第16回「代官山の子猫の話」(1997.1.1)



 先日、パソコン通信で気になる文章を見つけた。代官山のホットドッグ屋さんが、壁の中に迷い込んだ子猫のために店の壁を破って救出したというのである。−−その文章を書いた方の紹介で、僕は早速そこのお店に取材に行ってみた。
 お店の名前はトムスさん。お昼はランチやホットドッグが食べられて、夜はバーに変身するのだそうだ。天井からは空が見えて、なかなか気持ちのいい店内である。コーヒーなんぞ飲みつつ、僕は看板娘のユカちゃんにお話をうかがった。
 まだ暑かったある日、ユカちゃんは壁の中から子猫の鳴き声が聞こえてくるのに気がついた。猫の声は次第に弱々しくなっていき、トムスの人々は何とかして子猫を助け出そうとし始めた。
 近所のブティックや肉屋さん、ダンススタジオの人達まで加わっての救出作戦である。猫はお隣の駐車場とトムスの壁の間にいるらしいと分かると、粉ミルクやマタタビをまいておびき出そうとしてみたり、魚の干物をつるした釣り竿で釣り上げようとしてみたり、仕事を放り出すような勢いで奮闘したのだそうだ。
 しまいには消防車まで出動する騒ぎとなったが、さすがの消防所員も壁に穴を開けるのは仕事じゃないってことで退散してしまった。そうこうする内に日もたっていき、とうとうトムスさんは壁に穴を開けての救出作戦に出ることにした。
 壁のタイルをはがし、ドリルでコンクリートに穴を開ける大仕事である。開いた穴からダンススタジオの生徒が細い腕を突っ込んで、ついに子猫は救出されたのであった。−−救い出してみれば、百グラムもない赤ちゃん猫だったそうだ。
 猫はすぐに動物病院に運ばれ、手厚い看護で一命をとりとめた。ミニーと名付けられてオーナーのお宅に引き取られた彼女は周囲の人々に見守られてすくすくと育ち、今じゃ体重も一キロを超えたそうである。−−代官山再開発で家を追われた猫が今回の事件にまきこまれたわけだけど、ご近所が一丸となってその子猫を救っちゃうあたり、代官山もまだまだ捨てたもんじゃないなーと思う。
 さて、トムスの次に訪ねたのは子猫救出にも一役買ったダンススクエア代官山である。こちらでは様々なダンスレッスンの他に小中学生を中心にしたミュージカル劇団「ミクロコスモス」を主宰していて、五月には太田区民プラザで旗揚げ公演「チェンナムの夢」を上演するんだそうだ。その時はこのコラムでも取り上げる予定ですんで、どうぞお楽しみに。

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    竹内真 Mail: HI3M-TKUC@asahi-net.or.jp