第29回「鷺沼駅の見える部屋」(1998.3.1)



 僕は、田園都市線の鷺沼駅のホームからの眺めが何となく好きである。──工場やら検車区やら留置線やら、線路が複雑に絡み合ってるニコタマ方面も面白いし、たまプラ方面の谷間のような景観もいい感じなのだ。急行電車を待つ間、ぼけっと周りを見ているというのもなかなかいいもんだと思う。
 最初に鷺沼駅の眺めがいいなあと思ったのは、下り電車の先頭の車両に乗って時のことである。──駅に停車している間にふと上の方に目をやって、その光景が気に入ってしまったのだ。
 陸橋の上に家が建っているというか家の真下をトンネルがくぐっているというか──線路のちょっと上に、ごく自然な感じで家が建っているのだ。僕が無知なだけかもしれないけれど、こういうのってなかなか珍しいんじゃないかと思う。
 普通、陸橋の上には道路ぐらいしかないもんだし、トンネルの上に家があったとしてもあんまり駅の近くにはないような気がする。ホームから大声で呼んだら届きそうな場所に家があると思うと、ちょっと不思議な感覚を覚えてしまう。
 ホームからは二軒の家が見えるんだけど、片方は一軒家、もう片方はアパートみたいな感じである。どちらも二階建てで、二階からは駅のホームがきれいに見渡せそうだ。そういう部屋に住んで、行き交う電車やホームの人々を眺めて暮らすというのも、なかなか楽しそうな気がする。
 調べてみると、鷺沼駅というのは始発も出てるし終電も止まる駅である。そういう駅を一日観察してみたら、結構いろんな光景が見られるものなんじゃないだろうか。早朝から始発に乗り込む人は何の仕事をしてるんだろうとか、朝はパリッとした格好ででかけたサラリーマンがべろべろに酔って終電で帰ってきたりとか──何だかそれだけで、小説の一本くらい書けちゃいそうな気がする。
 今のところ引っ越しの予定はないんだけど、一度くらいはそういう部屋に住んでみたいもんである。駅を眺めてるだけでもしばらく飽きないだろうし、いろいろとネタも転がってそうだ。家族と暮らしていた場合、ホームから家の窓に手を振ったりなんかして、忘れ物もすぐに届けてもらえるかもしれない。
 以前、詩人の三代目魚武濱田成夫さんが毎月引っ越しして東京中の部屋に住みまくるという企画があった。──そんな感じで僕に東急沿線の部屋を貸して下さる方、どこかにいらっしゃいませんか?

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    竹内真 Mail: HI3M-TKUC@asahi-net.or.jp