第51回「はてなの茶碗の旗の台」(2000.1.1)



 ある秋の日、友人と一緒に旗の台のあたりを歩いていたら、どこからか賑やかな音楽が聞こえてきた。何だろうと思って坂道を歩いていくと、どうやら昭和大学で学園祭をやっているようである。校門のあたりに貼ってあったポスターを見ればホールで落語会をやってる真っ最中で、暇だった僕らはちょいと聞いてってみようぜと足を止めた。
 何しろ、学園祭の落語会といっても、出演されてるのはプロの噺家さんばかりである。散歩の途中でひょいと立ち寄るってのが風流な気がしたし、おまけに入場無料とくれば言うことはない。校門をくぐり、いそいそと会場に足を踏み入れる僕らであった。
 高座ではちょうどトリの三遊亭金馬師匠が喋り始めたところだった。マクラの話題は骨董の鑑定をやってるテレビ番組のことで、僕は席に着きながら期待せずにはいられなかった。──最近ちょっとだけ落語に詳しくなったので、そのマクラからして演目は「はてなの茶碗」じゃないかと思ったのである。
 別名「茶金」というこの噺を、僕は先日書いた小説のネタに使った。その時は落語全集やCDなどで調べて執筆したんだけど、まだ生で聴いたことはなかったのだ。茶器鑑定の名人がはてなと首を傾げたことから安物の水漏れ茶碗に途方もない値段がついていくという派手なストーリー展開が大好きだったので、一度生の高座に接してみたいと思っていたのである。
 金馬師匠は、期待通りに「はてなの茶碗」を始めて下さった。会場を埋めた聴衆(学生より近所の人の方が多かったようだ)はその話芸に引き込まれ、ホールには気持ちいい笑い声が響きわたっていく。──たまたま通りかかってそういう高座に触れられたのは、実にありがたい偶然なのであった。
 ちなみに、「はてなの茶碗」をはじめ多くの古典落語を盛り込んで書いた僕の小説『粗忽拳銃』が小説すばる新人賞をいただき、2000年1月5日に単行本が発売されることになりました。──前座噺家や貧乏役者や自主映画作家や見習いライターが活躍する小説で、タイトル通りに拳銃と落語が大きな要素となってます。五部構成で、「粗忽発射」「看板のガン」「銃ゲーム」「はてなの弾丸」「撃つなら今」なんて小タイトルが並んでますんで、よろしければ読んでみて下さい。コラムとはまた違った形で楽しんでいただけると思います。

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    竹内真 Mail: HI3M-TKUC@asahi-net.or.jp