「オットセイ」の語源を求めて


佐藤和美


 これから「オットセイ」の語源を求めて、いろいろな資料を調べていってみよう。

 まずは基本的な三つの辞典から。

「新明解国語辞典」(三省堂)
おっとせい(膃肭臍)
[アイヌonnep+臍(へそ)。雄の陰部を臍と共に採った精力剤の名]大形の海獣で北太平洋などにすむ。背中は黒く、腹は灰色で、四足はひれの形。毛皮・肉が利用される。[アシカ科]

「大辞林」(三省堂)
オットセイ
アシカ科の哺乳類。雄は体長2.2メートル、体重200キログラムに達するが、雌は1.3メートルほど。前後肢はひれ状で、泳ぐのに適する。耳介はごく小さい。全身ビロード状の黒褐色の毛で覆われ、下毛は淡い赤褐色の綿毛で、毛皮が珍重される。繁殖期には、雄は多くの雌を従え、ハレムをつくる。太平洋北部に産し、冬は日本にも回遊する。ウネウ。〔「膃肭臍」とも書く。「膃肭(おつとつ)」はアイヌ語オンネプの音訳。陰茎を臍(ほぞ)と称して薬用としたことから〕

「広辞苑」(岩波書店)
オットセイ(膃肭臍)
(膃肭(アイヌ語オンネウの中国での音訳)の臍の意。その陰茎を臍と称して薬用にしたことから、わが国で動物名とした)アシカ科の海生哺乳類。体長、雄は約二・五メートル、雌は約一・三メートル。体は暗褐色を帯びる。四肢は短く鰭状で、水中の動作は機敏、魚類を捕らえて食う。北太平洋にすみ、繁殖地はプリビロフ島、コマンドル諸島とロベン島しか知られていない。乱獲され絶滅しかかったが、厳重な保護の結果回復、国際条約で捕獲を規制。南極近くの海には近似種のミナミオットセイがいる。一雄多雌の繁殖地(ハレム)を作る。

 それぞれの辞典の記述が微妙に違っているのがわかる。補足資料として国語資料を何点かあげておく。

堀井令以知編「語源大辞典」(東京堂出版)
オットセイ(膃肭臍)
アシカ科の哺乳類。もとはアイヌ語onnewを中国語でオット(膃肭)と音訳した。その臍(ほぞ)が薬用となったので、膃肭臍と命名され、日本へ移入された。強精剤とされ、動物名としても用いられた。

 当時の中国語の「膃肭」の発音が「オット」だったのか疑問である。

山口佳紀編「暮らしのことば語源辞典」(講談社)
膃肭臍(おっとせい)
アシカ科の哺乳類。この動物がオットセイと呼ばれるのには、少々複雑な経緯がある。オットセイはもともとアイヌ語でオンネップといった。これが中国に入って「膃肭」と音写され、とくにその下腹部(臍)が強精剤として珍重されて、その薬を「膃肭臍」というようになった。これが日本に入ってきて、日本式の漢字音で、オントツセイ、そしてオットセイと発音され、さらに動物そのものもオットセイと呼ぶようになったのである。

