第8回「砧公園の凧食いの木」(1996.4.1)



 新玉川線の用賀駅を出て隣接したビルを抜けると、上用賀アートホールや砧公園へと続く散歩道が伸びている。
 ブロックの敷きつめられた地面には所々に百人一首の石版が埋め込まれ、道の脇にはいろんな街路樹が並んでいる。小川や石像、謎の玉座なんてのもある。のんびり散歩するにはなかなか楽しい道の りで、十五分も歩けば砧公園に到着だ。
 この砧公園、昔はゴルフ場だったんだそうで、敷地がとにかく広大である。芝生の広場がすかーんと開けていて、空までが広い。美術館や野球場があって、小川にゃ吊り橋がかかり、野鳥の保護区域まで広がってる。雪が積もるとスキーをしてる人がいるんだから驚いた。
 春には梅や桜が咲いて花見客で賑わうのだが、ここの桜は何だかやけに立派に見える。聞けば、他の場所の桜は通行や美観のために枝を切り落とすことがあるが、砧公園の桜は伸びるにまかせているとのこと。敷地が広いから細かいことは気にしなくてすむのだろう。おかげで満開の枝は地面すれすれまで伸び、小さな子供が目の前の花を眺めていたりする。見上げる桜もいいけれど、普段の目線で眺める桜ってのも楽しいもんである。
 ところで、僕が初めて砧公園を訪れた時には桜は咲いてなかった。確か二月頃だったと思うのだが、冬の桜は葉を落とし、裸のままで立っていたのである。
 夕暮れの空は灰色、冷たい北風まで吹いていて、普通だったらやたらに物寂しい光景である。おまけにその頃、僕は作家への道も見つからないまま大学に残ることを決めていた。金銭的にも苦しくなるので、ちょいとブルーな気分で安いアパートを探しているところだったのだ。
 ところがその砧公園で、僕は妙に楽しい気分になることができた。−−凧食いの木のおかげである。
  アメリカの「ピーナッツ」という漫画(スヌーピーって名前の方が有名かな)の主人公、チャーリー・ブラウンが凧を上げると、いつも木に引っ掛かってしまう。彼はその木を「凧食いの木」と呼んで恐がったり挑戦したりするのだが、砧公園にもそんな木があったのだ。
 裸になった木の枝に、たくさんの凧が引っ掛かっている。周りを見回すと、あちこちに凧食いの木がたたずんでいた。
 それはどこか寂しげで、それでいて温かな光景だった。ここで凧上げしたら楽しそうだなーなんて思ったもんである。

  • 一覧に戻る

    竹内真 Mail: HI3M-TKUC@asahi-net.or.jp