第10回「東白楽のわんこそば」(1996.6.1)



 東横線の東白楽駅で降り、のどかな町並みをしばらく歩くと一軒のおそば屋さんがある。ちょっと見には普通のおそば屋さんなんだけど、ここは関東では珍しくわんこそばが食べられるお店である。
 大学二年の頃、僕は物好きな先輩と一緒にこのわんこそばに挑戦したことがある。どっちが多く食べられるか勝負したのだ。勝負の好きな体格細めの先輩と、食い意地の張った体格太めの僕。二人で戦ったり他の友人や観戦者も交えたり、当時の僕らはやたらとそんな勝負をしていたものである。
 そもそも僕は、昔から食べ放題とかバイキングとかいうのが大好きなのだ。子供の頃、テレビなんかでわんこそば大会なんてのを見る度に、いつかやってみたいなーなんて思っていたもんである。
 で、二十だか二十一歳で生まれて初めてのわんこそばに挑戦したわけだが、これがなかなか楽しかった。お椀には一口で食べられるくらいの少量のおそばが入っていて、一息でつるつるっと食べることができる。するとその瞬間、脇に控えた店員さんが次の一杯をお椀の中に放り込んでくれるのだ。リズミカルに食べていくと見る見るうちに空のお椀が積み重なり、実にいい気分のものであった。
 僕らは次々にそばを平らげていき、終いにはお店の方が用意していたそばの麺を全て食べ尽くしてしまった。お店の予想をはるかに上回って食べたわけで、次の麺を茹でてもらっている間はちょっと得意な気分だったのを覚えている。
 それで勝負の結果はと言うと、確か僕が百九十杯前後でギブアップ、先輩は二百杯を突破して圧勝という感じであった。どう考えても体格じゃ僕の方が有利だったのだが、意地の張り合いで負けてしまったのである。
 食後のお茶なんぞを飲んだ後、僕らはそろそろ帰ろうかと立ち上がった。そしてその瞬間、ふと顔を見合わせたのであある。
「……何か、妙な感覚じゃないか?」
「……どーも、重力が違ってますよね」
 これは体験した人じゃないと分かんないだろうけど、胃袋にそばが充満していると、本当に自分の周囲の重力が変わったように感じるのだ。お腹が重たいようで体がふわふわしているようで、あれは実に不思議な感覚であった。
 ちなみにわんこそばの現在の日本記録は五百五十九杯だそうだ。すごいなあ。

付記
 ホームページにこの文章をのっけて以来、「たち花」への道順やら電話番号やらを教えてほしいという問い合わせが多い。──僕も2回ほど行っただけなんで道順なんて覚えてないんだけど、とりあえず東横線の東白楽駅まで行ってみれば何とかなったはず。駅前に看板が出てたと思うし、駅員さんやお巡りさんに聞いてみれば間違いないと思われます。

  • 一覧に戻る

    竹内真 Mail: HI3M-TKUC@asahi-net.or.jp