第43回「池尻大橋のピアノセッション」(1999.5.1)



 新玉川線の池尻大橋にはメーザー・ハウスという音楽学校がある。講師陣は一流ミュージシャン揃いで、僕が最近大好きなピアニストの国府弘子さんもその一人。そこで先日、学校説明会が開かれた折に取材させていただくことにした。
 当日、駅の付近でどっちに行けばいいのかなと周りを見回してると、同じようにきょろきょろしてる青年を発見。どこか音楽っぽい雰囲気を感じて声をかけてみたら、やはり説明会の参加者なんだそうである。彼と一緒に渋谷方向に歩くこと五分、やがてメーザー・ハウスが見えてきた。実に二階から七階までずらっと音楽スタジオという凄い建物であった。
 説明会というと大教室みたいなとこで大勢を相手にやるのかと思ってたんだけど、ここでは楽器ごとに各スタジオに分かれる形になっていた。そこで講師の方から説明を受けたり相談に乗ってもらったりするのである。少人数制クラスで憧れのミュージシャンから直接指導を受けられるってんだから、その道を目指す人には夢みたいな話なんじゃなかろうか。
 で、僕は国府さんが講師をしておられるピアノ科の説明会を拝聴した。この日のピアノ科志望者は四名で、その人数だけで国府さんのピアノとトークを聴けるってんだから贅沢な状況である。
 授業の内容の説明の後、国府先生は志望者の一人一人とフランクに喋っていかれた。その中の一人、フクシマ君という生徒さんとは「なんかちょっと弾いてみる?」なんて話になって、その場で二人のセッションが始まることになった。
 目を輝かせたフクシマ君がグランドピアノに向かい、国府先生は横のキーボードで鍵盤ベースを担当。「何をやる?」「サケバラとかでいいっすか?」なんて感じで「酒とバラの日々」を弾き出す二人。軽やかに演奏を楽しんでる空気がすごく気持ちいい。──さっき出会った人達がいきなりそうしてセッションできちゃうなんていいなーと、つくづく楽器のできる人を羨ましく思う僕なのだった。
 壁のホワイトボードの五線譜にコード進行が書き込まれ、様々なアレンジを国府さんが実演してくれる場面もあった。元は「夜空ノムコウ」のコードなんだそうだが、それがボサノバになったりサンバになったり4ビートになったりするのである。音楽には疎い僕にも楽しい講義で、こういう学校に通えたらいいよなーと本気で思ってしまった。──ちったあ小説が売れて余裕ができたら、取材抜きで説明会に行ってみようかなあ。

  • 一覧に戻る

    竹内真 Mail: HI3M-TKUC@asahi-net.or.jp