今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

人間にとっての最重要・再優先事項とは、経済的コストなのか?――5月・6月のツイッターまとめ

大西 赤人

 

 928日深夜に放送された『朝まで生テレビ!』のテーマは、「激論!原発ゼロ社会の検証」。東日本大震災発生当時の内閣官房副長官だった福山哲郎参院議員(民主党)、政府事故調査委員会委員の吉岡斉(科学史家、九州大学教授・副学長)、国会事故調査委員会委員の野村修也(中央大学法科大学院教授)をはじめ、首都圏反原発連合の主要メンバーである原田裕史やMisao Redwolfも加わった多彩な顔ぶれで、一定の内容ある論議が行なわれていたとは思う。

 やりとりの中でも指摘されていた通り、現政権が打ち出した“2030年代(前半)原発ゼロ”という政策には明らかに矛盾点があり、現状の各原発再稼働停止(保留)には何らの法的拘束力もない。出席者の一人・池田信夫(経済学者)は、翌9月29日付のブログでこう述べていた。

「大きな成果は、民主党政権の『2030年代に原発ゼロ』が致命的な矛盾を抱えていることを福山哲郎氏が認めたことだ。端的にいって、2018年に運転開始予定の大間原発は『40年ルール』に従っても2058年まで運転するのだから、2030年代に運転を止めることはできない。福山氏が『大間が政府の方針と矛盾することは事実だが、その建設を止める法的根拠がない』というと、野村修也氏が『そんなことを言ったら再稼働を止めてるのだって法的根拠はない』と批判した。

その通り。JBpressにも書いたように、保安院は電力会社に一度も『止めろ』とは言っていない。では、なぜ電力会社は再稼働しないのだろうか。それは役所が『空気』で止めているからだ。電力会社がスイッチを入れれば今すぐでも原発は運転できるが、そんなことをしたら役所は今後いろんな形で意地悪してくるだろう。朝日新聞を初めとするマスコミが激しく電力会社をたたくだろう。彼らにとっては法律より重い『空気』を破る者は、『日本教』の重大な背教者だからである」

 そして池田は、この「空気」を太平洋戦争に突き進んだ日本と同じく「丸山【真男】の指摘した『無責任の構造』である」と位置づけ、「このような構造がかつて戦争を起こし、原子力村を生み出し、そして今、誰も止めろと命じたことのない原発が止まって【LNG(液化天然ガス)の輸入増により】毎日85億円の国富が失われる。その背景にある『空気』の構造は同じである」とする。

 ただし、ここでの池田のまとめには、いささか我田引水の嫌いがある。なぜなら、福山の「【大間の原発の】建設を止める法的根拠がない」に対する野村の「そんなことを言ったら」は、実際のやりとりの中では、再稼働停止も脱・原発依存も法的根拠はないのだ“から”、大間原発の建設をやめることだって「やろうと思えば出来るわけですね」という文脈で口にされていた。一方、原発をやめる必要は「ないと思いますよ」と明言する池田は、それを「再稼働を止めてるのだって法的根拠はない」のだ“から”、“大間をやめたり、再稼働停止を継続したりすべきではない”というふうに野村の指摘(論理)を都合よく置き換えている。日本における「無責任の構造」の弊害自体は事実であるにせよ、戦争への突入と原発の停止とを「その背景にある『空気』の構造は同じ」という理由によって並列に見ること自体、相当に無茶な展開だ。

 それにも増して池田の言説に対して違和感を拭いがたかった点は、「経済学者」という立場上の必然なのかもしれないが、原子力発電の是非を「コスト」に基づいてしか判断しようとしないことである。たしかに社会資本は無限ではなく、「コスト」――別の言い方を用いるならば「費用対効果」――を無視することは出来ない。しかし、目の前にこれほどの(少なくとも)社会的混乱が出来《しゅったい》してさえもなお、ただただ“事故による健康被害は極めて小さく、経済を維持・発展させるためには安い原発が必要”との主張を唱えつづける池田の論法は、あまりにも偏って見える。

 実際、番組の中で田坂広志(多摩大学大学院教授、元内閣官房参与)は、日本学術会議が九月に“使用済み燃料、高レベル廃棄物の最終処分(地層処分)は日本では極めて難しい、不適切”と結論づけた経緯を紹介し、核燃料サイクルは全体を見つめ直さざるを得ず、「仮に原子力が一番コストの安いエネルギー源だとしてもですね、かつ原発が絶対に事故を起こさない、安全な原発が開発されたとしてもですね、先ほど申し上げたように、出てくる使用済み燃料・ゴミをどうするかという問題が解決できない限り、原子力、進められなくなるんですね」とした。即ち、原発維持派がしばしば主張するように、万一の事故が起きた際の対策費を含めても原発コストが安いとしてさえ、ひいては、今後は事故が絶対に起きないとしてさえ、高レベル廃棄物の最終処分という課題がある限り、原発は継続不可能ということになる(もっとも、それでもなお、近未来において新たな最終処分法――たとえば無害化――が発見されるという楽観的予測に立つことは可能だが)。

 しかし、池田は、次のように述べる。

「原子力の事故で、論理的にどの程度の可能性があるかっていうことを論議してもしようがないと思います。つまり、現実的な条件でどれぐらい起きるかということを考えて、そのコストを、まあ、経済学の言葉で言うと“内部化”したら、原子力の社会的コストが出てくるわけですね。だからそれは規制でね、そういう社会的コストを電力会社が織り込むように規制すればいいわけですよ」

 「論理的にどの程度の可能性があるかを〜論議して」もしようがなく、「現実的な条件でどれぐらい起きるか〜考え」るというのもよく判らないが――論理的に計算しなければ現実的にはならないだろうから――、とりあえずは、空想的に事故の恐怖に怯えるのではなく、具体的な条件に基づいてコストを検討すべしという意味なのであろうか。これを踏まえて、吉岡斉はややシニカルに応える。

