第9回「五反田の駅とでかい靴」(1996.5.1)



 そんなのはお前の思い込みだって言われりゃそれまでなんだけど、僕の頭には長いこと、駅のホームってのは一階か二階くらいの高さにあるもんだっていうイメージがあった。線路が地面を走ってるならホームは一階、高架線路ならホームは二階。−−実にシンプルで単純明快な論理である。
 ところがある日、池上線に乗って五反田で降りた僕はちょっとしたカルチャーショックを覚えた。駅から一歩踏み出したら、そこはビルの四階だったのだ。高架線路が五反田とうきゅうの建物に突っ込むような形になっていて、改札を抜けてちょっと歩けば洋服やら何やらの売り場が広がってたのである。
 その距離感が実に不思議で、何だか空間をワープしちゃったような感がある。一階か二階だと思ってた高さの感覚が四階にすっ飛び、駅だと思ってた場所の感覚がデパートに吹っ飛ぶのだ。毎日通り過ぎてる人にとっては当たり前の光景なのかもしれないけれど、初めて訪れる人にはなかなか面白い駅なんじゃないかと思う。
 何となく抱いている感覚にズレが生じる瞬間ってのは、不思議と新鮮で気持ちいい。日常に退屈を感じ始めたら、ズレに身を置いてみるのもいいもんである。
 で、駅から外に出てJR五反田駅の西口に向かう。そのまま駅には入らず、山手線に沿って歩いていくと靴屋さんの看板が見えてくる。
 この看板、山手線に乗ってても見えるんだけど、僕にとっては実に魅力的な言葉が書いてある。「ビッグサイズ」。僕は、この言葉に弱いのだ。
 僕は体がでかい。体がでかけりゃ足もでかい。声も態度もでかいが、それはこの際関係ない。−−足が大きいと、靴を買うのにやたらと苦労するのだ。普通の靴は27センチくらいまでしか作ってないので、買いたい靴があっても僕の欲しいサイズは売ってないのである。
 ところがこの靴屋さん、ビッグサイズとスモールサイズの専門店で、大きなサイズは28センチから33センチまで取りそろえているんだそうだ。服でも靴でも、こういうお店は実にありがたい。
 それにしても、28から33センチなら平均しても30・5センチ、考えてみりゃ一般的な物差しよりも長いわけである。そんな靴達が棚にずらーっと並んでいるのは、何というか壮観な眺めであった。

  • 一覧に戻る

    竹内真 Mail: HI3M-TKUC@asahi-net.or.jp