第35回「市が尾駅と駅ソバ哲学」(1998.9.1)



駅を歩いていると、構内のおソバ屋さんからダシのいい香りが漂ってくることがある。何故だか妙に食欲をそそる匂いで、僕などはついふらふらと引き寄せられてしまう。駅でがーっと立ち食いソバをすすり込むってのも、なかなか気持ちいいものなのだ。
 しかし、立ち食いソバに魅かれつつも食べたことはないという女の人は意外と多い。牛丼屋やラーメン屋など、女性にとって敷居の高いお店ってのは厳然とあるらしく、そういえば客層も圧倒的に男が多い気もする。そういう場所って慣れないと入りにくいかもしれないが、一度くらいは試してみるのも楽しいと思う。
 そんなわけで、先日初めての立ち食いソバツアーというのを敢行した。立ち食いに憧れつつも未体験という友人に付き合って駅のソバ屋に入り、ついでにこのコラムのネタにしちゃおうという企画である。──OLをしてる彼女と二子玉川園で合流し、僕らは田園都市線を下りながら立ち食いソバ屋を探していった。
 事前に調べた資料によると、田園都市線で駅構内にソバ屋があるのは溝の口・鷺沼・たまプラーザ・市が尾・長津田の五駅。溝の口と鷺沼はもうネタにしちゃった駅なので使えないし、資料が少し前のものだったので新しく開店してる駅もあるかもしれない。列車がホームに止まる度、僕らはソバ屋の姿を求めて窓の外をきょろきょろ見回すのであった。
 たまプラーザ駅は他の話題で書けそうな駅なので通過、とりあえず市が尾駅で列車を下りた。ホームにソバ屋の姿はなかったのだが、改札付近に行けばあるんじゃないかと思ったのである。
 案の定、階段を上っていくと一軒のおソバ屋さんが見えてきた。ショーウインドーに並んだメニューも豊富でおいしそうだったし、店もきれいでいい感じである。僕としては文句のない状況だったのだが、店内を覗いた彼女の方から待ったがかかった。
 店内に椅子とテーブルがあったのだ。──別にいいじゃんとも思ったが、それはどうもイメージに反するらしい。聞いてみると、彼女の駅ソバ哲学というのは以下のようなものなのであった。
 (1)基本的にはホームの上にあるべき。
 (2)扉は開けっ放しになっているべき。
 (3)あくまで立ち食い、椅子は不許可。
 なるほど奥が深いと思いつつ、僕らはその条件に合うお店を探すことにした。──結局発見できず、終点まで辿りつくことになっちゃったんだけど。

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    竹内真 Mail: HI3M-TKUC@asahi-net.or.jp