メス

製作=松竹(大船撮影所) 
1974.10.12 
91分 カラー ワイド
製作 上村務 * 高橋幸治 (式根修三)
* 岡田英次 (小久保)
* 金田龍之介 (葛城)
* 夏純子 (青木由美)
* 三國連太郎 (菊川志郎)
* 水野久美 (圭子)
* 米倉斉加年 (山崎)
* 武岡潤 (武志)
* 小栗一也 (大内)
* ひろみどり (式根の母)
* 関根世津子(光本みどり)
* 山本紀彦 (坂本)
* 真山知子 (中川妙子)
* ジミー (利光英男)
* 山崎満 (花村)
* ひし美ゆり子 (佐藤)
監督 貞永方久
助監督 福田幸平
脚本 森崎東 桃井章 貞永方久
原作 柿沼宏 松森正
撮影 加藤正幸
音楽 佐藤勝
美術 芳野尹孝
録音 平松時夫
調音 松本隆司
照明 佐久間丈彦
編集 森弥成
出演 高橋幸治 岡田英次 金田龍之介
夏純子 三國連太郎 水野久美
ひし美ゆり子

       
   『メス』作品紹介  (球磨元男による)  『世界映画作品記録全集』(キネマ旬報一九七五年659号)

 “白い巨塔”医学界を舞台に、誤診という名の殺人、患者不在の権力争いを描いたサスペンス映画。柿沼宏・作、松森正・画の劇画の映画化。監督は貞永方久。主人公・式根(高橋幸治)は帝王切開による母の死と引き換えに生まれた。父であった菊川(三國連太郎)が町病院の娘と結婚するために、式根の母を妊娠中毒症だと偽って帝王切開を強行、殺したのだ。それから三十四年。式根は葛城病院の優秀な外科医になり、菊川は医学連盟理事長に出世した。過去の秘密を知っている式根の胸には菊川に対する黒い復讐の思いがある。葛城病院、菊川病院の中で病死かどうか判断できない怪死が起り始めた。そんななかで、十五年前に菊川や小久保教授(岡田英次)たちが行った生体解剖実験の事実がわかり、やがて菊川も誰かに殺される・・・・。米倉斉加年、夏純子共演。91分。