「やはり計算というのは信用できないというのが私、昔からの信念で、物理をやってきたからかもしれませんけれども。今度の事故解析なんかでも、現実と合わない点が多々ある。あるいは、コスト計算というのは最も信用が出来ないものであって、仮定の入れ方によってどうにでもなるという、だから、信用できるのは、私の言い方でちょっと洒落過ぎてるんですけど、そういうコストは社会が方程式を解く。計算して役人が解くんじゃなくて、社会が方程式を解けばいいという。これはつまり、全部責任を持って自己決定、自己責任で、原発をやる者が全部負うような仕組みを作ると。たとえば原発一基あたり、各社が一基あたり少なくとも一兆円を払うとか、そういうルールを作ったりとか、そういうふうに社会が解く、企業が解く、これでいいんじゃないかというふうに。計算するのはあんまり参考にはならない」

 それでも池田は、「チャンと数字で議論しましょうよ」「そういう事をチャンと“内部化”しましょうって言ってるわけ、ぼくは」「そういうコストをね、“内部化”して議論をしましょうという話をしてるんです」と繰り返す。ここで、首都圏反原発連合の原田裕史、MisaoRedwolfとの応酬が一気にヒート・アップする。確実を期して書き起こせば――

 原田「今、“内部化”“内部化”っておっしゃったんですけどもね、自分が生まれ育った土地を追われて、よそに行かなくちゃいけないって、これ、コスト幾らぐらいなんですかね?」

池田「そんな情緒的な事言ったって、しょうがないでしょ」

原田「なんでですか」

池田「色んなコストが発生してるんだから、それをどういうふうにキロワットあたりに割るかっていう話ですよ」

原田「いや、住民としてはやっぱり大事ですよ。住民として何が一番大事かっていったら、そういうところですよ」

池田「そんな事言ったってしょうがないよ」

Misao「しょうがなくないです」

原田「しょうがなくないでしょう」

池田「何、じゃあ、どうしろっていうんですか、積極的に言ってみろよ」

原田「だから原発を最初から反対なんです」

池田「そんなの全然対案になってないじゃないか」

原田「代案じゃないですか」

池田「そうでしょう」

Misao「コスト、コストばかり言っても判らないですよ、それは」

池田「だからコストが幾らか言ってみろよ、じゃあ。僕に疑問があるんだったら」

原田「コストにならないって言ってる」

池田「ならないって、何も答になってないだろう」

原田「“内部化”“内部化”って言って、“内部化”できない物をベースにして話をするから――」

池田「何も答になってないでしょう」

原田「いつまで経ってもなくならないって話になって行くんですよ」

池田「そんな情緒的な話したってしょうがないんだよ」

Misao「情緒じゃないです」

原田「情緒じゃないでしょう」

池田「国の政策を決めるんですよ、あなたのお友達の話をしてるんじゃないんですよ」

 完全には噛み合っていない部分もあるけれど、挑発と冷笑を交えた池田の言い方はひどい (「情緒」を独り「じょうしょ」と発音していたところには共感したが)。ネット上では、この顛末を池田持ち前の“キレ芸”とする声も見かけたものの、とりわけ最後の「あなたのお友達の話」云々に至っては、低劣にもほどがある。

 その後も池田は、田原総一朗がフリップで示した「帰還困難区域」について「もう、要するに“棄てる”っていうことですね」と言い放ち、顔色を変えた福山との間で「ちょっと待って下さい、“棄てる”とか言わないで下さい。そんな言葉は使わないで下さい」「いやいや、帰れないってことですよ、実質的に」「いやあ、そんな言葉を使っては駄目ですよ」とのやりとりがあったが、このような粗雑な物言いで立派に(?)「経済学者」として一家を成せるのだねえ(ちなみに最後の場面については、池田が一種のタブーを破って真実を語り、福山=政府はなお隠蔽にかかったとの見方も出ていた。しかし、文脈から、福山の抗議が、あくまでも“棄てる”という言葉づかいに対するものであったことは明らかである)。

 今回は、20125月、6月、合わせて二ヵ月分のツイッターをまとめた(リンクの一部は便宜上削除しています)。

51
事故が起きれば、「『運行に無理があったのではないか』と憤った」「安かろう、悪かろうの旅では感心できない」(スポニチ)となる。低価格に逆比例して危険性が増すと割りきって乗るはずはないから当然だが、シビアに言えば、選択の際、そういう隠れた基準での判断を実は迫られているのかもしれない。

2
一昨年迄使われていた(特に一部の)ボールに較べて「統一球」の飛距離が落ちることは確かなのだろうが、昨夜のバレンティンの一試合三発、バルディリスの四戦連発などを見ると、“球が飛ばない”“本塁打が減ってつまらない”と言う選手もファンも、水増し試合を求めるだけになりはしないだろうか。

関越道バス事故を見て、ガードレールと防音壁とのすき間に疑問を感じたのだが、「異なる種類の防護柵を隣接して設置する場合、柵を連続させる」との設置基準(国交省通達)に反していたらしい(東京)。ただし、1998年の改定であり、今回の防音壁はそれ以前の84年に設置されていた物。とはいえ⇒

「今回の事故現場でのガードレールの設置場所は安全上、重大な欠陥だ。(防護柵の設置基準の)改定以前のガードレールを放置してきた東日本高速道路の責任が問われかねない」「サービスエリアの充実など見えやすい部分に金をかけているが安全設備にどれほど投資してきたのか」と技術者の厳しい指摘も。

3
自殺・うつ病対策の一環として厚労省が国会提出中の「労働安全衛生法改正案」では、労働者へのメンタルヘルス検査が事業者に義務化される。厚労省の検査「標準例」は――“最近1カ月間のあなたの状態についてうかがいます。(1)ひどく疲れた(2)へとへとだ(3)だるい(4)気がはりつめている⇒

5)不安だ(6)落ち着かない(7)ゆううつだ(8)何をするのも面倒だ(9)気分が晴れない” それぞれの質問項目に対し▽ほとんどなかった(1点)▽ときどきあった(2)▽しばしばあった(3点)▽ほとんどいつもあった(4点)――から最もあてはまる一つを選択させ、合計点を算出(毎日)⇒

産業医や保健師による日本産業衛生学会も、検査項目の妥当性や精神医療現場への皺寄せ等に疑念。素人が見ても、こんな「検査」で何が判るのかと思う。「結果は本人の同意なしには事業者に知らせず、必要があれば医師による面接を実施」(毎日)というけれど、これで「不調者」にされては大迷惑だろう。

