第7回「駒沢通りの職務質問」(1996.3.1)



 東横線の祐天寺と学芸大学の間には駒沢通りが走っている。高架線路の下を道路がくぐる格好なんだけど、何故かガード下ではよく警官を見かける。−−そして僕の場合、人相はそう悪くないと思うんだけど、体がでかいせいか服装がいい加減なせいか、自転車に乗ってるとやけに警官に目をつけられる。
 ある夜、僕はその場所で二人の警官に呼び止められた。職務質問というやつである。一人は僕の前に立ち、もう一人は自転車の防犯登録シールを調べている。
「あれ、群馬県の防犯登録だね」
「実家から持ってきた自転車なんです。高校時代に買ったやつだから」
「いやあ、道理でボロいねえ」
 大きなお世話だと思ったが、特に文句は言わなかった。昨日は友達の家に泊まって飲んだくれ、僕は疲れてるのだ。とっとと帰って眠りたいのである。
 だけど彼らは、冷たくこう言った。
「じゃ、免許証見せてよ。群馬出身なら本籍のところにそう書いてあるでしょ」
 まさか自転車に乗ってて免許を求められるとは思わなかったが、素直に出した。
 そして、それがいけなかった。
「あれ? 本籍は東京じゃないか」
「あ、そうだ。僕の本籍、東京なんです。両親の昔の住所のまんまだそうで……」
 今さらそんなこと言っても遅かった。彼らは疑わしげに僕を眺め、無線で本署と連絡を取り始めたのである。群馬県警のコンピューターに照会し、僕が本当の持ち主かどうかを確かめようというのだ。
 確認までは時間がかかるんだそうで、僕は警官達と一緒に待つハメになった。彼らは僕の鞄を見つめて質問してくる。
「その鞄、何が入ってるの?」
「着替えとか、友達に貰った本とか」
「ちょっと開けてみてくれる?」
「……じゃ、押さえててくれます?」
 そして、警官が鞄に触れた瞬間。
 鞄から、機械の低いうねりが響いた。
 警官達の目が光り、空気が張り詰める。不審者の荷物から怪音が発せられたのだ。色めきたつのも無理はない。何だか、今にも逮捕されちゃいそうな雰囲気である。
 僕は慌てて鞄を開けた。−−中では、電気シェーバーがうなりを上げている。泊まりの荷物で鞄に入れといたのが、ショックで動き出しちゃったのだ。
 怪音の正体が分かって緊張も和らぎ、数分後には自転車泥棒の疑いも晴れた。
 −−無罪放免、良かった良かった。
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    竹内真 Mail: HI3M-TKUC@asahi-net.or.jp