     『メス』あらすじと感想   池田博明

 2009年12月にCS衛星劇場で放映。公開当時見ていて、図式的な展開にやや引いたものだが、現在ではかえってそれが新鮮で佳作だった。球磨元男の作品紹介は見事にまとめている。展開は下記。
 どしゃぶりの雨の夜。カサをさした女(ひろみどり)が外に立ち尽くす。部屋のなかでは女が男に抱かれている。男は菊川(三國連太郎)。外の女が戸をたたく。中の女は邪魔が入ったので怒る。看護婦に手を出してというのだ。外の女は次に手術台に乗せられて手術室に運ばれていく。「手術中」の赤い灯が点灯している。
 タイトル。葛城病院の医師・式根(高橋幸治)は優秀な外科医。院長(金田龍之介)の手術に反対だ。クランケ(患者)は年寄りで心不全の前歴がある。手術に耐えられず死亡する可能性が高い。延命治療に変えるべきだと。しかし、院長はいまさら変更はできないと断る。患者は太田、製薬会社の社長のようだ。
 看護婦に鋭い目の由美がいる。青木由美役が夏純子。もっとも重要な役である。球磨氏の作品紹介でまったく触れていないが、キー・マンなのでこれに触れると長くなってしまうからである。
 英男(ジミー)という入院患者がいる。少年は心臓の手術にふみきる決断がつかない。遠くから「式根先生が来た」と足音でわかるほどの鋭敏さの持ち主で、精神病だという。英男は式根に「自分の病気は本当に手術で治るのか」と尋ねる。式根は「(手術を受け入れるまで)待つよ」と答える。式根が病室を出ると由美が廊下の消火栓の横に手紙を置いていた。英男と文通しているのだ。英男は身寄りがない。宇宙人へ手紙を書いてみたらと提案したのだという。宇宙人の返事を置いたところだったのだ。英男は原作にはまったくない設定の人物。
 自家用車で帰宅の途中、式根はチンピラたちに襲われている若い女を救う。病院の看護婦・佐藤(ひし美ゆり子)だった。チンピラのひとりは由美の弟(武岡潤)だという。寮で同室の由美の縁で弟と知り合ったのだが、自分が覚せい剤に手を出したことを知られてゆすられているのだという。式根は寮に帰れないという佐藤を自分の家に泊める。木彫りの彫像を彫りつづける式根。メスを使う訓練になるのだという。
 東都大医学部の会議で小久保外科医局長(岡田英次)が発言している。私は多数決ではなく、完全一致の意見に従います、と。そして退席する。式根は小久保氏も委員会のメンバー、完全一致という意味は小久保氏の意見に従えという意味だ、これ以上の会議は無意味だと発言し、患者を待たせているからと退席する。清水医師の、大学の次の助教授は君かとの問いには、清水さん、あなただよと答える。式根は院長から助教授の椅子は年長の清水君に譲れと言われていたのだ。
 太田氏の葬儀の席で新日本医学の菊川理事長(三國)が心臓発作を起こし、入院してくる。たいしたことはありませんという院長に、菊川は私も医師だよ、僧房弁の不全で次に発作が起これば命が危ないと話す。
 菊川の顧問弁護士・山崎(米倉斉加年)は、式根を誘ってあるキャバレーへ出向く。山アは菊川は式根を執刀医に命じたと告げる。山崎の女であるキャバレーのママ・圭子(水野久美)は七年前には式根と交際していた。二年間の交際だったという。山アはそれを知っていて二人を再会させたのだ。
 式根と圭子はベッド・イン。山アは圭子の心がまだ式根にあることを知っているという。
 葛城病院の入院患者・光本みどり(関根世津子)の手術を坂本医師(山本紀彦)がすることになった。式根は介助をする。由美は坂本にとって初めての大手術に式根が介助することを喜ぶ、そしてみどりは坂本の許婚者だと話す。手術前の検査で式根はみどりに血痰があり、絨毛上皮種の疑いがあると言う。妊娠経験がないとかからない疾病だ。まだ17歳のみどりに妊娠経験があるはずがないと坂本は言う。本人に直接たずねてみようとするが、坂本には切り出せない。式根が単刀直入に聞くと、みどりは泣き崩れる。みどりは否定するが・・・・。深夜、坂本がみどりの病室を訪れると、みどりは全裸で自分の体は汚れてなんかいないと告白するのだった。
 一方、太田の娘婿の花村(山崎満)から大金を受け取る院長。外に出た花村を車で送ると迎えに出た式根は、途中で花村を拉致し、インスリンで脅して義理の父親を殺害した理由を証言させる。
