第56回「カレー南蛮の中目黒」(2000.6.1)



 今年の三月半ば頃から五月まで、僕は『カレーライフ』という長編小説の書き下ろしに没頭していた。カレー屋を開こうとする主人公が富士山・アメリカ・インド・沖縄と旅して仲間を集めていく話なのだが、物語の中にはカレーにまつわる雑学知識も満載してみた。そのうち集英社から刊行される予定なので、小説やカレーのお好きな方はぜひ読んでみて下さい。
 まあ小説に書くくらいだから僕は元々がカレー好きで、カレーの食べ歩きなんぞを趣味にしていた。さらに小説を書くためにカレー会社に取材に行ったし、インドや沖縄に取材旅行に繰り出したりもしてみた。カレーに関する文献も漁って東急沿線のカレー屋さんについても詳しくなったので、今回は由緒あるカレー南蛮のお店を紹介してみようと思う。
 東横線の中目黒駅を出て、山手通りから目黒銀座に入って祐天寺の方に向かって歩いていくと、朝松庵というそば屋さんが見えてくる。一見するとごく普通の外観のお店だが、実はここ、カレー南蛮の元祖なのである。
 そばとカレーを結び付けるというアイデアを生んだのは朝松庵の二代目のご主人なのだそうだ。明治四十一年頃に日本で初(つうことは世界初でもある)のカレー南蛮が売り出され、それがやがて日本各地に広まっていったのである。
 当時は麻布で経営していた朝松庵も、昭和に入って目黒の地に引っ越すことになった。おかげで僕らも東急沿線で元祖のカレー南蛮を楽しめちゃうというわけだ。
 ところで、ものの本によればカレー南蛮とカレーうどんとは別物なのだそうである。カレーうどんは文字通りうどんなのだが、カレー南蛮は基本的にそばを指すのだそうだ。ちなみにカレーうどんの元祖は早稲田大学の近所にある三朝庵というお店で、こちらは明治三十七年頃からカレーうどんを出しているらしい。
 もっとも、今ではそういう区分けも曖昧なものになっている。朝松庵のカレー南蛮ではそばとうどんの好きな方を選べるし、ご飯が良ければカレー丼というメニューもあるのだ。値段も手頃な六百五十円なので、ちょいと一杯食べようかという時には嬉しいお店である。
 それにしても、そばつゆのダシとカレーとはどうしてあんなにも相性がいいのだろう。そば屋で近くの席の人がカレー南蛮を食べてると、ついつい自分も食べたくなっちゃうのは僕だけだろうか?

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    竹内真 Mail: HI3M-TKUC@asahi-net.or.jp