第61回「沼部にあるぞ桜坂」(2000.11.1)



 福山雅治の「桜坂」って歌、随分と長いことヒットチャートにランクインしていたようである。テレビやラジオの音楽番組でかかりまくってたし、バラエティ番組では人気コーナーのテーマソングとして使われてもいた。桜の時期が終わった頃にリリースされたように思うけど、梅雨を過ぎ夏がきて秋になっても流れてるんだから凄い話だなあと思う。
 歌の内容はというと、懐かしくも切ない雰囲気のラブソングで、その歌詞の舞台となってんのが題名にもなった桜坂。実はこの桜坂は実在していて──ってな感じでテレビや雑誌や取り上げられてることもあったようだから、ご存じの方も多いことだろう。
 しかし、そういう報道の中で、「桜坂は田園調布にある」などと言ってるのが気になった。まあ住所でいえば確かに田園調布本町なんだけど、田園調布駅から桜坂までは意外と遠いのだ。そりゃ田園調布の方が名前も知れてて聞こえもいいのかもしれないけれど、田園調布駅を下りて桜坂まで歩こうと思ったらかなり大変だと思う。坂を上ったり下ったり中原街道を渡ったり、約二キロの道のりなのだ。適当な情報に騙されて遭難しちゃった人がいないことを祈るばかりである。
 桜坂の最寄り駅は、多摩川線の沼部駅なのだ。駅を出て多摩川方面にちょっと歩き、踏切を背にしてお寺の横の坂道を上っていくだけである。「桜坂」という表示もあるし、やがて桜並木の奥にはこぢんまりした赤い橋が見えてくる。この橋がテレビ番組のロケ地に使われてたので、坂を上っていけば見覚えのある光景に出会えることだろう。
 僕が取材に行ったのは夏のことだったんだけど、橋の周辺は結構な人出であった。みんな申し合わせたように男女二人連れで、何をするでもなく橋の周りに佇んでいる。まあカップルなんて何もしなくたって二人でいりゃあ幸せなんだろうが、そういう人達が何組も何組もただひたすらぼけーっとしている光景は何だか不思議なものであった。
 さらにその時は、海外からの取材まで来ていた。たぶん台湾のテレビ局だと思うが、小型カメラを構えたスタッフとマイクを持ったレポーターが橋の脇で何やら打ち合わせをしてたのだ。もちろん何を喋ってるのかは分からなかったけど、「ここがあの有名な桜坂です」って内容になるのか「日本の若者って物好きですねー」って括り方になるのか、ちょっと気になるところであった。

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    竹内真 Mail: HI3M-TKUC@asahi-net.or.jp