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塀の中の懲りない面々

製作=松竹映像=磯田事務所 配給=松竹
1987.08.15 
91分 カラー ワイド
製作山内静夫
織田啓二
塀の中の懲りない面々 ビデオ

▲ビデオ紙箱パッケージ
⇒2013年11月、オーディトリウム渋谷にて
  ポスター展示 
企画磯田事務所
プロデューサー杉崎重美
中川滋弘
大西悦子
監督森崎東
助監督梶浦政男
脚本鈴木則文
梶浦政男
原作安部譲二
撮影坂本典隆
音楽佐藤勝
美術重田重盛
録音原田真一
調音小尾幸魚
照明八亀実
編集太田和夫
出演藤 竜也
植木 等
山城新伍 
小柳ルミ子
花沢徳衛 
安部譲ニ
柳葉敏郎 
川谷拓三
なべおさみ  
森山潤久
上杉祥三 
糸井重里
江夏 豊 
ケーシー高峰
浦田賢一 
汐路 章
敏いとう  
藤城和明
ストロング金剛
江戸屋猫八  
丹阿弥谷津子


      塀の中の懲りない面々    略筋    (池田博明記)

塀の中の懲りない面々 ビデオ裏 刑務所内で裸の男たち。背中に刺青を彫った者もいる。懲役ものの入浴である。山崎(川谷拓三)が禁止されている口笛を吹いたので、看守・鬼熊こと熊井(山城新伍)に懲罰を受ける。安部直也(藤竜也。ちなみに、安部直也は安部譲ニの本名)や、明日出所だという安部譲二も便乗して口笛を吹く。この印象的なメロディーは「ジョニーが凱旋する時」で、ワイルダーの名作『第十七捕虜収容所』でも使われていて、有名になった曲。ムショ映画の傑作としてワイルダーの名作へのオマージュである。直也は「なぜ口笛がいけないのか、教えていただけませんか」と看守・鬼熊に問うが,答えはない。
 直也は看守に一目置かれているようだが、その理由は映画では説明されていない。原作によると、「“塀の中の文豪”として刑務所の隅々にまで知れ渡っていて、懲役たちにとどまらず看守からもいち目置かれている」とのこと。
 直也は、別れた女房・待子(小柳ルミ子)を「叔母」と偽り、手紙を出している。直也は前科12犯だった。次に逮捕される直前に離婚届を渡してきたのだった。直也の母(丹阿弥谷津子)は、もういちどよりを戻してくれないものかと言う。
 木工作業場ではドクトル(植木等)やお役所専門の泥棒のチュウさん(花沢徳衛)など、いろんな人物がいる。ある日、サブ(森山潤久)が入所してくる。サブは土産に持ち込んだシャブを直也に渡すが密告され、入所その日から軽塀禁になった。
 ピアノ線を研いで作った針で、紙食い(川谷)は懲役もの内の密告者チクリ(なべおさみ)の目を潰そうとするが、あと一歩のところで逃げられ、チクリは看守に助けを求めた。首謀者と主張して懲罰房に入れられた直也の隣りはおかまの上州ノ(ケーシー高峰。役名は上州河童)。関係をもった相手の家族のもとに押しかけて同性愛を公言するぞと脅して金を取る手口だったのだが、大学生の同棲相手につい本気になってしまったと話す。
 看守の鉄(江戸家猫八)は退職前なので囚人たちに親切である。直也が当たり馬を予想し、その通りに馬券を買った鉄は大もうけする。鉄はなにかと直也の都合を聞いてくれる。
 ムショ内の運動会で、騎馬戦や徒競争があるが、「用意」でみんなが走り出してしまい、なかなか収拾がつかない。お役所のチュウ(忠)さんは小さい頃から世話をしたというレビューのダンサーを懐かしむ。直也はその子たちを慰問で招待しようと気を使う。数日後に慰問が実現しようかというときに、脳梗塞で以前にも仕事中に倒れたことのあるチュウさんは医療刑務所に搬送されてしまった。「ここで死にたい」と言っていたチュウさんだったが。
 看守(江夏豊)には甲子園に出場したことのある豪腕の快速球を投げる者もいる。
 出所したドクさん(植木)は、直也に頼まれて待子を訪ねる。直也は待子が自分を待ってくれているかどうか,聞いて欲しいと依頼していたのだ。盛り場を歩く二人を鬼熊が目撃。後でトラブルのもとになる。若いものにからまれたドクさん、ひとりがドクさんを知っていて争いにはならなかった。
 仕事の合間に脱獄の準備と称して跳んだり走ったりしていた”マラソン小僧”の城山(柳葉敏郎)はある日、看守に呼ばれて出て行く。仕事場に戻ってきた城山はスーツにコートを羽織っている。ヘリコプターが自分を迎えに来たという。アラブの同志が釈放を要求したのだと言う。城山は直也に一緒に行かないかと誘う。出所が近い直也は断る。ヘリコプターに乗り、上空から木山は「万国の懲役諸君、団結せよ」と訴える。あっけにとられる囚人たち。城山のモデルは赤軍派の城崎勉である。
 囚人の中には城山に影響されて手段はどうあれ、出所したいと言い出す若者(上杉祥三)もいるが、囚人の中に動揺が広がっていないかを心配する保安課長(糸井重里)に対して、鬼熊は「みな腑抜けのようになっております」と答える。課長は囚人の個人生活の情報収集にも力を入れるようにと指示する。鬼熊は直也を呼び出して、ドクの件を突付く。外の情報を収集しようとした違反の疑いだ。そして、待子の浮気を匂わす。怒りに駆られた直也は鬼熊をぶちのめす。外から分からないように腹を何発も殴ったのだ。鬼熊は町で「一緒にいるのを見ただけだ」と白状する。他の看守の手前、鬼熊は自分を立たせて、直也を倒して、争いを演出し、直也を懲罰房に入れさせる。
 看守(汐路章)が面会人があると告げる。父と母が来たのだ。出来そこないの自分を一度も評価しなかった父が、初めて刑務所に面会に来た。父も年老いたのだ。ただ父は一言も話さない・母(丹阿弥)は「直ちゃんのお蔭で、こんなところにも来るようになって(貴重な経験をすることになったわね)」と明るく振舞う。直也は、(母は道々、何を言ったらいいのかと、考え続けたのだろう)と想うのだった。
 看守がこれまでにあんなに明るい話をしたひとはいなかったと感心している。ふと、聴き慣れた口笛のメロディーが、耳に入る。ドクさんが戻ってきていた。「待子は待っている」という合図なのだ。房に戻って気持ちが少し明るくなる直也だった。

 続編があった。鈴木則文監督の『塀の中のプレイ・ボ−ル』。

【批判  池田記】 2008年11月29日
 森崎映画としては、『塀の中の懲りない面々』は、華のない淡々とした作品で、各エピソードにも深みが無く、焦点もボケている。主役の藤竜也がほとんどの見せ場を取っているが、原作者の安部譲二が自分だけをカッコ良く描いたことがミエミエで感興をそぐ。
 敵役が看守の鬼熊ひとりに代表されているのも疑問だ。刑務所内で看守に反抗するだけじゃ、しょうがない。
 赤軍派のエピソードは浮いている。囚人たちがインターナショナルを歌う場面があるが必然性が無い。