やま百物語 その4 山の神さん

 若いころは「駄賃つけ」というて盆・正月の焼酎や食べ物を買いに、馬を引いて峠を越えて熊本まで出よったです。古屋敷(球磨郡水上村)に行きよったが、三日がかりでした。
 私が二十歳ごろだったかしらん。「ヨイチさん」という三つぐらい年上の人と、夜、馬二頭引いて駄賃つけに行きよった。不土野峠の近くで明かりはたいまつだけ、真っ暗でした。
 十二時ごろだったでしょう。突然「ドスーン」と上からものすごく大きな音がしてきたんです。今にも山が崩れそうでほんに恐ろしかったです。そんときヨイチさんが「男は度胸、女は愛きょう。度胸据えんといかんよわい!」。するとその音がピタリと収まってもとの静かな山に収まったんです。
 ヨイチさんは甲佐(上益城郡)からのもらい子だったのに、ほんに度胸のある人でした。
 あんな大きな音がしたのに、なぜかしらん馬は全然たまがらんかった。山の神さんが、その時は機嫌が悪くて、あんな音をさせたんでしょう。
=宮崎県椎葉村尾前下・尾前ハツカさん談


やま百物語 その3 ヤマンバ

 昔ん話ですがまだ100年にはならん。村のひと30人ぐらいで焼き畑の畑打ちに行ったときのこと、6月事で、しんぶり雨(小雨)が降りよったそうな。
 仕事が終わって帰りよったときに強い風が吹いて、男の人のバッチョ笠が風にうた。その人は笠が惜しいものだから、一人で探しに行ったそうな。そしたら女が出てきた。女は裸でおっぱいは下まで垂れ下がり、髪の毛は足まであった。
 「ああこれがヤマオナゴじゃ」と思うたそうな。ヤマオナゴは近づいてきて笑うた。笑うときは人の血を吸う、と聞いとったので、その人は持っとった、先のとがったキセルでヤマオナゴの胸を突いたそうな。するとスーと下がって、また笑う。それでまたキセルでブツブツ突いたそうな。
 するとヤマオナゴは「キャッキャッ」言うて逃げて行った。その人はキセルを持っとったから助かった。でも血を吸われ撮ったから、長生きはで金買ったそうな。=宮崎県椎葉村・椎葉クニ子さん談


やま百物語 その2 ガワッパ

 50年くらい前の話です。ひいおばあちゃんから聞きました。10月の終わりごろ、山に稗刈りに行ったとき、川でガワッパがアケビの実を食いよったのを見たそうです。身長1メートルぐらいで、食べかすを投げ捨てよったそうです。気味ん悪うなって、すぐ帰ったそうです。
 もう10年くらいになりますか。父が狸を捕ってきて、近くの川にさらしとったら、内臓がなくなっていたことがあったんです。何の仕業じゃろうかと、今度は鶏を置いて近くに灰をまいとった。そしてしばらくして行ってみると、鶏は取られ、灰に三本指の10センチぐらいの足跡があったそうです。=宮崎県椎葉村・椎葉さん談


やま百物語 その1 山童

 父が釈迦院住職になる昭和18年にこの山に来たんですが、ふもとの山の人が言いよったですよ。この山には三千匹のセコ(山童=やまわろ)がおるて。
最初はばかにしよったですよ。そしたら夜、炊事場で水のくむ音のすっでしょう。なんだろかて思て、明かりをつけて入ってみると、50−60センチの黒い影が逃げるとです。また寝とると、廊下でトントントンて走る音のする。もうたまらんと思て行ってみるでしょう。するともうおらん。そら、恐ろしかった。
 よう犬とケンカしよりました。やっぱりセコが強くて、犬がいつも負けよりました。シェパードも一時飼いましたがダメでしたね。雪の降った後なんか、犬とケンカしたセコの足跡がいっぱいあったですよ。  こんな事もあったです。昭和26年に寺の仏像が盗まれたっですが、その3日前の晩からセコが建物中を引っかくような音をさすっとですよ。そらもう、うるそうして寝られんかった。その翌晩もやった。そして3日目に泥棒が入ったっです。これはセコが「泥棒の入るよ」て知らせたかったんでしょうね。泥棒はすぐ捕まりました。
 =八代郡泉村 守光山さん談 (熊本日日新聞連載から)


え・津田麦子・多美子