 翌日、みどりの手術が行なわれる。空っぽになったみどりの病室前をうろつく由美の弟・タケシ。由美は弟を激しく責める。「約束を忘れたのか」と。弟はみどりは金づるだと言う。みどりには脅迫される過去があるのだ。弟は佐藤に会いに来たのだ。
 みどりの手術は成功だった。式根は坂本の手術を誉める。エレベーターで院長と一緒になった式根。院長は花村から式根との一件を聞いていた。「君の目的は何だ?」と院長は問うが、式根は答えない。
 小久保医師は「患者の立場になる」ことの重要性を話す。小久保は新設医科大学の教授職に式根を推薦するのを見合わせる指示が出ていると言う。病院の創設者・菊川の意志だ。花村の証言によれば、太田殺害の首謀者は、菊川なのだ。
 みどりの意識が混濁し、死亡してしまう。みどりには妊娠中絶の過去があった。由美が「原因は弟です」と告げる。タケシを殴る式根。佐藤が止めに入る。式根は驚く。タケシはみどりが仲間から強姦されたのを目撃していたのだった。そして由美に「オヤジとお袋を殺したヤツを見つけたのか」と問う。いったい何のことだといぶかしむ式根に由美はカミハマへ行っていただけますかと頼み、自分の過去を打ち明ける。
 菊川友愛病院の前身・中川病院という精神病院で由美の父親は生体解剖され、それを知った母親は自殺したという。酒に酔って喧嘩した相手が非番の警官だったことで、父は強制的に措置入院させられ、アル中扱いされ、あげくの果ては電パチで拷問、そして生きながら頭部の解剖をされてしまったのだ。病院はちょっとおかしいと診断した人間を強制的に入院させ、クスリづけにして狂人に仕立ててしまい、治療費を稼いでいた。見習看護婦として探りに入った由美には実態が分ったのだ。「あの男の手術は明日でしたね」と念を押す由美。さらに、病院の患者で菊川の妻(真山知子)が監獄のような病室で言っていたこと、「妊娠した前の女を帝王切開にかこつけて殺した」という非難は真実で、そのとき生まれた子供が式根だ、つまり菊川は式根の父親だと話す。
 手術の直前。式根は窓から向かいの病室の菊川を見る。キャバレーのママ・圭子が見舞いに来ている。由美が看護をしている。そこへ山崎が電話。尋ねて来た山アは式根に花村の証言テープを求める。手術の成功と引換えに教授就任の保証書があるという。「じいさん、なんでも文書にしておくのが好きで」。
 菊川は圭子に「自分に万一のことがあったら焼き捨ててくれ」と小さな包みを託す。
 式根のもとには由美からも電話が入る。弟と佐藤看護婦が自殺した、と。全裸で倒れている二人。
 心臓の手術が始まる。メスが皮膚を切り裂く。心臓が露出する。手術の途中、プルス(パルス)が低下する。由美が式根を見る。式根は心臓を直接マッサージする。パルスが回復する。
 手術は成功したのだ。坂本が見事な手術だったと評価する。しかし、菊川は翌日死亡していた。
 いったい誰が菊川を死亡させたのだろうか。式根と由美が話している。由美は「私にはわかっていました。先生の手術はみごとでした。私は菊川を殺していません」と言う。
 山崎が圭子から奪った小包の中身を院長らに見せている。それは手術記録のフィルムだった。1959年1月から始まった記録は菊川が記録した中川病院での違法な手術の数々だった。執刀医は若き日の葛城、大内医師、つまり現在の葛城病院の院長や部長たちだった。菊川はこれを恐喝の材料にしてのし上がってきたのだった。山アはテープと引換えに自分を新設の医科大学の理事長に据えろと脅迫する。菊川の酸素ボンベの栓を閉じて死においやったのは葛城院長なのだから。山アは現場を目撃していたのだ。
 要求を呑まざるを得ない二人は最後の仕事だとクスリを飲ませて眠らせた由美にロボトミー手術をやろうとする。そこへ駆けこんだ式根。全員を非難し、由美を抱きかかえた式根は山崎から、菊川が相続人に指名したのは式根だったこと、すべての黒幕は式根が恩人と慕う小久保医師だと告げられる。
 小久保医師のもとを訪れた式根は別れのあいさつをする。小久保は告発を受け入れざるをえないだろうと話す。式根は葛城・大内・清水・小久保を告発した、大学へは行かない、相続した遺産は寄付した、患者が待っているからと去る。式根の葛城病院での最後の執刀患者はあの英男君だった。
 最後の場面はどこか田舎の駅につく蒸気機関車。式根が下りて手前に歩いてくる。式根がフレームアウトすると、電車から誰かもう一人、下りて来る。スーツケースを持った由美だった。彼女は式根の後を歩いてフレームアウトする。セリフはまったく無い。(完)