先の厚労省「標準例」、“ウチの会社が10年以上前からやっているアンケート内容と全く同じ。部下がこれで体調不良気味と判定されると、上司が悪者になる。でも、本当に体調悪い時は、これを利用して上に訴えることが可能”と個レスが。検査を使って「訴え」なければいけないというのも辛いけどねえ。

5
関越道バス事故に関してメディアは“運転手一人の乗務”“バス会社の「ひ孫請け」”“運転手の日雇い(スポット雇用)”“運行参考価格の下限(片道
22万円)を大幅に下回る受注(往復15万円)”等を叩いているが、従来、何かにつけて「安さ」を最大の価値観とする報道を自ら続けてきたではないか。

亀岡暴走事故の被害者情報流出に「【専門家は】『加害者側が被害者に謝罪する機会を早々に設けようとすることは誤りだ』と批判」 関越道バス事故で葬儀に訪れたツアー会社に「【遺族は】『事故直後にまず謝罪をするべきなのに遅すぎる』と憤った」 勿論、個々に事情があるにせよ、報道は御都合主義。

8
維新の会・大阪市議団が白紙撤回した「家庭教育支援条例案」に関して橋下市長。「僕らみたいな権力を持った側がこういう考え方が正しいんですよ、こういう考え方でやってくださいねということを一般市民に対して強要するのは日本の国としてどうなのかなと思う」「君が代の起立斉唱条例、あれは→ 

公務員に対するルールとして設定しただけであって、一般市民に君が代の起立斉唱について義務化したわけではない。僕はこれまで知事時代通じて一般の府民市民の皆さんにこういう考え方を持ってくださいとルール化したことはない」「子育ての方法について、こういうものが正しいと、だからこれで→ 

みんなやりましょうということを条例でルール化するのはどうなのか」「僕はそういう条例は作りません」(朝日新聞・橋下番)とりあえず潔いコメントにも見えるけれど、そもそも彼は維新の会の代表なのだから、「僕はそういう条例は作りません」と他人事のような総括で関与を免れる話ではあるまい。 

大体、どう転んでも集合としては「一般の府民市民∩公務員」なのだから、仮に「公務員に対するルール」が「一般の府民市民に対するルール」としては通用しないとするならば、それはむしろ公務員が基本的に「民間(の基準)」とは単純に比較しがたい集団であるという事実を裏付けることになるだろう。 

10
http://bit.ly/IFZzET 橋下市長とMBS(毎日放送)女性記者との記者会見が話題に。ネット上では橋下称賛・記者批判が圧倒的だが、記者の不十分はあったにせよ、そもそも法律論ではない質問に法解釈に移した反問で応じ、抑え込み、冷笑を交える市長の手法は極めてテクニカル。⇒

記者個人を超え、MBS自体への侮蔑を散々重ねておきながら、記者の最後の「これぐらいにしときますけども」という――明らかに「今日はこれぐらいにしといてやろう」という決まり文句とは異なるニュアンスの――言葉尻を捉え「何ですか、この失礼な言い方は」と言い募る。「劇場型」としては効果的。

市長は「君が代」は公務員の「社歌」だから歌うことが当たり前、(MBSには「社歌」はないと聞いて)「だからこんな記者になっちゃうんだ」と言っていたが、彼のフォローする孫正義氏は“決まった時間に社歌を歌う時代は終わりました。頭のいい若い人たちは、その事に気づいています”と述べている。 

13
先日の橋下大阪市長とMBS記者とのやりとりに関し、たまたま二人の知人と話したところ、どちらも全面的に記者側を擁護。一人は弁護士だが、"一緒にされたくないよ"と言っていた。もう一人も"話をすり替えての攻撃で、パワハラのレベル。でも、ネットでは圧倒的に市長支持が多いのでビックリ"と。 

15
国会事故調査委で東電・勝俣会長が参考人として発言。「菅直人前首相が事故直後、第1原発の吉田昌郎前所長に携帯電話で直接指示していたことについて、『所長は復旧に全力を尽くすのが一番大事。時間を取られるのは芳しいことではない』と批判した」「一方で、東電社内で10メートルを超える津波の⇒ 

可能性が検討されていたことや、スマトラ沖の大津波を受け2006年に原子力安全・保安院から全電源喪失の可能性を検討すべきだと指摘があったことについては、『当時は起こり得ないという判断が有力で、私のところまで上がってこなかった』と自らの責任を否定」(WSJ日本版)さすがは上に立つ者! 

17
一昨年、甲子園で春夏連覇を遂げた興南のエース・島袋は、中大二年となった今季、開幕戦で延長
15226球、中一日で792球、中六日で122球を投げ三連勝。しかし、その後、左肘の違和感を訴え投球練習を中止。監督によれば春の登板はないというが、将来ある逸材をこれほど酷使するとは無茶。 

緒戦「200を超える球数も、20を超える奪三振も『初めて』」(日刊S)二戦「前夜に秋田秀幸新監督から『どうだ?』と先発を打診され『行きます』と宣言」「肩に軽い張りがあったが、かえって力が入らなかった」(スポニチ)三戦「試合後はまるで負け投手のよう」「いままでにない疲労感」(報知) 

国会事故調における海江田参考人(当時・経産相)の“水素爆発を防げなかったのは残念”に、田中三彦委員が“本当に誰も考えていなかったのか”と追うと、“周りで考えていた人は居るかもしれないが、私の耳には入ってこなかった”と微妙に趣旨修正。田中氏は、『季刊メタポゾン』第二号インタビュー⇒

201141日実施)で「水素爆発の可能性が高いっていうことは、一般の方は判らないと思うんだけど、我々――僕はもう三十年以上前に現場を離れちゃったけど、あれはかなり一本道ですね。そこへ行くことが判っていながら避難させなかったんじゃないかという疑いが、僕の頭の中にあって」と。 

18
従来黙認されてきた「クラブ
」のダンス、飲食物提供、深夜営業が風営法違反で摘発される例が続出しているらしい。14日に逮捕された西麻布「エーライフ」経営者の「『客は音楽に合わせて体を動かしているだけで、ダンスはしていない』と容疑を否認」(読売)には笑ったが、44日に摘発された⇒ 

大阪の人気店「NOON」の経緯を伝えた16日付『朝日』には以下の記述が。「【大阪府警は】昨年に東京・渋谷のライブハウスであった放火予備事件を受け、『大勢が集まる場所では大量殺人の危険があると考えたことも摘発強化の一つ』と説明する」そんな事を言ったら、映画も芝居も野球も駄目だろう。 