中村浩「動物名の由来」(東京書籍)
膃肭臍は催淫薬の名
 オットセイ(膃肭臍)は、俗間岩の上から海に向かって飛びこむとき”オット”と叫び、ついで”セイ!”というからだといわれているが、もちろん取るに足らぬ俗説である。
 オットセイという呼び名はアイヌ語だという人もいるが、これは誤りで漢字の音読みである。アイヌ語では、”オンネプ”または”ウネウ”といい、”オットセイ”とはいわない。
 膃肭臍という漢字は、もともと薬の名称であって、獣名をさすものではない。オットセイは一頭の牡がよく数十頭の牝を従えていて、つぎつぎに種つけをするので精力絶倫のものとして注目され、これを精力増強剤として、また男女和合の秘薬として用いるようになった。このためオットセイの陰茎や睾丸は催淫作用があるとされ、これを塩漬けにして薬用に用いた。オットセイの陰部を採取するとき、陰茎と睾丸とを臍でつながったまま採取したので、これを膃肭臍とよんだものである。したがってこの海獣の本名は膃肭臍ではなく”膃肭”(おっと)であるべきものである。
 オット(膃肭)という漢名の意味は明らかではないが、オットセイの肉や内臓は、滋養強壮剤として利用され、これを食うと体があたたまるといわれていたので温の字で書かれ、獣類なので膃といわれたものであろう。肭とはおそらく内臓のことであろう。
 オットセイの学名はカロリヌス・ウルシヌス(Callorhinus urusinus)というが、属名は”皮のとれる”という意味で、種名は”熊に似た”という意味であろう。オットセイの毛皮は毛皮として上品である。
 英名をファー・シール(fur seal)というが、furは毛皮のことで、sealはアザラシのことである。またシー・ベア(sea bear,海の熊)ともいい、シー・キャット(sea cat,海の猫)ともいい、シー・ライオン(sea lion)ともいう。ドイツ名はゼーベア(der Seebar)で”海の熊”という意味である。
 なお、海獣の仲間のアザラシ、ラッコ、トドはいずれもアイヌ語といわれている。
 巨大な海獣に、海象とよばれるセイウチがあるが、このセイウチという名はオランダ語のゼーコエ(Zeekoe)の転訛ではないかといわれている。セイウチは英名をモース(morse)とか、ワアラス(walrus)という。

 「動物名の由来」は「オットセイ」の語源がアイヌ語でないとしている。そしてその根拠として比較するのに日本漢字音を使用している。ここは中国漢字音(当時の)と比較しなければ意味がないだろう。

「コンサイスカタカナ語辞典」(三省堂)
オットセイ
[日<中 膃肭臍<アイヌ onnep] アシカ科の海獣。一夫多妻の生活で知られ、毛皮はラッコに次いで珍重される。サハリン、千島にすむ。
アイヌ語オンネップが中国に入って「膃肭」と音訳されたが、この動物の臍部が本草学(植物・薬物を医薬として研究する学問)で膃肭臍と呼ばれ、これが日本に逆輸入されて、オットセイとなった。

 カタカナ語辞典(外来語辞典)だけに「本草学」という言葉があり、国語辞典にないとはちょっとした「皮肉」ととれないだろうか。

 それではアイヌ語ではオットセイを何と呼んでいたのだろうか。アイヌ語辞典を見てみよう。

知里真志保「分類アイヌ語辞典・動物編」(平凡社)
オットセイ
(1)onne-kamuy[<onne老大な、kamuy神](タライカ)
   この語はシラウラではフイリアザラシをさす。
(2)onnep[<onne-p老大な・もの](タライカ)
   この語は北海道でも行われた。もとは成獣の雌をさす名称だったらしい。「もしおぐさ」に、オットセイを’ウネウ’、その雄’ヲンネプ’、雌’ホヲマップ’とあり、東蝦夷日誌に、オットセイの一種に’ヲゝネツプ’と言うものがあって大きさ5尺ぐらいから6、7尺に及ぶと書いてある。また’老大な・もの’というその語源から見ても、もとは成獣の雄(いわゆる老大獣)を言ったものと思われる。
(3)onnex[<onnep](ニイトイ:シラウラ)
(4)onnew[<onnep](トンナイ)
   この語はワシをもさす。
(5)unew[<onnep]
   この語は「オンネプ」から出ている。「オンネプ」はもと成獣の雄を意味した。それが「オンネゥ」となり、更に「ウネゥ」となるに及んで、意味が文化して雌雄をひっくるめたオットセイの総称となったらしい。成獣の雌にも特称があったらしく、古書に’ホヲマツプ’’ホーマップ’などと見えている。これはpo-oma-p(子・入っているもの)か。

