーの手になるフィリップ・マーローもの探偵小説の映画化ですが、正直いえば原作を読んでいない為、当作品が原作に忠実であるか否かは分かりません。けれども、作品全体に浸透している何ともけだるい雰囲気にはただならぬものがあります。デビッド・シャイアの物憂い音楽に伴われて赤茶けた街並みが現れる冒頭から、この作品は何やら凄そうだと思わせます。それに加えて、あのいつも半分眠ったような目をしているロバート・ミッチャムがフィリップ・マーローに扮しているので、脳みそが麻痺したような、或いは太陽がさんさんと照りつける日曜日に自宅でコンピュータの前に座って映画レビューをうち込んでいる時にふと覚えるような何とも言えないやるせないムードがいやでも高まること折り紙つきです。
 探偵もの映画の中には、「さらば愛しき女よ」でのロバート・ミッチャム扮するフィリップ・マーローのように、どこかうらぶれていて外見からは無能そうに見える私立探偵が、状況にもて遊ばれながらもなぜか最後には事件を解決するというストーリーパターンを持つ作品が少なからず見受けられます。たとえば、「動く標的」(1966)のポール・ニューマンや「チャイナ・タウン」(1974)のジャック・ニコルソン、或いは「さらば愛しき女よ」と同時期に製作された同じマーローものの映画化「ロング・グッドバイ」(1973)のエリオット・グールドなどがそのような探偵役として挙げられます。また、あの「刑事コロンボ」のピーター・フォークも、刑事と探偵は異なるとはいえ、そのような探偵のバリエーションの1つでしょう。探偵と聞くと、たとえば「マルタの鷹」(1941)でハンフリー・ボガードが演じたサム・スペードのように、切れ味鋭い舌鋒と軽快なフットワークで状況を切り裂いていく極めてアグレッシブなタイプか、たとえばシャーロック・ホームズやエルキュール・ポワロのようにウイットとインテリジェンスで事件を解決する知的なタイプかのいずれかが真っ先に思い浮かぶはずですが、そのような正統派探偵のアンチテーゼであるかのように、状況を切り裂くのではなく逆に否応なく状況に巻き込まれ、どことなくインテリジェンスが疑われるような巻き込まれ型の探偵が時折スクリーンに登場してきました。そのようなうらぶれた探偵が登場する作品は、ある意味で、探偵の活躍そのものよりもけだるさ漂うアンニュイな状況をスタイリッシュに描こうとする意図があるように思われます。要するに、マーローという探偵像をつまみにして、ロサンジェルスという大都会の頽廃的でうらぶれた舞台裏をオーディエンスに堪能して貰おうとする意図があるのではないかということです。このような作品においては、主人公であるはずの探偵の方が状況の関数として機能しているわけであり、サム・スペードのように状況を自らクリエートしていく探偵が活躍する作品とはベクトルが全く逆を向いているのです。だからこそ、「さらば愛しき女よ」のような巻き込まれ型探偵が主人公である作品の出来は、スクリーン上にムード溢れる背景状況がうまく再現できたか否かによって大きく左右されるのです。一言でいえば、フォアグラウンドよりもバックグラウンドが大きくものを言うということです。この点において、前述したようにのっけから圧倒的なムードで迫る「さらば愛しき女よ」は、実に素晴らしい作品に仕上がっていると評価できます。Variety紙の評に、サスペンスもなければ刺激(excitement)もないと述べられていますが、これは全く論点をはずしているように思われます。というのも、「さらば愛しき女よ」は、もともとサスペンスや刺激を生み出すことに狙いがあったとはとても思えないからであり、それらの欠如が作品の評価を下げる理由にはならないはずだからです。
 ところで、事件が解決した後でもジョー・ディマジオのその日の成績に一喜一憂しながら、エポック社の野球盤のような野球ゲームに苛立っているロバート・ミッチャムは別として、作品の頽廃的な雰囲気を煽るのに大きく貢献しているのが、シャーロット・ランプリングです。彼女は、若い頃のローレン・バコールに少し似ている気がしますが、いかにも退廃的な雰囲気が濃厚にある人で、評判になった「愛の嵐」(1974)を典型例として、ストレートな役を演じたことがなく、いつも屈折した人物や妙に知的な人物を演じているようであり、またそれがよく似合う人でもあります。誰かがどこかで、彼女は皮膚が薄そうだと述べていましたが、実にうまいことを言うものです。勿論、「さらば愛しき女よ」の雰囲気にもピタリとマッチしています。最後に付け加えておくと、無名時代のシルベスタ・スタローンが悪役でちらりと顔を見せています。同じくフィリップ・マーローものの映画化である「ロング・グッドバイ」には、アーノルド・シュワルツネッガーが悪役でこれまたちらりと顔を見せています。80年代90年代の2大アクションスターが、70年代前半のフィリップ・マーローものの映画化にともに悪役として端役で出演しているのは何とも興味深いところで、現在封切られている作品に出演している悪役どもが、ひょっとすると明日のアクション大スターになるかもしれないということです。

2000/05/07 by 雷小僧
(2008/12/06 revised by Hiroshi Iruma)
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