「米統合軍参謀大学で、過去の歴史に照らし、一般のイスラム教徒に対する無差別攻撃が容認され得るとの講義が行われていた」「『前例』として第2次大戦時の広島や長崎への原爆投下、東京やドイツのドレスデン空襲を挙げていた」(共同)不適切と認め中止というが、こんな“勉強”が実際にあるわけで。 

20
橋下市長は関西広域連合首長会合で細野原発相らに「(政権が)もし再稼働をするなら、臨時に1、2、3か月動かすやり方もあるのでは」と述べ、「期間限定の再稼働に初めて言及したが、これを容認するのか?」との報道陣の問いに「野田総理が(すべての原発の)稼働100%を考えているのであれば、⇒ 

それを少しでも食い止めるためにこういう考え方があると論理的に説明しただけ。容認はしてません」(『朝日新聞・橋下番』)と応えた由。いやはや、「論理的に説明」と聞こえはいいが、原発の稼働は、クーラーか何かを点けたり消したりのようには行かない。本当に脱原発なら、なぜそんな案を持ち出す? 

迷采配を再三繰り返す広島・野村監督だが、今日の日本ハム戦は9回二死40から5点失い逆転負け。8回に3点加えたのでサファテを出さなかったのだろうが、一旦緊張が緩んだ守護神は、ピンチに急遽登板したものの打者5人に2安打2四球。失策も絡んだけどねえ。前田健以下、ヒーロー全員ブチ壊し。 

21
千秋楽のNHK・刈屋アナは、稀勢の里対把瑠 都戦の実況で、攻める稀勢の里に「押せ!」と大声。敗戦後も「(把瑠都は)あそこでマゲをつかんではいるんですけれども、ただ、すぐに離しました」と未練。昔、フジ・盛山アナは「NHK杯」のハイセイコーに「あと200m)しかないよ!」と叫んだが。 

大飯原発の臨時的稼動に関して橋下市長再び「再稼働を容認したわけではないが、ギリギリの論理的説明をさせてもらった」(朝日新聞・橋下番) 稼動に反対する立場の側から、どうして「ギリギリの論理的説明」を提示しなければならないのだろう? 

22
たまたま久しぶりに聞いたスネークマンショー(桑原茂一、伊武雅刀、小林克也)の『若い山彦』
http://bit.ly/tBSe8 、『正義と真実』http://bit.ly/Ihmali 。既に30年以上を経ながら、この批評性が全く古びていないというのは、むしろ嘆くべきであろうか。 

24
つい昨日、福島第
1原発事故に伴う放射性物質の放出量総量(ヨウ素換算)は「安全・保安院が2月に公表した最新試算値の16倍にあたる76万テラ・ベクレル」(読売)との東電による最新推計が報じられたが、今日の公表では、その数値が「昨年3月だけで90万テラベクレル」(中国)と上方修正。 

25
米国の有力紙『ワシントン・ポスト』が
23日付一面で橋下市長に関する長文の特集記事を掲載。『産経』特派員は「一貫して橋下氏を“応援”する好意的な論調」と述べているが、特集冒頭の“民衆煽動家(chief rabble-rouser)”なる位置づけ自体、必ずしも「好意的」には見えない。 

28
吉田秀和さんが亡くなった。二十数年前、大西は、各界の存在に半生を伺う『現代の顔』(日本テレビ)という番組のインタビュアーの一人として、色々な方に会う機会があった。その一回が吉田さんで、事前にスタッフから
吉田さんは気難しい人ですよと言われ、少なからず緊張しながらお宅を訪ねた。⇒ 

でも、実際の吉田さんは意外に(?)気さくに話をしてくれて、収録は和やかに進んだ。それで油断したのか、終り近くなった時、スタッフが"隣の部屋でも少し撮らせてもらえないか"と持ち出した。すると吉田さんは顔色を変え、ぼくは家中を明け渡す気はないんだ!と一喝。今でも懐かしく思い出す。 

29
昨日の国会事故調における菅元総理に対する参考人聴取は「矛盾突かれ苛立ち」(読売)、「目に余る菅氏の責任逃れ」(産経)、「自己弁護に終始」(日経)、「菅さんあーだこーだ
3時間」(日刊スポーツ)などと散々だが、そこまでデタラメな内容だったとも思われない。原発事故発生以降の菅元総理に⇒ 

多くの対応の不備があった点、一種の功名心があった点は明らかにせよ、彼一人を叩いても事態を矮小化させるばかりだ。むしろ注目すべきは、最後に述べられた“日本に留まらず世界が脱原発へ進むべき”との端的な提言。こんな事を主張する存在は、無能・無責任と位置づけたい向きもそりゃあ多かろう。 

30
『読売』社説「国会事故調 反省なき菅前首相の脱原発論」「自ら言い出した『脱原発』を正当化したいのだろう」「『原子力ムラは深刻な反省もないまま原子力行政の実権を握り続けようとしている』などと自説を振りかざすのは論外」推進援護の本音がミエミエ。
 

『産経』主張「国会事故調 目に余る菅氏の責任逃れ」http://bit.ly/KkpHES 「原子力ムラは戦前の軍部と同じ【とした】菅氏は政府や東電などによる原子力行政を『戦前の軍部』に例えて全面解体を求めるなど(略)責任はみじんも感じられず、唖然」菅を叩いて、原子力ムラは放免か。 

吉田秀和さんに続き、今度は新藤兼人さんが。新藤さんは、先に触れた『現代の顔』で大西が初めて担当した方で、二回の予定が四回になったほど熱弁を振るって下さった。話の合間に頻出する「よしん(?)だから」というフレーズは、広島弁だったのであろうか? http://bit.ly/L1WTSx  

関西広域連合の「原発再稼動に関する声明」に曰く「大飯原発の再稼働については、政府の暫定的な安全判断であることを前提に、限定的なものとして適切な判断をされるよう強く求める」(朝日新聞・橋下番)記者会見で井戸兵庫県知事は「適切な判断をされるべきだという意見を述べたということであって⇒ 