 アイヌ語「オンネップ」としてある資料はまちがいである。「オンネプ」が正しい。

 アイヌ語の補足、および日本での「膃肭臍」を使用するようになったときの話である。

更科源蔵・更科光「コタン生物記」(法政大学出版局)
オットセイ
 オットセイをウネウとかポンフンペ(小さい海獣)と呼んでいる。ウネウについて知里辞典には「この語は「オンネプ」から出ている。「オンネプ」はもと成獣の雄を意味した。それが「オンネゥ」となり、更に「ウネウ」となるに及んで、意味が分化して雌雄をひっくるめたオットセイの総称となったらしい。」とある。なお内浦湾でも老大獣をオンネプと呼んでいる。
 この海獣は慶長十五(一六一〇)年、徳川家康が「陰茎を膃肭臍という、薬にすれば腎気を増し陽気を助るとて貴重され」献上を命じてから急に需要が多くなり、享保三(一七一八)年からは毎年将軍家に献上するため、奥尻島に膃肭臍奉行が置かれるようになった。「蝦夷図説」には「男根(チイ)は会所に収め、胆と肝を家に持帰り干して薬とし、肝はよく精気をまし、叉此生血を飲時は生涯頭痛の苦を除く」とある。
(以下略)

 最後に漢和辞典と中国語辞典を調べて、この「オットセイ」をめぐる旅を終わりにする。

「漢語林」(大修館書店)

漢音オツ、呉音オチ(ヲチ)、中国語wa
字義
1.膃肭(オツドツ)は、肥えてやわらかい。
2.膃肭臍(オットセイ)は、アシカ科の海獣の名。膃肭獣
参考
膃肭臍(オットセイ)は、アイヌ語onnepに膃肭(オツドツ)を当てた語といわれる。その臍(ほぞ)や睾丸(こうがん)・陰茎が強壮剤となり、膃肭臍と呼ばれたことにもとづく。


漢音ドツ、呉音ノチ、中国語na
字義
1.膃肭(オツドツ)は、肥えてやわらかい。
2.膃肭臍(オットセイ)は、海獣の名。

「中日辞典」(小学館)
haigou 海狗
<動>オットセイ。<量>只。
”膃肭獣 wanashou””海熊 haixiong”ともいう。
〜腎shen/海狗腎(かいくじん)。オットセイ・アザラシの陰茎およびこう丸を乾燥したもの。
漢方薬として強壮剤に用いる。

wanashou 膃肭獣
<動>オットセイ。
”海狗 haigou”ともいう。

haixiong 海熊
→haigou(海狗)

(注、簡体字を繁体字に変更している。)

 現在の中国語(普通話)での「膃肭」の発音は「wana」(ピンイン)だが、「コタン生物記」では一六一〇年という年が見える。まだ中国は明朝である。はたして当時の中国語では「膃肭」をどのように発音していたのだろうか。

「学研漢和大字典」(学習研究社)
「膃」
オチ(ヲチ)呉音・オツ(ヲツ)漢音
・ut-・ut-uo…ua(wa)
1、柔らかくふとっているさま。
2、「膃肭(オツドツ)」とは、海獣の一種。おっとせい。海狗(カイク)。その腎臓を「膃肭臍」という。

「肭」
ノチ呉音・ドツ漢音
(na)
「膃肭(オツドツ)」とは、むくむくと太ったさま。また、海獣の名。おっとせい。その腎臓を「膃肭臍」という。

「学研漢和大字典」は中国語の発音の変遷が書かれている辞典だが、中国(明朝)での一六一〇年当時の「膃肭」の発音は「uona」だったのではないだろうか。

 「蝦夷錦(えぞにしき)」について「大辞林」にこうある。
「中国産の錦。(中略)江戸期に大陸と交易したアイヌがもたらしたことからいう。」
 アイヌは狩猟採集の民族だったと言われるが、交易の民でもあった。その証拠が「膃肭臍」という言葉であり、蝦夷錦なのだ。

(2000.12.29)



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