次の夜、またブンガが電話をかけてきた。
「今夜も客が来なくて暇なのか?」
僕は少し呆れて尋ねた。
「そういうこと」
ブンガは悪びれずに答えた。──客は来ない、店員は勝手に電話を使う。ビデオ屋
の経営は大丈夫なんだろうかと心配になった。
「昨日お前が言ってた映画のことを調べておいたんだ。聞きたいだろ?」
「うん」
「よし、聞かせてやろう」
受話器の向こうから紙のこすれる音が聞こえてきた。本のページでもめくっている
のだろう。少したってからブンガはそれを読み始めた。
「──道化師の男と詐欺師の女。見知らぬ二人が街角で出会う。モノクロームの映像
をオルガンの響きが彩る。夜の街に降る雨、街灯の光と人々の影。引かれ合う二人、
やがて訪れる別れ──古き良き時代の、古き良き映画である。キャストにもスタッフ
にも名の通った人物はおらず、制作費も驚くほど少ない。大量の映画が制作され、消
費されていく中での小さな一作に過ぎなかったのだ。しかし殆どの作品が時の流れに
消えていった後も、この作品だけはなお多くの人々に愛され続けている」
ブンガはその文章を淡々と読み続けた。僕は映画のチケットを眺めながら、その言
葉の響きをぼんやりと聞いていた。──女詐欺師と道化師。なかなかやってくれるじ
ゃないかと思った。
僕が黙っているので、ブンガがまた口を開いた。
「面白そうじゃないか。どうせ只なんだから、行くだけ行ってみればどうだ?」
「──そのつもりだよ」
「え?」
「映画館まで行ってみるよ。どうせ暇だしね」
僕はわざと何でもないような声で答えた。ブンガの声が不審そうな響きを帯びる。
「言ってることが昨日と違ってないか?」
「気が変わったんだ」
僕はとぼけた声で答えた。
「ふーん」
言われた通りにするというのに、ブンガの声はどことなく面白くなさそうだった。
「チケットが送られてきた理由、分かったのか?」
「知らないよ、そんなこと」
僕は微笑みながら言ってやった。
「──なるほどね」
そう言いながら、ブンガは楽しそうに笑った。
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