再稼働の適否について述べたわけではありません」としたが、政権側は“十分な説明により関西広域連合の理解は得られつつある”という受け止め。政権側は再稼働が「適切な判断」と考えるからこそ提示しているわけで、関西広域連合として明確に反対を表明しなければ、容認と見なされても当然。アヤフヤ。 

31
『産経』主張「原子力規制 原発潰しの道具にするな」
http://bit.ly/KxDWpY 原発の新規制組織設置法案審議が始まり「【自公案のように】規制組織の独立性が高ければ、原発の運用サイドにいる経済産業省などの圧力に対抗することが可能になろう。しかしその半面、危うさも生じる。⇒ 

5人の委員で構成される原子力規制委員会は、メンバーの人選次第では、極端な規制や『原発潰し』に向かって走りかねないからだ。そうなれば、誰も規制の暴走の手綱を締められない」「脱原発至上主義のための規制装置としてしまう愚は、何としても避けたい」いやはや、「規制の暴走」とは、よく言うわ。 

「【9月のIAEA総会時に】規制の新組織が発足していない事態となれば、日本の危機管理能力の欠如を世界に露呈してしまうことになる」「だが、法案成立を急ぐあまり、自公案を丸のみにするような拙速に走ってはならない。地震国での原発利用には健全な規制精神が必要だ」去年までの規制精神は如何? 

橋本市長、大飯原発再稼働を事実上容認。「上辺ばっかり言っていてもしょうがない。建前論ばっかり言っても。事実上の容認ですよ」「安全基準ができるのが2年も3年も先になるのなら、ずっと大飯を動かし続けることはあってはならない」「僕は期間限定っていうのはこれからも言い続けます」⇒ 

「この夏、どうしても乗り切る必要があるっていうんであれば、大飯の34号については安全性は不十分かも分からないが、暫定的な基準で暫定的な安全判断かもわからないけれども、もうそれは容認と」(朝日新聞・橋下番)脱原発の方向は明確と住民投票案を潰していたが、得意の“民意”はどうなった? 

27日の国会事故調における枝野経産相に対する参考人聴取。「炉心損傷の可能性については、313日午前中の記者会見の段階で、『十分可能性があるということで、その想定のもとに対応しております』と申しあげた」「【公表・確認が6月になった点は、思い込みを反省すべきかもしれないが】炉心も⇒ 

溶けているし、【放射性物質が】漏れているのはあまりにも大前提で、改めて申し上げる機会がなかった」(J-CAST)呆れて映像 http://bit.ly/MQE3OV で確認したが、ほぼそんな内容(“溶けている、漏れている、は間違いなく、大前提で、どの程度かが判らなかっただけ”)⇒ 

併せて、例の「直ちに」に関して問われ、“基本的に「直ちに人体に影響を及ぼすものではない」という趣旨のことを申し上げたのは、三種類あります”と答弁。枝野氏自身の思惑に三種類存在したことは事実としても、同じ言葉なのに、違いを聞き分けろと国民に要求するのか。あの状況でヒアリング試験か。 

6月2
航空会社スカイマークは「機内での苦情は一切受け付けません」「従来の航空会社の客室乗務員のような丁寧な言葉使いを当社客室乗務員に義務付けておりません」「収納の援助をいたしません」等とした文書を機内で配布。コストダウン
+クレーマー対策というが、公務員締め付けの風潮とはいかにも対照的。 

橋本市長は「(昨秋の)市長選の結果から、市民の意思は脱原発依存の方向にあることは明確で、条例案がめざす住民の意思反映はすでに示されている」(220日付『アサヒ・コム』)として住民投票条例制定に反対した。今、大きな分岐点である大飯原発再稼働については「上辺や建前論をいって、⇒ 

自分のメンツを気にしても仕方ないから、府県民のみなさんに正直に『事実上の容認と取られても仕方がない』と言いました。それについての批判は有権者の判断に委ねます」(朝日新聞・橋下番)とする。一見潔いが、判断に委ねるといったところで任期は変わらないのだし、"民意"の大義はどうなるのか? 

3
昨年
9月に世界を騒がせ、個人的にもワクワクさせられた“ニュートリノ光速超え”の実験結果を名古屋大等の国際研究チームが撤回。当初から疑問の声も高かったとはいえ、少々残念。ただ、「光ケーブルの接続不良などが見つかり、測定精度が不十分だった可能性が浮上」(産経)しての再実験とはお粗末。 

7
先日亡くなった尾崎紀世彦さんが『ウルトラセブン』の歌を(ジ・エコーズ名で)唄っていたという話を読んで調べてみたら、冒頭三回目の「セブン〜」が
by尾崎とのこと(Wikipedia)。で、ふと思いつき、『憲法寄席』で数々手がけた替え歌を久々に作ってみた。題して『ウルトラショブン』⇒ 

http://bit.ly/Bsgua   ショブン ショブン ショブン ショブン 1. 「ショブン ショブン ショブン!」 「ショブン ショブン ショブン!」 選挙結果が 絶対だ 教員処分 現業処分 全員処分 処分 処分 歌え! 君が代口開けて ハシモト市長が 「民意!」⇒ 

2. 「ショブン ショブン ショブン!」 「ショブン ショブン ショブン!」 大阪市民の 名をかりて 不起立処分 入れ墨処分 全員処分 処分 処分 なくせ! 九条みな悪い ハシモト市長が 「多数!」 

3. 「ショブン ショブン ショブン!」 「ショブン ショブン ショブン!」 特別顧問 次々と 分限処分 懲戒処分 全員処分 処分 処分 守れ! 日本の伝統を ハシモト市長が 「独裁!」 http://bit.ly/a14RLd  ←この伴奏だと、一層勇ましくて良い感じです。 

大西は、中学二年の夏休みに書いたショートショート『計画』で世間に出たのだが、その基盤は、当時読みふけった星新一、フレドリック・ブラウン、そしてレイ・ブラッドベリの作品だった。中でも、クラブ(社会部)の先輩だったSF好き・Nさんが貸してくれた『華氏451度』などの印象は強烈だった。 

衆院の社会保障・税特別委で生活保護が採り上げられ、“額に汗して働いても、最低賃金では生活保護受給額を下回る。しかも生保は医療費も無料で不公平”といつもの批判が出ているが、賃金が「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」生保額にさえも届かない状況こそが大問題。生保を締めて何になる?

