第23回「金曜寄席の高津溝の口」(1997.9.1)



 田園都市線の高津駅または溝の口駅を出て、北西方向に少し歩くと大山街道の旧道に出る。んで両駅の中間地点に向かって五分ちょっと歩いてみると、岩崎ビルというきれいな建物が見えてくる。
 昔風の白い土蔵を六階建てにして、ぐぐっとモダンにデザインした感じのビルである。道に面した一階は酒屋さんの店舗になっていて、二階には茶室とギャラリー、五階六階部分は吹き抜けの多目的ホール──その名も「ギャラリー糀」に「糀ホール」と言うだけあって、お酒と文化の香りが漂う建物なのであった。米の花と書いてコウジと読むあたり、漢字からして風情があっていいなあと思う。
 僕が初めてここを訪ねたのは、六月の雨上がりの夕暮れのことだった。畳んだ傘を持ちながらのんびり歩いてきたところ、少し手前の辺りで陽気なお囃子の音色が聞こえてきた。──その夜、ギャラリー糀では恒例の「糀金曜寄席」が開かれることになっていたのである。
 この金曜寄席、落語家の林屋錦平師匠が偶数月の第一金曜日に上がっておられる高座で、僕が行ったのはちょうど十回目の開催日であった。念のため早めの時間に行ったのだが、人気のせいか既にお客さん達が入り始めていた。
 酒屋さんの店内に入ると正面に階段があって、そこを上がるとギャラリー糀である。木戸銭は前売り千三百円の当日千五百円、入場の際に缶のお茶と靴入れの袋をいただく仕組みになっていた。
 ギャラリーは木目も瑞々しい和風のフリースペースで、高座となる茶室を囲む形で座布団や椅子が用意されていた。優に五十人は入れそうな空間だったが、仕事帰りの会社員風のグループや近所のおばちゃん達で混み合っている。
 開演時間になるとまずお弟子さんの林屋こなゆきさんが一席やって、次いでいよいよ錦平師匠の登場となった。──そしてこれが、さすがに生で見るプロの芸だなあと感心してしまうものだった。
 ペルーの事件やエアマックスなんかに触れた枕話から、お客をぐいぐい引き込んでいく名調子である。目まぐるしく変わる表情やよく通る声、視線から体の角度、指先の動きに至るまできっちりと決まっていて、見て聴いて笑って実に気持ちのいい時間を過ごすことができた。こんだけ楽しめて映画よりも安い料金なんだから、実に得した気分である。
 この金曜寄席、次回は十月三日の開催だとか。落語やお笑いのお好きな方にはぜひお勧めしたいと思っとります。

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    竹内真 Mail: HI3M-TKUC@asahi-net.or.jp