トロイのヘレン ★☆☆
(Helen of Troy)

1955 US
監督:ロバート・ワイズ
出演:ロッサナ・ポデスタ、ジャック・セルナス、セドリック・ハードウィック、スタンリー・ベイカー

左:ロッサナ・ポデスタ、右:ジャック・セルナス

 昨日、隣のシネコンで最新映画「トロイ」(2004)を見たので、同様にホメロスの叙事詩「イリアス」に描かれるトロイ戦争を題材とした「トロイのヘレン」を取り上げましょう。正直言えば、トロイ戦争は、どこまでが史実でどこまでが神話なのかよく分からない印象が個人的にはあります。とはいえ、トロイ戦争とは、かのハインリヒ・シュリーマンの例を見ても分かるように、いつの時代にも人々の想像力を刺激してきた一大イベントであったことに相違ありません。それにも関わらず、映画の中でこの題材が扱われたことは多くはなく、昨日見た最新作が現れるまでは専らこのロバート・ワイズの「トロイのヘレン」がホメロスの有名な叙事詩の持つ壮大なスケールを相応に表現した唯一の作品であったと考えられます。確かに、「トロイのヘレン」以前にも、トロイ戦争を扱った映画はあるようですが、この手のストーリーを壮大なスケールで再現するには相応の技術が必要であり、そのような条件を満足した最初の映画という意味においては、この作品が嚆矢であると見なしても大きな間違いではないはずです。1950年代と言えば壮大な歴史劇が続々と製作されていましたが、壮大な歴史劇を壮大なスケールで描くだけの技術が整ったのが1950年代であったということかもしれません。その1950年代でも歴史劇というとローマ時代以降のものが多く、また歴史劇=宗教劇(それもキリスト教劇)として扱われる傾向が色濃くあった為キリスト教関連の題材が扱われることが多く、キリスト教以前の多神教的なホメロスの世界が映画化されるケースは多くありませんでした。この意味においても、「トロイのヘレン」という作品は貴重な作品であったと考えられ、どのようなジャンルの映画でも一級品を製作するロバート・ワイズの手によってこの壮大な叙事詩がうまく再現されているように思われます。しかしながらやや残念なのは、シナリオに深みがなく、イベントが単調に連続する印象があり、紙芝居を見ているようにも思える点で、その点、及びこれは致し方のないところですが技術面については、今回の最新作は大きな改善であると見なせます。また、「トロイのヘレン」では、タイトルが示すようにトロイ戦争そのものよりも、それを背景とするトロイ王子パリスとスパルタ王女ヘレン(ヘレネ)のラブストーリーにフォーカスが置かれています。結局それが故にスパルタ王メネラオスの怒りをかって最終的にトロイは滅びることになりますが、クレオパトラの例でも分かるように一女性の存在が歴史を左右したというストーリー展開は、見る者の想像力をいたく刺激するところがあります。但し、クレオパトラとは違い、トロイ戦争のヘレンの場合は、一種のポーンとして利用されただけとも考えられますが・・・。

 さて、どこまでが史実でどこまでが神話なのかという疑問はひとまず棚上げしておいて、トロイ戦争にはもう1つ興味深い側面があります。それは、現在のトルコに位置していたトロイは、言わばアジア世界の玄関口に位置するアジアの国家(国家という用語をホメロスの時代に適用するのは適当ではないかもしれませんが)であったことであり、トロイ戦争でスパルタがトロイを滅ぼしたとは、西洋世界が東洋世界を征服したとも見なせることです。西洋世界による東洋世界の征服は歴史上繰り返し行われてきたことであるとはいえ、有名なアレキサンダー大王の東方遠征ですらトロイ戦争よりも何百年も後の話であり、トロイ戦争がそのような征服の歴史の発端であるとも考えられるのではないでしょうか。また、このことは西洋世界の側から見れば父権的理性による母権的ネイチャーの征服とも見なされ、この作品でもハイライトをなす「トロイの木馬」の逸話は、まさに理性の狡知が自然を征服した最初の例と解釈できるかもしれません(これについて、ある古代史の先生に尋ねたところ、考えすぎという返答が返ってきましたが)。要するに、トロイ側は自然崇拝と結びついた一種のアニミズム的思考様式からのテイクオフが未完であったが故に、現代の我々から見れば「そんなアホな!」と言いたくなるような単純なトリックに騙されて、結局国が滅びてしまったということです。自然な状態から一歩離れて外側から物事を俯瞰することを可能にする、現代の我々が「理性」と呼ぶ道具を持ち合わせなければ、それを有する者達には大きく遅れを取ってしまうだろうという、西洋中心主義を敷衍する一種の教訓たんにもなっているのです。かくして、西洋中心主義的思考様式の起源をトロイ戦争に見出せると言い放ってもあながち間違いとばかりは云えないように思われますが、そのような見方でこの映画を見るのもまた一興かもしれません。え?それはあまりにも大袈裟だ!うむむ我ながらさすがにそういう気もしますね。まあ勝手気侭なレビューなのでご容赦下さい。

 ということで、どうやら最新版の「トロイ」が公開されたためか、「トロイのヘレン」も国内版DVDでも発売されたようであり、この一大歴史イベントに興味がある人は買っても良いのではないでしょうか。殊にロッサナ・ポデスタのヘレンは、彼女がいかにもギリシャ彫刻的に均整のとれた顔立ちをしており、また最新作の方はパリスとヘレンのロマンスに焦点があるわけではないこともあってか、見目麗しきヘレンという観点に関してのみは新作の「トロイ」は旧作に遠く及ばないところです。え?「俺は新作の「トロイ」が発売されたらそちらを買う?」ってか、それはそれで懸命な選択でしょう。


2004/06/13 by 雷小僧
(2008/10/08 revised by Hiroshi Iruma)
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