男子が数少ない皇室において、今上天皇の従兄弟で皇位継承者第六位だった寛仁親王が重態→逝去。しかし、メディアはAKB48総選挙一色。皇室への思い入れはないし、自粛すべしなどとも考えもしないにせよ、幾分の違和感がある。裏返せば、まさにこれも家父長制的天皇制の象徴ということだろうか。 

12
橋下市長「停電のリスクを一覧表で見たら、正直おじけづいてしまった」(日刊
S)「原発事故の危険性より、目の前のリスクに腰が引けた」(読売)にも、野田首相「国民の生活を守るために【大飯原発を】再起動すべきというのが私の判断」(朝日)にもツイートする気が起きず。僅か一年でこうなるのか。 

「小銃を携帯した迷彩服姿の陸上自衛隊員が12日、東京都板橋区と練馬区の市街地を徒歩で行進した。陸自によるとレンジャー隊員養成訓練で、武装して都内の市街地を行進するのは、1970年から42年ぶり」(産経)が物議。反対もある一方、“どこが悪い”“国を守るのは当たり前”との声も多い。⇒ 

だが少なくともここでは「森本敏防衛相は12日の閣議後の記者会見で『災害派遣などに備えて、市街地の行動に慣れておくためだ。特異ではなく、銃に実弾が入っているわけではない』と説明」(スポニチ)とある通り、レンジャーの本来任務(偵察や奇襲攻撃)と災害派遣とが明らかに混同・混在している。 

「牧太郎の大きな声では言えないが…『放送休止』を誰も言わない」(毎日)「良心があるなら、原発再稼働に本気で反対するのなら、テレビ局はこの夏、『無駄な放送』を休止すべきではないのか?」「液晶テレビを1台消すと220ワットが節電できる。節電効果はエアコンの約17倍だ」全面的に同感。 

A:安全性の確認に上限はなく、さらなるチェックは不断に行っていかなければならないが、現段階では知見や対策を最大限取り入れたものだと考えている。 B:現場で、津波対策や深刻な事故への対策などができているか、時間をかけ、私なりに見せてもらった結果、委員会の報告どおり、⇒ 

対応はできている。 C:「日本の科学技術なら、しっかり安全性を確認しておけば、原子力発電を活用していくのはよいのではないか」と思っていたが、震災で考えを変えた。最も安全なのは、原発に依存しないことだ。 ……発言者が誰なのか判らないとして、どの見解に説得力があるでしょうか? 

発言の主はA=野田首相、B=西川福井県知事、C=菅元首相(総てNHK)。ちなみに首相が「現段階では知見や対策を最大限取り入れた」とする今の大飯は、前にも書いた通り、防波堤が5m15年に8mにかさ上げ予定)、免震事務棟、フィルター付ベント設備、恒設非常用発電機も15年に設置予定。 

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内田樹の研究室
http://bit.ly/OfkY7k  「【橋下】市長がいったいどの国のどの事例に基づいて『目の前のリスク』をイメージしているのか。私にはよくわからない」「グローバリストが『目の前のリスク』は『原発事故の危険性』よりも重いと判断するのは当然のことである。⇒ 

その判断は、彼らがビジネスというゲームをしている限りは合理的である。だが、私たちは今ビジネスの話をしているのではない。国の統治の話をしているのである。国というのは『金儲け』をするためにあるのではない」「野田首相が企業経営者であるなら、彼の言うことは筋が通っている」⇒ 

「でも、彼は会社の経営者ではない。一国の統治者である」「原発再稼働の判断は『会社経営者』というスタンスで考える人にとっては合理的である。けれども、国家の統治というスタンスから考えた場合には熟慮を要する問題である」橋下市長も野田首相も、実に経営者的思考の持ち主でしかないと思われる。 

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ユーロ
2012ドイツ対オランダ。前半38分、ドイツはノイアーのゴール・キックからゴメス→エジル→シュバインシュタイガー→ゴメスとつないだだけの二点目。実に美しい……。 

『季刊メタポゾン』第六号、校了です。本来、今号は春号のはずですが、季節感がズレつつあり、初夏号としました。特集は、絵本『はせがわくんきらいや』で知られる長谷川集平さん。インタビュー『後ろに「パラダイス」はない』に加え、エッセイ『集平のツイ』、小説『ベガーズバンケット』がスタート。 

もう一本の新連載エッセイ『モントレー風便り』は、湾岸戦争にも参加した元米陸軍大尉・加藤喬さん。『寓話風=牧歌的な様式の秘密(前篇)』は、1950年に書かれ、60年余を経て初めて世に出る大西巨人の未発表評論です。石橋正孝さんが『神秘の教理を正しく葬ること』として掲載迄の経緯を紹介。 

『弁士、独逸へ行く。』は、若き活動写真弁士・片岡一郎さんがドイツにおける無声映画公演の模様を記したエッセイ。佐々木譲さんによるtwitter抄録と撮り下ろし写真連載『北のつぶやき JOH's eye & tweet』(1月〜3月)では、北の街の様々な風景が切り取られています。 

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西原理恵子さんのカラー漫画『サ・イ・バ・ラの季節』、森枝卓士さんのコラム『喰らうて思う』、出河雅彦さんの医療ルポ『「薬害」
HIV感染を問い直す』、谷口源太郎さんの『スポーツウォッチング』に加えて、のぞゑのぶひささんの漫画「尾崎翠の世界」⇒『木犀』(解題・近藤裕子さん)が連載陣。 

小説陣は、連載が小路幸也さんの『石田荘物語 夏』、北大路公子さんの「均された世界」⇒『回収日』。短編として岡倉大恭さんの『かたわらの夢』、川光俊哉さんの『三十分』、大西一穂の『フライングライクアペイパープレイン』、そして大西の中編『硝子越しの光』。BOOK(紹介)は和賀正樹さん。 

大西巨人の短歌自註『秋冬の実』は、今号が最終回となります。季節感と不条理感に溢れた表紙は、お馴染みの常盤雅幸さん。イラスト陣は、常盤さんの他、田中雅子さん、木村晴美さん、にご蔵さん、佐々木淑子さん、稲葉彩乃さん。発売まで、あと少しです。書店、ネットに加え、定期購読もぜひどうぞ! 

