『日本地名さんぽ 完結編』のアイヌ語

佐藤和美

 この文書は浜田逸平『日本地名さんぽ 完結編』(朝日新聞社朝日文庫2002年1月1日発行第1刷)で紹介されているアイヌ語地名等について、間違い・疑問点を指摘するものである。
 なおここでふれなかったアイヌ語には疑問の余地がないということではないので、念のため。

P8
札幌
「市の名はアイヌ語のサッポロ・ペツ(乾いた大きな川)からとされる。」

「サッポロ・ペツ(乾いた大きな川)」は「sat-poro-pet」のことだろうが、「サッポロ」に単語の区切りがない。また「sat」を「サッ」と表記し、「pet」を「ペツ」と表記するのは表記の一貫性がない。単語レベルでの表記なら「サツ・ポロ・ペツ」か「サッ・ポロ・ペッ」とすべきである。

P15
奥尻
「アイヌ語イクシュンシリ(向こうの川)から。」

「シsir」(山、島、土地、等)は「川」ではない。

P18
音更
「町名はアイヌ語オトプケ(髪の毛)から。」

「オトotop」が「髪の毛」であり、「ケ」の説明が抜けている。

P18
富良野
「アイヌ語のフラヌイ(硫黄の臭いのする川)から。」

「フラhura」は「臭い」という意味であり、「硫黄の臭い」という意味ではない。

P20
余市
「アイヌ語ユイチ(温泉の多い所)からか、イオチ(ヘビの多い所)か。」

「ユイチ」ではなく「ユオチ」である。
「イ」は「それ」という意味であり、「ヘビ」という意味ではない。

P22
浦河
「アイヌ語ウララペツ(霧の深い川)から。」
「ウラurar」が「霧」だから、「ウララペツ」なら「霧の川」だが。

P22
根室
「アイヌ語ニムオロ(樹木の繁茂する所、または流木の詰まる所)など諸説あって、」

なぜ「ニムオロ」で「樹木の繁茂する所」になるのか。
「ニムオロ」のどこが「樹木」で、どこが「繁茂する」で、どこが「所」なのか。
(「ニ」が「樹木」で、「オロ」が「所」なら、「ム」に「繁茂する」という意味があるとでも言うのか。)

P23
登別
「アイヌ語ヌフルペッ(水の色の濃い川)から。」

「ヌフル」でなく「ヌプnupur」である。

P28
青森
「アイヌ語説(突き出た岡)もある。」

「アオモリ」が「突き出た岡」の意味だというのなら、単語で示して欲しい。

P30
十和田
「アイヌ語トワタラ(がけに囲まれた湖)から。」

「トto」(湖)+「ワタラwatara」(海中の岩)で、「がけに囲まれた湖」などと訳していていいのか。

P31
平内
「アイヌ語ピラナイ(山あいに川の流れる地)から。」

「ピラpira」(崖)+「ナイnay」(川)で、「山あいに川の流れる地」などと訳していていいのか。

P32
脇野沢
「アイヌ語ワンキー(征服された)説など。」

アイヌ語に「ワンキー」(征服された)という単語は存在するのか。

田村すず子『アイヌ語沙流方言辞典』草風館
中川裕『アイヌ語千歳方言辞典』草風館
萱野茂『萱野茂のアイヌ語辞典増補版』三省堂
知里真志保『地名アイヌ語小辞典』北海道出版企画センター
以上の辞典に「ワンキー/ワンキ」という単語は存在しない。

P32
車力
「アイヌ語サレキ(湿地)説など。」

「サキsarki」(葦)のことをいいたいのか。

P34
十三湖
「アイヌ語トサ(浜にある湖)からか。」

「トサ」のどこが「浜」で、どこが「ある」で、どこが「湖」なのか。
(「ト」は「湖」だが、それで「トサ」が「浜にある湖」になるのか。)
「浜にある湖」で日本語訳になっているのか。

P39
松尾
「アイヌ語マトウ(山の途中に清水の湧く地)から。」

「マトウ」のどこが「山の途中」で、どこが「清水」で、どこが「湧く」で、どこが「地」なのか。

P42
種市
「アイヌ語タンネイヅ(長い鼻)から。」

「イヅ」は「エトゥetu」のことか。
「エトゥetu」を地名として訳す場合は「岬」を使うのが一般的だが。

P46
早池峰山(はやちねさん)
「アイヌ語パヤチニカ(東の脚)からか。」

「パヤチニカ」のどこが「東」で、どこが「脚」なのか。
(「東」はアイヌ語で「チュプカcupka」だが、「チニカ」は「チュプカ」の間違いか。)
「東の脚」で地名になるのか。

P49
名取
「アイヌ語ヌタトリ(湿地)から。」

「nitat(湿地)」と関連した語源説をいいたいのか。

P65
阿仁
「アイヌ語アンニ(人の住む原始林の谷)から。」

「アンニ」のどこが「人」で、どこが「住む」で、どこが「原始林」で、どこが「谷」なのか。

(2004・1・3)


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