縮みゆく人間 ★★☆
(The Incredible Shrinking Man)

1957 US
監督:ジャック・アーノルド
出演:グラント・ウイリアムズ、ランディ・スチュワート、エイプリル・ケント、ポール・ラントン

左:大蜘蛛ではなくただの蜘蛛、右:グラント・ウイリアムズ

50年代には怪しげな作品も含めて、今日ではカルト的と呼べるかなり多くのSF映画が製作されていました。その中でも最もユニーク且つ出来のよい作品の1つとして、この「縮みゆく人間」を挙げることができます。摩訶不思議な放射能を浴びた主人公(グラント・ウイリアムズ)が文字通りどんどん縮んでいく様が描かれ、現在と比べれば特撮技術が遥かに未熟であったはずの当時としては恐ろしくリアルな映像を見せてくれます。殊に、哀れ握りこぶし大と化した主人公が大蜘蛛ならぬ普通の蜘蛛と戦うシーンや(上掲画像参照)、リカちゃんハウスのようなミニチュアハウスに住まざる得なくなった主人公が飼い猫に襲われるシーンなど、実にリアルで迫力があります。まさに理屈抜きに楽しめるタイプの作品ですが、最初に見た時は、このようなストーリーをいったいどのように終わらせるのかというポイントが1つの大きな興味の焦点でした。実際、最後はかなり思弁的なラストシーンで終り、いわばオープンエンドであるとも考えられます。そのような終わらせ方しかないだろうというのが正直な印象であり、映画は終わってもストーリーは実際には終わってはおらず、主人公の運命はオーディエンスが想像するしかないのです。さてさて、理屈抜きに楽しめる作品であるとは言ったものの、理屈付きで見ても見るべき点がかなりあります。というのは、前述した思弁的なラストは別としても、いわゆる異化効果、すなわち我々が通常見慣れている日常風景の持つ意味合いを、視点を変えることによって大きく変えることが可能であるという事実を、この作品はビジュアルな具体例によって教えてくれるからです。分かりやすい例を挙げると、前述した飼い猫が主人公を襲うシーンでは、通常はおとなしく飼いならされた猫であると思っていた自分のペットが、ライオンよりも狂暴な猛獣に変身してしまうわけです。また蜘蛛との戦闘のシーンでは、虫ピンが武器になるのです。このように我々が当たり前であると考えている現実世界とは、単にある特定の視点を取った時にのみ当たり前であるにすぎないことが、この映画を見ていると朧げながらも理解できるのです。ユクスキュルという有名な動物学者の書いた著書で、たとえばダニの目で見た世界とはどのような世界かを図版つきで解説した興味深い本がありましたが、ある意味でそれを読んだ時と同様な世界観の揺らぎを経験できるといえば、さすがに大袈裟でしょうか。いずれにせよ、フッサールさんが提唱する現象学的還元などというようないかにも小難しそうな理論なしに、そのような視点の転換を垣間見させてくれるこの作品が持つポテンシャルの大きさは、極めて大きいと言わねばならないでしょう。


2001/11/25 by 雷小僧
(2008/10/10 revised by Hiroshi Iruma)
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