ネット上で、遺伝子情報発信、遺伝子検査なる物を見つけた。0才時から上限はなく、口の中の粘膜を採取して送ると、たとえば「IQ(学習知能)やEQ(感情知能)のみならず、芸術的な分野や運動能力など」6分野41能力(58000円)またはIQEQに絞った2分野14能力(31500円)の⇒ 

検査・分析結果が出てくるのだとか。映画『ガタカ』の世界。ウーン、もうこうして遺伝子が商業化されているんだなあ。結果と一緒に「算命学鑑定書」(?)を送ってくる所もあって、笑う。人は遺伝子だけで決まることはなく“手がかり”というふうにされているものの、これを頼りに育てられる子供は…。 

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日本は原発即時廃止と決めたわけではなく、菅元首相でさえ脱原発依存への方向を定めたに過ぎないから、再稼働自体は論理的には当然の選択でもある。問題は、国自体が、“暫定的な安全判断”に基づく再稼働であるという極めて曖昧・不安定な前提を認めていることだ。あれほどの事故が起き、原因も未だ⇒
 

調査中・不確実の段階において“暫定的な安全判断”に頼って見切り発車に走る。「金井啓子のニュース・ウオッチ」(ウォール・ストリート・ジャーナル日本版) http://on.wsj.com/L1JCtI  は、完全に経済性を優先した野田首相や橋下市長の姿勢を明確に批判している。 

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EURO2012
の予選A組は、初戦完敗のチェコ、二戦目迄勝利なしのギリシャが逆転進出。死のB組は目下テレビとネット・ストリーミングで並行して見ているが、VD・ファールト、ポドルスキ、ベントナー(得点はクローンデリ)、C・ロナウドと主役級の活躍で双方11。凄い戦いになってきた。 

NHK『クローズアップ現代』に登場した細野原発相の“被曝していただいた”発言がTLを賑わしているが、所詮これは今風慇懃丁寧語の誤り。それよりも“原子力にも火力にもリスクはある”の方が問題。原発事故による汚染のリスクと燃料輸入が途絶えるリスクとは、全く性質が異なり比較になり得ない。 

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「【浪江町の方々のこと】そこでたくさん被曝をしていただいた­という状況ではないということは後ほど確認を出来ましたが」=細野原発相の発言。「被曝をした」では丁寧さに欠ける、「させた」では国との因果関係になる、「してしまった」では他人事に過ぎる、結果「して
+いただいた」と継ぎ大失敗。 

『大西赤人 小説と評論』 http://bit.ly/kUW1qt  に「『防犯カメラ』の本質とは、どう転んでも『監視カメラ』である。―11月・12月・1月のツイッターまとめ」をアップしました。 http://bit.ly/MoAUT9  日付を追って読めます。 

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巨人・原監督が過去の女性問題もみ消しのために
1億円を払ったという話が大騒ぎになっている。原自ら「ファンの皆さまへ」というコメントにより、経緯を認める一方、球団側は、“元暴力団員に支払った”との「週刊文春」の記事は事実と異なるとして、名誉毀損による損害賠償請求訴訟を起こすと発表。⇒ 

要するに1億払ったのは本当だが、相手は元暴力団員ではないと言いたいのだろう。でも原は「プロ野球と関係ある人物」と会い「『表に出ないように私に任せてほしい』と言われ」「ゆすられていると思い、不安を感じた一方、私を助けてくれるのだとも解釈し、要求された現金を渡しました」としている。⇒ 

従って、会った相手が実際に「プロ野球と関係ある人物」で、仲介役だったとしても、金の行き先は判らない。併せて原は「清武さんへ」なるコメントで「たくさんの暴露が行われ」ている原因を「清武さんのほかに、いったいだれがいるのか」とし「まだ間に合います」と結んでいるが、これは恥の上塗りだ。 

先頃の幻の“ニュートリノ光速超え”は、「イタリア側のGPSアンテナと検出器をつなぐケーブルのコネクターがゆるみ、【15ミリの】隙間ができていた」ため「隙間を通った光が減衰」し、受け取った光量で作動する「フォトダイオードの始動が、1億分の7秒ほど遅れた」(14日付『朝日』)結果⇒ 

誤った評価につながったとのこと。「これが電気なら、断線が発覚し、その場で修正できたはずだが、精度を高めるため、光の技術を用いたことがあだとなった(田中誠士)」 ウーム、正直、よく判らんのだが、“過ぎたるは及ばざるが如し”とまとめてしまっては、ちょっと違うのでしょうかね? 

原監督に名指しされた清武元代表が「全くの事実無根であり、いいがかり以外の何ものでもありません」(デイリーS)と反論。そりゃまあ、そう言うだろうな。下半身醜聞などどうでもいいものの、「表に出さない」ために1億円も払われたのに、「違法、不当な資金提供はしていない」と胸を張る巨人は…。 

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巨人・桃井球団社長「【週刊文春は】元暴力団員と使っているけど、読む側からすると、あたかも反社会的勢力に不当なお金を払ったというようにとられる。それは大変違う。読んだ人は、これは反社会的勢力に不要なお金を払ったんだ、という風になりますからね」(産経)正当・必要な金だったという事か。
 

原監督「【“清武氏が情報を流したという前提で声明を出した?”と問われ】あの声明は声明としてですね、さっきも言ったように、こういう状況になったというのは、なにかこう、自分の中でもさっき言ったことがね、非常に。逆にまあ、さっき言った通りですね」(サンスポ)少し可哀想だが全く意味不明。 

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佳境を迎えた
EURO2012だが、白熱した戦いでも汚いプレーがほとんどないので、本当に気持ちがいい。スーパー・スローのリプレイで観ると、ファウル狙いのオーバーなリアクションは多いけどね。ところで、どうしてクリスチャーノ・ロナウドは、いつも口を開けて(口が開いて)いるのだろう? 