      『メス』原作について    ビッグコミックで連載

         マンガ専門貸本店「夢の屋」店主

 手塚治虫の人気作品「ブラック・ジャック」が始まったのは昭和四十八年(一九七三年)。ちょうどこのころ、青年誌で連載されていた医者ものマンガが本作だ。  
 主人公は、札幌の私立病院で診療することになった三十四歳の独身医師・式根修平。式根は国立北星大学第一外科教室に助手として籍をおき、専門は胸部外科、メスさばきも鮮やかな俊才だ。
 第一話は、製薬会社と癒着する院長とその不正を探る式根を描いて始まるように、全十五話で描かれるのは、医療現場の病巣だ。
 カルテの改ざん、私立病院と医大との癒着、人体実験まがいの手術、医局内の派閥争いと、暗部をえぐってやまない。教授が心筋梗塞(こうそく)で倒れると、そのイスをめぐって、教授は命までも狙われる。寡黙でクールな式根は文字通り鋭いメスをふるって、病院と大学医局にたまるうみをかき出しながら、同時に自らの野望に向けての足固めをしていくのだ。
 札幌の風景が多数登場する本作は残念ながら絶版だが、手塚治虫以外の手による本格派の医者ものマンガの先駆ではないかと思う。昭和四十三年(六八年)には、札幌医大で、日本で初の心臓移植手術が行われており、そのこともあって、舞台が札幌に設定されたのではないかと連載当時に感じた。
 原作の柿沼宏はこのあと、武本サブローと組んだ「カルテ」、そして篠原とおるとの「夜光虫」を手がけたが、それ以来名前を見かけない、医者もの専門の謎の原作者。一方、松森正は、秘境の温泉宿で働く元・殺し屋が主人公の「湯けむりスナイパー」を現在連載中で、これは筆者のお気に入り作品のひとつとなっている。
 本作が描かれてから三十年近い。だが、日々伝えられるニュースを見ると、門外漢ながら医療の現場はあまり変わっていないのではと感じる。式根は、研究室を主宰する講師となり私立病院での診療を辞めて「私の劇はこれから始まる」と去ったが、その後どう戦い今どうしているのだろうか?

     (コラムには字数制限があるので、もうちょっと)  

 医学という未知の世界に少しは関心を持つようになったのは、昭和43年に行われた日本で初の心臓移植手術の舞台が札幌だったということと後に事件にもなり、かなり長期にわたってそのニュースに接したためかもしれない。
 各話で描かれている病巣を詳しく書くと、医者のミスを隠すためのカルテの改竄、覚醒剤の原料薬品の紛失、病理解剖での病院と医大との癒着、博士号論文の売買、道立病院の医長指名をめぐっての陰謀、「公立病院は練習のためにあるようなもの」といって専門外の手術をする医者、次期助教授選へ向けての医局内の醜い争い、その過程で発覚した教授(式根の恩師)の命令で行われたという昔の人体実験、講師就任の見返りに部下の研究データを横取りする教授、講師就任を阻止しようとその担当手術で邪魔をする医局員…など。
 30年前に比べると、医療技術は格段と進歩しているのだろうが、それに伴って医療体制(医局という伏魔殿、研修医制度、看護婦などの過重労働など)というか、医療に関わる人間そのものが変わってはいないということか。
 オヤジも死んだオフクロも病院には何度も世話になっており、看護婦という仕事はホント大変だと感じたし、感謝しているけれども。
 医者ものマンガと言えば、手塚治虫が昭和45年に「きりひと賛歌」という社会派ものの連載を開始しているが、これが本格的な医者ものマンガに接した最初ではないかと思う。これは私にとって青年マンガ誌で同氏の存在を初めて意識した作品だ。
 今回、読み返して思い出したのは、山崎豊子原作の「白い巨塔」の映画とテレビドラマで主役・財前五郎役を演じた田宮二郎だ。クールな野心家・財前と式根がダブる。未見だが、昭和49年には映画化もされているようなので、当時としてもそれなりの話題作であったようだ。       

