阿寒地名行


−美幌から阿寒へ−


佐藤和美


 この地名行は美幌から阿寒へ行っているパノラマコースのバスに乗って、その沿線の地名の中を行くことにする。それでは地名行に出発しよう。

 まず出発の地美幌であるが、語源は「ペポロ」Pe-poro(水が多い)だという。美幌川・網走川その他の小川の合流する所で水の多い所だったことによる命名である。

 バスは屈斜路湖をめざす。しばらく行くと、美幌峠につく。ここの眺めは雄大である。屈斜路湖を眼下に見る。中島が湖の中央にいすわっている。
 屈斜路湖の語源は「クッチャル」Kutcar(のど口)である。「クッチャル」とは湖が川になって流れ出す所のことである。これが湖の名に転用されたのである。アイヌ語地名に多いアニミズムによって名づけられた地名のひとつである。
 なお中島の語源は「トーモシリ」To-mosir(湖の島)である。

 バスは坂を下り湖畔にたどりつき、湖にそって走る。

 和琴(わこと)半島はオヤコツという名であったが、大町桂月によって「和琴」という字を当てられた。大町桂月は北海道各地を旅行したが、ほかでも「ソーウンペツ」So-un-pet(滝のある川)に層雲峡と当てたりしている。
 「オヤコツ」の語源は「オヤコツモシリ」O-ya-kot-mosir(尻が陸地にくっついている島)である。ミンミンゼミの北限生息地としても知られている。

 湖を見ながらバスは走る。屈斜路湖の地名の由来である釧路川が流れだす所を渡ると、すぐにアイヌコタン(部落)がある。このコタンは「クッチャル」(のど口)に近かったので、クッチャロ・コタンと呼ばれた。このクッチャロ・コタンは有力なコタンで、そのこともあり和人がクッチャロの名を湖に転用したのだった。

 バスは湖畔を走り、やがて湖と別れる。そして少し行くと川湯温泉につく。川湯の語源は「セセクペツ」Sesek-pet(温泉の川)である。セセクは本来のアイヌ語であったが、日本語のユ(湯)にとってかわられたようで、地名としてはほとんど残っていない。現在残っているのは、知床半島のセセキ温泉くらいのものだろうか。

 硫黄山に近づくと硫黄のにおいがただよってくる。山が硫黄の混じった蒸気をふきだしている。硫黄山はアトサヌプリともいい、跡佐登(あとさのぼり)と字を当てていた。アトサヌプリの語源は「アトゥサヌプリ」Atusa-nupuri(裸の山)である。この山は硫黄のため木が一本もない裸の山なのである。

 バスは坂を登り、摩周湖をめざす。摩周湖は神秘の湖という形容にはぴったりだが、その語源も神秘につつまれている。「マシュント」Mas-un-to(かもめのいる湖)という説もあるが、こんな山奥の湖にかもめがいるわけがない。摩周湖にアクセントをくわえている小さな島カムイシュ島の語源もよくわからない。摩周湖の伝説にからんだ「カムイシュ」Kamuy-su(神の祖母)だという説もあるが、祖母は「シュ」suではなく、「シュツ」sutなので、この説はまちがいである。
 摩周岳の語源は「カムイヌプリ」Kamuy-nupuri(神の山)である。摩周湖は「カムイト」Kamuy-to(神の湖)とも呼ばれていたという。

 バスはやがて弟子屈(てしかが)につく。弟子屈の語源は「テシカカ」Tes-ka-ka(梁(やな)の岸の上)である。梁とは漁具の一種である。

 バスは原生林の中を走り阿寒をめざす。

 双湖台からは二つの湖が見える。ペンケトーとパンケトーである。語源は「ペンケト」Penke-to(上(かみ)の湖)、「パンケト」Panke-to(下(しも)の湖)である。阿寒湖・ペンケトー・パンケトーはもとは一つの湖だったのだが、雄阿寒岳の活動によって、三つの湖にわかれてしまった。
 双湖台に対して、双岳台というのがある。ここからは雄阿寒岳・雌阿寒岳の二つの山が見える。雄阿寒岳・雌阿寒岳の語源は「ピンネシリ」Pinne-sir(男である山)、「マツネシリ」Matne-sir(女である山)である。
 なお天北線には敏音知(ピンネシリ)、松音知(マツネシリ)というとなりあわせの二つの駅があった。

mapion  バスは阿寒湖につく。
 阿寒の語源なのだが、他の広域地名と同じようにはっきりしない。釧路にしろ十勝にしろこの阿寒にしろ、広域地名はどこが地名発祥の地か忘れられていることが多いので、地名発祥の地がどういう地形・環境の所だったのかわからず、語源を解明しにくくしているのである。
 ここではいくつかの説をあげておく。
「アカム」Akam(車輪)雄阿寒岳・雌阿寒岳が両輪のように並んでそびえたっているから。
「ラカンペツ」Rakan-pet(ラカン(うぐいの産卵する穴)のある川)
などである。

 阿寒湖にはいくつかの島があり、その内の四つの島が比較的大きい。
「オンネモシリ」Onne-mosir(親である島=大島)
「ポンモシリ」Pon-mosir(子である島=小島)
「ヤイタイモシリ」Yay-tay-mosir(白楊(どろのき)の林の島)
「チュールイモシリ」Curuy-mosir(チュウルイ川の近くにある島)

 阿寒湖はマリモで有名だが、チュウルイモシリにはマリモ展示観察センターがある。マリモに関してはセトナとマニベの悲恋物語があるが、これは大正時代の創作であって、アイヌの伝説ではない。

(1987・6・28)




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