同じ場所で同じ数の同じメンバーがやっているとは思えないくらいに、前後半で様相が変わってしまった。ボクシングの判定なら10-710-6というくらいの圧倒的なポルトガル優勢。それでもチェコは必死に耐えていたが、とうとう堤が破れて失点。前後半トータルでシュート2本、勝ち目はなかった。 

“罰則がダメならばんばん懲戒(免職)”という橋下市長にもビックリだが、「職員の政治的行為の制限に関する条例案」の「(7)政治的目的を有する演劇を演出し若しくは主宰し又はこれらの行為を援助すること」(朝日新聞・橋下番)って、究極、当該演劇を観ること自体、「援助」と解釈されかねない。 

「(5)集会その他多数の人に接し得る場所で又は拡声機、ラジオその他の手段を利用して、公に政治的目的を有する意見を述べること」も強烈。「多数の人」の定義が曖昧だし、要するに公務員は人前で政治に関わる意見を言ってはいけないわけだ。橋本市長支持者の皆さん、公務員が対象なら構いませんか? 

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http://bit.ly/NadSi2
「ブーイングのポーズをとる石原慎太郎都知事」となっているが、もっとニュアンスは強いと思われる。ローマ皇帝が剣闘士に与える死の仕草、あるいは"Go to Hell" thumbs down gestureと説明する英語のコメントまである。 

ギリシャも教科書のようなカウンターで一旦同点にしたものの、ドイツの攻撃力が断然分厚い。二点目・ケディラ、四点目・ロイスと強烈で正確なボレー。三点目はクローゼ。W杯日韓大会から丸10年、見るからにオッチャンになったけれど、34歳か。本当に綺麗なヘディングだった。

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EURO2012
準々決勝の過去三試合は、それぞれ見どころこそあったものの、予想以上に両チームの力差が大きく――特にスペイン対フランスは意外なほど一方的――勝負としての興味にはやや乏しかった。その点、今日のイタリア対イングランドは、どちらも予選で上り調子だし、力拮抗で期待できそう。 

期待通りの好試合。しかし、この大一番なのに本当にファウルが少ない。審判の掌握度が高いのだろう。開始早々に起きたコンタクトで主審が笛を吹かなかったことから試合の(判定の)流れが決まり、選手が伸び伸びとプレーしている印象。 

「東大阪市の職員約30人の2親等以内の親族(親、子または兄弟姉妹)が生活保護を受給している」「同市の一般行政職員(平均428歳)の平均年収は7155千円(産経)今度は生保と公務員をリンクさせての非難か。「(扶養義務者としての)兄弟姉妹」も「平均年収」も不確実な基準だが……。 

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レンタルサーバー会社「ファーストサーバ」で発生した深刻なデータ消失事故は、まさにクラウド時代らしい出来事だ。詳細な「日経」の記事
http://s.nikkei.com/OjJ3fI  は――まさに雲をつかむようだが――興味深い。以前、当時流行の電子手帳を使っていた頃、説明書に“衝撃や水濡れ⇒ 

などでデータが消えるかもしれない”と記された後、アンダーライン付きで「失ったデータは元には戻りません。したがって、重要なデータについては、必ず元のデータ(資料、帳面など)を残しておいてください」と書かれていて、“紙が要るのか!?”と脱力したけれど、今でも状況は五十歩百歩のようだ。 

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お隣同士、ポルトガルとスペインの対決(というか、ポルトガルには、スペインとしか陸続きの国境がないわけだが)。前半、ポルトガルはスペインに徹底的なプレッシャーを与え、ボールを回させはしてもフィニッシュに持ち込ませない。ただし、このタイトな守備を後半に入ってどこまで続けられるか。
 

準決勝という緊迫したゲームでイエローカードも結構出ている割には、お隣同士に加えて日頃は同じチームでプレーしている選手も多いせいか、コンタクトのあとにも殺伐としたものが感じられない。日韓戦とかとは随分違う雰囲気だ。 

「【東電経営陣らへの】株主代表訴訟の原告が、事故時の東電本店幹部と同原発所長のやりとりを収めたテレビ会議システムの記録について、証拠保全手続きに乗り出す」「政府と国会の両事故調が報告書を出して解散すれば【東電が】データを処分しかねない」ため(朝日)。そんな重要記録、なぜ調べない? 

市施設廃止に反対する多くのパブリックコメントは“民意”ではないのかと問われた橋下市長は「まあパブコメってものは有権者全体の意見じゃないですから」「全体的、総合的に最後は判断せざるを得ません。パブコメだけで左右されるものではない」(朝日・橋下番)結局、自らの是とする物のみが“民意” 

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出だしからドイツが仕掛けたものの、イタリアが一瞬のチャンスを活かし、前半のうちにバロテッリが二発。総合力ではドイツ有利との前評判だったものの、さすがに苦しい展開。過去の公式戦、対イタリア
34分勝ちなしという相性の悪さもあるのか。近年、劣勢に立たされると弱いドイツ、後半どこまで? 

残り15分。イタリアといえば”カテナチオ”が決まり文句ながら、本当はふさわしくないとも聞く。とはいえ、2点を得たとなれば守備は堅い。残念ながら、ドイツは厳しいな。クローゼに代えたけど、この人は不利な状況を切り拓くタイプではないように思う。スペインとの再戦を見たかったのだが……。 

応援していたドイツなので、今日の試合にはガッカリ。08EURO10W杯のスペイン戦敗退と同じ展開。レーヴ監督も、リードされてから策に欠けた印象だ。ベンチでの様子にも、絶対に逆転と選手を鼓舞する覇気が乏しかった。ただ、終了間際、GKモイヤーの連続して上がってのプレーには脱帽。 

テレビで金田喜稔は"移民の子供がアズーリとなったことで、彼らに希望を与えるだろう"的に話していたが、Wikiを見てもバロテッリの背景は複雑だ。アイルランド戦の途方もない体勢からのボレーにせよ、やはりアフリカの血の為せる技とも見える。明確なのは、個人の存在は国籍に無関係という事だ。 

面会要請を「話すことはない」(朝日・橋下番)と拒否した文楽協会に対し、橋下市長は態度を硬化、補助金全額カットの意向を表明。協会側にも問題はあるかもしれないが、“(今のままでは)二度と見ない”とまで公言した相手に呼ばれていそいそ協会が会ったら、そのほうが遥かに補助金欲しさだろう。⇒ 

市長の根本的な問題は、音楽でも文楽でも、多くの観客が入る即ち経営的に黒字となる事が「文化」の必須の条件・目標と考えているとしか思われない点だ。言い換えるとこれは、売れる物に価値があり、売れない物はダメ。でも「文化」とは、良い物が売れるかもしれないが、売れるから良い物ではないのだ。
(2012.10.17)


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