       『メス』原作者と原作について    池田博明

 小学館文庫(昭和53年11月20日発行)の著者略歴の項目によると、柿沼宏は代表作『メス』『夜光虫』と記されているだけ。
 松森正は、昭和22年4月22日、広島県生れの熊本育ち。昭和43年『黒い疾走の終り』でデビュー。代表作『メス』『木曜日のリカ』『まんちゅりー・ぶるーす』他。

 松森正の『メス』の劇画は、『ゴルゴ13』のさいとうたかをの影響を受けた画風。原作者は覆面作家のようである。解説者の尾崎秀樹は、医学部出身だが、原作者を現役の外科医ではないかと推測している。

 映画の人間関係と展開は、ほとんど原作にはない。原作は全15話。映画で取り入れられた名前や挿話は色文字で示した。
 第一部「名医の条件」
  第1章「弓状の陰影」;式根は国立北星大学第一外科(小久保外科)助手だが、葛城病院でも医師として勤務している34歳、独身。葛城院長が執刀する予定の山田の手術に異を唱えるが、院長は山田の娘婿・花村に金と女で依頼されていた。手術は成功したが山田は二日後に死亡。式根は看護婦の青木由美に葬式に製薬会社の花村が出ていたことを聞き、花村をクスリで恐喝して事実を吐かせる。その後、逆行性健忘症を起こす薬で自分の恐喝を忘れさせる。
  第2章「病理報告書 No.7344」;葛城病院の医師・坂本は悪徳弁護士の田所から恐喝されていた。健康な患者を盲腸炎と誤診して手術してしまったのだ。式根は田所の裁判を支援すると言って合鍵を入手、田所の奥さんを気絶させて裸にし、事件から手を引けと脅し文句を記した。田所に愛想をつかした女房が東京に帰り、田所も札幌を引き払った。
  第3章「黒いAMPOULE−CUT」;覚醒剤の原料エフェドリンのアンプルが消失。薬局長は佐藤婦長を叱責する。佐藤婦長は覚醒剤中毒者に恐喝され薬を盗んでいた。式根は自殺寸前に追い込まれていた佐藤婦長を説得、薬の盗難が自分であるかのように装い、薬局長を横領仲間にして、佐藤の相手の男を致死量以上の覚醒剤でショック死させた。
  第4章「博士号の売人」;札南医科大学病理学研究室から富田医師が葛城病院検査室の指導に来る。彼は北岡医師と坂本医師に博士論文を書くようにすすめ口添えの見返り金を要求した。実際には指導教授に金は入らず富田のポケットマネーに消える。式根は二人に直接、指導の岩元教授にコネをつける。もうけそこなった冨田は宿直の青木看護婦を強姦しようとして式根に現場をおさえられる。
  第5章「椅子(ジッツ)と止血カン子」;道立函館北病院の外科医長の椅子に葛城病院の北岡が内定。そこへ松岡院長の娘婿の佐伯が割り込んできた。北岡の手術した老婆が死んで焼いたら止血カン子が出て来たというクレームが入る。式根が調べると病院で使用しているのとは型の違うカン子だった。式根は悪知恵をつけた元凶・佐伯を突き止め、松岡院長に事情を話した。北岡は無事に外科医長に就任した。
  第6章「昇圧剤を使え!」;河津林業の社長・河津一郎は中絶させた女・比呂子が術後の不全で死んだと思い、道端に捨てた。通りがかった式根が拾って救急処置をしたが子宮外妊娠を中絶、子宮穿孔で死亡した。河津は葛城病院に人間ドックで入院、当直のアルバイト看護婦は彼に大量の昇圧剤を注射、河津は死亡したが、式根は昇圧剤の数を合わせておいた。彼女は比呂子の姉だったのだ。
  第7章「名医の条件」;苫小牧・愛生病院の木村医長は式根と同窓だが、文学部で美術部員だった雪子と結婚、岳父の金で出世してきた。雪子の妹・園子は心室中隔欠損症、放置しておけば危険だったが、園子は義兄・木村の言うことを信じて手術をしていなかった。雪子と逢った式根は園子の手術を提案・執刀。無事、手術は成功した。その直後、雪子は交通事故で死亡。金づるを失った木村は動揺した。しかし、園子がいると思い直すのだった。
 第二部「症例報告X」
  第1章「ニセアカシアの花」;北海道旅行中の医学生・健一は偶然出あった17歳の久美子が倒れて、病院に運んだ。レントゲンを見た式根は彼女に妊娠経験があるかどうかを聞く。彼女は否定し、手術前にメスの入らない裸体を見てくれと健一に身体を見せる。手術の後、彼女は死んだ。絨毛上皮腫だった。不良に強姦された過去があった。健一は式根を超える医師になると決意する。
  第2章「症例報告X」;北星大学病院の助教授ポストに候補としてあげられる宮部講師と清水講師。宮部派と清水派に分かれる医師たち。宮部が渡米前の帯広時代に十数例の人体実験まがいの手術をしたことを式根は探り出した。
  第3章「新任外科医」;病院を拡張しようとする院長に小久保教授は建築業者を紹介する代わりに私立大出身のその業者の息子の医師を託した。この仙波医師が大言壮語だが全く実力のない男。誤診する、救急措置はいい加減、式根は彼の手術の尻ぬぐいをする。ある晩、酔いつぶれた宿直の仙波の右指骨を折って、二度と手術ができないようにする。
  第4章「血の罠」;小久保教授の研究データ充実のため、米国留学中の浜野医師が呼び戻された。北星大学講師のポストが予定されて。しかし、そのポストを狙っていた医師は浜野執刀の手術で故意に患者を死亡させ、評判を落す。失意の浜野は婦長・佐藤のもとへ転がり込む。浜野に佐藤を紹介したのも式根の計算だった。水産会社社長・大内の難手術を式根は葛城病院で浜野に執刀させ、自分も協力する。自信を回復した浜野は佐藤婦長と結婚、大内は式根の援助を約束した。
  第5章「色あせた花冠」;若い看護婦たちは経験をかさに間違った方法を変えない古参看護婦に対して不満を持っていた。佐藤婦長=浜野婦長を視察に出して新しい看護を導入しようと提案。古参看護婦は面白くない。青木看護婦は当直の夜、カルテに「ピリン禁忌」と書いていないのを確認し、島田医師の指示で入院患者にメチロンを注射した。患者はショック状態が継続、カルテには青鉛筆で「ピリン禁忌」と書き込んであった。青木は注意義務違反で処分されそうになる。式根は患者が以前の入院で発作を起こしたことを知っている者の書き込みだと判断、該当者を特定した。総婦長は古参の看護婦・大崎を処分した。
  第6章「カニたちの夏」;小久保教授が心筋梗塞で倒れ、医師会場付近の葛城病院に入院。浜野と式根は小久保教授の治療に当たった。山上助教授・春川講師は小久保教授抹殺に動き、病室に刺客を送り込む。しかしベッドに寝ていたのは式根だった。刺客は返り討ちにあう。
  第7章「報復の牙」;春川は式根の実験用動物を檻を破壊して追い出した。医局総会で式根は旭川の道央病院第1外科部長として推挙されたが、断る。式根は新しい犬を手配、春川は再び檻に忍び込んだところを犬に襲撃されて、重傷を負う。式根は講師に推されることになった。青木は式根の部屋を訪ねて旭川に一緒に連れていってくれと申し出る。
  第8章「最後の執刀」;葛城病院の新館落成式に院長が撃たれる。地上げで土地を取られたと思った男が犯人だった。後任の人事をめぐって島田医師は浜野医師を敵視する。幸い生命は取り留めたがメスを握れなくなった院長は、式根に依頼するが式根は断り、後を浜野医師に任す。式根は院長の手術を最後に北星大学の講師となる。青木由美はひとりで残された。